生活保護の現実はどうなっているんだろう――最後のセーフティーネット・生活保護の意味

生活保護制度の存在自体が希望になっている

 

ぜひ皆さんに知っていただきたい実例があります。

 

私の周囲には、会社の事業に失敗して資金繰りができなくなってしまったり、病気をして半年ほど仕事を休んでいたら仕事がなくなってしまったり、いろいろな理由で生活が苦しくなっている方が何人もいます。そうした方の中には、「生活保護を申請するしかない」と覚悟して、福祉事務所に行こうと決意する方もいます。すると、落ち着いて先のことを考えられるようになるんです。

 

そうなると、例えば信頼出来る知人に、ある程度冷静に、「実は、いま行き詰っていて、生活保護を申請しようと思っているんだ」と話せたりします。すると、「だったら、この仕事をしてくれない?」という成り行きになることがあります。

 

あるいは、「過去に非常に実績をあげていた会社の経営者が困窮しているらしい」という噂を耳にして、「なんでそんなことになったんだ?」と不思議に思った方が話を聞きに行ったところ、ご本人は生活保護を申請することを決めて前向きに物事が考えられるようになっていて、「生活保護の生業扶助をこんなふうに利用して、これから、こうやって再建するつもりなんだ」と、具体的な再建計画を話していたのだそうです。話を聞きに行った方は、「これなら、多分大丈夫だろう」と思い、再建を支援することにしたということです。その方を含めて何人かの方が、資金を含むさまざまな支援を行った結果、現在、その経営者は、事業を再建しつつあるそうです。とくに零細企業の経営者の場合、支援を受けられるかどうかは本人にかかっていますから、本人の精神状態が非常に重要です。

 

 

―― 生活保護という希望があるだけで、前向きに物事が考えられるようになるんですね。

 

そうなんです。その方たちは生活保護を実際は利用していなかったり、利用していても短期間なんですけれども、かつての私がそうだったように、生活保護というセーフティーネットは、存在するだけで生活再建を支えているんです。その方たちの多くは、申請どころか福祉事務所の窓口にも行っていないわけですが。

 

5月に提出された生活保護改正案は廃案になりましたが、生活保護制度が利用しづらくなってしまったら、生活保護制度を利用していないけれども、生活保護制度があること自体に助けられている人たちの希望すら奪ってしまいます。生活保護は「最後のセーフティーネット」と呼ばれますが、「最後のセーフティーネット」がどれだけ大きな意義を持っているのか、多くの方に知っていただきたいと思います。

 

しかも、生活保護によって回っている、いろいろなシステムがあります。アパートの大家さんの中には、入居者の生活保護費で経営を成り立たせている方もいます。言い方が悪くなってしまいますが、生活保護受給者に部屋を貸せば、家賃のとりっぱぐれは少ないんですね。定期収入が期待できるわけです。

 

でも、生活保護が利用しづらくなると、そういう大家さんの収入が減少したりなくなったりして、大家さん自身も生活保護を必要とするほど生活に困窮してしまうかもしれません。その大家さん自身は、何らかの理由で無年金だったり年金が非常に少ない高齢者であったりします。自己責任、自助努力でアパートを経営して老後の生活を維持してきた方々です。

 

「貧困ビジネスだからいけない」「公費を頼るなんて」という見方はできます。この大家さんたちに、「生活保護に頼るからいけない」と言うことは簡単です。でもすでに回っているシステムを使えないものにしまうことの影響の大きさを、考えてみてほしいです。削るなら、それを上回る何か。経済が豊かに回り、困窮している方々が容易に生活を立て直せるモデルを用意して、実現可能にして欲しいと思います。私はそれでも、生活保護費を削ることはやめてほしいですけど……。

 

 

生活保護の実像、全体像をみるきっかけに

 

―― そのために、まずは生活保護を受給されている方、生活保護に関係することに携わっている方の実態を少しでも知っていただきたい。この本はそれにぴったりだと思いました。最後に、みわさんがこの本で最も伝えたかったこと、考えて欲しいことをお話いただけますか。

 

難しい質問ですね(笑)。

 

この本を、「生活保護の現実はどうなっているんだろう」と考える始める手がかりにしていただければ、と思っています。

 

不正受給は確かにあります。それは生活保護の一端の事実です。生活保護費を受け取ったら、すぐさまパチンコに行く人も、いないわけではありません。人数が少なくても問題であることは確かだと思います。

 

でも、どれだけ極端な少数の事例を集めても、どれだけセンセーショナルに報道しても、生活保護を利用している方々の実像や全体像は決して見えてきません。私も、この本で実像を余すことなく描けたとは思っていません。でも、「できるだけ広く全体像が見えるように、そしてご自分で見ることのきっかけになるように」と思って書きました。

 

ですから、生活保護を受給している当事者や、当事者の支援者だけではなく、福祉事務所の方々のお話も紹介しています。受け手側だけでは一方的すぎますから、供給側の方々についてのお話も書きました。

 

福祉事務所の不祥事は、大きく報道されます。水際作戦の実態も、少しは報道されています。でもそれは決して、福祉事務所の日常の大部分ではありません。私自身が接してきた杉並区の障害福祉ワーカーさんたちにも、さまざまな方がいます。なかには、親切な方もいます。施政方針と自分の良心の間で悩みながら仕事をしている方もいます。

 

また、生活保護受給世帯の子どもたちについても、一章をあてています。生活保護について議論する時、なぜか多くの方が、生活保護世帯の子どもたちの存在を忘れてしまうのですよね。

 

この本は、どの章からでも読めるように作っています。ぜひ、お時間のあまりない方にも手に取っていただいて、関心のある章から読んでいただきたいと思っています。

 

(2013年7月16日 西荻窪にて)

 

 

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.276 

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