離婚なき便宜的結婚――ロシアの勢力圏を侵害する中国

ロシアはなぜウクライナに介入したのか?

 

――先ほどからお話を聞いていると、ウクライナ危機によってロシアは国際的に孤立し、経済的にも打撃を受けた上、中国との関係においても頭が上がらない。ロシアにとって何のメリットもないように見えるのですが、そもそもなぜロシアはウクライナに介入したのでしょうか? 

 

ロシアのグランドストラテジーのもっとも重要な点は、勢力圏の維持です。その勢力圏でもっとも重要なのが旧ソ連地域、つまりロシアから見た「近い外国」なわけです。ところが、親欧米路線をとってきたウクライナが西側にいってしまったら、ロシアの勢力圏構想は崩れてしまいます。そこが崩れたら、ロシアの外交の最重要目標が崩れ、ひいては世界戦略が立ち行かなくなってしまいます。

 

中でもウクライナはロシアと同じスラブ系民族で、キエフルーシという共通の歴史もあり、ロシアとしては絶対に譲れない地です。何が何でもウクライナを西側に奪われまいという強い意思があったことは間違いありません。

 

 

――ロシアの行動原理は勢力圏という思考によって規定されているわけですね。

 

そうです。また、クリミアという地の特別な戦略的重要性があったことも事実です。クリミアにはセバストポリという軍港があり、歴史的には「不凍港」として大きな意味を持ってきました。近年、戦闘機など空軍機能の発展もあり、不凍港の重要性は以前よりは低下したとはいえ、その戦略性はいまだ大きな意味を持っています。

 

とくに、歴史的に「ロシアとトルコの海」とされてきた「黒海」は、冷戦時代、ワルシャワ条約機構勢力がNATO(トルコのみ)に対して優勢でしたが、現在は、ブルガリアとルーマニアもNATOに加盟してしまい、NATO勢力に圧倒されそうな状況です。2008年のロシア・ジョージア戦争の際には、NATOの艦隊もかなり黒海に入ってきました。そのような状況下で、黒海におけるNATOの存在感を弱めることが、ロシアにとっては戦略的にきわめて重要です。

 

そのため、セバストポリはソ連解体後も「特別市」というステイタスを与えられ、ロシアはクリミア併合以前でもセバストポリについては軍を駐留させていました。つまり、ソ連解体後、そしてロシアによるクリミア併合以前のセバストポリは、ロシア軍とウクライナ軍が共存していたわけです(ただし、親欧米のユーシチェンコはロシア軍への貸与を打ち切る方針を示していましたが、次のヤヌコーヴィチが契約を延長した経緯はありました)。

 

加えて、クリミアには多くのロシア系ないしロシア語を話す住民がいたため、ソ連解体直後には、クリミアでもロシアに移管を願う運動が起きていたほどで、クリミアにはロシアへの移管を望む人々が少なからずいました。

 

他方、ロシアは、もともとロシア領だったクリミアを、フルシチョフが1954年に勝手にウクライナに贈与してしまったが、本来ならばクリミアはロシア領であるべきだという認識を強く持ってきました。そのため、ロシアはクリミア奪還を目指し、政治技術者を展開するなどして、かなり前から入念にクリミア奪還の準備をしてきたのです。ウクライナでユーロマイダン革命がおき、ウクライナ情勢が混乱している状況は「奪還の好機」とロシアに映ったはずです。

 

 

――とはいえ、それで失ったものは大きすぎたのではないですか?

 

おっしゃる通り、クリミア奪還以後、ロシアは国際的に制裁を受け、経済的にも大きな悪影響を被り、政治的にも孤立しました。しかし、クリミア奪還にロシア人は狂喜し、それによって国内のプーチン支持率が80%以上に伸びました(最近までその支持率は維持されていました)。

 

このように国民の支持を獲得し、旧ソ連の近い外国を中心として、ロシアの恐ろしさ、とくに「ハイブリッド戦争」の威力を見せつけたことは、大国ロシアとして決してマイナスばかりではなかったと思います。

 

 

ロシアは今後も大国でいられるのか?

 

――EUの東方拡大や米国の進出、そして中国の西進に挟まれて、またチャイナマネーの支配力によって、ロシアの行く末はとても困難なものにみえます。ロシアはすでに中国のジュニア・パートナーになったという説もあるとのことですが、今後も大国の地位をロシアは維持できるのでしょうか?

 

ロシアが大国のポジションを維持できるかどうかはとても難しいポイントです。すでに、経済的には大国とはいえない状況ですし、軍事面でしか大国という表現がそぐわなくなってしまっているのが実情ではないでしょうか。

 

しかし、ロシア人の大国意識は強く、ソ連が解体したときも「大国ソ連の消滅」が大いに人々を落胆させましたし、そのような中で、2000年以降のプーチン政権による経済成長と世界でのポジションの回復は、ロシア国民のプライドを大きく満たすことになりました。だからこそ、ゴルバチョフに対する不人気の一方、プーチンに対する強い支持があるわけです。

 

とはいえ、ロシアの経済的現状は本当に厳しいものがあります。経済難の中、クリミアを維持しながら、国民生活を支えることすらままならない状態で、長年の課題となっている極東やシベリアの開発などがおざなりになっています。また、W杯期間中には、年金受給年齢の引き上げ法案も発表され(男性が60歳から65歳へ、女性が58歳から63歳へ)、政権に対する反発も高まっています。

 

このように、現状では大国の地位の維持は当然難しいですが、ロシア人はロシアが大国として生き残るためには、雑草を食べてでも困窮を我慢すると言われています。当面はロシア政府も国民も、大国の地位のために努力を続けてゆくことでしょう。

 

 

――そうした中、プーチン大統領はさまざまな方法で欧米に揺さぶりをかけています。欧州の極右政党の支援もそのひとつだと思うのですが、そこにはどのような目論見があるのでしょうか?

 

プーチンは、欧州の極右政党の台頭やポピュリズムの波が顕著になってきた2014年ごろよりずっと前から、欧州の極右政党とさまざまなかたちで接触し、関係を深めつつ、資金提供などによって支援を続けてきました。

 

欧州の極右政党は、EU統合に反発する傾向が強く見られます。プーチンにとっては、EUの結束が乱れることは喜ばしいことです。プーチンのブレーンとされている地政学者のドゥーギンは、EUの結束を弱め、欧州諸国をフィンランド化、つまり中立化することが、ロシアの地政学的戦略にとって重要だと説いています。

 

欧州の中立化は当然ながら非現実的ですが、せめてEUの統合を弱体化させていくことがロシアにとっては重要な戦略目標のひとつになっているといえます。そのため、近年、ヨーロッパで極右政党が選挙などで飛躍的に票を伸ばし、影響力を強めている現状は、プーチンにとってはとても望ましい状況であるはずです。

 

 

――近い将来の北方領土返還が絶望的な中、中国との関係も含めて、日本はロシアとどのように付き合っていくべきでしょうか?

 

ロシアは日本が対米追従外交をしていると決めつけていて、日本が外交の独立を果たすことが、日露関係を打開する第一歩であるという姿勢をとっています。また、北方領土問題についても日米同盟があるかぎり、日本への北方領土返還は難しいとも主張します。なぜなら、日本に北方領土を返還したら、途端にそこに米軍基地がやって来る可能性が否めないからだというわけです。

 

日本は主権国家として、独自外交を展開してきたとはいえ、やはり基地問題になると強く出れない部分もあり、日米関係を突かれるとロシアに言い返せない実情があります。そのような窮地の中で提案した、北方領土における共同経済活動についても、共通の新しいルールを作成しようとする日本に対し、ロシアはロシア法の下で経済活動を行うといって譲らず、状況は停滞したままです。

 

このように日本が立たされている状況は決して明るくはありませんが、まずはロシアとの関係をあらゆる外交手段と経済協力を行使しながら緊密にしつつ、ロシアと中国のさらなる関係強化に楔を入れていく必要があるでしょう。

 

現在、日中関係にもあまり明るい材料がありませんが、中国に対しても、アジアの隣国として関係強化を目指すべきだと思います。こじれた国際関係はすぐに修復できるものではありません。急がば回れで、アジア諸国との信頼構築を少しずつ進めながら、中露とも関係を深めて行くことがもっとも現実的ではないでしょうか。

 

近隣諸国との関係をより良好にしつつ、アジアの大国としての日本のプレゼンスを高め、日本と関係をよくすることが利益になるということを、中露両国に思わせて行くことも重要だと思います。

 

ロシアと中国 反米の戦略 (ちくま新書)

ロシアと中国 反米の戦略 (ちくま新書)書籍

作者廣瀬 陽子

発行筑摩書房

発売日2018年7月6日

カテゴリー新書

ページ数254

ISBN4480071539

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