「いい質問」を考えない藤井誠二のインタビュー術

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質問はいらない

 

―― それぞれに違ったアプローチをしていくということですね。インタビューをする時に気をつけていることはなんですか。

 

よく、インタビューの時に「いい質問」を考えようとする人っているんですけど、あんまり質問って重要じゃない感じがするんです。だから、ぼくはインタビューの時に質問やメモをほとんど準備しません。

 

 

―― 質問を準備するのは鉄則だとおもっていました。

 

もちろん下調べとして、著作や関連する本は全部読んでいきますし、最大の準備はしていきます。なにを聞くのかも考えますし、世の中の現代性とどうこの人固有のものを結びつけていくのかも考えます。しかし、質問を考えていくと、それにとらわれてしまうところがあるとおもうんです。それよりも、ぼくと相手とでどんな科学反応が起こるのかを大事にしています。

 

人間って機嫌の良い日も悪い日もありますから、現場の空気や相手の出方を感じとりながら聞いていく。そのうちに、自分の中で聞きたい事が変わっていったり、明確になったり、自分の仮説や予想が外れていくといった動きが生まれてきます。その裏切られる過程がたまらなく面白いです。その結果、最後の最後になにを書いていいのか分からなくなるときもありますし、最初の興味からまったく違ったところに来ている場合もあります。

 

 

―― もっといいものが見つかるということですか。

 

いや、見つからないんですよ、それが(笑)。あれ、この人はもっと面白い人のはずなのにって。粘ったり切り口を変えてみることで、面白さが見えてくることもあります。自分が柔軟に対応するように追い込まれていくのも楽しいですね。

 

 

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―― インタビュー中に、質問に詰まることもありますよね。普通は質問の準備がないと不安ですよね。

 

もちろん、これを聞きたいとおもうものはありますよ。でも、初回に聞くのではなく、二回目、三回目と何回も顔をあわせているうちに聞いています。なにかを深く聞けるのはある程度の関係性が醸成されてこそだとおもうんです。あいつにはなにしゃべってもいいなとか、安心して共有したいという風にならないと、大事なことや、きわどい質問には答えてくれません。関係性を築くのが先で、質問は後だとぼくはおもっています。

 

 

―― 特に、今回の本では出自や性暴力被害などのナイーブな話に踏み込むことが多かったとおもいます。自分の中で、「これは聞いてはだめだ」と線引きしていた部分はありますか。

 

それはないですね。そもそも世の中の人たちが普通は触れられないようことを書くことに意義があるわけですから、自分が遠慮して触れないというのはおかしいですよね。もちろん、初対面だったら怒られる質問もありますが、何度も会っていくうち答えてくれることが多いです。だから、自分の中で「これは聞いてはいけない」というのはないです。基本的には忌憚無く聞いています。

 

宋美玄さんと、彼女のオモニと焼肉を食べに行ったときに、酔っぱらって彼女の離婚話や男性遍歴を初めて聞いたんです。そのときは、酒の席だったこともあり、オモニもいっしょになってきわどい話も率直になって答えてもらったんですが、あとで「オモニの前でそれはないんじゃないの」とちょっと叱られてしまいましたが(笑)。

 

 

―― 深く関わるからこそ、本当のところを聞けると。相手に対して愛情がないとできないなと感じました。

 

そうですね。愛情ももちろんありますし、相手のことを好きになりすぎてしまいます。だけど、ぼくはそんなに人間が好きじゃないとこともあって(笑)。いやらしい意味も含めて人間に興味はあるんですけど、いわゆる「人間大好き」と賛美する気持ちはあまりないですね。そもそも、ライターという職業についているひとはだいたいそうだとおもいます。特に「人物モノ」を書く人は、意地悪な視点で人間を見ている部分があります。でも、相手のことは好きになると。その微妙なバランスがあります。

 

単に好きなだけなら、ミュージシャンが新曲を出したプロモーションにインタビューする御用ライターと代わらない仕事になってしまう。もちろん、その仕事を否定しているわけではないですが、ぼくはそういうインタビューはしたくないんです。だって、相手がなにを聞くのか分かっているインタビューなんて、答える側からしたら面白いはず無いじゃないですか。相手がどう答えていいのか分からないような質問をしたいし、分からなかったら次ぎ会うときまでに考えて聞かせて欲しいとおもっています。そんな付き合いをしたい。

 

ノンフィクションの書き手にも、いろんなタイプがいます。人物を追ったルポでも、大時代的なものを書きたい人は「○○はまさに昭和の妖怪だった」といった書き方をします。そういうのは読み物としてかっこいいとはおもうけど、あんまりピンとこなくて。時代とリンクさせるのは最小限にして、どちらかというと人物にスポットを当てたいんです。

 

「時代が生んだ申し子」の一言で説明したくないという気持ちがあります。だからこそ相手と深く付き合って、この人なら書いてもいいとおもってもらえるような関係性作りに力を入れていきたいし、自分なりに捉えてみたいという気持ちがあるんですよね。それこそがノンフィクションを書く原動力になっているのだとおもいます。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

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