2014.11.17

消費税増税で財政再建は可能か

若田部昌澄氏インタビュー

経済 #消費税#アベノミクス

景気への影響は? 消費税ってどんな税? そもそも増税しないと財政再建できないのでは? 消費税率10%への引き上げが議論されている中、疑問は膨らんでいくばかり。そんな素朴な疑問を、消費税再増税をめぐる集中点検会合に参加する経済学者・若田部昌澄教授に伺った。(聞き手・構成/山本菜々子)

景気悪化は天候のせい?

―― 今回は、消費税増税について若田部昌澄さんにお話を伺いたいと思います。今年4月に消費税が8%に上昇しましたよね。その影響はどのように出ているのでしょうか。

景気が悪くなっています。内閣府が9月8日に発表した4~6月期の四半期別GDP 速報によれば、実質経済成長率が年率換算でマイナス7・1%と大きく落ち込んでいます。

―― 「今夏の天候不順が実体経済に影響を及ぼした」という甘利大臣の発言がありましたね。消費税増税ではなく、天候のせいであるという話もあると思います。

だいぶ言い訳が苦しくなってきたなと感じましたね。天候の話をしたら、不順の年はいくらでもあるわけですが、こんなに落ち込むことはほとんど無いです。実質消費支出を見ても、2011年3月に東日本大震災の時に落ちた時に次ぐ減少具合です。かりに天候不順のせいでこんなに落ち込むのならば、ますます増税をする時期ではないでしょう。

―― 消費税は景気に影響を及ぼしているということですね。若田部さんは消費税増税について反対されていますが、「国際公約」だから実行しなければいけないのではないでしょうか。

これは、明らかな認識違いです。野田前首相が、2011年11月7日、衆議院本会議で「国際公約なのか」と自民党の議員から聞かれて、「いや違います。それができなかったらあなた責任を取るの、という話はやっていません。『国際公約』という話ではなく、国内で方針として示していることを国際社会にも説明した」と言っています。

それなのに、増税をしないと国際社会からの信認が失われるというのはおかしな話です。海外の要人が日本の財政政策について様々な発言をしていますが、クルーグマンだけではなく、米国の財務長官ジェイコブ・ルーも内需拡大を維持しなさい、財政再建には気を付けなさい、と言っている。

8月9日のフィナンシャル・タイムズも社説で消費税増税を引き延ばせと言及していましたし、ニューヨーク・タイムスや英エコノミストも同様です。外国の格付け会社であるS&Pの小川隆平ディレクターからも増税が必ずしも必要ではないという発言が出ました。

そう考えると、「国際公約」という言い方は非常に怪しいのではないかと思います。極めつけは、安倍首相の発言です。10月30日の衆議院予算委員会で、「国際公約とは違う。何が何でも絶対という約束は果たせない」と述べています。

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均衡解はあるのか

―― 若田部さんはなぜ消費税増税に反対しているのでしょうか。財政再建のために、増税は仕方ないと思ってしまうのですが。

財政再建は目標として正しいとしても、このタイミングでの増税には反対です。

アベノミクスの第一の矢による金融緩和で、景気が良くなったとはいえ、まだまだ長年の不況を吹き飛ばすほど解決しているとは言い難い状況です。そんな中、増税すると、景気が悪くなり、成長が鈍化し、税収が上がらなくなってしまう可能性があります。

実際に、景気の悪い時に増税して、財政再建が成功した例は世界的にみてもありません。仮に、消費税収が上がっても、他の部分の税収が下がってしまったら本末転倒です。

―― 景気の悪い時には増税すべきではないということですね。

一方で、景気が良い時の増税は、成功する可能性があります。日本における1989年の消費税導入時は景気が良かったですから、それに近い状況だったと言えます。

1989年、97年、今回の2014年と導入と3回の消費税増税がありました。3回の経験の中で、景気の良かった1989年は置いといて、景気が悪かった1997年、2014年は明らかに失敗でした。

仮に増税することで財政再建を図ろうとする人を「増税再建派」と呼ぶとするならば、彼らが本当に、均衡解があってやっているのか、と疑問に思っています。めどもつかないまま、それこそ「見果てぬ夢」のようなことをやっている印象です。

―― 中期財政フレームでは、均衡解を示しているのではないでしょうか。

中期財政フレームは、2015年度までに、基礎的財政収支の赤字をGDP比でもって半減するという目標ですよね。2010年の段階で6.6%、2015年の段階で3.3%を達成すると。でも、それを達成することはまさに消費税増税によってほとんど不可能になってきました。

増税再建派の人の一番の問題点は、彼らの言う増税再建路線は現状で破綻しているということです。その大元には、そもそも均衡解があってやっているのか、ということに尽きると思います。歴史的にも、名目GDPが増えない限り、財政再建には成功しません。日本でもかつて2005年から2008年くらいまで、名目GDPが多少増えた時には、基礎的財政収支の対GDP比が減りました。

変な独創性

―― 消費税という手段そのものについてはどう思いますか。「消費税収は安定しているので、福祉の財源に優れている」という声もあります。

今、アベノミクスで伸びているのは消費です。設備投資はほとんど増えていないですし、純輸出はマイナスです。最大のエンジンである消費に直撃する税を導入する必要はあるのかと感じてしまいます。

消費税そのものが悪いか、といわれると、ものの使いようによっては、悪くないと思います。ただ、何を目的にするのかですよね。社会保障の目的税として消費税を使うのは、あまり適していないですね。

消費税は薄く広くとる性質があります。負担は広範に薄くなっているのに、社会保障は限られた人たちに行くわけです。負担と給付のバランスが崩れています。

実際に、他国で消費税だけを社会保障の目的税にしているところはありません。社会保険料のような形でやっていて、足りない分を他の税金で補充するのはまれです。やろうとしていることが出来なくなったから、税金で補おうとしている。そこにねじれがあります。本来ならば税制の改正や社会保障改革をやってからやるべきですよね。

日本の政策全体に言えるんですが、海外で成功していることはあまりやらないで、海外でやっていないことをあえてやる。変な独創性があるんですよね。たいがいそれは裏目に出ています。【次ページへつづく】

成り立たない議論

―― 社会保障に適していない税ということは分かりましたが、社会保障に使うなら仕方ないのでは、と思ってしまいます。

社会保障が大事だから、消費税を増税するという考え方は短絡的だと思います。社会保障の財源の話と、消費税の話は分けて考えるべきです。財源が必要ならば、景気に悪い影響を与えないような取り方もあるわけですよ。

消費税を上げて、消費税収があがり社会保障が上手くいったとしても、景気に悪影響を及ぼし、他の税収が下がる可能性があるわけです。人々の所得と雇用が減ってしまうと、貧困者層には大きな打撃が来る。そうなってしまうと増税の意味がありません。しかも消費税は逆進性があって低所得者層に厳しい。

いまの議論って、社会保障か、消費税増税か? といった、どちらかが痛みを負わなければいけない、みたいな変なトレードオフの関係になっているわけです。これが「悪魔の選択」というか、不幸な選択になっている。でも、本当にその2択しかないのでしょうか。もっと痛みを負わずに済む方法があれば、それに越したことはないです。

一番大事なのは、まず経済が成長することだと思うんです。成長することで税収を増やしていく。実際に13年度に関しては、経済成長のおかげで3.6兆円ほど税収が増えています。

―― 少子高齢化によって、もう経済は成長しないから、やっぱりどこかで痛みを負わなければいけないと思うのですが。

でも、実際、消費税増税前のアベノミクスでは経済成長していたわけですよね。たしかに、少子高齢化の影響が全くないと言うつもりはありません。ですが、少子高齢化するのであれば、その対策を打ちながら経済成長を目指すべきです。

経済は成長できない、でも社会保障費は必要だ、という考えに落ち込む必要はないと思います。経済成長できないという議論をあまりにも鵜呑みにしているのではないでしょうか。

経済成長がないと、分配をめぐるものすごく熾烈な対立が出てきます。お金をあっちによこせ、こっちによこせとなる。それは、経済が成長しているところでも、起こる話なのだけど、全体が成長していれば、もっと分配は楽になるはずなんですよね。

そもそも、仮に経済が縮小していくとします。だとしたら、消費税にしろ何にしろ増税して社会保障費に充てるなんて成り立たない議論です。

社会保障を維持することで、むしろ経済を持続させることができる。政府の規模が大きくなっても経済成長はできる。と、いう話だったらまだわかります。

でも、経済がしぼんで社会保障関連費を維持できないと思っているのに、増税はする。本当に縮むと思うのであれば、維持ができない年金を見直すなど、制度改革をするべきです。増税をしても、次世代に負担がかかるだけで、何の解決にもなっていません。

今あるデンジャー

―― とはいえ、日本の社会保障は歳出と歳入のバランスが取れていない。つまり、「借金している」ということになりますよね。普通に考えたら、収入を増やすために増税、ってそんな変な話ではないと思うんですが。そして、この借金をはやく返済しないと、ギリシャのように財政破たんしてしまうのではないでしょうか。

国の財政を、家計に例えると、そういう話になってしまいますが、良い例えではないですね。国家の場合の借金=国債ですよね。日本の場合、国債の9割を日本国内で保有しています。つまり、日本国民に借金をしていることになりますね。

もし、無理やり家計に例えるとするならば、同じ家庭にいるお父さんとお母さんがいて、お父さんにお母さんがお金をかしていると言うこともできます。とはいえ、この例えは完璧ではなく、お母さんはお父さんに借金の返済を要求して、どこか違うところに行ってしまう可能性はあり得るわけです。

もっと大事なのは、1000兆円もあると言われているこの借金は何に対して大きいのかということです。ものすごく貧しい国にとって1000兆円は巨額です。

ですが、日本にとってみれば、GDPの二倍強にあたります。相対関係が大事なので、額ではなく見込みがあるかどうかが大事だと思うんですよね。

―― 年収100万円の人がかりる1000万と、年収500万円の人がかりる1000万では、意味が違うということですね。

1000兆円というと空前の数字だから感覚としてつかめないわけですよ。日本のGDPは480兆円で、一方で政府の資産は630兆円あります。このまま家計に例えると、この日本国という家計は、借金もありながら、資産も持っているわけです。ですから、ギリシャの例を日本にあてはめるのは適当ではないと思います。

日本の場合、財政危機だと言っているわりに、政府の資産をあまり売らないんですよね。イギリスなんかは、持っている軍艦を売ろうかという話までする。資産を売ることは危機の場合仕方なくやらざるを得ないんですよ。でも、日本の場合、それをしません。まだ、余裕があるのでは、と思ってしまいますね。

そうすると、家財道具を売るのとは違って、簡単に国有財産を売れるものではない、という意見も出てきます。しかし、売らないでも貸すことはできるし、不動産に関しては家賃収入を得ることもできる。あと、政府には現預金もあるし、出資金もあるわけです。財政学者の中には「売れない」という方もいますが、原則的には売ることが可能ですし、危機になったら売らざるを得ないのではないですか。

「財政危機」というのであれば、もっと色んなものを売っているだろうし、膨張している社会保障費を維持できないと訴えることもできると思うんです。ですが、増税の方に舵を取っているのは不思議です。

消費税増税の議論を見ていると、増税しなければ、日本の国債の信用があぶなくなるというような、テールリスクを懸念している声が多くあります。テールリスクとは、発生すると大きなダメージを与えることになりますが、起る確率は極めて低いリスクのことです。

もちろん、これを考慮することは大切です。でも、やはりテールリスクはテールリスクなのです。問題なのは現状に起きていることで、消費税増税で消費が伸びずに景気が悪化してしまった。しかも財政再建から遠ざかっている。これはリスクどころか、現実化している危険(デンジャー)なわけです。

現状をどんどん悪化させているのに、「でも、国債の暴落がなくて良かったね」と言えるのか。起きる可能性が非常に少ないリスクと、現実に起っているデンジャーを比較するなら、後者に対応するべきではないでしょうか。私は現在のデンジャーを悪化させないためにも、今回の増税には反対です。

(2014年10月28日 若田部昌澄研究室にて)

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プロフィール

若田部昌澄経済学 / 経済学史

1965年、神奈川県に生まれる。早稲田大学政治経済学術院教授。1987年に早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。その後、早稲田大学大学院経済学研究科、トロント大学経済学大学院博士課程単位取得修了。ケンブリッジ大学特別研究員、ジョージ・メイスン大学政治経済学センター特別研究員、コロンビア大学日本経済経営センター客員研究員を歴任。2000年代から、現実の経済問題に発言をはじめ、リフレーション政策支持の論陣を張る。著書に『経済学者たちの闘い』(東洋経済新報社、2003年)、『危機の経済政策』(日本評論社、2009年)、『もうダマされないための経済学講義』 (光文社新書、2012年)、『本当の経済の話をしよう』(栗原裕一郎氏と共著、ちくま新書、2012年)、近著に『解剖アベノミクス』(日本経済新聞出版社、2013年)など多数。

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