社会をアップデートするために僕らができること

「心でっかち」はもうやめよう

 

―― 本書では、陥りがちな思考の癖として、「心でっかち」というのをあげ、このような議論は排し、緻密に議論を積み重ねていくべきだと、主張されていますね。「心でっかち」な議論とはどういう意味なのでしょうか。

 

「心でっかち」という言葉は、山岸俊夫さんの言葉です。その言葉を受けて、僕なりの解釈を行いながら、議論を行なっています。

 

この言葉で想定するのは、ある種の議論の貧しきパターンです。

 

多くの議論は、右派的なパッケージと左派的なパーケージな対立だと思われています。でも、僕にとっての敵は「心でっかち」の議論です。

 

いじめの問題であれば、「いじめっ子は、ビシバシ鍛え直せばいいんだ」というものも、反対に「みんなが優しくなればいいんだ」というものも、個人の心理に社会問題を還元しつつ、過剰な期待を人々の心に求めすぎている。

 

環境の改善やプランの内容といった大切な話を吟味することなく、すべて当事者の意識の問題にしてしまう。「『凛として』いじめをなくそう」だとか「『一丸となって』いじめを無くそう」だとか、何か修飾語をつけるだけで議論した気になってしまうものです。どんな修飾語をつけたいのか、その好みやレパートリーの違いだけで争われても、問題は解決しない。

 

あらゆる社会問題を議論する場面で、「心でっかち」な思考が顔を出します。そうした議論こそが、問題解決のための敵です。

 

やはり、もっと「歩きながら書かれた本」が出て欲しいし、何がこれまでにわかっているのかを尊重する議論が増えて欲しい。論争の場でも、勝敗でもなく、誰を助けるための議論であるのかという目的を明確にしながら、事柄を明らかにしていくような、地に足がついた議論が必要です。

 

 

―― 「心でっかち」じゃ何も変わらないぞ、ということですね。

 

変わることももちろんあると思うし、何かを変えようとしている人が、自分に対しては「心でっかち」なこともあると思うんですよ。僕だって、自分自身に対しては、アホみたいにストイックさを要求します。

 

でも、社会設計の話をするときには、「心でっかち」な議論は無効であることが多い。だからもうちょっと、環境やプランに目を向けた話をしようということです。

 

僕が言いたいのは「何を変えるのか」「どう変えるのか」ということを丁寧に積み重ねる議論が必要だということです。漠然とした修飾語に頼らないような議論を行おうと。この本で言っているのは、そんな当たり前のことなんです。

 

 

「社会疫学的思考」とはなにか

 

―― 「心でっかち」に対抗する方法として「社会疫学的思考」というのを提唱されています。これはどのような思考法なのでしょうか。

 

「疫学」というのは、特定の病気の罹患率や分布などを調査したり、感染源を特定することで病気と戦う方法論ですよね。病気になった人に注目するだけでなく、ウィルスに感染したけど発症しなかった人に着目したり、ワクチンづくりに繋げたりします。実証を積み重ねながら、どういった処方箋が有効なのかを把握していくものです。非常に大事な思考法ですよね。

 

社会問題の解決も、疫学的な思考が重要になります。何が原因で問題を抱えているのか、効果的な処方箋としてなにを選択できるのか、その効果が過去の歴史で立証されたことがあるのか、それは応用可能なのか、どれくらいの予算が必要なのか、他の策と比較しそれでも予算を使う価値があるのか……。このような視点から、論拠を積み重ねながら社会に対する処方箋を吟味しなくてはならない。

 

社会政策というのは本来ならばそういうものです。しかし、現実では、「心でっかち」な議論が横行している。だから、「ちゃんとやろうよ」ということを言うため、社会科学を用い、社会的要因に目をやり、疫学的にアプローチして解決しようと提案しています。

 

僕は売春の取材をずっとしているのですが、そのなかでもあてずっぽうの議論がいっぱいあるんです。「援交少女は傷つかないはず」だとか、「お小遣いほしさの軽い気持ちの売春が増えた」だとか。それらはライターなどの憶測でしかなく、論拠は「たまたま捕まえた数人のサンプル」でしかなかったりする。

 

売春という、とてもオーソドックスで古典的な社会問題においても、あるいはいじめのような問題においても、「心でっかち」な議論ばかりがあふれている。そのことを受けて、まずはデータを集めよう。売春の場合、精神疾患が何割で、虐待経験があるのが何割で、と明確なデータを提示する必要があります。それを踏まえた上で、どういう対策が取れるのか、といった議論をしましょうと。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.276 

・橋本努「新型コロナウイルスとナッジ政策」
・三谷はるよ「市民活動をめぐる“3つの事実”――「ボランティア」とは誰なのか?」
・五十嵐泰正「『上野新論』――「都市の時代」が危機を迎えたなかで」
・倉橋耕平「メディア論の問いを磨く――言論を読み解く視座として」
・山田剛士「搾取される研究者たち」
・平井和也「コロナ情勢下における香港と台湾に対する中国の圧力」