戦後民主主義とその敗北――いまだ終わらない「戦後」と向き合うために

戦後民主主義の「虚妄」に賭ける

 

――そんななか、丸山は「大日本帝国の「実在」よりも戦後民主主義の「虚妄」に賭ける」という有名な言葉を吐きます。

 

この印象的なフレーズは、一九六四年に刊行された『現代政治の思想と行動』(増補版)のあとがきとして、印刷所でとっさに書き加えられました。

 

先ほどお話ししたように、一九五〇年代後半に日本国内の政治や経済が安定すると、政治的無関心が社会に蔓延し、戦後民主主義は下火になります。政府を批判して民主主義や平和を求める運動がなくなるわけではありませんが、あくまで局地的・間欠泉的です。

 

一九六〇年の安保闘争では、民衆が国会に押し寄せて死者も出ましたが、そんなデモの様子を、仕事中のサラリーマンはビルの窓から「バカなことしてやがる」と見下ろしていました。さらに、安保闘争が終わると、所得倍増計画のもとで、国民はますます経済に没頭していきます。

 

 

――高度経済成長のなか、多くの国民は公共的な関心をすっかり失って、私生活に没入していったんですね。

 

ただし、戦後民主主義の衰退に反して、それをめぐる言論は盛んでした。安保闘争により、革新派内の対立や、保守と革新の議論がかえって活発化したからです。そんななか、経済学者の大熊信行が「戦後民主主義は虚妄だ」と述べた。それに対して、丸山は強く反発し、逆手をとって、「戦後民主主義の虚妄に賭ける」と応じました。

 

丸山の言葉は、文字どおり、戦後民主主義の意義を決して否定せず、その姿勢を貫いていく覚悟を示したものです。しかし私は、丸山が大熊に真摯に向き合ったとは思いません。大熊は、丸山が安保闘争で戦後民主主義を守るべく「八・一五にもどれ」と訴えたのに対し、軍事占領下に民主主義が確立したように言うのは虚妄だと指摘したんです。大日本帝国の実在なんか求めてないし、現状への危機感も丸山と共通しています。

 

私にとって、大熊は忘れられない思想家です。終戦後、誰もが被害者ぶって、自分が戦争をした当事者であることをごまかすなかで、大熊はそれを認めた数少ない人物のひとりでした。しかも、大熊は丸山に敬意を抱いています。二人のすれ違いは、当人のみならず、戦後日本にとって不幸なことでした。

 

また、丸山のこの発言は、彼が思考の柔軟性や批評性を失い、時代にとり残されることを決定づけたと私は思います。戦後民主主義の形骸化を受け入れて、「時代は変わった。今までの丸山眞男は捨てて、一から考え直す」って言えばよかったんですよ。

 

 

戦後思想には欠陥がある

 

――ご著書では、丸山に代表される戦後思想には「欠陥」があると書かれていますね。

 

戦後思想には、保守とリベラルに共通する「欠陥」があると私は思います。

 

根底にあるのは、日本がアメリカの属国状態にあり、半独立を余儀なくされているという事実です。さらに言えば、日本はその状態を脱することよりも、豊かさや戦わないことを優先し、属国の位置を自らの決断で選択してきました。

 

しかし、それを認めてしまうと、民主主義の理念も、国家主権も、愛国の精神も、語ることはできません。自らがその理念や精神を裏切ってきた張本人なわけですから。こうして、右派も左派も、自分に都合の悪い事実を無視して思想形成をしたことが、戦後思想の最大の欠陥です。

 

丸山の場合で言えば、アメリカにがっつり占領されている最中に、民主主義や主体性を手中のもののごとく語り、その時期を戦後民主主義の全盛期とするのですから、ツッコミが入らないほうがおかしいでしょう。「戦後民主主義は虚妄だ」という大熊信行の批判は、当然です。それでも丸山は民主主義の理念を掲げ続けました。

 

 

――そうした欠陥から、どのような問題が生ずるのでしょうか?

 

こうした状況から生まれる悪弊が二つあります。ひとつは、属国状態の苦しさから、現実逃避や虚勢のために、民主主義の理念や、愛国の精神を、金科玉条としてやたらとふりかざすことです。もうひとつは、その結果として自己暗示にかかり、アメリカとの実際の力関係や実力差を見誤ることです。

 

これらの欠陥は、現在の論者にも受け継がれています。しかも、かつては単なる虚勢でしたが、いまは、アメリカと対等なのが当然だと信じ、安っぽい正義感から不平等性や密約を暴き、煽ったり憤ったりしてみせるので、危なっかしくてしょうがない。

 

まるで、日本は成熟した大人の国から、純粋で思慮のないこどもの国に逆戻りしたかのようです。そのうえ、いつの世も、こうした言説を批判する者には、非国民や反民主主義のレッテルが貼られるので、誰もとめられません。

 

 

――そうだとすると、伊東先生は、「いま」丸山を読む意味はどこにあるとお考えですか? 

 

ご質問からズレますが、私はあえて、いま丸山を読む必要はない、と言いたいですね。

 

どの思想もその時代の空気の中に入れてみないと、なかなか正しく理解できないものですが、敗戦直後と現在では、時代がまるで違います。丸山の思想は、貧しく困難な時代のなかで、民主主義を自分たちでつくっていこうとするものでした。

 

しかし、いまの日本は、かつてないほど、物質も権利も保障も満たされているのに、なおかつ不自由や不平等を訴え、解決してもらおうとする時代です。人々は、民主主義の「作り手」から「お客様」へとすっかり変わってしまった。そんな世の中では、丸山の思想は、クレーマーのお説教やアピールに都合よく使われるのがオチでしょう。

 

私は現在の日本の国民と国家の関係を、丸山だったらどう言うかな、と夢想することがあります。後年の凝り固まった丸山はともかく、往年の丸山なら、いまのリベラルのようなことは言わず、国家に要求してばかりで独立心のない国民を一喝すると思うんですけどね。

 

 

――ただ、日本でもアンダークラスと呼びうる層が出現してきています。

 

もちろん、シングルマザー家庭など、行政の手当てが必要な層はいます。ただ、いまの世の中は不満だらけですが、その大半は本当に困った者の不満ではなく、嫉妬や羨望に近いのではないでしょうか。貧困・格差・弱者のアピールもよく目にしますが、それは金持ちとくらべての格差であり、ぜいたくできないという意味での貧困です。

 

これらの不満は、自己正当化のために「悪者」をつくりあげます。政治家・官僚・巨大企業などがその標的となってマスコミに叩かれ、ストレス発散のための半沢直樹のようなドラマが人気になったりする。明らかな自家中毒なのですが、それに気づかない。とても危ない傾向だと思います。

 

私が思い起こすのは、同じように社会の不満が燃えあがった、大正・昭和初期の時代です。やがてその不満は、純粋高潔な軍人への支持となり、最終的に国を滅ぼしました。私は、いまの世の中の不満も、私たちをどこか誤った方向に導くだろうと思っています。

 

 

――処方箋はありますか?

 

この“火消し”はなかなか困難ですが、まずは私たちの足元を見つめ直す努力が必要です。その際、丸山の思想に頼るのは、時代が違いすぎるので、お勧めできません。いまの時代を代表する団塊の世代の思想も、火に油をそそぐのでダメです。

 

たとえば、団塊世代の村上春樹は、「卵と壁」の比喩を使い、つねに壁につぶされる卵の側に立ちたいと述べますが、いま必要なのは、きちんと自分の立場で物事を考えることでしょう。少なくとも、私は弱者ぶらずに、壁の側に立ちたい。また、そのことが皆さんにも求められていると思います。

 

ただし、私は、丸山の思想的営為が無意味だったと言うつもりは、まったくありません。

 

丸山が生きた時代も、現在の私たちが生きている時代も、同じ「戦後」です。戦後は、たんに“戦争のあと”という意味ではなく、アメリカの強い影響下にある体制のことですから、それが変わらない限り、戦後は終わりません。

 

丸山はその「戦後」という問題と格闘し、どう生きるべきかを考えた、第一世代の第一人者と言えるでしょう。したがって、後続の私たちが「戦後」を考え、過去から未来へとそのバトンを受け渡すうえで、丸山の思想は避けて通れません。丸山の戦いぶりは、つねに私たちの指標なのです。

 

丸山眞男の敗北 (講談社選書メチエ)

丸山眞男の敗北 (講談社選書メチエ)書籍

作者伊東 祐吏

発行講談社

発売日2016年8月11日

カテゴリー単行本(ソフトカバー)

ページ数272

ISBN4062586320

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