漂白された人々の「物語」を紡いでいく

『「フクシマ」論』で脚光を浴びた社会学者・開沼博氏の三冊目の単著『漂白される社会』が出版された。本書は、「売春島」「ホームレスギャルの移動キャバクラ」「シェアハウスと貧困ビジネス」など12個の異なるテーマを取りあげながら、「自由」で「平和」な現代社会は、「周縁的な存在」の猥雑さを「漂白」しているのではないか、それは、わかりにくい社会的弱者をよりいっそう弱者化してしまっているのではないか、と問題提起している。著者・開沼博氏にお話をうかがった。(聞き手・構成/金子昂)

 

 

原発・震災の問題だけでは足りない

 

―― ダイヤモンド・オンラインで連載されていた「闇の中の社会学『あってはならぬもの』が漂白される時代に」を大幅に加筆・修正して書籍化された『漂白される社会』ですが、そもそもこの連載はどういった経緯で始まったのでしょうか?

 

2011年の末あたりに、ダイヤモンド社の編集者が「『「フクシマ」論』読みました。原発や福島の話についてなにか書けることありませんか」って私のところに来てくださったんですね。村田さんといって、私より1つ下なんですが、ダイヤモンド社の書籍編集者でも一番若いそうです。

 

『「フクシマ」論』を書き終えて10か月近くすぎ、ちょうどその頃から「いま起きている問題は“原発や震災の問題を論じること”だけに閉じ込めていたら解決しない。もっと視野を広げて、もう一段上から広く問題を俯瞰するような視座を確保して、現代社会をみていくことが必要だ」と思っていて。

 

原発の研究をしていた時期に、原発以外の取材もいろいろとやっていたので、それらのネタのなかから、論じておくことが必要なのにあまり論じられてこなかった論点を扱いうる対象を選んで再構成しながら、「現代社会とはどういうものなのか」を探求しようと。そのとき、すでに漂白される社会というキー概念、タイトルもでてきていて。それで、2012年6月からダイヤモンド・オンラインでの連載が始まりました。

 

 

02174-3-thumb-208xauto-23073

 

 

「明日は我が身」

 

―― 本書は「売春島」「ホームレスギャル」「シェアハウス」「ヤミ金」「援デリ」「違法ギャンブル」「脱法ドラッグ」「やくざ・右翼」「新左翼」「偽装結婚」「ブラジル人留学生」「中国エステ」と非常に多岐にわたる12のテーマをとりあげられていらっしゃいます。どのテーマへの反応がとくによかったのでしょうか?

 

ずばぬけて反応がよかったのは第二章の「ホームレスギャル」。これは意外でした。正直いって、目次をたてている段階では他のテーマに比べると比較的地味だと思っていたし、もっと「やくざ・右翼」や「ドラッグ」のような、読者にとってわかりやすい、ある程度の筋が想像しやすいテーマのほうがウケると予想していたんです。ところが、「ホームレスギャル」のような、まだ概念化されていない、ふわっとしたなにかのほうが共感された。これは驚きましたね。

 

あと「シェアハウス」も反応がよかった。お読みいただければわかるように、これは、メディアや研究者が「シェアハウス」を新しい「夢」の現場として安直に報じる一方で、そのイメージから外れたところに、確実にある現実を、そこにある「貧困」や「孤独」な人びとの実態に沿いながら描いています。「死」すらも「漂白」されてしまう、ともっとも「漂白される社会」というテーマをストレートにあらわすエピソードも出てくる章です。そこで「たしかにこういう側面はみえていなかった」「考えてみたらありえる話だ」という反応をいただいた。

 

「ホームレスギャル」も「シェアハウス」も、あるいは他の章にも出てきますが、「グレーなセーフティーネット」がそこには存在しているということを切り口にしたことがその反応の背景にはあったと考えています。「社会的弱者」とか「セーフティーネット」とかを論じるとき、はじめは現場を丹念に追う人が議論し始めていても、多くの人がその議論に参入するなかで、肯定するにせよ否定するにせよ、いつの間にか現場からかけ離れたキレイ事とイデオロギーのなかに向かってしまう側面がある。

 

そして、結果として、その議論で本来救われるべき人が救われるどころか、かえってよりひどい状況のなかに追い込まれてしまう。具体的なことは本を読んでもらえればと思いますが、このような状況を私は「弱者の弱者化」と呼んでいます。そういう意図せざる結果がおこる空中戦の議論の背景にある、「グレーなセーフティーネット」の存在を読者が実感してくれたのだと思います。

 

 

―― なぜ「意外なテーマ」のウケがよかったのだと思いますか?

 

うーん、「ドラッグ」や「ギャンブル」といったテーマはイメージしやすいしウケがいいと思っていたんですけど、もしかして現代社会においてこれらのテーマは、読者にとって遠い問題なのかもしれない。

 

たぶんウケの良し悪しで一番のポイントは「明日は我が身」なんですよ。漫画の『闇金ウシジマくん』と同じで、「明日は我が身」と感じるようなテーマは、恐怖心と好奇心が入り混じった、なにかが自分の身に迫ってくる実感をもちながら読めるのではないかと思いました。

 

っていうのは、毎回読者のリアクションを見ていたんですね。今回のダイヤモンド・オンラインでの連載中には、Facebook、Twitter、はてなブックマークであった読者の反応を編集者と一緒になって徹底的に記録・分析しました。連載では1記事あたりのPVで数十万から100万PVを超えるものまであったんですが、Facebook、Twitter、はてなブックマークのそれぞれに数百件のリアクションがくることもありました。ある意味、それだけの読者に論文の査読をしてもらっているようなもので、これはオンラインの連載ならではのこと。いままでできなかったものが技術的に可能になった。これは面白かったですね。

 

 

加筆されたアカデミックな分析の狙いは

 

―― それは面白いですね! どんなコメントがありましたか?

 

予想通り「社会の闇について書いているとか言ってるけど、俺だって前からこんなこと知ってたし、全然怖くね~し」みたいな、上から目線・強がり系コメントもありましたし、「共感した」とか「こうなっているとは意外だった」みたいなものもありました。他方で、「この話って、あの問題とつなげて考えるとわかりやすい」とか「この部分は、本当のところデータはどうなんだ?」という、書籍化するにあたって参考になるコメントや新しい視点をくれるコメントがありました。

 

書籍化するにあたり、WEB連載の分量の1.5倍近くになりました。いただいたコメントをすべて詰め込んで、データをいれたり、文章の穴を埋めたり、発展させたりして加筆したつもりです。ですからもしダイヤモンド・オンラインの連載を読んでいた読者がいたら、なにが変わったか注目してもらえたらと思います。

 

 

―― 加筆されたなかでも、WEB連載と書籍との一番の違いというと、序章と終章、各部の冒頭にあるアカデミックな部分だと思いますが、なぜわざわざ加筆されたのでしょうか。

 

アカデミックな手法を取り入れる特長、メリットには、権威性と網羅性があると思います。

 

荻上チキさんが『彼女たちの売春(ワリキリ)』でやられたように、どれだけの調査をしているか、どういった統計データがあるかをないがしろにせず、系統立ててしめすことは、その本の正統性の確保するうえで重要です。あるいは、本書によってセッティングされたアジェンダを、誰かが検証しようとしたときに、アカデミックな手順を踏んでいればそれを使いまわせる。これが一定程度の普遍性・一般性を持ちうるんだ、と一つの権威を持たせられる。

 

あとは情報の網羅性ですね。この本で取り上げた事例が、特殊事例でしかない可能性はあります。ですから違った事例があることもきちんと註に書きました。研究とは、一つの特殊性・個別性を、いまなされている研究の全体のなかに位置づけるわけです。そのプロセスは、読み手にとってある問題の全体像をつかむきっかけとしては非常に有用です。あるトピックについて総合的に知りたいときにこの本を手に取ってもらえれば、ある知見までは現状をおさえられるようにしたつもりです。

 

 

 

シノドスの運営について

 

シノドスは日本の言論をよりよくすることを目指し、共感してくださるみなさまのご支援で運営されています。コンテンツをより充実させるために、みなさまのご協力が必要です。ぜひシノドスのサポーターをご検討ください。

⇒ https://camp-fire.jp/projects/view/14015

98_main_pc (1)

 

 セミナー参加者募集中!「対話/ダイアローグから見た精神医学」植村太郎(12月16日16時~18時)

 

 

無題

 

vol.233 公正な社会を切り開く 

 

・ジェームズ・ミニー氏、鈴木啓美氏インタビュー「もっと楽しいお買い物を目指して――フェアトレードの魅力」

・【「民主」と「自由」――リベラルの再生へ向けて――】古川江里子「大正デモクラシーと吉野作造 ―大日本帝国憲法下での民主主義的政治の試みが現代に問うもの」

・【知の巨人たち】重田園江「ミシェル・フーコー――なぜ『絶望系』なのに読んでしまうのか」

・阪井裕一郎「学びなおしの5冊 <家族>」

 

vol.232 芸術にいざなう 

 

・吉澤弥生氏インタビュー「人をつなぐ芸術――その社会的評価を再考する」

・【現代演劇 Q&A】長瀬千雅(解説)「時代を捕まえるダイナミクス――現代演劇事始め」

・【今月のポジ出し!】橋本努「タックス・ヘイブン改革 香港やシンガポールにも圧力を」

・増田穂「『知見』が有効活用されるために」

 

1 2 3 4
シノドス国際社会動向研究所

vol.233 特集:公正な社会を切り開く

・ジェームズ・ミニー氏、鈴木啓美氏インタビュー「もっと楽しいお買い物を目指して――フェアトレードの魅力」

・【「民主」と「自由」――リベラルの再生へ向けて――】古川江里子「大正デモクラシーと吉野作造 ―大日本帝国憲法下での民主主義的政治の試みが現代に問うもの」

・【知の巨人たち】重田園江「ミシェル・フーコー――なぜ『絶望系』なのに読んでしまうのか」

・阪井裕一郎「学びなおしの5冊 <家族>」