患者の名は「近代日本」――西郷隆盛を通して診る日本の病理

福澤諭吉、中江兆民、頭山満、橋川文三、江藤淳。多くの思想家や評論家が西郷隆盛に魅了され、言葉を紡いできた。その言葉を集めたとき、「近代日本」とその病理が立ち現れる。いまなぜ西郷なのか? 西郷をめぐる言葉から、いったい何が見えてくるのか? 『未完の西郷隆盛』の著者、先崎彰容氏にお話を伺った。(聞き手・構成 / 芹沢一也)

 

 

「近代日本」を診断する

 

――『未完の西郷隆盛』は福沢諭吉から司馬遼太郎まで、西郷を問い続けた思想家たちを取り上げています。どのような問題意識から、本書に取り組まれたのでしょうか?

 

私たちは、「格差社会」「原発再稼働問題」「少子高齢化問題」など、さまざまな具体的問題に取り囲まれています。一つひとつの問題に対し、鋭い嗅覚をもって提言していくことはとても大事なことです。私自身も現代日本社会を的確に「診察」し、できれば良い薬を「処方」する「時代を診る名医」になりたいと思ってきました。

 

では名医を目ざして、私が取り組んでいる方法とは何か。一例を示しましょう。

 

短期的な視野であれば、頭痛や鼻水や高熱を「風邪」と診断し、症状を止める対処療法がよいでしょう。しかし、もし風邪気味の症状がもっと重篤な病、たとえば白血病や脳腫瘍などに起因するとすればどうか。対処療法では済まないでしょう。

 

あるいはもしかしたら、加齢や長年の食習慣による成人病かもしれません。だとすれば、眼の前の症状だけに注目せず、さらに患者さんを詳細に診察し、生活習慣を見つめ、あるいは高度な医療機器を用いて調べる必要がでてきます。つまり長期的な視野が求められる。

 

以上のような問題意識をもち、今年が明治維新から150年の節目の年でもあることをふまえ、日本の近代化全体を俯瞰する研究をしてみようと思いました。それが今回の著作です。私が担当する患者の名は「近代日本」。現在150歳です。

 

 

――「近代日本」をトータルに視野に収めよう。そのための視野を確保してくれるのが、西郷隆盛という人物なわけですね。

 

はい。この間、近代日本はさまざまな病気に罹りましたが、何とか生活改善を積み上げつつここまで生きてきました。1945年と2011年には、生死を彷徨う大病もしています。この、近代日本という患者が、2018年の今また喘いでいる。ではその病原とは何なのか? 

 

近代日本という、あまりに巨大かつ抽象的な概念を、「西郷隆盛」という一人物にフォーカスし、そこに積み上げられた言葉を診察し、腑分けし、まとめたものが今回の著作『未完の西郷隆盛』です。

 

 

――西郷自身ではなく、西郷を論じた思想家たちの言説を辿ったのは、そうした理由からなんですね。西郷の周囲にかたちづくられた言説を見ていると、たしかに近代日本の「病理」のようなものがくっきりと浮かび上がってくる気がしました。

 

西郷隆盛をダシにして、150年間、日本人はああでもない、こうでもないと思想してきた。その特徴を明るみに出すことで、私たちの生きている時代を広い視野から診ようと思って書きました。

 

この本には、福澤諭吉・中江兆民・頭山満・橋川文三・江藤淳などの思想家・評論家が登場してきます。彼らの西郷への思いは、そのまま「近代日本」を診察することになるでしょう。私たちの生きている社会が、どのような課題=病理を抱えているかを明らかにしようと思ったのです。

 

 

51GcCv6p9mL

 

 

反近代主義者としての西郷隆盛

 

――本日はとくに、戦後日本と西郷についてお聞きしたいと思います。西郷といえば、一般的には右翼の親玉のようなイメージがあります。

 

改めて私の問題意識を確認すると、「近代日本」という身体を診察し、その病理を指摘する名医を目ざすというものでした。その観点から、非常に面白いのが、西郷隆盛と頭山満という右翼との関係です。

 

国内最後にして最大の内戦であると言われている西南戦争が明治10年に終わると、武力による反政府運動は影をひそめ、私たちがよく知る自由民権運動が本格化していきます。そのなかに、福岡で後に右翼結社として著名となる「玄洋社」という団体がありました。彼らがじつは、自由民権運動で相当に大きな力を持ったことは、今日、完全に忘れられているでしょう。

 

その右翼結社のトップが、頭山満という人物です。頭山は西郷に深く傾倒し、西郷隆盛の『南洲翁遺訓』に独自の注釈を施したりもしました。

 

 

――「征韓論」を唱えた西郷と、アジア侵略をもくろんだ頭山の組み合わせは、面白いというよりも自然に思えますが。

 

おっしゃるように、西郷隆盛が今日まで名を残している理由のひとつに、明治6年の「征韓論」があるでしょう。朝鮮半島への武力進出をも辞さない態度を西郷が示し、一旦は使節派遣が決まったものの、大久保利通ら欧米視察から帰国したグループによって阻止された有名な運動ですね。これが原因で、西郷だけでなく板垣退助など多くの政府関係者が下野しました。

 

では西郷隆盛は本当に、半島に武力進出するつもりだったのか。研究者の間でもさまざまな意見があります。もし武力進出を狙っていたとすれば、それは西洋諸国の帝国主義的なアジア進出と同じ行動になってしまう。弱小のアジア諸国を席巻するわけですから。

 

しかし西郷の「文明」観を見てみると、どうもそうは思えない。

 

 

――どういうことでしょうか?

 

というのも、西郷は「文明」と「西洋文明」を明確に区別しているのです。

 

西郷はこう詰問しているんです。西洋文明は、たしかに刑法そのほか優れている部分が多くある。しかし国際関係に眼を転じてみれば、帝国主義的進出を行っている。だとすれば、植民地を増やすことが文明なのだろうか。むしろ弱小国には「慈愛」をもって対応する態度こそ、普遍的な価値をもった「文明」ではないのか。西洋文明は所詮、「西洋」文明に過ぎないのではないか。

 

また、国内でも文明開化は誤解されている。それは洋装をし、西洋風のビルを建て、華美な生活へと激変していくことだと思われている。これまた「西洋」文明に過ぎず、西郷が考える「文明」とはまったく異なった価値観なのです。

 

そして、「慈愛」に充ちた「文明」の姿は、一見したところ開発途上国に見え、遅れて見えるアジア諸国の価値観のなかにこそ、生き生きと伝わっていると西郷は考えた。

 

 

――西郷は、帝国主義的な西洋文明を相対化したということですね。

 

はい。西郷は文明を理解する際、従来の学問体系である儒教の概念を用いて表現しようとしました。そこでは、儒教の「天」という概念が重要です。

 

私たちのあらゆる行為は、「天」によって支えられ、あるいは付与された使命のようなものである。ここに強烈な自負心に支えられた幕末維新期の政治運動が行われました。個人の過激な態度は、その背後に「天」を持ち、一面では過剰な暴力性を押さえられてもいました。

 

西郷が西洋の帝国主義に対峙しえたのも、儒教的な「文明」観がもつ反暴力性・普遍性のゆえです。こうした反植民地と反西洋化、つまりは「反近代主義」こそ、西郷隆盛だったのではないか。このような見方があります。

 

 

――たんなる保守反動としての「反近代」ではなく、西洋的な近代文明に対するオルタナティブという意味での「反近代」ですね。

 

そうです。しかし不幸なことに、右翼・頭山満によって敬慕された西郷は、戦前の大陸進出の流れのなかで、顕彰されていきました。ここからおっしゃるような西郷=右翼イメージができあがります。

 

ただし、中国革命では孫文を匿い、インドの革命家ボースを援助した頭山満という人物さえもが、昨今の研究では、そう簡単に「右翼」として片づけられない人物だと言われています。だとすれば、頭山に担ぎあげられた西郷隆盛自身は、さらに捉えにくい人物になるでしょう。

 

 

――頭山は傾倒した西郷から、「天」という概念は引き継がなかったのですか?

 

西郷にはあった「天」の概念は、頭山以降の時代には、私たちの教養から失われていきました。そして、古典的な儒教概念も、新しい西洋文明も、いずれも身についていない人びとが成人していきます。そのため、明治中期以降になると、正義観・社会変革の思想は、「天」の共通性を奪われ、各人が勝手に考える「独善」へと変貌していったのです。

 

政治思想では植木枝盛、文学では自然主義文学の個人主義の過剰な追求が、明治30年代以降、露わになっていきます。政治も文学も、同じ傾向を帯びていく。そのはじまりが来島恒喜による大隈重信暗殺未遂事件であり、帰結が、大正期の安田善次郎暗殺事件となって露わになるわけです。いずれも独善的なテロリズムに陥っています。

 

以上の歴史の流れだけを見ても、西郷の「影」がどれほど長く近代日本にかかっているかが分かるでしょう。彼らはいずれも、眼の前の現実社会に違和感を禁じ得ず、暴力をふくめた行動にでました。その意味で、西郷や頭山は明治新政府の歩みに反旗を翻す「反近代主義者」だと言えるはずです。【次ページにつづく】

 

 

シノドスのコンテンツ

 

●ファンクラブ「SYNODOS SOCIAL」

⇒ https://camp-fire.jp/projects/view/14015

 

●電子メールマガジン「αシノドス」

⇒ https://synodos.jp/a-synodos

 

●少人数制セミナー「シノドス・サークル」

⇒ https://synodos.jp/article/20937

 

 

 

 

1 2
シノドス国際社会動向研究所

vol.256 

・熊坂元大「「道徳教育」はこうすれば良くなる」
・穂鷹知美「終の住処としての外国――スイスの老人ホームにおける 「地中海クラブ」の試み」
・徳山豪「アルゴリズムが社会を動かす」
・鈴木崇弘「自民党シンクタンク史(1)――シンクタンク創設への思いとその戦い」