行き詰まる「サッチャリズム2.0」と若者たちの「社会主義2.0」

ブレアと「第三の道」

 

――まるで現在の日本の状況を見るようです。そうなると当然、自助努力では解決できない格差や貧困が社会問題化してきます。そこに1997年、「第三の道」を掲げたブレア政権が現れます。

 

ブレアの「第三の道」とは、伝統的な社会民主主義でもなく、サッチャー流の新自由主義でもない。その対立を乗り越えていく新たな路線を意味していました。

 

そこでは、「結果の平等」ではなく「機会の平等」が強調され、国家による福祉供給ではなく、コミュニティの活力を利用した相互扶助の原則などが示されました。また犯罪にも厳しくするが、犯罪を生み出す原因の克服にも真剣に取り組むといったことも強調されました。

 

「第三の道」は、1990年代の社会構造の変化に対応した、中道政治の再編と捉えることができます。この背景にある社会変容は、きわめて複雑です。

 

1980年代と90年代を通じて、おっしゃるように格差は拡大しましたが、労働者階級は縮小し続けました。その結果、厖大な「階級を欠いた中流」が、イギリスの文化の中心であるように感じられ始めました。この「階級を欠いた不平等」と呼ばれる変化のなかで、労働者階級は消滅することはなかったものの、その数は三分の一までに縮小していきます。

 

新しい中産階級は、労働者階級の環境で育ってきた人びとによって構成され、旧来の労働者階級と中産階級の文化の要素をひとつにまとめて、新しい1990年代の中流のスタイルをつくりあげます。労働者階級からは公教育への熱意を継承し、中産階級からは高等教育への意欲を継承しました。これは、1990年代になって、保守党と労働党の政権双方とも、一八歳以上の高等教育進学率をヨーロッパの水準にまで引きあげる政策を掲げたことによるものです。

 

 

――ブレア政治を象徴する政策は何でしょうか?

 

「第三の道」路線を象徴するのは、「貧困」への新たなアプローチです。そこでは「社会的排除」social exclusionという人口に膾炙した言葉が用いられています。社会的排除は、貧困の原因を社会参加からの排除として捉え、排除の主体や排除のプロセスを問題とするところに特徴があります。

 

ブレア政権での経済社会政策を主導したのは、財務大臣のゴードン・ブラウンでしたが、彼はサッチャリズムとは異なり、貧困の緩和や再分配を志向する点では、社会民主主義的なエートスを復活させる政策をとりました。

 

ただし、ブレア政権は失業給付の増額といった直接的な再分配ではなく、「福祉から労働へ」というスローガンのもとで、失業者など福祉受給者を労働市場へ誘導する職業訓練プログラムを整備するなど就労支援政策を推進していきます。

 

これらの経済社会政策は伝統的な労働党の手法とは異なりますが、サッチャー政権期以降の新自由主義的政策の修正を目指しており、「新しい社会民主主義」という「第三の道」を体現するものでした。 

 

 

――他方で、サッチャーとブレアとのあいだには「新自由主義的コンセンサス」があるともいわれます。

 

戦後のコンセンサスが、福祉国家、国有化、完全雇用、労働組合との妥協だったとすれば、サッチャリズムと「第三の道」に共通する「新自由主義的コンセンサス」とは、これらとは対極のものになります。

 

社会保障に関しては、先ほどお話ししたように、福祉から労働へというかたちで、労働へのインセティヴが高められます。国有化に対しては、民営化。鉄鋼・炭坑・造船など重工業から、金融・サーヴィス業へと基軸産業がシフトしましたが、製造業が衰退すると失業が慢性化します。労働組合の力も弱まります。かくして、福祉国家のもと完全雇用が保障された時代は、はるか昔のものとなりました。

 

 

キャメロンの「サッチャリズム2.0」

 

――結局、ブレアの「第三の道」は新自由主義と変わるところはなかったと評価されるゆえんですね。ブレアを継いだ保守党のキャメロンはどうだったのでしょうか?

 

2010年5月11日、キャメロンが率いる新内閣が発足しました。この連立政権のジョージ・オズボーン財務大臣は、大幅な歳出削減を盛り込んだ予算案を発表します。保守党政府は、リーマンショック後の労働党政権による財政支出を引き締めようと、緊縮財政に転じました。緊縮政策下で公務員の賃金を凍結し、2011年からは社会保障給付金を削減するなどの「改革」を行います。

 

 

――しかし、キャメロンは「大きな社会」を唱えましたよね。

 

キャメロンの「大きな社会」構想の前提にあったのは、イギリスの社会が「壊れた」(ブロークン)状況にあるという認識でした。労働者階級のコミュニティでは暴力や殺人事件が多発している。そして、それらの社会問題の原因を、家庭崩壊、ドラッグ、アルコール依存、暴力ビデオなど、労働者階級の家族や道徳の問題に還元しようとしました。

 

オーウェン・ジョーンズという若手ジャーナリストが『チャヴ』(原著2011年)という優れたルポルタージュを書いています。この本は、労働者階級がエスタブリッシュメント(支配層)によって「悪魔化」されるメカニズムを暴露して評判になりました。

 

 

――「悪魔化」といいますと?

 

「チャヴ」は社会の荒廃をもたらしているが、国家の福祉政策がそれを助長しているというのです。「チャヴ」は、ロマ語に起源をもつ白人労働者階級への蔑称で、差別的な響きをもっています。中産階級のジャーナリストや政治家たちは、労働者階級のコミュニティで起こった特異な事件をフレームアップして、「チャヴ」を「荒廃した公営住宅に住む道徳的に堕落した存在」として戯画化しました。問題の根源に切り込むことを回避するかのように、「チャヴ」をバッシングの対象としたのです。

 

キャメロンの提唱した「大きな社会」構想とは、民間の活力を利用しながら、「福祉依存者」の自立を促そうとしたものでした。慈善団体やヴォランティア団体の力を使おうとする点で、ブレアたちの「第三の道」と変わるところがありませんが、その労働党政権の政策でさえ「大きな政府」であるとして批判されています。

 

 

――なるほど、「大きな社会」というのは、むしろ新自由主義を推し進めるものだったのですね。

 

その通りです。結局のところ「大きな社会」は、緊縮財政を進めるキャメロン政権の大幅な社会保障の削減政策を正当化するために用いられた感があります。

 

2011年にロンドン五輪に向けた再開発地域をはじめとするイギリス各地で暴動が発生しましたが、その原因として「大きな社会」の民活路線が批判されるようになると、「大きな社会」も次第に語られなくなりました。

 

 

――「サッチャリズム2.0」と呼ばれるキャメロン政権の緊縮財政によって、労働者のあいだでEUからの出稼ぎ移民への怒りが強まり、UKIPのようなポピュリズムの台頭につながったといわれます。

 

EUが東ヨーロッパに拡大していくにしたがい、加盟した東欧諸国、とくにポーランドなどからの移民労働者が激増することになりました。現在、イギリス国内に居住するポーランド人は60万人を超えており、それはインド系に次ぐ二番目の多さです。そのほとんどが2004年以降に移住しています。その結果、社会保障をカットされ、職を奪われていると感じた労働者の怒りが、EU圏からの出稼ぎ移民に向かっていったのです。

 

そうした労働者階級の不満を吸収し、急激に勢力を拡大しているのが、極右政党UKIP(連合王国独立党)です。1993年に設立されたUKIPは、急進的な移民制限やEU脱退を訴えて、2014年の欧州議会選挙では、既存の政党を押さえて第一党となりました。おっしゃるように、政府による緊縮政策が、UKIPのようなポピュリズムの台頭を招いたといえるでしょう。

 

 

コービンの「社会主義2.0」

 

――他方で緊縮財政のもと、コービンのような左翼への期待も高まっている状況ですね。

 

アンドルー・ギャンブルという政治学者によれば、2010年代の金融危機は、1930年代の大恐慌、1970年代の石油危機に匹敵する危機であるといいます。危機の打開の方向性として、大恐慌は福祉国家を生み出し、石油危機はサッチャリズム(新自由主義)を生み出しました。リーマンショック後の金融危機は、その新自由主義が構造的危機にあるといえます。

 

金融危機は、2008年のリーマンショックを直接の契機として始まりますが、サブプライム・ローン(低所得者向け金融商品)の焦げ付きが原因であったように、背景には格差社会があります。「ゼロ契約」というシフトで雇用関係の不安定性が増し、低賃金状態におかれるなど、労働組合の規制力が失われた労働者の雇用環境は劣悪化して、労働者の購買力は減退しています。

 

それは、かつての大恐慌期と似た現象が、世界を覆っているといえるでしょう。大恐慌期のアメリカでは、賃金や農産物価格が下落するなかで、農民や労働者が、さまざまな信用ローンに組み込まれて、返済に窮していたからです。

 

最近、IMFや世界銀行といった新自由主義を推進してきた国際経済機関も、資本主義の存続に危機感をもってシグナルを送っています。購買力が失われてモノやサーヴィスが売れなくなり、経済が持続可能な状態ではなくなっているというのです。

 

そこに登場したのが、コービンの「社会主義2.0」です。2017年選挙の労働党のマニフェストが典型的ですが、彼らは福祉国家の再建を目指すラディカルな変革を掲げています。とりわけ高騰する学費に悩む学生層、投機的マネーの還流によって住宅不足が深刻化する若者世代にアピールしています。

 

 

――「労働党のコービン党首が引き起こしている現在の社会現象には、何か新しい時代の到来を予感させるものがある」と期待を込めて書かれていますね。

 

労働党はこの間に党員が大幅に拡大していますが、その多くは若年層であり、「モメンタム」と呼ばれる党内組織を設立して、コービンを支える役割を果たしています。これは、2016年のアメリカ大統領選におけるサンダースと類似の現象です。事実、2017年総選挙ではサンダースの選挙顧問を招いて戦術を学んだといいます。こうした若者の参加による政治の活性化は、新自由主義的な政治的風景を一変させているともいわれます。

 

 

――若者を政治に呼び込んでるんですね。

 

はい。若者の世代ということでは、日本ともよく比較されます。コービンのイギリス、サンダースのアメリカの事例だけでなく、スペインのポデモス、オランダの緑の党など、若い世代がSNSを武器に政治の領域に参入してきています。では、なぜ日本ではそうならないのか。日本では若い世代ほど、保守政党への支持が増しているといわれます。

 

この点を説明するのが、「長期の高度成長」説であると思われます。欧米先進国では戦後復興からオイルショックまで、1960年代を中心に高度経済成長が続きました。ところが、日本では1950年代後半から1980年代まで長期の経済成長が続き、若者の親・祖父母の世代の資産が若者に還流して、若者の経済問題などが先鋭化しにくいといわれます。

 

しかし、その経済的遺産も底をついてくると、早晩、こうした状況は崩れるように思われます。安保法制反対の「シールズ」現象は萌芽であって、ラディカルな変革運動はやがて日本でも起こるのではないでしょうか。日本の将来を占う意味でも、イギリスからは目がはなせません。

 

イギリス現代史 (岩波新書)

イギリス現代史 (岩波新書)書籍

作者長谷川 貴彦

発行岩波書店

発売日2017年9月21日

カテゴリー新書

ページ数224

ISBN4004316774

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