円高が好きな人たちの「正体」とは?

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“円高愛”にあふれた人たち

 

飯田 『円高の正体』の著者にお話を伺うせっかくの機会なので、ここでベタな質問をしておきましょう(笑)。円高だと、いったい何がまずいんでしょうか?

 

安達 まずは輸出企業にとって、製品の売値が円換算で高くなります。たとえば韓国のサムソン電子と日本のソニーがユーザから見て同じような商品を作っていたとしたら、円高になることによってソニー製品だけ値段が上がっちゃうので、その販売価格をどうするのか、という問題になるわけですよね。

 

飯田 そのままだと売れなくなっちゃう。

 

安達 円高になった分の値段を上げて、収益に対する影響をニュートラルにしようとすると、売上数は減ってしまう。ソニー買っていた人がサムソンに移っていく。そうなるとまずいので値段を変えると、同じ量だけ売れても円換算での収益が減る。売上の数量が減るか、もしくは収益が減るか、少なくともどちらかが起こるんですね。おそらく、両方起こるんです。

 

ものによっては値段を変えないで売らないといけないものもありますし、もちろん値段に転嫁するものもありますけど、それはライバル企業の競合商品がどうなっているかに依存して変わります。でも、とにかく輸出企業の収益は確実に減ります。いま収益が減ると、やはり労働コストを下げることになってくるでしょう。収益に対する人件費の割合は、どの企業もだいたい一定にしたいんですね。

 

人件費を削ろうとすると、給料を下げるか人を切るか、派遣社員に変えるかということになる。そういうかたちで失業者が増えたり、輸出企業で働いている人の賃金が下がる。そうなると、みんなモノを買わなくなるので、輸出企業とは関係ない国内企業の売り上げまで減ってしまうことになるんですね。だから円高は輸出企業だけじゃなく、非製造業と呼ばれるサービス産業にもけっこうな打撃を与えてしまいます。

 

飯田 その一方で、円高だと原油や原材料価格が安くなるので、経済にプラスなんだと言う人もいるのですが。

 

安達 円高のメリットは原材料購入価格が安くなり、値段を変えなければその分の利幅がとれるということですよね。ただ、原油価格の変動と為替の変動とどっちが大きいかというと、たいていは原油価格の変動のほうが大きい。原油価格が上がるときはものすごく高騰するので、多少の円高では全然相殺できない。製造業の利益を計算すると、円高により原材料コストが下がったことで収益性がものすごく上がるというのは、おそらくほとんどないですよね。

 

そのデメリットがあるので、円高で原材料コストが下がることの影響は、じつはそんなに大きくない。あと一部の方は、円高のメリットで海外企業を安く買えるからいいじゃないか、といった主張をしているのですが、それは個々の企業の話なので、はっきり言ってどうでもいい話なんですよね。

 

飯田 買いたい人は買う、というだけの話で。

 

安達 そう。買いたい人は買えばいいという話なので、それ自体にメリットもデメリットもない。円高は、現状では圧倒的にデメリットのほうが大きいですけどね。

 

飯田 さらに言うと、日本企業が作って売っているものは、原材料にちょっとだけ手を加えて売っています、というような単純なものではない。どちらかというと付加価値部分がほとんどですよね。

 

いまや先進国が作っているモノ、国際間でバンバン取引されているモノの多くは一次産品じゃない。価格のほとんどが原価ではない部分、つまり付加価値部分なので、ごく一部を占めるにすぎないエネルギーや原材料をそこまで重視してもしょうがない。無視できるわけでもないですけど、そんなに大きな要因であるはずもないですよね。

 

安達 そうですね。

 

飯田 なのに、なんでみんな円高が好きなんでしょうね?

 

安達 たぶん実感しやすいのが円高メリットのほうで、結局はデミリットが自分に返ってきても気づかない。円高還元セールで安く買えるからラッキー、とか、海外旅行に行ったらお土産たくさん買える、とか、そういう日常レベルの恩恵が頻繁にあるわけですよね。

 

製造業の収益が下がって給料が下がるという現象は、一年に一回といった頻度で起こることで、そっちのほうが大きいはずなのに、目立つのは圧倒的に小さな日常の恩恵なのでしょうね。また、新聞社やテレビ局の方も円高で給料が下がったりはしていないと思うので、メディア発信へのバイアスもあるのではないでしょうか。

 

飯田 なるほど。

 

安達 給料が下がらない職種の方にとってはメリットしかないんですよね。

 

飯田 物価についてのアンケートを見ると、この期に及んで「物価が上がっている」と感じる人はかなり多かったりするんですよね。やっぱり毎日繰り返す行動の印象は大きい。

 

安達 大きいですね。

 

飯田 生鮮食品の価格が上がると、すごい値上がりだとみんな思うんですよね。でもネギなんて、年間にせいぜい1万円くらいしか買わないでしょう。それは残業が一日減っただけですっ飛ぶような値上げ幅にすぎないのに。それが不思議ですね。毎日買うものだから、ですかね。野菜の値段が上がったりすると、すぐにニュースも取り上げるし。

 

安達 直感に訴えてしまうんですよね。円高のデメリットは直接にはこないで、色々なところに間接的に波及して、最後に「ぐるっと」回ってやってきますからね。

 

飯田 業績が悪化して、はじめてやってくる。

 

安達 業績悪化してもそれは別の要因があるかもしれない、となってしまいますしね。給料が下がることと円高がなかなか結びつかない。なにか別の要因で業績が落ちているんだからしょうがないや、となると、円高でモノが安く買えることの印象が強まってしまう。

 

飯田 なるほど。だから円高が嫌いじゃないんですね。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.267 

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