2016.10.19

競わない地方創生――市民・顧客は「攻略する対象でなく、協働する仲間」

久繁哲之介 地域再生プランナー

経済 #地方創生

弱者(地方、中小企業)と強者(大都市、大企業)の経営は正反対に違う

「失敗しない地方創生へ、市民のライフスタイルを主体としたまちづくり」というテーマで執筆を依頼された。結論を先に明示しよう。

弱者(地方、中小企業)と強者(大都市、大企業)の経営は正反対に違う」という経営の基本を実践する弱者は、地方創生に成功できる。正反対に違う項目を9つに集約した経営モデルを今年3月刊行の拙著『競わない地方創生~人口急減の真実』(時事通信社)で以下にように纏めた。

(表)大企業とは正反対な「中小企業=役所が行うべき経営」9カ条

chihousousei

弱者は、京都や飛騨高山の観光戦略を真似してはいけない

弱者と強者の経営モデルが正反対に違うことを、歴史的建造物の魅力で集客する観光事業を例に説明しよう。強者の例は、京都と飛騨高山。弱者の例は、長野県須坂市。

京都や飛騨高山など強者の観光施設は、歴史的建造物を厳かに見せるだけで、高い入館料を多くの顧客(観光客)から徴収できる。集客の数も稼げるし、利益率も稼げるこの経営モデルは、観光施設を厳かに見せるだけで「ほとんどの顧客が高い価値を感じるし、楽しめる」からこそ成立する。

つまり、ある一つの価値が、どの顧客にも通用する大量販売が可能な経営モデルである。

京都や飛騨高山の更なる強みは、そのような観光施設が地域内に集積していること。だから、消費金額が小さい通過型観光地ではなく、消費金額が大きい宿泊型観光地になれる。

弱者は、自分が1番になれる価値を探す

一方、弱者の観光地には「ほとんどの顧客が高い価値を感じるし、楽しめる」観光施設が集積していない。むしろ、そのような観光施設が一つも存在しない地方都市の方が圧倒的に多い。このような弱者の地方都市は、どのようにすれば良いかを須坂市を例に説明しよう。

私は今年度「須坂市まちづくり・移住推進アドバイザー」に就任した。私の提言は、机上な空論ではなく、いつも現場の体験に基づく。須坂市へのアドバイスも、今年5月30日から1週間の滞在体験から導いている。長野県須坂市で私は最初の宿泊場所に「ゲストハウス蔵」を選んだ。

「Guest House nagano」という言葉で、ググる(ネット検索する)と、ゲストハウス蔵は上位ベスト3に表示される。この事実は、ゲストハウス蔵が海外観光者にとって、人気が非常に高い宿である過去の実績と、これから選ばれやすい未来の有利さを示す。

そう、ネット検索されやすい言葉(の組合せ)でネット検索の上位に表示されるノウハウは、地域や商品を選んでもらう最高の施策である。

観光地を含む商品・サービスの候補は星の数ほど多い。皆さんは消費者として、多すぎる商品・サービスを購入する前に何をしますか?

ネット検索して、候補を3つ程に絞ってから検討しますね。コンビニはこの消費者特性を熟知し、類似商品は3つ程しか陳列しない。つまり、4位以下の商品・地域は世の中に存在していないに等しい。だから、自治体が観光地や特産品をPRしたいなら、このノウハウが絶対に必要だ。自治体の情報発信は、量こそ非常に多いが、ほとんど「読まれていない(世の中に存在していないに等しい)」現状を認識し、このノウハウを習得して、地方創生を実現しよう。

このノウハウについては、拙著『競わない地方創生~人口急減の真実』の3章で詳解している。本稿は、ゲストハウス蔵がネット検索で上位に表示される理由と取組みを説明する。

現場で顧客からナマの声を聞く

ゲストハウス蔵へ、三木正夫・須坂市長と共に訪れると(宿泊は私だけ)、応接には2人の海外観光者が寛いでいた。三木市長に海外観光者からナマの声を聞いて欲しくて、私と三木市長と山上万里奈氏(ゲストハウス蔵の経営者)は海外観光者2人と懇談することにした。

オランダから来たX氏(写真2左から2人目)は、今回でゲストハウス蔵に滞在するのは2回目。リピート選択の決めては、前回訪問で「須坂市民との交流が非常に楽しかった体験と、その体験を万里奈氏がアレンジしてくれた事」つまり、須坂市民のライフスタイルにある。

写真1)築100年超えの蔵を改築した「ゲストハウス蔵」の外観。左から三木市長、山上氏、筆者
写真1)築100年超えの蔵を改築した「ゲストハウス蔵」の外観。左から三木市長、山上氏、筆者
写真2)ゲストハウス蔵の応接にて。左から山上氏、海外観光者2名、筆者、三木市長
写真2)ゲストハウス蔵の応接にて。左から山上氏、海外観光者2名、筆者、三木市長

X氏に今回の須坂滞在で1番の楽しかった事・目的を聞いてみた。「バーベキュー(以下BBQと略す)。須坂で知り会った人達と語り合うBBQは最高に楽しかった」と言う。

三木市長は市が金を注いでPRする「蔵の町なみ」やNHK大河ドラマのロケ地「米子大瀑布」等の答えを期待していたのだろう。三木市長は最初、予期せぬ意外な答えに目が点になっていたが、しっかりと学びを得ていた。さすが全国市長会の副会長など要職を歴任した器が大きい人。

三木市長の学びとは「自治体が自慢・宣伝したい物と、市民ライフスタイルや観光者が体験したい事との、ズレ」に気がつき、それを修正することである。【次ページつづく】

弱者が成功する、5つの方法論

このエピソードは弱者が成功する方法論として、示唆に富んでいる。論点を5つに絞り解説しよう。

1)検索結果の上位に表示される方法は「顧客が体験した喜びと、その喜びをネットへ書き込み・クチコミ」される積み重ねによる。

2)顧客の喜びは、地元の経営者や市民が顧客ごとの個別要望に対応する「心を込めたアレンジ、おもてなし」が誘発する。

3)自治体が自慢・宣伝したい物と、顧客(市民、観光者)が体験したい事が、ズレている。そのズレを「自治体は机上で考えると、気がつけない」が「市民は現場で、気がつくことができる」。

4)現場で気がついた顧客ニーズを、市民が自治体に頼らず対応・実践する地域は、顧客も市民も満足度が高く、活性化する。

5)自治体が知らない現場情報を発見できるのは、よそ者目線を持つ市民や外部アドバイザー。自治体は彼らと協働すれば、顧客と市民の満足度を更に高め、活性化が本物になる。

効率主義で成功できるのは、強者だけ

ここまでの論を、山上氏の話で補足しよう。海外観光者の多くは、ネットで宿泊を予約する時、そして現地へ来た時「地元市民との交流・体験を希望する」と、宿へ伝える。例えば「農家の手伝いをしたい」とか「地元市民とBBQをしたい」という希望が寄せられる。このような希望に、山上氏ひとりでは対応・おもてなしできない。市民の参画・協働が必要である。しかし、おもてなしを頼まれた市民は稼げる話ではない。では、どうすべきか?

この話は地方創生のみならず、自治体の市民協働や起業家支援の推進にも役立つ。

山上氏は当初、旅館経営に興味が無かった。首都圏や中国での激務に疲れた山上さんは、結婚までの限られた時間の過ごし方として、人材派遣会社に登録してみた。山上さんが日本語教師の有資格者で外国語に堪能であるという理由から、なんと仕事は縁もゆかりもない飛騨高山の旅館での接客業がアサインされた。説明不要と思うが、飛騨は海外観光者に人気の高い観光地で以前から、外国語に堪能な従業者が求められていた。

飛騨の宿に赴任すると、海外観光者は皆「あれをしたい、これもしたい」と個別の要望を伝える。山上さんは近隣の商店を巻き込みながら、個別の要望に対応することに喜びを感じる。海外観光者は勿論、大いに満足し、そのクチコミで宿のリピーターは増える。しかし、宿側から「それが標準サービスと思われると困る。あまり要望に応えないでほしい。効率主義な対応でも客は来るんだから」と言われる。

宿側のこの対応は飛騨や京都のように、黙っていても観光者が来る、強者だから通用する「効率主義的な経営」である。山上氏はそれを理解し「もっと観光客の要望に応えたい、その過程で地元市民と協働して自分も今以上に楽しみたい」という夢を抱く。この夢を実現する手段として、故郷の須坂でゲストハウスの起業を模索する。

物件を探し始めると「須坂出身の若い女性が東京から戻り、起業するらしい。応援しよう」という人が次から次へ現れ、山上さん応援団が結成される。

山上氏は市民に応援されて2012年秋、築100年超えの蔵を改築して、ゲストハウス蔵を起業する。ゲストハウス蔵は開業から3年強で10組以上の「交流好きな海外観光者がリピート滞在」している。これは以下の好循環を生む。

類は友を呼ぶ~集める人を最初に考えろ

交流が好きな(社交上手で、クチコミ力が強い)海外観光者が増加するゲストハウス蔵には、彼らと交流を望む「交流好きな国内観光者が増える」。交流好きな観光者が集まる須坂は、飲食店など人が集う場が賑わうようになる。交流で賑わう場・機会が増えると、クチコミされる機会も増える。

そう、類は友を呼ぶ。モノを猛烈に買う「爆買い」目的の観光者によるクチコミは、爆買い目的の観光者しか増やすことができない。爆買い等「モノを買うブーム、バブル」は、いつか終焉する。

一方、人と交流するコトを楽しむ観光者によるクチコミも、同類のコトを楽しむ観光者しか増やすことができない。しかし、交流など「コトを楽しむ」行動は一時的なブームではなく、人間が抱き続ける自然な願望で、終わりはない。

注目すべきは、市民との交流や農業体験など「コト」は、どの地方都市でも実践できる」こと。

弱者は、他人の世話を焼くと成功できる

ゲストハウス蔵の成功要因は何か? 他人の世話を焼くことを楽しめること。これは「顧客それぞれの要望に、個別に対応・おもてなし」という弱者が成功する為の基本である。

須坂市民が「自治体に頼らず、自分の利益にならなくても、他人に世話を焼く」対象は山上氏のような地元市民だけではない。先述したように、海外観光者に対しても、世話を焼くことを楽しむ。

私は1週間の須坂滞在後、三木市長へ次のように提言した。「自分の利益にならなくても、他人に世話を焼くことを楽しめる須坂市民こそ須坂市が誇る地域資源です。今後の事業は、物から考えないで、人を活用して事を創造する形に変えていきましょう」

まとめ:市民・顧客が参画できる余地を創り、協働に繋げる

強者は、稼ぐことを目的に、効率よく稼ぐことに徹することで成功できる。事例として、京都で歴史的建造物を厳かに規律的に見せて入場料を徴収する作法。飛騨の効率主義的な旅館経営を紹介した。強者の作法には次の特性がある。

顧客が参画・工夫できる余地が殆ど無い。なぜなら、強者の作法とは「価格は安く、数をこなす」大量生産・効率主義が成功の鍵となるからだ。人口(画一的な顧客、マニュアルで働く非正規労働者)を多く抱える大都市・大企業向けの作法である。

しかし、弱者は稼ぐことを目的にした効率主義では成功できない。事例として、人口約5.1万人の地方小都市:須坂市で若い女性が起業したゲストハウスを紹介した。弱者の作法には次の特性がある。

顧客が参画・工夫できる余地が非常に大きい。なぜなら、弱者の作法とは、顧客それぞれの要望に「個別に対応・おもてなし」が求められるからだ。この特性は長短所が表裏一体の関係にある。個別な対応は一律でなく面倒で、役所が最も苦手な作法だ。だから、役所は弱者であるのに、弱者の作法を実践しようとしない。

しかし、おもてなしとは本来「顧客それぞれの要望に、世話を焼く」ことを言う。

人口や顧客が少ない弱者(地方都市・中小企業)の活性化は、強者が面倒(非効率)だから実践できない「顧客それぞれに世話を焼く、おもてなし」にこそ勝機がある。

(本記事はα-Synodos vol.204号から転載です)

プロフィール

久繁哲之介地域再生プランナー

早稲田大学卒業後9年弱、IBM東京本社でマーケティングを担当しながら、休日の半分位は広島駅前で実家が営む老舗飲食店の経営補佐を行う。 ドラッカーが1999年に提唱した「同時に二つの仕事をこなすパラレルキャリア」と、国土交通省が2005年頃から提唱する「二地域居住」を、時代に先駆けて実践していた。須坂市まちづくり・移住推進アドバイザーを務める等、自治体と協働して、地域再生を実践している。著書は13刷のロングセラー『地域再生の罠』ちくま新書2010、 『商店街再生の罠』ちくま新書2013、『競わない地方創生~人口急減の真実』時事通信社2016等。

著者ブログ「久繁哲之介の地域力向上塾(http://hisa21k.blog2.fc2.com/)」

この執筆者の記事