2014.10.24
演劇と社会のあいだ――街をハックする体験型プロジェクトの可能性
高山明さんが主宰するPort B(ポルト・ビー)は、演劇ユニットを名乗っている。しかし、劇場で上演されるタイプの作品はほとんどない。かといって、テントや野外劇場を建てるわけでもない。そもそも俳優がいない。
では、観客はどのようにして作品を鑑賞するか。たとえば、2013年にフェスティバル/トーキョー13で初演された「東京ヘテロトピア」では、チケットを購入した観客はまず、東京芸術劇場のロビーへ行き、ガイドブックと、小型のラジオを受け取るように指示される。ガイドブックには都内13カ所の地図とその場所にまつわる歴史、そして周波数が書かれている。観客は、1カ月の会期中の好きなときに、好きな順番で、それらの場所に行き、ラジオの周波数を合わせる。すると、朗読が聞こえてくる。たとえば、御茶ノ水の上海料理店「漢陽楼」の前でイヤホンを耳に突っ込んだ人は、こんな物語を聞いた。
「その料理をおいしく味わいつつ、Sの話を聞きながら、19歳のぼくは生まれてはじめてといっていい大きな希望が湧いてくるのを感じました。大陸アジアから見ればほんの片隅にすぎないこの島国の都市で、ここで勉強するのだ。これから、自分も真剣に世界を考えるのだ、と思うと、むやみに気分が昂揚してきました。これから、中国各地からの留学生だけでなく、もちろん周囲の日本人だけでもなく、ロシア人にも朝鮮人にも欧米人にも出会うのだ。越南人にも、シャム人にも、ジャワ人やセイロン人にも出会うのだ。出会って、出会って、出会いまくるのだ。」(テキスト:管啓次郎、新潮2014年2月号より引用)
無名の一留学生、周恩来の物語である。たどたどしさの残る日本語。ラジオドラマのようでもあり、近現代史講座のようでもある。その語りを聞いていると、ふいに自分がたたずんでいるそこが、よく知っている東京ではないような気がしてくる。異境に紛れこんだよう。「ヘテロトピア」の住人の声は、私には間違いなく聞こえているのに、かたわらを通り過ぎる人たちには届かない。
これに近い体験を私の乏しい演劇経験から探すのは難しい。書籍になるが、関東大震災後の朝鮮人虐殺について書かれた『九月、東京の路上で』(加藤直樹著、ころから、2014年3月)が予想以上の反響を呼んだのは、日本における人種差別・ヘイトスピーチの問題が大きくなる中で時機を得た内容だったことはもちろんだが、記録に残る証言(当事者の肉声)と、筆者がその場所を一つ一つ訪ねたルポを組み合わせることによって、現在の「ヘテロトピア」として描き出していたからではないかと思い当たる。また、サイト(現場)に足を運び、現実とフィクションのあわいを鑑賞するという意味では、アニメファンの聖地巡礼に類似点を見いだすことができるかもしれない。
ただ、Port Bの特徴は、高度に戦略的に、「ヘテロトピア」を出現させようとしていることだ。「私たちをがんじがらめにしようとする政治の爪が及ばない領域をつくり出したい」と語る高山さんに、Port Bのプロジェクトについて話を聞いた。(聞き手・構成/長瀬千雅)
「東京ヘテロトピア」/観客視点で演劇を考える
―― 御茶ノ水の漢陽楼は、かなり昔に先輩に連れられて行ったことがあるんですが、19歳の周恩来が通っていたとは知りませんでした。
周恩来って日本語がすごく苦手だったらしいんですよ。当時の日記を読み返すと、ホームシックになってしまって、漢陽楼に通って郷土の料理をよく食べていたそうです。神田周辺には中国からの留学生が2万人ぐらいいましたからね。
―― 本郷の新星学寮にも行きましたが、あそこにアジアからの留学生のための寮があることも知らなかった。私が行ったときは「東京ヘテロトピア」の鑑賞者が7、8人ほどいましたけど、それぞれにイヤホンでラジオを聞きながらひっそりとあの場所にいる光景はなんだか妙な感じでした。あそこに暮らしている留学生にとっては日常の場所なわけで、そこによそ者として入り込んでいる感じ。演劇でそういう体験をするとは予想してなかったので、びっくりしたんです。劇場でやらないにしても、そこに行けばパフォーマンスか何かが見れるのかな、ぐらいに思っていました。
ぼくがつくるものはよく「これは演劇じゃない」と言われるのですが、最近は、ぼく自身が作品をつくるときに演劇の知識や演劇的な発想をちゃんと使えてさえいれば、演劇と思われなくてもまったく気にならなくなりました。
―― もともとはいわゆる演劇をやっていたんですよね。どういったきっかけで演劇を始めたんですか?
ぼくは演劇を始めたのは遅くて、大学に入ってからです。關口存男(せきぐち・つぎお)先生を敬愛していて、關口先生のようにドイツ語を学びたいと思ったんですね。もちろん先生はとっくの昔に亡くなられていましたから、どうせなら本場に行ってしまえとドイツの大学に入ったんです。そこで演劇に出合いました。
―― ドイツの人と演劇をつくり始めたんですね。ドイツ語ですよね?
そうです。いろんな劇団で演出をさせてもらいました。やっていればテクニックや知識は自然に増えるので、うまくつくれるようにはなるんですね。ただ、そこから自分のスタイルを築くまでになるのはなかなか難しい。職人的な演出家になる道もあったし、それに憧れていたけど、その道ではなくなりました。
―― ピーター・ブルックの影響を受けたと聞いたのですが。
ワークショップで、ピーター・ブルックと仕事している役者さんと出会ったんですね。それで、ブルックの作品を見たり、ブルックの書いたあらゆるものを集めて読んだりもしました。
―― 今ちょうどブルックの映画[*1]をやってますよね。
ああ、やっていますね。ワークショップの映画。ブルックはワークショップもすさまじくうまい。役者と何をどうつくるかということに関しては、本当にすごく上手な人だと思います。ぼくもワークショップをかなり集中的にやった時期もありましたが、じつはいまだによくわかんない。結局、劇団的な組織のありかたがぼくはあんまり好きになれなかった。
―― ほかにも、憧れの演劇人みたいな人はいたんですか。
いっぱいいます。タデウシュ・カントール、土方巽、クリストフ・マルターラー、それからブレヒトも。いっぱい研究はしました。でもやっぱりそこから、本当の意味での自分のスタイルをつくるところに行くのは、けっこう溝が深くて。
5年ドイツでやって、日本に帰ってきて、一回休憩しようかみたいな気持ちで演劇とまったく関係ない会社に就職しました。ドイツ語ができたんで海外営業を2年半ぐらい。演劇には限界も感じていたし、どう打開すればいいかもわかんなかった。プライドはずたずただし、もう終わったな、「ゼロ。」みたいな感じになりました。
そういうときって、はじめを振り返りますよね。自分はなんで演劇を始めたのかと考えたときに、「自分は観客だったんだ」と思ったんです。観ることが好きだった。つくり手になっちゃうと忘れちゃうんだけど。原点に戻って、観客視点から見た演劇ってどういうものだろうということを考えて、一点突破でそれだけをやったら、ひょっとしたらまたやれるんじゃないかと思ったんです。
―― さっき名前が挙がった演劇人は、それぞれに思想性を色濃く感じさせる人たちですよね。
その通りです。
―― ブレヒトとか、聞いただけで難しそうです。
そう思われていますよね。とても単純に言ってしまうと、ぼくの理解では、演劇が無批判に過去から受け継いできた宗教的な面や神秘的なところをなくそうとした人。ぼくは演劇には二通りあると思ってて、一つは、一回性や、その場のアウラを重視する「宗教的」舞台。まったく宗教など扱ってなくても「宗教」に根をもったものです。これは神秘的だし強度もある。もう一方は、基本的に複製や引用が可能で、強度より散漫さを重視しているもの。これは没入よりも批評を重視することにつながります。ブレヒトがまさにそうで、演劇が脱神秘化されている。即物的で世俗的。ぼくはそれは引き継ぎたい。
―― 「東京ヘテロトピア」もそうでしたが、観客に委ねられる部分が非常に大きいのは、そういう考え方からきているんですね。
イリュージョンを演劇でやってても、もうしょうがないだろう、という気持ちはあります。
「完全避難マニュアル・フランクフルト版」/ツアーパフォーマンスとは
―― Port Bの代表作の一つに「完全避難マニュアル」[*2]がありますが、これも、「避難所」という名の上演スポットを観客が自由に訪れて、それぞれの「ツアー」をつくるタイプのプログラムです。
ちょうど先月から10月5日まで、「完全避難マニュアル・フランクフルト版」をやったんですが、フランクフルトを中心とした電車で1時間ぐらいのエリアに約40カ所、コンテンツをつくりました。ぼくはフランクフルトはあまり知らないので、いろんな人と組んだんです。世界中から集まってもらったアーティストのほか、地元のアーティスト、7つの大学とも提携したので学生にも参加してもらいました。リサーチやコンテンツづくりをそういう人たちにもやってもらい、ぼくはもっぱらつくられたものをつなぐ、フレームづくりをやりました。もちろん方向性は示しますし、地元のアーティストなんかとはひたすら話し合って一緒につくりました。成立させるのが無理だと思えばお断りすることもありました。
[*2] 「完全避難マニュアル」 東京版は2010年にフェスティバル/トーキョー10にて初演。
ここが入り口。http://hinan-manual.com/ 当時の「避難民」たちのつぶやきは今も見れる。http://togetter.com/li/66998
―― そのジャッジが肝ということですね。
でも、国際的に活躍しているアーティストはやっぱり運動神経が全然違うので、すぐ理解するし、面白いものを出してくるんですよね。これだったらぼくらのほうでこういうフレームをつくればもっと生きる、みたいなプロセスを共有して。あとは導線づくりですね。
―― その導線というのは、観客がどう体験するかという意味の導線ですよね。
そうです。
―― 観客はまずインターネットの特設サイトを訪れて、イエス・ノーで答えるタイプの簡単な質問に答える。すると4つのツアーコースのどれかに誘導される。それぞれの場所に行くための地図がダウンロードできるようにしてあるので、あとは観客に自由に行ってもらう。
4つのツアーコースにはそれぞれテーマがあるんです。Aが「出会い」。都市生活の中で偶然の出会いを誘発するような避難所。Bは文字通りの「避難」。難民や移民にまつわる場所などです。Cは「変身」。アイデンティティーをゆさぶるもの。Dが「旅」。そのフェスティバルがフランクフルト周辺7都市で開催されるものだったので、それを電車でつなぐものです。
―― 日本だと電車に乗ってわざわざ指定された場所に行くことを面白がる人はたくさんいそうですけど、ドイツの人はどうでしたか?
ドイツ人もけっこうやってくれたんですよ。コンプリートする人もいましたね。でも半分だけやるとかでも全然いい。自分で自分のツアーをつくるというのがコンセプトなので。ふだんは自分の住んでいる町とフランクフルトの往復の電車にしか乗らないけれども、ツアーに参加することで別の経路を発見したりする。そういう別ルートがいろんなところに生まれるっていうのが、ぼくが意図した道づくりですね。
―― つまり、グーグルマップとかカーナビで検索したら出てこない道ってことですよね。
そう。そして、ふだん自分の意識の中では結びついていない2つのポイントを結んでしまう。あるいはふだん使っている道が全然違うふうに見えてきちゃうとか。
―― 行った先では、たとえばどんなコンテンツに出合うんですか?
そうですね、たとえば、「変身」コースに、カジノに行くための衣装店をつくったんですよ。ヴィースバーデンに古い、権威あるカジノがあるんですね。ドストエフスキーがそこですっからかんになって、その体験を『賭博者』に書いたという。ドレスコードがあって、正装でないと入れてくれないようなところです。そこに入るための貸衣装屋というコンセプトの店。
マーヴィンというセンスのいい学生がいたので、それやんない?と声をかけて、一緒につくりました。彼が店長になって、自分で服飾史を研究して、衣装を選んで、すべてを構成しました。応募してきたアーティストの中にインテリアデザイナーがいたので、インテリアをお願いしたら、やっていくうちに二人が仲間になって、どんどんやってくれた。
―― 本格的な衣装ですね!
かっこいいんですよ。衣装を着たお客さんも「これで入れるんだ?!」みたいな感じで。カジノには別に許可をとったり協力を要請したりはしてないんで、カジノ側からしたら、その人が仮装マニアなんだか、ちょっとおかしな人なんだか、もしかしたらとんでもないお金持ちなんだかっていうのは、わからないんですよ。
―― あとで種明かしもしてないんですか?
してない。でもこの格好で行くと入れざるを得ないから。観客のほうも、人間って変装すると人格が変わるでしょ。それが避難になったという人はけっこう多かったみたいですね。
―― 避難の意味も多重的なんですね。どれぐらいお客さんがきたんですか?
多いときで1日に25組ぐらい。それが約3週間。
―― 店長として切り盛りするのって、けっこう大変ですよね。
そう、しかもマーヴィンは社会学の勉強をしてるふつうの学生だから。
―― アーティストじゃないんですか!
そうなんですよ。でも変わった服着てたりしたんで、いけるだろうと。もちろんよく見て、引き出してあげることは必要ですけど、これをやり遂げてくれたのは、うれしかったなあ。
演劇と社会のあいだ/演劇と政治のあいだ
―― 高山さんのつくるものは、演劇というより、ソーシャルプロジェクトに近いイメージがあります。だけど、「いいね!」をぽちっと押して気軽におすすめできるようなものでもない。思想やイデオロギーの側面も含めて、自分はどうかをいやでも考えさせられる。しかも、やっぱり演劇でもある。その面白さってなかなか伝えるのが難しいと思うのですが。
舞台ってふつう、俳優やパフォーマーがいて、彼らのものですよね。お客さんは客席にいて、舞台に上がることは原則的にはない。でも、このプロジェクトでは、舞台は都市なんですね。お客さんのほうがパフォーマーで、お客さんが動かなかったら街は舞台にならない。お客さんが動いてくれてはじめて点と点が結びつくし、その場所が舞台になる。なので、じつはつくっているのはだれかといったら、ぼくらは半分、あとの半分をつくるのはお客さんなんです。それをぼくは「創作」というふうに呼びたい。その体験からエッセイを書いたりとか、紹介文を書いたりするのも創作の一部になる。自由にやっていただいて構わないし、すごく主観的なものでもいいんじゃないかなと思っています。
―― でもそうすると、見る人がいなくなりませんか?
それがまた微妙なところで、たとえば「東京ヘテロトピア」で言えば、あるときある場所に、ラジオを聞いている、明らかにたたずまいの違う人が何十人と集まることがあったわけです。そうすると、なんとなくお互いを見合うことになりますよね。一筋縄じゃいかない関係がその場にできてしまう。その外側に、「なんで今日はこんなにラジオを聞いてる人が多いんだ?」って感じで見てる地域の人たちがいる。
―― なるほど……なんか、「同時多発オーダー in 吉野家」[*3]を思い出しました。いや、ネット上のまつりなんですが。
同じ感覚はあります。ただ、フラッシュモブとかだと、「あ、何か始まったな」と思った瞬間に、パフォーマーとそれを見てる人たちという関係ができてしまいますけど、なるべくその関係がはっきりしないようにつくってはいるつもりです。複数の領域が微妙にクロスして、干渉したり干渉されたりする、中間地帯みたいなのをつくれたら面白いなって。
―― 高山さんはやはり、劇場の中より社会のほうに関心があるんでしょうか。
社会変革をどうやればいいのかというのは、震災と原発事故の後、やっぱり考えざるを得ませんでした。アクティビスト的な姿勢がいちばん強く出たのは「国民投票プロジェクト」です。ぼくはほんとに「国民投票をやったらいいんじゃないか」って思ったんですよね。ウィーン郊外にツベンテンドルグ原発という、一回も使われないまま国民投票によって廃炉になった原発があって、そこを訪ねたときにこの手があったかと思って。それでいろいろ調べてあまり時間をかけずにつくったんですけど、でもその途中で、社会運動じゃなくて演劇にとどまったほうが、間接的には影響力が持てるぞと思ったんです。
「国民投票プロジェクト」では、(選挙権のない)中学生にインタビューした映像を900ほど保冷車を改造したトラックに積んで、いろんな町を移動しながら観客に見せるということをしたんですが、福島の中高生を見てると、政治の手が、彼らを完全にがんじがらめにしてしまっているように見えました。その手から漏れる部分、政治の爪が及ばないエリアをつくることのほうが、政治的な振る舞いというか、行いとしては価値があるんじゃないかと思った。そのために演劇の手法をフルに使いたいというのが、震災後に考えたことなんです。
―― 政治にがんじがらめにされているというのは、彼らが、福島の子どもだってことを背負わされて、発言させられている、みたいなことですか。
そうです。ハンス=ティース・レーマンという演劇の研究者が書いている「アンティゴネ論」がぼくにとっての一つの指針になっています。アンティゴネがやろうとしたことは、反抗とか新しいルールをつくることとかではなくて、政治がおよばない領域をつくったんだと。そのことがいちばん政治に対してゆさぶりをかける力を持ってしまったというのを読んで、演劇やってるのにこれやらなかったら全然ダメじゃん、というふうに思ったんです。迂回路とか、遊びの領域をどうやってつくるかということに全力を傾けようと。でもそれが結果として政治的になってしまう可能性があるなとは思っている。
―― 結果としてそうなれば、それはそれでいいわけですね。Port Bの作品に参加すると、社会や政治とつながらざるを得なくなる。「東京ヘテロトピア」で異境に暮らす人々の物語を聞きながら、排外主義のヘイトスピーチを思わざるを得ませんでした。
実際にヘイトスピーチが行われている現場に遭遇した人もいっぱいいました。
―― そういうものにも対抗できるんじゃないかと。
はい。ツールです。ぼくもそう思っています。「東京ヘテロトピア」は、東京オリンピックまでに200カ所以上、参加国数と同じ数まで増やして、スマートフォンのアプリにしようと思っているんです。淡々とやっていれば、そういうツールとして使う人がたぶん出てくると思うし、それがほんとにムーブメントになっちゃって、街が変わっちゃったみたいな、嘘から出た実(まこと)みたいになったら最高です。ただ、戦略として、政治的なアクティビティーにはしない。そういう変革のために演劇的な知や思考を使えないかと思っています。演劇って3000年ぐらい歴史がありますから。
「演劇的手法」とは
―― その場合の高山さんが言う「演劇的」というのは、具体的にはどういうことを指すんですか?
一つは、どういうふうに時間をデザインするかということです。もう一つは、できるだけ多くの人が参加者/パフォーマーになったほうがいい、という転換です。つまり、ふだん生活している街にはお客さんがいないわけじゃないですか。それをどう参加者に変えていくか。どういう役を与えて、どういうふうに動いてもらえばいいのかということも含めて、演劇的なツールとして使えると思います。
―― でも、生活者の感覚で言うと、踊らされている感じがしてイヤかも……。
そうそう。でもそれは、もしかしたら今ぼくらがまさしく、広告代理店とか、それこそマスコミや政府にやられていることかもしれない。みんな踊らされてる。それを、「自分、踊らされてるな」というふうに、距離を持って見れる装置をどうやってつくるか、ということだと思います。つっこみを入れるには距離が必要で、そのために「これ、演劇じゃん」みたいな、冷静に見れる視点をつくれたらいいなって。
演劇の語源であるテアトロンという言葉は、客席で行われたことを指すんですね。客席でお客さんがやっていたことをテアトロンと呼んでいた。舞台じゃないんですよ。それが演劇と翻訳されて、一般名詞になってしまったわけです。だから、ぼくは舞台をつくっていないから演劇をやっていないと否定されるんだけど、観客を中心に演劇を考えるということは、そんなに演劇の本質からずれてないと思うんです。
―― でも正直、みんながつくり手になれる、発信できるという時代に、観客として劇場の客席に座っていると、自分はなんのために演劇を観てるんだろうなっていう、不思議な気持ちになることはあります。
たしかに、自分でもつくれるじゃんっていう感覚は、日本はすごく強いです。二次創作して自分で売っちゃうって、日本独自じゃないですか。あんなこと、たとえばヨーロッパの人はなかなかやらないので。観客のほうが「よし、自分でもつくる」みたいな感じでどんどん創作してしまうっていうのは、ぼくは日本の特徴だと思うし、ある種武器だと思います。
―― じゃあ、演劇を観て、これの二次創作をしてやろう、とかも。
どんどんやったらいいと思うんですよ。「完全避難マニュアル」を東京でやったときに感動的だったのが、「避難民」の人たちのあいだにだんだんコミュニティーができていって、自分たちで避難所をつくり始めた。それで、ぼくがそこへ招待されたんです。これいいじゃん、と思って。それはもうほんとにうれしかったし、わりと理想かもしれない。
―― たしかに、それは日本っぽいできごとですね。
ドイツではそういう側面はなかったです。彼らは楽しんでくれたけど、自分でつくってやろうっていう発想はなかった。
―― 不思議な違いですね。なんだろう。ふと思ったんですけど、日本の人にとっては、自分で何かつくることが、そのまま「避難」になっているのかもしれませんね。
そう、ぼくもそう思うんですよ。
―― 発表の場があって、祝祭感もあって。
祝祭には憧れます。自分たちがつくった舞台の初日を緊張しながら見る、みたいなのは、うらやましいなという気持ちは正直あります。舞台、けして嫌いじゃないし、大好きだし。
―― 観ることが好きだったんですものね。でも、高山さんが演劇の境界にいるからこそ、演劇祭ではなく、美術展に招かれたりもするわけで。「あきたアートプロジェクト」でも新しい作品を発表されていますよね。
「宿命の交わるところ――秋田の場合」というプロジェクトでは、「占い」をテーマにしたコンテンツを、秋田の地元メディア8社に制作してもらっています。テレビ局、ケーブルテレビ局、ラジオ局、新聞社、雑誌社、インターネットメディアなどがそれぞれいくつかの番組や記事をつくって発信します。全部の番組や掲載をあわせると20以上になるのですが、ぼくらはイーホテル秋田というホテルの一階に場所を借りていて、番組や記事が放送・掲載されたら、その日の夕方にそれを受け取って、会場にインストールしていきます。最終日にはすべてのコンテンツがそろって、インスタレーションが完成する、という仕掛けです。
「宿命の交わるところ――秋田の場合」/メディアと情報について
―― これが、資料を見てもなかなかイメージしづらかったのですが、プロジェクトのことを知らなければ、ただの新聞記事、テレビ番組なわけですよね?
「なんか最近占いの番組多くない?」という感じだと思います。会場も、コンテンツが順番にインストールされていくので、初日に来ていただいてもからっぽなんですよね。主催の県の人にも、説明するのが難しくて。これは何のプロジェクトですかっていう問い合わせもけっこういっぱいあったみたいで。
―― たしかに、私が地元の住民だったとして、「で、お前の目的はなんなんだ」と聞きたくなってしまうと思います。だって、広告代理店でも企画会社でもないわけですし……。
そうですよね。コンテンツをつくってくれるメディアの一つに、秋田経済新聞[*4]っていう、ウエブメディアがあるんですよ。
―― 「渋谷経済新聞」とか「上野経済新聞」とかってありますよね。その系列ですか。
そうです。千葉さんという非常に面白い人が編集長兼記者として、毎日1本記事を書いてウエブに発信してるんですが、千葉さんのやりがいが「Yahoo!トップページに載ること」なんですよ。これまで3500本ぐらい書いてきて、25本ぐらい載ったと。そのたびにサーバーがダウンしたっていうのが自慢話で(笑)。じゃあ、ぼくらが「占い」でいろんなネタを仕込むから、それを取材してくださいって。
―― 面白そうですけど、やらせすれすれですね。
はい。そこの境界はあいまいですから、テレビ局や新聞社はやはり、相当慎重になられたところもありました。当然だと思います。その中で、秋田経済新聞だけが、可変性があるんですよ。
―― 可変性?
テレビはテレビ番組になるし、ラジオはラジオ放送になる。だけど秋田経済新聞は、秋田経済新聞のウエブサイトに載れば秋田経済新聞の情報だけど、Yahoo!トップページに載ったらそれこそアクセス数が何万桁も変わるわけです。サーバーがダウンするぐらいに。もとは一つの、同じ情報なのに。
―― ああ、もともとの媒体名が消える感じですよね。Yahoo!ニュースという媒体は存在しないのに、っていう。
あのモンスター化する感じは、でも、人をわくわくさせるものがあるなって気がする。インフォメーションって、inform「知らせる」をformation「組織化」するって書きますよね。informがあるformatにformationしていく、その境界のところが立ち上がってくれば、批評性が出てくるかなと。
―― なるほど。メディア・アーキテクチャの実践的な批評になり得ると。でも、「あの占いの番組面白がって聞いてたのに、Portが仕組んだやつだったなんて知らなかった。騙された」みたいな苦情もあるかもしれません。
ありますよね。だから、このプロジェクトを提案したときに「社会実験ですね」と言ってくれたカンのいい人もいました。「あ、こういうフレームなんだな」と気づけばすごく面白いと思うんですが、やっぱりなかなか理解されづらいので、県のお金使って占いってなんだ、みたいな批判は出てるみたいです。でもぼくは、メディアを使った演劇的な手法としては、ちょっと面白い発明なんじゃないかと思ってて。違う都市でもこれを展開していきたい。フランクフルトだったら30社ぐらいでできるんじゃないかとか、そうしたら町はどういうふうに変わるんだろうかとか。ミュンヘンでやろうかなとか。
―― お話をうかがっていると、ますます演劇から遠ざかっていっているような気がしてきました。むしろ、もっと危険なもの、と言いますか。ぎりぎりというか。
人のふんどしで相撲をとる、メディア・テロリズムだと自分では言っているんですけど。
―― なおさら物騒な感じがしますが、どうなるか見てみたいという欲望が抑えられない観客は、私自身を含めてですけど、そのテロの加担者になってしまうのかもしれません。
ぼくの予想では、秋田ではたぶん何も起きなくて、問題にもならないだろうと思います。もちろん、一つ一つの番組や記事が視聴者や読者にとって面白いものでなければならないので、本気でやりました。秋田で有名な占い師の人に全面協力してもらったり、ユング派の優秀な臨床心理士に真面目に占いについて考える原稿を書いてもらったりしています。それらが一つの会場に集まってインスタレーションとして完成したときに、「占いを通して、秋田という土地の宿命が浮かび上がる」というふうにはつくっているつもりです。会場では連日出張占いが出ていたり、土日は占い教室を無料でやっていたり、最終日はABS秋田放送がラジオで生中継もしてくれますから、気軽に来て、楽しんでください。
■公演情報
Port観光リサーチセンター
「宿命の交わるところ――秋田の場合」
日程:2014年10月18日(土)〜11月3日(月・祝)
開場時間:16:00〜20:00/土日祝11:00〜19:00
展示会場:イーホテル秋田 AD 1階(秋田県秋田市大町2-2-12)
入場無料 ※占い体験は有料
http://akita-art-project.net/?p=1309
あきたアートプロジェクト 2014
会期:第1期 2014年8月上旬(終了)
第2期 2014年10月~11月上旬(プロジェクトごとに会期が異なる)
会場:秋田市中心市街地各所
主催:秋田市中心市街地アートによる賑わいづくり実行委員会
■公演情報
高山明/Port B
「横浜コミューン」
日程:10月30日(木)~11月3日(月・祝)
開催時間:10月30日(木)~11月2日(日) 16:00~19:00(開場15:30)
11月3日(月・祝) 15:00~18:00(開場14:30)
会場:nitehi works(横浜市中区若葉町3-47-1)
入場無料
http://www.yokohamatriennale.jp/2014/event/2014/07/post36.html
ヨコハマトリエンナーレ 2014
「華氏451の芸術:世界の中心には忘却の海がある」
会期:8月1日(金)〜11月3日(月・祝)
主会場:横浜美術館、新港ピア(新港ふ頭展示施設)
アーティスティック・ディレクター:森村泰昌
主催:横浜市、(公財)横浜市芸術文化振興財団、 NHK、朝日新聞社、横浜トリエンナーレ組織委員会
プロフィール
高山明
1969年生まれ。2002年、Port B(ポルト・ビー)を結成。既存の演劇の枠組を超えた作品群を発表。観客論を軸に据え、現実の都市や社会に「演劇=客席」を拡張していく手法により、演劇のアーキテクチャを更新し、社会のなかに新たなプラットフォーム=「劇場2.0」を作ることを試みている。2013年にはシンクタンクPort観光リサーチセンターを設立。観光、建築、メディアといった分野とのコラボレーションに活動の領域を拡げ、演劇的発想・思考によって様々なジャンルでの可能性の開拓に取り組んでいる。