2013.10.25

帰ってきた統合失調症 ―― 100人に1人のよくある話

松本ハウス×功刀浩×荻上チキ

情報 #荻上チキ Session-22#統合失調症がやってきた#精神障害#新刊インタビュー

紫のパンツを履いた男が身体を大袈裟に動かしながら「か・が・や・でーす!」と叫ぶ――その強烈な姿を覚えている人も多いだろう。人気番組「ボキャブラ天国」シリーズや「電波少年」で一世を風靡したお笑いコンビ・松本ハウスは、ハウス加賀谷が持病の統合失調症を悪化させたことをきっかけに活動を長らく休止していた。その後、2009年に無事活動を再開し、自らの体験談を綴った『統合失調症がやってきた』(イースト・ブレス)を2013年8月出版する松本ハウス。どのような思いで彼らはこの本を綴ったのか。シノドス編集長・荻上チキがメインパーソナリティーを務めるTBSラジオ「荻上チキ・Session-22」からの抄録をお送りする(構成/金子昂)

『統合失調症がやってきた』

南部 本日のゲストは、統合失調症を乗り越えてお笑い芸人に復帰したハウス加賀谷さんとその相方の松本キックさんです。お二人は8月に、実体験を綴った『統合失調症がやってきた』(イースト・プレス)を出版されました。

厚生労働省によりますと、統合失調症はおよそ100人に1人弱が発症するといわれている身近な病気とのことです。2008年の患者調査では、ある一日に統合失調症あるいはそれに近い診断名で日本の医療機関を受診している患者数はおよそ25万人。そこから推計した受診中の患者数は79.5万人とされています。発症するのは10代後半から30代が多く、最近の報告では女性よりも男性の方が若干多いとされています。現在は新しい薬の開発と心理社会的ケアの進歩によって、はじめて発症した患者のほぼ半数は寛解かつ長期的な回復を期待できるようになっています。

ただ8月20日の朝日新聞によりますと、統合失調症で入院している患者の4割が、3種類以上の抗精神病薬を処方されていて、重い副作用や死亡のリスクを高める心配をされています。

荻上 「統合失調症」という言葉をご存知の方は多いと思いますが、今日の放送を前に、具体的にどういった病気なのかといった、基本的な質問メールも多くいただいております。統合失調症は十分な認知がされておらず、メディアでの議論を基礎から進めていく必要がある段階なのだと思います。そこで今回は、統合失調症を発症したハウス加賀谷さんと相方の松本キックさんの体験談をうかがいながら、統合失調症の理解を深めていきたいと思います。お二人とも今日はよろしくお願いいたします。

松本 よろしくお願いしますー! 松本キックですー。

加賀谷 はじめましてー! か・が・や・でーす! よろしくお願いします!

南部 そして今日はもう一方ゲストがいらっしゃいます。統合失調症がご専門の国立精神神経医療研究センター神経研究所疾病研究第3部部長でいらっしゃる功刀浩さんです。

功刀 よろしくお願いします。

「加賀谷くん、くさい!」

荻上 『統合失調症がやってきた』は、一人でも多くの方に読んでいただきたい本だと思います。そして同時に、ボキャブラ天国、電波少年の頃からお二人を見ていたいちファンとして、加賀谷さんが芸人として戻ってきてくださったことがとても嬉しいです。この本は、お二人でお書きになったのでしょうか?

松本 ぼくが加賀谷に取材をしてテープに録音したものを物語にまとめたものです。思い出したくないことも聞いているので、加賀谷は辛かったとも思うんですけど。

加賀谷 小学校、中学校と時期をわけてキックさんにお話をしていたんですけど、なにを話そうか軽くメモをしているうちに、それほどしんどいと思っていないかった時期でも「むむむ!」となって吐いちゃうこともありました。

荻上 出版されてからの反響はどうですか?

松本 ありがたいことにみなさんによくおっしゃっていただいて。当事者の皆さんからも共感を覚えていただいているみたいです。

加賀谷 ぼくもキックさんも悩んでいる方にとってなにかヒントになればという思いがあったので嬉しかったです。

松本 そうなんです。統合失調症の方に限らず、悩んでいる方に広く読んでほしいですね。

荻上 当事者本としても、お二人の漫談調のお話も面白かったのでぜひたくさんの人に読んでほしいです。加賀谷さんは中学生のときに統合失調症を発症されたとのことですが、当時は「統合失調症」という言葉はご存じなかったんですよね?

加賀谷 知らなかったですし、自分に起きていることが精神疾患だってこともわかっていませんでした。

発症したときのエピソードをお届けしますと、中学2年生の1学期、当時は教室に冷房なんてありませんからすごく暑かったんですね。授業が始まって先生が教室に入ってきたら、ぼくの後ろの席に座っていた女の子に「なにをそんなにふてくされているんだ」って注意したんです。くるっと後ろを振り向いたら、その女の子が下敷きであおいでいて。ぼくには女の子の仕草が、ぼくを臭いと思っているように見えたんです。それをきっかけに、授業中に「加賀谷くん、くさい!」って声が後ろから聞こえてくるようになったんです。

松本 しかもその声が友達の声で聞こえるんだよな。

荻上 でも実際には、誰もそんなこと言っていないんですよね。

加賀谷 ぼくはそのように認識できなかったんですね。「ぼくは臭いんだ! みんなに迷惑をかけているんだ!」ってどんどん内側に向かってしまって。次第に教室だけでなく体育館でも、電車に乗っていても、人ごみのなかでも聞こえるようになったんです。まさか幻聴だなんて思いもよらないので、「ぼくはこの世界にいちゃいけないんだ!」って思うようになりました。

Session-22banner

腋臭手術、グループホーム、お笑い芸人

加賀谷 高校受験の前に先生と母親とぼくで三者面談をしたとき、先生から「中学を卒業したらどうするんだ」って聞かれて「高校には進まずにホームレスになりたいです!」って言ったんです。義務教育は中学までだと知っていましたし、ホームレスなら臭いのは当たり前なんだからって。本気で思っていたんですよ。

松本 ホームレスでもいい匂いのするホームレスだっているかもしれないよ?

加賀谷 えー! ちょっとまってくださいよー!

でも母親にどうしてもここだけは受けて欲しいという高校があったので、絶対に受からない様に3教科のうち英語と数学は名前だけ書いて白紙で提出して、国語は最後の小論文だけサラサラっと書いて出したんです。「これで無事にホームレスになれるぞ!」と思っていたら、なぜか補欠合格の5、6番目くらいになっていて。結局繰り上げ合格でその高校に入学することになっちゃったんです。高校でもやっぱり同じように後ろから声が聞こえました。後ろから声が聞こえるのだからって壁に背中をべったりつけて壁伝いにズルズル歩いていたこともあります。

いつの日からか、母親に相談をしても埒が明かない状況の中で「これはいわゆる腋臭なんじゃないか」と思うようになったんですね。それで近所の皮膚科に行って「ぼくは臭いので腋の皮膚を切ってください!」ってお願いしたんですけど、「加賀谷くんは臭くないよ」と言われちゃって。「いや臭いです!」って言っても手術してもらえませんでしたし、勧められた神経科に行っても結局同じようなやりとりを繰り返すだけだったので、総合病院の皮膚科のある先生が診察をしている時間を狙って何度も何度も押しかけたんです。

松本 ストーカーだよな(笑)。

加賀谷 5、6回目になって先生が折れて、「そこまで言うなら加賀谷くんのためにも手術しましょう」って言ってくれて。嬉しくってマリオみたいに「ヤッホー!」と飛び跳ねました。無事に手術も終わって術後で突っ張る腋を感じながらうきうきと高校に行ったら、やっぱり「加賀谷くん、くさい」って聞こえたんです。喜んでいたぶん、ドーンッと落ち込みました。

当時、並行して思春期精神科に通っていてグループホームの誘いを受けていたんですけど、その頃はぼくも偏見があって「そういうところに行くほど悪くはない」って思っていました。でも手術をしてもダメで、「もうグループホームに行くしかないのかな」と思う様になったんです。しかもあの時は家庭もいろいろとごちゃごちゃしていたので、お医者さんもグループホームに入るべきだとおっしゃったんですね。それで16歳のときにグループホームに入ることにしました。

グループホームは、社会になかなか適応できない人たちが集団生活を通して社会復帰することを目的とした場所です。ぼくはそこでのんびりとした時間を過ごすことができて、救われたような気持ちになりました。でもグループホームって、長くなればいるほど焦りはじめるんですよ。社会にでたらいったいどうすればいいんだろうって悩みだすんです。ぼくもすごく悩みました。

ぼくは中学生のときからビートたけしさんのラジオが好きで、ラジオを録音したカセットを何度も聞いていました。それでグループホームをでたらお笑い芸人になろうって思っていたんです。当時はダウンタウンさんが大阪から東京に出てきた頃で、ダウンタウンさんを輩出した心斎橋筋二丁目劇場がすごく注目されていたので、実際に見に行きたいと思って近所のハンバーガーショップでバイトして資金をためて大阪までひとりで行ったんです。見に行った日は偶然ナインティナインさんが仕切りをやっていて、「きみどこからきたの」って客いじりされたんですよ。ぼく、馬鹿なんで「東京から来ましたー!」って浮かれて答えたら、「あ、こいついじったらまずいやつだ……」って会場がシーンって(笑)。

それからグループホームに帰って近所の本屋でオーディション雑誌を眺めていたら大川興業の案内があったんです。それで深く考えずに勢いだけで履歴書を書いたらなぜか受かってしまって。そこでキックさんに出会いました。

「業務用」が「加賀谷くさい」に聞こえる

南部 質問のメールを二通紹介します。「統合失調症はどんな病気なのでしょうか? うつ病とは違うのでしょうか? 発病するきっかけに特徴的な点などありましたら教えてください」「昔と今とでは、統合失調症になる要因はどのように変わってきているのでしょうか?」という質問です。統合失調症をご専門にされている功刀さん、いかがでしょうか?

功刀 そうですね。統合失調症には陽性症状と陰性症状という二つの症状があります。幻覚や妄想は陽性症状といって普通の人は持っていない症状です。もう一つの陰性症状には、意欲が低下する、友達づきあいができなくなる、いきいきした感情が鈍くなる、記憶が少し悪くなるといった症状があります。また、確かにうつ病と似ている部分もありまして、おそらく加賀谷さんもうつ状態になられたと思います。

加賀谷 あ、なりました。

功刀 うつ病の場合は大きな認知機能障害とか非常に目立つ幻覚妄想はでてこないというのが統合失調症との違いですね。

加賀谷さんの場合はおそらく最初は統合失調症ではなくて、思春期に多く見られる自己臭妄想症に苦しまれていたのだと思います。自己臭妄想症の方は往々にして、腋臭の手術をしたり高い化粧品を買ってみたりするのですが、結局解決せずますます落ち込んでしまって、酷い場合には自殺未遂をしてしまう方もいらっしゃいます。

南部 こういったメールも来ています。「統合失調症は幻覚・幻聴にさいなまれるとのことですが、プラス思考の幻聴・幻覚もあるのでしょうか?」

加賀谷 ぼくはないですねー。でも南部さん、ぼくのことずっと天才だって思ってるでしょう?

南部 (笑)。

松本 それは妄想だろう(笑)。

加賀谷 話は飛びますが、入院していたとき、患者さんの間で「業務用」という言葉が流行ったんですね。なぜか。それが極端になって「よう、業務用!」って。

松本 挨拶みたいになって。

加賀谷 そうなんです。でもぼくには「業務用」が「加賀谷が臭い」って隠語に思えたんですよ。だからムードメーカーの人に事情を話して使わない様にお願いをしたら「そういうことなら言わないよ、みんなやめよう」って言ってくれたんです。でもその後に、集まりに参加していなかった人が大きな声で「よう、業務用!」って(笑)。それでぼくがブチ切れちゃって、ちょっとした騒ぎになりまして(笑)。

荻上 なるほど。加賀谷さんには不快な幻聴が聞こえるんですね。やはり幻覚や幻聴はご本人にとって不快なものばかり見えたり聞こえたりするのでしょうか?

功刀 不快な場合が多いですね。ただなかには自分のことを褒めるような幻聴を聞いたり、さきほどの「南部さんが加賀谷さんを天才だと思っている」のように、自分のことをいろんな人が好きだと思っていると感じる人もいます。発症されてから何年も時間が経っている方に出る場合が多いですね。

荻上 もちろん、南部さんは実際に加賀谷さんを天才だと思っていると思います(笑)。

南部 (笑)。

松本 ずっと目の上にお釈迦様が見えているという人もいましたね。

先回りをしないこと

南部 キックさんへの質問も届いています。家族に統合失調症の方がいらっしゃる方です。「キックさんは加賀谷さんが統合失調症だと知ったとき、どういう感情をお持ちになったのでしょうか」

松本 加賀谷は芸人の世界に入ったときに病気を隠していたんですよ。見るからに挙動不審で、鼻息は荒いし、「ふぅん、はぁん」って桃色吐息だったりするからなんだろうとは思っていたんですけど(笑)。

あるきっかけで加賀谷が薬をたくさん持っていることが発覚して、それまでの話を聞いて病気のことを知りました。でもぼくはいまでもそうですが、加賀谷へのスタンスはまったく変わっていません。「ああ、加賀谷という人間は病気を持っていて、そういう個性の人間なんだ」と思って接していました。

加賀谷 本当にキックさんは変わっていないですねー。ニュートラルです。

松本 「どんなことに気を付けていますか?」と聞かれたときは、「先回りをしないこと」とよく答えています。昔は情報があまりありませんでしたが、今って逆に情報があふれているじゃないですか。統合失調症がどういう病気で、どういう症状があって、どんな対処をしなくちゃいけないって頭に詰め込んで対応するんじゃなくて、加賀谷という人間から病気のことを知ればいいと思っていて。

加賀谷 なかなかそうやって考えられる人って少ないと思うんですよ。なんでこの人はずっとスタンスが決まっていて、まっすぐなんだろうって考えたんですけど、この人天然なんですよ!

松本 お前が言うなよ、お前が! おれも傷つくんやぞ!(笑)。

荻上 自然と受け入れるような方がいたからこそ、安心して一緒にお仕事ができたわけですよね。

加賀谷 芸人になったときぼくは17歳でしたので、まるで社会のことを知らなくて、病気のことを言ったらクビになるんじゃないかって思っていたんです。でもキックさんに出会って、しかも漫才でときどき変なことを言っても、お客さんが喜んでくれるってわかって。

松本 別に病気を茶化しているのではなくて、加賀谷のおかしな行動が面白いってだけで。それをお客さんが喜んでくださって。

加賀谷 それはものすごい救いでした。

荻上 本の中でも漫才を始められて、笑いがとれるようになってから、ここが居場所だと思う様になったとお書きになっていました。

加賀谷 強烈なものがありました。それまで「自分」というものがなかったので、「ここにいてもいいんだ!」って感触を得たときは、本当に嬉しかったです。

tougou

統合失調症のなりやすさについて

荻上 功刀さんにお聞きしたいのですが、統合失調症の方で初めて病院で診断を受ける方は、ご自身で診断に行かれるのでしょうか? それとも家族や友人に連れられてくる方が多いのですか?

功刀 統合失調症の場合、幻覚・幻聴を自分では幻覚・幻聴だという自覚はないんですね。ですから周りが疑問を覚えて、病院に連れて行くことが多いです。

荻上 例えばご家族が、「身内からこんな……」と恥ずかしそうに連れて行くことと、理解ある友人が連れていくことは、本人への影響に違いが出るものですか?

功刀 大きな違いがあると思いますね。加賀谷さんの場合、当時の加賀谷家は家庭としてあまり機能していなかったということですから、理解あるグループホームに移ったことは意味があったと思いますし、キックさんのニュートラルな対応もよかったのだと思います。対処の仕方によって変わってくるものはあると思います。

南部 統合失調症の方からメールが来ています。「いったい何が原因で統合失調症になったのかわからずにいます。薬は一生飲まないといけないのでしょうか? そして治るのでしょうか?」また「この病気は伝染するのでしょうか? 遺伝によるものなのでしょうか?」という質問も届いています。

功刀 最初の質問ですが、お薬は主治医とよく相談をして長期的に非常に具合がいい場合は、試しにやめてみる場合もあるとは思います。ですが、これは非常に慎重にしていただいた方がいいです。加賀谷さんもお書きになっていますが、加賀谷さんの場合、ご自身で薬の量を調整したことで症状が悪化して結果的に芸人を一度辞められるきっかけになっています。ひとりで勝手に薬をやめたりはしないことです。

また治るのかどうかですが、これは糖尿病や高血圧が薬を飲みながら血糖値や血圧を安定させるように、統合失調症も薬で症状を抑えることで人生をエンジョイしていただくことは可能だと思います。

次の質問ですが、まず伝染することはありえません。また遺伝についても、遺伝の面も関係あるのではないかとは言われていますが、誰が遺伝するのかといった遺伝子診断ができるかどうかはわかっていませんし、例えば「子供を作るべきではない」といったことはまったくありません。

荻上 遺伝的な要素だけでなく、逆に、統合失調症になったからといって、育った環境がよくなかったのだ、という話でも必ずしもないわけですよね。

功刀 そうです。育て方が悪かったんじゃないかとご自分を責められる親御さんも多いのですが、そうではなくて、体質的な面で少しなりやすかったということなんです。

「ぼくはもうハウス加賀谷じゃないんですよ」

南部 再びメールを紹介します。「加賀谷さんに質問です。辛かったときに言ってほしかったこと、言われてほっとしたことはありますか?」

加賀谷 自分の場合はちょっと変わったケースだと思いまして。なまじテレビなどで取り上げられていた分、入院したとき、喫煙所を通りかかったら「あ、加賀谷だ!」って言われたんですよね。そのとき「ぼくはもうハウス加賀谷じゃないんですよ」って自分に向けてぼそっと言ったんですけど。職業柄なにも言われたくなかったです、そのときは。

荻上 話しかけられること自体、知られていること自体ストレスだったと。

加賀谷 そうですね、はい。

荻上 ただ、入院することになって芸人生活を一度ストップしたあと、しばらくしてからキックさんからの連絡は嬉しかったとお書きになっていましたね。

松本 仕事で症状を悪化させた部分もあったので、仕事に直結するぼくが頻繁に連絡すると焦らせると思って、3か月に1回、「どうしているんだ?」ってなんでもない話を電話でしていました。

加賀谷 キックさんから電話があったときは嬉しくて。副作用で苦しんでいたんですけど、「元気ですよー!」って。

松本 でも「まだ人と会うのが怖いんです」って言っていた時期もあったんですよ。本人は忘れていますけど。

加賀谷 入院中、心の中で大きくなったり小さくなったりしていたんですけど、必ずまたお笑い芸人に戻るんだって思っていたんです。だから唯一、何かやろうと思って小説を中心に週に3、4冊くらい読書していました。

松本 エンタメ性に触れていたかったんだよな。

加賀谷 そうです……ってあれ? これどういう質問でしたっけ?(笑)。

南部 どういう言葉に励まされたかです。

加賀谷 えっと、その、だからエンタメ性をすごく得ていたんですねー!

松本 なに無理やりまとめようとしてるんだよ(笑)。

100人に1人が罹る「よくある話」

南部 リスナーからのメールがぞくぞくときています。統合失調症の可能性の高いと思われる弟さんをお持ちの方からです。「病院で診断を受けることをすすめているのですが、『こんなに一生懸命やっているのに、病人扱いするのか!』と激怒して聞く耳をもちません。どう接したらよいのでしょうか?」

また医師に統合失調症と診断された方からのお便りも届いています。「高校3年の大学受験のときに、ほとんど知らない人に囲まれて大学に通うなんて無理だと思い引きこもりがちになり、それから1年くらいした後に統合失調症と診断されました。もう少し早く認識して病院に通っていたら、もうちょっと楽に学生生活が送れたのではないかと思います。中高生の精神病に早く気づいてあげる仕組みがあるといいのかもしれません」

功刀 ご本人の妄想などを否定しないほうがいいというのは一つの原則です。否定をすると、「自分はおかしいと思われている」ということで返って反発されてしまうんです。ですから食欲がないとか、眠れないとか、いらいらしているとかそういった症状をきっかけに病院に行ってみないかと話を持ちかけるのがいいと思います。二つ目のメールですが、早く治療することはその後の経過をよくするので、敷居を高くせずに、早めに受診できるようになることは大切なことだと思います。

松本 最初の質問って難しいことだと思うんですよね。ご本人が病気じゃないから行かないっていうのは。ぼくらもそういう相談を受けることもあります。どうすればいいんだろうって考えるんですけど、ぼくらの本を読んでもらうのが一番なんじゃないかなって。

加賀谷 ベストアンサー!

松本 半分冗談ですけど(笑)。やっぱり皆さんどこかしらに偏見があると思うんですよね。

加賀谷 本人にもね。

松本 精神病って悪いことだと思われがちですけど、全然悪いことじゃありません。100人に1人が罹るよくある病気です。加賀谷が最初にこの本に付けようとしていたタイトルが……。

加賀谷 「良くある話」。本当にそうなんですよ。だって100人に1人ですよ?

松本 メディアで取り上げられる精神疾患って極端なんですよね。犯罪であったり、綺麗なドラマであったり。本当に日常で起こっている話なんだって知ってもらいたいです。その認知が広がれば、精神科病院に行くことに抵抗を覚えなくなると思うんです。

薬を止めても調子が悪くならないことが怖い

荻上 先ほど少しお話に出ましたが、加賀谷さんの症状が悪化したきっかけはご自身で断薬したことなんですよね。

加賀谷 服薬コンプライアンスっていうんですけど、お医者さんから指示されている用法容量を守らなかったんですね。調子に乗って「このくらいの量でも大丈夫だろう」って自分で薬の量を減らしていたらだんだん具合が悪くなって。その状態で診察を受けると薬の量が増えるんですけど、それでも自分で飲む量を選んでいたんです。これは本当にやったらいけません。そんな簡単に飼いならせるようなものじゃないんです。

松本 そうこうしているうちに感情のコントロールができなくなって。

加賀谷 はい、狭い部屋にピンポン球を投げ入れたみたいに「ポポポポポポポンッ!」ってなっちゃって。仕事が終わって家に帰ると、なぜか涙がツツーッと流れて「なんでだろう?」って思ったり。

松本 しかも加賀谷の場合、絶対に他人に調子が悪いところを見せないようにしていたんで、入院が遅れちゃったんですよ。

加賀谷 入院する直前はあまりにもつらくて母親に電話したんです。そしたら最後の2か月は一緒に生活してくれました。そのときに「いまここで手を貸さないと取り返しのつかないことになると感じた」って言われました。

松本 最終的にはお母さんが説得をして入院することになったんです。

荻上 そのとき加賀谷さんはどんな様子だったんでしょうか?

松本 ぼくは悪化していることに気がつかなかったんです。本人も隠していたし、仕事も忙しかったので疲れているんだと思っていました。

荻上 薬を一回に200錠くらい摂取したと本に書かれていましたね。

加賀谷 OD(オーバードーズ)って言うんですけど、勝手な飲み方をしていたので薬が溜まっていくんですよね。それを一気に飲んで自殺未遂をしたことは何度かありました。普通たくさん薬を飲むと吐いちゃうらしいんですけど、ぼくは吐くこともなくそのまま昏倒してしまって。しかも次の朝、普通に目が覚めるんです。そのまま打ち合わせに行って、ネタを作って、帰る頃になって頭が異常に痛くなって。「このままじゃ死んじゃう!」って。

松本 死のうとしたんだろ?(笑)。

荻上 自傷行為ですからね。

松本 それだけコントロールができない状態だったんですよね。

功刀 怖いのは、薬を少しやめても調子が悪くならないことなんです。むしろ副作用がなくなって調子が良くなったような気がして、これなら薬を飲まなくたって大丈夫じゃないかと思う様になってしまう。しかしその間に、だんだん再発が起きてしまうんですね。

相性の良い先生と長い付き合いを

荻上 ご著書では、退院後に良い先生と良い薬にであったと書いていらっしゃいますね。

加賀谷 そうですね。退院する少し前に、その後10年間診ていただくことになる先生に出会ったんですけど、その先生は一見ムカつくんですけど、すごくいい先生で。副作用で2年くらいおねしょが止まらなくても、「なんとかなるよ」って。それはそれでムカつきながら、でもいい信頼関係を築いていました。

荻上 茶髪のチャラい人って書いていましたね(笑)。

加賀谷 そうなんですよ! それもムカつくすんですよ!

松本 本当は好きなんだろう?

加賀谷 好きですー!(笑)

7か月入院して、退院後は副作用に苦しんでいたんですけど、あるときぼくが通っていた地域の保健所のデイケアで、「新しく出た薬を飲んでいるんだけど調子がいいよ」って話を聞いたんですね。それで先生に「どうですかねえ」って相談してみたら、「じゃあやってみようか」って。普通はあんまりそういうことないんですけど。

それからだいたい4か月くらいかけて新しい薬に移行していったんですけど、薬を変えてすぐに、いままで薄い膜が顔に貼りついていて人と話していてもプールの中に沈んでいるような感じだったのがパアーッと晴れて、いろいろなことに興味がもてるようになったんです。父親が「今度は躁になったんじゃないか?」って家族会議を開くくらい(笑)。

松本 補足をすると、たまたま加賀谷に新しい薬が合っただけで、合わない人もいます。ですから先生に相談をして、処方されたものを飲んだ方がいいです。

功刀 いま受診している先生の診断に疑問を感じる人は、セカンドオピニオンとして別の先生に診断してもらうのもいいと思います。ただこの病気は、基本的にできるだけ長く同じ先生とお付き合いするほうがいいんですね。やはりどういう性格で、どういう薬が合うのかは、年単位のやりとりを通してわかってくることなので、コロコロ変わるとその度に一からのスタートになってしまうんです。

焦ることはない、諦めちゃいけない

荻上 そろそろお時間です。最後にお二人にお聞きします。この本で伝えたかったことを教えてください。

加賀谷 人それぞれいろいろな人生があると思います。一番よくないことは腐っちゃうことだと思うんです。だからぼくが皆さんにお伝えしたいのは、焦ることはない、でも絶対に諦めちゃいけないってことです。それは強く信じています。

松本 そうですね。焦ることはしなくていいと思います。そして皆さんに悪いことじゃない、普通にあることなんだってことを知って欲しいです。

南部 リスナーからこんなお便りが届いています。「松本ハウスさん、おかえりなさい。同じ病気で頑張っている人のためにとは言いません。ライブに来ているお客さんに向けてまたぶっ飛んだネタをお願いします」

加賀谷 キックさん、良いネタかいてくださいね。

松本 なんで人任せなんだよ(笑)。

(2013年8月26日 TBSラジオ・荻上チキSession-22「統合失調症を乗り越え、芸人に復帰したハウス加賀谷さん。そしてその相方、松本キックさんが語る実体験」より抄録

Session-22banner

プロフィール

功刀浩医師

1961年生まれ。2002年より独立行政法人国立精神・神経医療研究センター神経研究所疾病研究第三部・部長、早稲田大学客員教授、山梨大学客員教授、東京医科歯科大学連携教授、医学博士、精神保健指定医、日本精神神経学会指導医。<研究内容>統合失調症やうつ病の生物学的研究、特に遺伝子研究、バイオマーカー、脳画像を中心に研究。最近は食生活・栄養に着目した「精神栄養学」にも精力的に取り組む。<著書など>「精神疾患の脳科学講義」(金剛出版)、「研修医・コメディカルのための精神疾患の薬物療法講義」(編著、金剛出版)、「図解 やさしくわかる統合失調症」(ナツメ社)、「気分障害の薬理・生化学―うつ病の脳内メカニズム研究:進歩と挑戦―」(編著、医薬ジャーナル社)、「精神疾患診断のための脳形態・機能検査法」(共編著、新興医学出版社)、「患者・家族からの質問に答えるためのうつ病診療Q&A」(共著、日本医事新報社)、「ストレスと心の健康―新しいうつ病の科学」(翻訳、培風館)、「精神疾患は脳の病気か?―向精神薬の科学と虚構―」(監訳、みすず書房)、「統合失調症 100のQ&A―苦しみを乗り越えるために」(共訳、星和書店)、ほか共著書多数。精神疾患に関する英文学術論文250報以上。月刊誌「栄養と料理」に「ちょっと気になる精神栄養学」を連載中。

この執筆者の記事

松本ハウスお笑いコンビ

1991年から松本キック、ハウス加賀谷によるお笑いコンビ「松本ハウス」として活動。NTV「進め! 電波少年インターナショナル」、CX「タモリのボキャブラ天国」などのバラエティ番組でレギュラー出演し、一躍人気者になるも、1999年に突然活動休止。10年の時を経て、2009年にコンビ復活。NHK Eテレ「バリバラ」に準レギュラー出演中。2013年8月に刊行された『統合失調症がやってきた』(イースト・プレス)が話題を呼ぶ。サンミュージックプロダクション所属

この執筆者の記事

荻上チキ評論家

「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」スーパーバイザー。著書に『ウェブ炎上』(ちくま新書)、『未来をつくる権利』(NHKブックス)、『災害支援手帖』(木楽舎)、『日本の大問題』(ダイヤモンド社)、『彼女たちの売春(ワリキリ)』(新潮文庫)、『ネットいじめ』『いじめを生む教室』(以上、PHP新書)ほか、共著に『いじめの直し方』(朝日新聞出版)、『夜の経済学』(扶桑社)ほか多数。TBSラジオ「荻上チキ Session-22」メインパーソナリティ。同番組にて2015年ギャラクシー賞(ラジオ部門DJ賞)、2016年にギャラクシー賞(ラジオ部門大賞)を受賞。

この執筆者の記事