ずるずると小さい世界に留まらないために――最相葉月の仕事論

駆け出しの頃

 

―― 編集者から、今のようなライターの道へ進むきっかけはなんだったんでしょうか。

 

文章を書くことになったのは、大阪の広告会社時代の上司が、競輪に連れて行ってくれたことがきっかけです。そこで、60年代に「競輪王」と言われた高原永伍選手の試合をみました。

 

スタートからトップを走ってそのままゴールする「逃げ」という戦法を得意とされていた選手です。とはいえ、年をとってもその戦法を変えないので、走るたびに負けてしまう。しかし、一番下のクラスになっても頑なにその戦法で走り続けていたんです。

 

それまで競輪には全く興味がなかったんですが、なぜ負けるとわかっている戦法で走り続けるんだろう、なぜ彼は負けても負けてもお客さんに応援されているんだろうと疑問をもちました。競輪場の雰囲気にも惹かれました。お客さんや予想屋さんもふくめて、バブルという時代には不似合いな人々がそこにいた。私自身もそうだったので、競輪の世界がすごく興味深く思えました。

 

結局、全国の競輪場を回って取材して300枚くらい原稿を書いてしまい、それが競輪場で知り合ったスポーツ新聞の記者の目に留まり、人づてに徳間書店の編集者にわたって、最初の本が出版されたのです。

 

でも、それだけではライター専業にはなれなくて、編集の仕事をしながらライターをやっていました。大きな転機となったのはやはり絶対音感というテーマに出会い、応募した原稿で賞をいただいたことです。これはもしかしたらライターになってもいいと世の中に言われているのかもしれないと思って、それからはライター一本でやってきました。

 

 

なんとなく皆が知っているけど

 

―― 絶対音感、星新一、セラピストなど、多岐にわたるテーマで執筆されていますが、テーマはどのように選んでいますか。

 

編集者から「これを書いてください」と言われて取材して本を書いたことはないんです。一冊の本になるような大きなテーマを手がけるには、それだけの動機と持続力が要ります。自分の中に対象への強い思い入れがないととても単行本は成立しないので、基本的には自分でテーマを考えます。

 

 

―― 「このテーマぴったりですよ」と編集者の方からの提案も多いと思うんですが。

 

言ってくださる方もいるんですが、一回きりの記事は書けても単行本までにはなりません。

 

 

―― 引っかかるものと引っかからないものの基準はなんですか。

 

多くの情報は流れてしまいます。常に鋭くアンテナを張っているわけではありませんから(笑)。これはすごい企画だと思っても、一週間後にこれはダメだと却下することはたくさんあります。ですが、その中でも引っかかって、しかも興味が持続するものがあります。

 

たとえば『星新一 一〇〇一話をつくった人』の場合、星新一はみんな知っている作家だし、読んだことがあるけれど、星新一自身の人生はほとんど知られていなかった。あんな不思議なショートショートを1001編も書き続けた星新一ってどんな人だったんだろうと素顔が知りたくなった。

 

『絶対音感』の場合は、言葉は知っているけど実態はよくわからない。絶対音感さえあれば、さも優れた音楽が作れたり演奏できたりするようなイメージがあるけれど、実際はどうなのかと。もしかしたら幻想なんじゃないかと思ったのがきっかけです。

 

『青いバラ』という本も書きましたが、これも育種家の鈴木省三さんに「青いバラが出来たとして、それが美しいと思いますか」と聞かれたことが原動力になりました

。遺伝子組み換えで一生懸命つくろうとしているけど、そもそも青いバラって本当にキレイなのかなと。そこから、青いバラを作ろうとした人々の歴史を紐解いていこうと思ったんです。

 

最近、『セラピスト』という本を出しましたが、それも「カウンセリング」ってみんな知っている言葉なのにあの密室で何が行われているかはよくわからない。回復する人とそうじゃない人がいるようだけど、その違いはなんだろうとか。そもそも何をもって人の心を治すことができると言っているのか。すごく根本的な疑問ですよね。カウンセラーといっても肩書きはさまざまだし、値段や手法もバラバラ、もしかしたら、本物と偽物がいるんじゃないか。そんな疑問が次々とわいたのがきっかけです。

 

たまたま、なんとなく皆が知っているけど、よく分からないものを取り上げていますが、これからのテーマがどうなるのかは自分でも分かりません。今後、編集者の提案で書く可能性がないわけではありません。

 

 

―― インタビューをするときに気をつけていることはありますか。

 

著作を出している方であれば主要な作品は全部読んで、論文も入手できるものはできるだけ目を通すようにしています。ある程度自分に基礎知識がないと質問することもできませんから。質問をするのはすごく難しいことです。

 

お忙しい方だと、1時間インタビューさせていただくのも大変です。せっかく時間を割いてくださったならば、自分の聞きたいことを的確に質問していく必要がある。そのためにも準備はすごく大切だと思います。

 

 

厳しい時代だからこそ

 

―― 最後に、これからライターを目指している方にメッセージをお願いします。

 

10年ほど前、マスコミ志望者が通う専門学校で一度だけお話をしたことがあります。講演が終わった後、生徒の一人が、「ぼくは人脈がないから最相さんのような取材は出来ません」と言いました。人脈があるから取材できると思っているのかと大変驚きました。私にだって最初から人脈なんてありませんから。

 

『絶対音感』ではかなり有名なミュージシャンの方々がインタビューに答えてくれましたが、すべて一通の取材依頼の手紙から始まったものです。自分が何をテーマにして何を知りたいのかが相手に届き、興味をもっていただければ応じてくださる可能性はある。人脈は最初からあるものではなく、後からついてくるものなのです。

 

もう一つ、「ライターになるのはどうしたらいいのか」という質問もよくされます。そういうとき私は「では、あなたは何が書きたいのですか」と聞くんです。すると、ほとんどの人がその質問には答えられない。ただ漠然と「ライターになりたい」と思っている人が結構多いんです。それって、順序が逆ですよね。

 

ライターを名乗るには、何かの媒体に一本記事を書いて名刺を作ればすぐなれます。ですが、ライターであり続けるためには自分のテーマが必要です。そこをはっきり持てるのかどうかが、使い捨てになってしまうのか、生き残れるのかの分かれ目ではないでしょうか。

 

最近は、ネットが普及しているため、無料で記事を読めるのが当たり前の時代です。つい先日読んで驚いた記事がありました。ネットメディアでは、一本数百円で原稿を書くような状況もあるというのです。ものを書いて仕事をするのが非常に厳しい時代なのだと改めて痛感しました。

 

とても安い原稿料のように感じてしまいますが、それ以外で仕事をする媒体が得られない場合は受けざるをえません。これでは、ライター一本で食べていくのは難しい。アルバイトをしながら、あるいは本業を持ちながら書くしかありません。

 

そういう時代だからこそ、自分の中にテーマをもち、なおかつ読者にお金を払ってでも読んでいただける作品を書くことが重要になってきていると感じます。リスクは大きいですが、現状に甘んじていると、一本数百円の世界で流れ作業のように原稿を書かざるを得ません。

 

今、私の過去のいくつかの著作がデジタル化され販売されています。どんなにアナログな方法で取材をして書き上げたものでも、デジタル化されたと同時に、無料の世界に入り込む可能性があるわけです。ものすごく怖いことではあります。

 

ですが、足を使って取材をしたり、埋もれた資料を発掘したり、普段はインタビューに答えない人の話を聞いたりすることは、どんな時代にも必要な仕事です。

 

厳しい時代ですが、今だからこそ書けるテーマはいっぱいあるはずです。50になった私には見えないものが、今の若い方には見えていると思います。アッと驚くような思いがけないテーマがあると思いますし、私もそんな作品を読んでみたい。一緒に作品を作りたいと思っている優れた編集者はまだまだたくさんいますから、諦めずにやって欲しいと思います。

 

 

 

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.276 

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