離婚なき便宜的結婚――ロシアの勢力圏を侵害する中国

ロシアの勢力圏ユーラシアで台頭する中国。対して、ウクライナ問題で国際的に孤立し、経済的に疲弊するロシア。米国の一極的世界支配に反発し、緊密化する両国の関係はいかなるものなのか? 中国のジュニア・パートナーになり下がったと評されるロシアは今後も大国でいられるのか? 『ロシアと中国 反米の戦略』著者、廣瀬陽子氏にお話を伺った。(聞き手・構成 / 芹沢一也)

 

 

中露蜜月なるものの構図

 

――本日はちくま新書から『ロシアと中国 反米の戦略』を刊行した廣瀬陽子先生にお話を伺います。最初に本書のコンセプトを教えていただけますか。

 

本書を執筆した背景として、近年、中国の政治的、経済的影響力が飛躍的に増大する中、その影響力がユーラシアにも大きく浸透しつつあるという事実があります。ご存知のように、ユーラシアのかなりの部分はロシアにとって重要な勢力圏です。そこがいま、ロシアのみならず、中国にとってもきわめて重要なフィールドとなっています。

 

私はもともと、旧ソ連地域の紛争や国際関係を研究してきましたが、その際に重要となる鍵はユーラシアにおける「パワーバランス」でした。これまでは「東西」、つまりロシア vs 欧米のパワーバランスを見てきましたが、近年、中国の影響力が大きくなってきて、ユーラシアのパワーバランスが明らかに変化しました。

 

 

――ロシアの勢力圏であるユーラシアで中国が台頭してきているわけですね。

 

はい。ユーラシアの広い部分を勢力圏とするロシアにとって、中国の台頭は明らかに望ましくない傾向です。しかし、2014年以降のウクライナ危機、シリア問題、ロシアゲート事件などによって、ロシアが国際的に孤立し、経済的に困窮したために、ロシアにとって中国との協力は不可避となりました。

 

現在、中露関係は「中露蜜月」という言葉も使われるようになり、評価がなされるようになっていますが、中露蜜月なるものの構図は複雑で、その実態は容易には語れません。その微妙な関係を、中露のユーラシアにおけるメガプロジェクトにフォーカスしながら解きほぐし、中露関係の実態を明らかにしようとしたのが本書です。

 

 

――いま中露蜜月という言葉が出ましたが、なぜロシアと中国は蜜月と表現されるほどにまで接近しているのでしょうか?

 

簡単に言ってしまえば、中露それぞれが、中露接近によって利益を得ることができるからです。

 

中国は軍事的により強国になって行くために、ロシアの軍事技術が必要です。また、ロシアからのエネルギー供与も、人口が増大し、産業規模が拡大して、エネルギーがいくらあっても足りない中国には、きわめて重要な意味を持ちます。また、中国が進める一帯一路構想の成功を考える上でも、その重要エリアがロシアの影響圏と重なる以上、ロシアとの利害調整は必須です。

 

他方、ロシアにとっても、今となっては中国との関係は不可欠です。あとでまたお話しますが、ロシアは中国に大きな不信感を抱いてきました。その不信感はいま現在でも決して拭えてはいません。しかし、先ほど述べたように、2014年以後、ウクライナ危機、のちにはロシアゲートによる欧米諸国からの対露制裁とそれに対するロシアの対抗措置、また石油価格の下落とルーブルの価値低下により、ロシアの経済はきわめて深刻な状況になりました。そのような中では、ロシアは中国に頼らざるを得ないというのが実情です。

 

 

――両者の関係に軋轢はないのでしょうか?

 

中露関係は「離婚なき便宜的結婚」とも称されますが、その背景には利害が一致する部分、相反する部分、さらに微妙な部分が入り混じっている現実があります。

 

利害が一致する部分としては反米の姿勢、すなわち米国による一極支配を打ち砕いて多極的世界を打ち立て、維持していきたいという政策目標があります。また、ロシアの中国に対する軍事やエネルギー関連の輸出に代表されるような経済的実利も共通利益と言えます。

 

他方、相反する関係としては、まず地政学的戦略の衝突という問題があるでしょう。現在、「ロシアの勢力圏を侵害する中国」という構図が生まれているのは間違いのない事実です。また、軍事技術など、ロシアの知的財産をこれまで中国が侵害してきたことも深刻です。とくに、中国がロシアの技術を使って兵器や軍事装備品などを生産し、第三国に安価で大量に売りさばいてきたことなどは、ロシアにとってきわめて深刻に受け止められてきました。

 

このようなことから、ロシアは長年、中国に対する警戒心を持ち、中国に対しては「相対化戦略」をとってきました。

 

 

――相対化戦略というのは?

 

相対化戦略とは、中国の「ジュニア・パートナー」(格下の関係)に成り下がることを防ぐために、中国以外の第三国(できる限り強力なアジアのパートナー。インド、イラン、ヴェトナム、韓国、日本等)との戦略的関係を強化し、外交バランスを保とうとする戦略です。

 

しかし、近年、ロシアはすでに中国のジュニア・パートナーに成り下がったと見るロシア研究者も増えてきました。実際、ロシアは国際的孤立や経済的状況から、アジア太平洋地域については相対化戦略を諦め、「中国優先主義」をとることを受け入れたとも言われています。

 

 

――中露関係の緊密化は、世界の安定に寄与しているのでしょうか?

 

決して安定をもたらしているとは言えないと思います。まず、中露関係そのものが堅固なものとは言えないからです。また、中央アジアなど、中露の利害対立が集中するところでは、中露の顔色をみて動くようなバランス外交が強いられる国も出てきます。

 

他方、時期を悪くして、米国のトランプ大統領がかなり日和見的な外交戦略を取っていることも、世界の安定には悪影響をもたらしています。今の世界における主たる不安定要素は、若干の改善があったとはいえまだ不透明な北朝鮮情勢、アフガニスタン情勢、中東情勢、ウクライナ問題、ロシアのハイブリッド戦争の動向、米国のトランプ大統領の動きであると考えます。

 

そう考えると、現状では中露関係は世界の不安定要素にはならないと思いますが、安定要素にもならないと考えます。

 

ロシアと中国 反米の戦略 (ちくま新書)

ロシアと中国 反米の戦略 (ちくま新書)書籍

作者廣瀬 陽子

発行筑摩書房

発売日2018年7月6日

カテゴリー新書

ページ数254

ISBN4480071539

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ユーラシア連合構想と一路一帯構想

 

――プーチン政権の外交の根幹を成しているとされるユーラシア連合構想について教えてください。 

 

そもそも近年のロシア外交は「東方シフト」をとっており、旧ソ連圏を含む「ユーラシア」(Europe+Asia)がロシア外交政策の重要な鍵となっています。そのような中で、「ユーラシア連合」は、2011年10月に大統領選挙を前にしたプーチンが創設を発表したもので、ユーラシアを対象としたEUのような地域機構をつくり、ロシアの国際的な影響力を強めてゆこうとするものです。

 

その構想が発表されたとき、旧ソ連諸国、欧米諸国などでは「ソ連復活の試み」という懸念が広がりましたが、プーチンは「歴史に葬られたものを復活させる試みは無邪気すぎる」とその懸念を一蹴しました。ユーラシア連合の目的はEUとアジアを結ぶ架け橋をつくり、グローバル化に貢献することだということを強調したんですね。

 

しかし、ユーラシア連合をすぐに創設するという計画ではありません。その前段階としての「ユーラシア経済同盟」を2015年までに創設することが発表され、実際にそれは実現しています。

 

 

――まずは経済的な関係を強化しようということでしょうか?

 

そうです。「ユーラシア経済同盟」とは、ロシア、カザフスタン、ベラルーシという、以前から関税同盟と統一経済圏を維持している国との経済協力関係を強化するかたちでスタートしようというものです。そして、加盟国を増やしながら、経済的なつながりを基盤として、政治・社会面でも統合を進めていき、最終的にはユーラシア連合に発展させるという構想です。

 

ロシア、カザフスタン、ベラルーシとの三カ国で創設した直後に、アルメニア、キルギスが加盟し、その後、オブザーバー国が増えたり、ベトナムとFTAを結んだりと、一応計画通りに展開しているように見えます。しかし、2014年のロシアの経済悪化以後、ベラルーシとカザフスタンがロシアとの経済的連携に対して疑問を呈するようになり、離反的な行動も見せたことなど、懸念材料も少なくありません。

 

ともあれ、ユーラシア連合が生まれた暁には、プーチンは、一帯一路・ユーラシア連合・EUを結節する広範囲のユーラシアの協調システムを構築したいと強調しています。

 

 

――ユーラシア連合構想は、中国の一帯一路構想とはどのような関係にあるのでしょうか?

 

当初はロシアが単独で主体するプロジェクトとして、ユーラシア連合構想は動き始めましたが、いまは一帯一路構想と連携するかたちで進めています。連携に際しては、ロシアの勢力圏を中国が侵害し、そもそもうまくいかないのではないかという懸念も強く抱かれていました。しかし、2つの点から、その懸念はとりあえず回避されていると言われています。

 

第一に、中露のプロジェクトが「同床異夢」であるという点です。両プロジェクトの対象地域はたしかにかなり競合しますが、それらはそもそもレベルの違うプロジェクトなのです。

 

 

――レベルの違いというのはどういうことでしょうか?

 

ロシアのユーラシア連合構想は、主権国家を対象とした、条約に基づく明確な計画です。それに対して、中国の一帯一路は地域を大雑把に捉える曖昧な計画となります。その曖昧さが人気の一因ともなっているという事実もありますが、ともあれ、中露のプロジェクトの性格は異なります。

 

また、第二の点として、中露が競合地域、具体的には中央アジアで分業をすることによって共存共栄を図ってきたということがあります。つまり、政治・軍事分野をロシアが、経済分野を中国が担当して分業をしてきたわけですが、最近までその分業はかなりうまく行われてきました。

 

しかし、近年、中国の軍事・政治領域への進出が拡大しており、ロシアの懸念が強まっています。実際のところ、ロシアが中国に対して許容できる「中央アジアへの進出度」は、すでにボトムラインを超えてしまっているものの、ロシアの現在の国際的プレゼンスの弱さと経済的な弱体化によって、ある程度は容認せざるを得ない状況に追い込まれているのではないかと私は見ています。

 

いずれにせよ、プロジェクトの共通部分が合理的に組み立てられていることが前提とはなりますが、中露がユーラシアのインフラ整備・利用を共同で行うことは合理的・効率的です。また、地域のインフラや経済基盤が整備されることで、ユーラシア地域の誰にとっても有益な新経済発展地域が形成される可能性もあります。そういう意味では危うい面も多々あるとはいえ、中露の連携には期待が持てる部分もあるといえそうです。

 

加えて、昨年からはロシアの北極圏政策と中国の北極圏を対象にした「氷のシルクロード」計画も連携することとなり、中露間の連携レベルがさらに深まっています。【次ページにつづく】

 

 

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