社会をアップデートするために僕らができること

万人に寛容な社会を目指して

 

―― この本では、「万人に寛容な社会」であることを前提として、議論を進めていますね。それはなぜなのでしょうか。

 

近代社会は、市民の権利をどこまで拡張できるのかという挑戦です。人権をどこまで認めるのかという線引きはいつでも行われていて、社会は現在の状況で完成なのかというと、全然、未完成。

 

その線引きを、どんどん揺らがせながら拡張していくことをつづけなければいけない。そういう意味で、つねに、どこまで強く、どこまで優しくあれるのかといったことに、長い歴史のなかで挑戦してきたことになります。

 

「優しくない人」は沢山いますよね。ネット上で、特定の誰かの失敗に対し、強く罵倒したりする。別にそういう人たちに「優しくなれ」と言っているわけではないです。

 

しかし、弱者にその矛先が向くと、当事者の人たちは追い込まれるわけです。社会の成員としていられることが当たり前だと思っている、強い側にいる人々が、とくに考えもせず他人に石を投げてしまうと、社会は拡張ではなく縮退してしまう。

 

さまざまな権利を広げていくことは、弱者のためであるように見えます。しかし、じつは誰にとっても、不幸から脱出するきっかけを有している社会でもある。

 

たとえば、明日怪我をするかもしれない、失業して一文なしになってしまうかもしれない。自分は線のなかにいると思っても、いつ、線の外におしだされてもおかしくない。だから、誰にでも寛容な社会というのは誰にとっても生きやすい社会であろうと。

 

この前のイベント(WEBRONZA×SYNODOS 年末スペシャル 政治と経済の失われた20年 データから語る日本の未来 2012.12.18)で、飯田さんが「僕たちが目指す社会は、安部さん以外も再チャレンジできる社会」と言っていて、会場が笑いに包まれましたね(笑)。どんな状況になったとしても、人間として幸福をあきらめずに追求できる社会をつくらないといけない。政治がそれに歯止めをかけるのであれば、抵抗し、別案を提示していかなくてはならない。

 

外れている者を見て見ぬふりしていると、いずれあなたも外れた者になってしまう可能性がある。いまある差別を「あれは区別だ」と許してしまったら ――というか、「これは差別ではなく区別」というフレーズはたいてい、認知的不協和を解消するためのイイワケにしか聞こえないのだけれど―― いつか銃の矛先が自分に向けられる日がやってくるかもしれない。

 

だから、そうした社会を目指すという意見は大前提として共有した上で、その目的にかなった言論があるのかということを問いたいと思います。

 

 

―― 万人に寛容な社会を作るのは、他人である弱者のためではなく、自分のためにもなるということですね。

 

現在の仕事を始めるまでは、こういうことを考えていませんでした。もっとマイナーな仕事をするつもりだった。でも、ひとたびこのような仕事をし始めると、色んな人と知り合いになります。

 

この数年で、本当に友人が増えました。難病の人や、色んなタイプの障害者とも会う。色んな国の人とも会うし、色んな年齢・経済階層の人とも会うし、色んな性的指向の人とも会う。本当に世のなかには色々な人がいるんです。

 

そうすると、社会のなかに誰がいるというメンバーのリストが、自分の頭のなかで、どんどん更新されていく。今までの自分の挙動とかが、彼らの存在を無視した発言ではなかったかと、考えるようになる。

 

たとえば、今まで自分がしてきた議論が、無前提に特定のジェンダーを想定した、特定のエスニシティを想定しているものではなかったか、と。そういう感度がより高くなっていくんです。

 

自分がそう考えるようになった以上、そこから見えた光景を共有するのが重要だと思うし、少なくとも社会や政治に関心がある方は、その観点というのは絶対忘れないでほしいなと。

 

たまに、専門知識はすごくあるけれど、倫理観が欠如しているような人とも会うことがありますね。それ以前の、「ネットでいばりんぼ」な人もいますけど。人を罵倒するためにその知識を使っているのを見ると、「あなたは、何がしたいんだ」って思います。それは、世のなかを改善するための武器じゃなかったのかと。どんな社会をつくりたいのかという、魅力ある提案が欠けていると、対話がむずかしい。

 

その武器を手に入れて「切れる、切れるよ」と言って、「倒せそうな奴」をサクサクと切り刻んで行く。それってつまらないですよね。道具は誰かを幸福にしなければいけないと僕は思います。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.276 

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・三谷はるよ「市民活動をめぐる“3つの事実”――「ボランティア」とは誰なのか?」
・五十嵐泰正「『上野新論』――「都市の時代」が危機を迎えたなかで」
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