生活保護の現実はどうなっているんだろう――最後のセーフティーネット・生活保護の意味

「健康」で「文化的」な「最低限度」の「生活」ってなんだろう

 

―― 本書を読んでいても感じたのですが、お話をうかがっていると、いろいろなひとたちにとって生活保護、あるいは社会保障の問題はまったく別の世界の話ではないのだと思いました。どこで必要になるかわからない。しかし、最初に読者からの感想をお聞きしましたが、やはり自己責任論を展開される読者もいるのだと思います。または、例えば生活保護を受給していて煙草を吸われている第二章の小林さんに対して「なんて贅沢だ」と思う方も少なからずいると思うんです。そうした部分をカットすることもできたと思うのですが、なぜお書きになられたのでしょうか?

 

そうした反応は当然あると予想していましたし、実際にありました。でもそういう部分も含めて、その方の生活であり、人生なのだと私は思います。

 

確かに、煙草を吸っている小林さんに対して「煙草なんてやめちまえ」という反応もありました。煙草は健康を害しますし、環境に優しくもありませんし、百害あって一利なしかもしれません。私は決して賛成しませんが、「生活保護なんだから、そんなものはやめろ」という論理は、成り立ちます。

 

でも小林さんは、「そういう息抜きや気晴らしがあって人間の暮らしは成り立っているんじゃないか」と、静かに、しかし自信をもって主張されます。だから私も、予想されるいろいろな風当たり、当事者に対する風当たりを一緒に受けるつもりで、書かせていただいたんです。

 

 

―― 小林さんだけでなく、この本に書かれている方々は、さまざまな境遇で生活保護を受給されるようになり、生活保護に対してそれぞれに違った考えを持ちながら、それぞれの生活を送っていらっしゃいます。読んでいるうちに、そもそも生活保護制度の根拠となっている憲法第25条の「健康で文化的な最低限度の生活」っていったいなんだろうって考えざるを得ませんでした。

 

そう思います。10章には、社会福祉学がご専門の岩永理恵さんを紹介しています。岩永さんは、「最低限度の生活」に関する研究もなさっています。岩永さんが参加されている「くらしのもよう」というサイトは、「基本的な暮らし」とはなにかを考えるための調査を行っていますので、ぜひご覧ください(http://kurasinomoyou.com/)。

 

「健康で文化的な最低限度の生活」の内容を考えるって、本当に難しいですよね。

 

戦後すぐの公的扶助研究で、すでに、最低生存費と最低生活費の両方が考えられていたようです。最低生存費だと子ども世代に貧困が連鎖するけれども、最低生活費ならば子ども世代に対して充分な知的発達をうながすことは可能、とか。最低生存費は文字通り、人が死なないための最低限の費用のことです。公的扶助が最低生存費であってよいかどうかはともかく、最低生存費そのものは比較的理解されやすいと思います。でも最低生活費の方は、「最低限の生活」っていったい何なのかを考えなくてはいけません。そして、「最低限」も「生活」も、意味するところは人によって異なるので、合意に至るのが難しいんです。

 

ただ、少なくとも現在の「生活保護費は高すぎる」という議論はおかしい、と思っています。例えば最低賃金や老齢基礎年金と比べて生活保護費は高すぎるという議論があります。困ったことに、それらは一見、正論に見えます。実は屁理屈なんですが。

 

 

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―― 最低賃金や老齢基礎年金をあげれば、いわゆる「逆転現象」は解消できますね。

 

そうなんです。それに、憲法25条を実現するための制度である生活保護制度が、他の制度に引きずられてよい理由はないと思います。

 

極端な例ですが、研究の結果、単身者の一か月の最低生活費が30万円であることが分かったとしましょう。それが十分に根拠のあるまっとうな研究なら、その30万円が他の制度の一か月の最低金額や最低賃金より高かろうが低かろうが、それはそれだと思うんです。

 

いまの経済状況で、単身者の最低生活費が一か月に30万円ということになると、実際の制度の設計や運営を考えたときに、当然、無理や矛盾が発生します。でも、そこで初めて、その無理や矛盾を「では、どうやって解消しましょうか」という議論ができるのではないでしょうか。しかし、うーん……単身者が一か月に生活費を30万円使える生活……私自身にも想像つきません。何に使えばいいんでしょうね(笑)。

 

そもそも、いまの生活保護費が高いのか低いのか、それとも妥当なのかを考えるには、「最低限の生活」が何なのかを検討し、ある程度の合意に至る必要があります。そして、その検討と合意への試みが、まだ始まったばかりにすぎない現状をそのままにして、「生活保護費は高いから削減」という議論になってしまっています。

 

 

―― 本書にもお書きになっていましたが、生活保護を受給されている方が、生活保護を受給している、働けるけど働いていない若者に苦言を呈したりすることもあるんですね。また、生活に困窮されているけれど生活保護を受給していない方が、受給されている方をバッシングしていることもあるんですね。

 

はい、あります。ただ、「必ずそうなる」というわけではないです。「そういうこともある」という感じです。本当は非常に少ない不正受給がセンセーショナルに取り上げられて大きく見られるのと同じことなのかもしれません。

 

感情論の問題として「俺は生活保護を受けないで頑張っているんだ。なのに生活保護受給者は贅沢をしている、だから保護費を引き下げろ」というのは理解できます。でも、感情に引きずられて議論を進めてはいけないと思います。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.276 

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