孤独死に年齢は関係ない ―― ひとり暮らしが当たり前の時代で社会化を迫られる死

若い世代も孤独死予備軍

 

―― 死の生々しさを感じる一方で、孤独死となるとどうしても他人事のように感じてしまいます。

 

若い人の場合はそうかもしれません。でもそれが自分の両親のことを考えてみてください。30代の方なら、両親はおそらく60過ぎだと思います。すでにどちらかは亡くなられている方だっているかもしれませんね。田舎に残した親をどうやって見守るんでしょう。いよいよとなったときに施設に入りたがらないかもしれない。呼び寄せても、住み慣れた地域を離れるのを嫌がるかもしれない。

 

自分の親を孤独死させてしまったら。発見が遅れて、損傷の激しい遺体を発見してしまったら、どうして施設に入れなかったのか、電話をしなかったのか、後悔することになるんじゃないですかね。

 

それに自分自身が孤独死する可能性だってあります。突然死はどの世代にも起こりうることですから。

 

30代後半の男性はいま35%が結婚していないそうです。おそらくシノドスの読者もひとり暮らしをされている方が多いと思います。友達が少なくても、働いている方なら無断欠勤が続くうちに、会社の人が心配して様子を見に来てくれるかもしれません。ただし発見が遅れるケースもあります。発見が遅れれば遅れるほど、遺体の損傷は激しくなっていきます。

 

遺品整理屋さんからは30代後半のOLさんの遺体を処理したことがあると聞きました。連休中に亡くなったために、遺体の発見が遅れたんですね。連休明けに何日も会社に来ないことを不審に思い様子を伺ったところ死後10日経っていた。いまはセキュリティやプライバシー対策としてオートロックのマンションが基本ですが、実は孤独死対策に関してはデメリットになっている面もあります。

 

働いているにしても例えば非正規社員やフリーターだとしたら、わざわざ自宅まで来てくれる人は少ないんじゃないでしょうかね。「またバックれたな」と思われて終わりでしょう。

 

想像してみてください。いま自分がいきなり死んでしまった場合に、誰かが心配して家に訪れてくれますか? また、だいたいどのくらいで来てくれるでしょうか? 夏場なら2、3日ほどで遺体は腐ります。自分の身体に蛆虫が湧いて、腐っていく様子を想像してみれば、孤独死は無関係な問題ではないと思えるのではないでしょうか。来年には600万人以上になると言われる65歳以上の高齢者だけでなく、20代から40代もまた孤独死予備軍と言えるかもしれません。

 

 

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一人カラオケもいいけれど……

 

―― 確かに、毎日連絡をとる友達はあまりいないですし、自分が孤独死していてもおかしくないですね。

 

団塊の世代や65歳以上の高齢者は、かろうじて地域の交流や社縁が残っているので、亡くなられても比較的早期に発見されるでしょう。でも若い世代は結婚しない人も増えていて、ひとり暮らしも多くなっています。私の学生も、卒業後に誰との関係も絶っている人は多いです。いまの学生さんって、一人カラオケとか一人焼肉とか行っているみたいですけど、人とコミュニケーションをとるのが面倒くさいんでしょうね、結局。人間関係を作るのには努力が必要なので。ぼくは一人カラオケの何が楽しんだろうって思うんですが(笑)。

 

もちろんツイッターとかfacebookとかLINEとかで連絡を取り合っているのだと思いますが、ネット上での友達が音信不通になったときに訪ねてきてくれるかといったら微妙でしょう。「そういえば連絡とってないな」「最近、更新しないな」で終わりだと思うんですよね。

 

ぜひ若い人たちには、しばらく連絡がとれなくなってしまったときに家を訪ねてきてくれるような人間関係を作って欲しいです。会社員ならいまは社縁があるかもしれないけれど、40年後に会社を辞めていたら、そうした繋がりだって消えているかもしれません。しかもそのときには、死のリスクだって増えているわけですよね。

 

 

公衆衛生の視点で考える孤独死対策

 

―― 「死んだあとのことなんてどうでもいい」という方も多いと思います。するとどうしても孤独死対策に積極的にはなれないような……?

 

ええ、「死んだら終わりだ」という考え方の人もいるでしょうね。でも発見が遅れれば遅れるほど遺体の損傷はどんどん激しくなっていきます。すると実は「どうでもいい」とは言えなくなってくるんですね

 

孤独死対策には福祉的視点と公衆衛生的視点があると思います。孤独死対策の多くは福祉的視点でとられています。つまり苦しんでいる人がいたら助けてあげよう。命を救ってあげようという点に重きが置かれている。それってあまり盛り上がらないんですよ。志のある人しか関わりませんから。

 

国や自治体の孤独死対策の輪が広がっていかなかったのは福祉的視点ばかりだったからだと私は思っています。孤独死なんて関係ないと思っている人の方が多い。若い人はなおさらです。自分がすぐ死ぬとも思わないし、身近な人の死もなかなか想像できない。

 

でも公衆衛生的な視点だと話は別です。2、3日以上たってから遺体が発見されたら、これなら孤独死に関心がない人でも、困ってる人に興味がなくても、他人が死んでも構わないと思っている人でも、自分に迷惑がかからないようにするという利己的な考え方で対策がとれる。注目も高くなって、社会も動いていくと思うんですよね。

 

福祉的な、ヒューマニズムに満ちた対策よりは、冷淡かもしれないけれど、公衆衛生上の問題として孤独死を考えたほうが、もっと身近に考えられるようになるでしょうし、結果的に、救える命も増えていくんじゃないでしょうかね。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.276 

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