2020.04.21

現金給付の正しい届け方――定額減税と年金受取口座の活用を

中里透 マクロ経済学・財政運営

経済

家計支援のための現金給付が、1人当たり10万円の一律給付の形で実施されることととなった。条件付きで30万円の給付を行う当初の政府案には不公平や不適切な受給につながりかねない問題点が数多くあったから、この見直しは適切な政策変更といえる(当初案の問題点については「現金給付の政府案について」(https://synodos.jp/economy/23456)をご参照ください。必要に応じて事後に所得制限をかけることができることも説明しています)。

もっとも、変更後の案についても給付の具体的な方法を工夫しないと、経済的に困窮して今すぐ手を差し伸べるべき人に速やかに給付金を届けることができなくなるおそれがある。改定後の政府案(特別定額給付金(仮称))では給付の申請ができる期間が3か月間に限られており(2009年の定額給付金は6か月であった)、この期間に給付の申請が殺到すると、支援が急がれる人にすぐに資金が行き渡らないという状況が生じてしまうからだ。特別定額給付金(仮称)の案が公表された4月20日には、マイナポータル(マイナンバーカードを利用することで、パソコンや携帯端末から自分の個人情報にアクセスし、各種の行政手続などが実行できるオンラインサービス)へのアクセスが集中してつながりにくい状態が生じたが、このことはドラッグストアの店先に開店前からマスクを買い求める人たちの行列ができる現状を想起させるものだ。

そこで以下では、支援が必要な人に迅速な給付を行うという趣旨に沿った現金給付の具体的なスキームについて考えてみることとしたい。ここでのポイントは一律の現金給付という枠組みを維持しつつも、それを複数のチャネル(経路)を通じて実行することを基本とするということだ。具体的には新型コロナの影響で大幅な収入減が生じていることはないものと想定される人(大企業のサラリーマンや公務員、年金受給者など)への給付を別の枠組みに移すことで、2009年に実施された定額給付金のような枠組み(後述)で実施する現金給付の対象者を絞り、それによって迅速な対応が求められる人への給付を行いやすくすることが制度設計にあたってのポイントであり、

・公的年金の受給者については年金受取口座を活用

・収入が安定しているサラリーマンなどについては所得税の定額減税により対応

・経済的な支援が急がれる人に対して通常の給付措置による給付を実施

というのが、簡素で効率的な給付を実現するための具体的なスキームということになる。

以下、このことについて順をおってみていくこととしよう。

1.今回の現金給付において想定される給付の基本的な枠組みは?

4月20日に公表された個人向け現金給付(特別定額給付金(仮称))の案によると、今回の給付金の支給に関する基本的な枠組みは以下のようになる。

・4月27日時点で住民基本台帳に記載されている人を対象に1人当たり10万円の給付を行う

・市町村が住民基本台帳をもとに各世帯に郵便により申請書を送付する

・受給の申請は郵便またはネットによることを基本とする(市役所などの窓口の混雑を避けるため)

・給付金は申請者が指定した金融機関の口座に振り込まれる(振込口座を持たない人には別途、市役所などの窓口で現金による給付がなされる)

金額は異なるものの、今回の給付金は2009年に麻生内閣のもとで実施された定額給付金の枠組みと基本的に同じである(今回も給付金は国籍を問わず給付されるが、外国人登録原票が住民基本台帳に統合されたたため、今回は住民基本台帳の記載者全員に世帯を単位として給付がなされることとなる)。この給付案についてはすでに前例があるため、システムの安定的な運用が可能になるというメリットがあるが、対象者(世帯)の申請時における経済状況がわからないため、迅速な給付が必要な人(世帯)とそうでない人(世帯)の識別ができず、経済的に困窮する人への給付が大幅に遅れてしまうおそれがある。

この点を踏まえると、迅速な給付が必要な人とそうでない人に対する給付の仕方を変えることで、上記の方法(以下、「通常の方法」という)による事務処理の対象者を絞り、それによって直ちに支援が求められる人への迅速な給付が可能となる環境を整えることが重要ということになる。このために必要なのは、現時点で利用可能な他の制度的枠組みを最大限に活用することだ。その有力な候補は、所得税の賦課徴収と公的年金の給付に利用されている枠組みということになる。

(なお、補正予算案に盛り込まれている特別定額給付金(仮称)の予算額は、この給付のために使われる経費の上限を画すものであり、後述の定額減税による対応への代替によって経費が減少することが見込まれたとしても、補正予算を新たに組み替える必要は生じない)。

2.定額減税による代替と年金受取口座の活用

経済的に困窮する人への給付を早急に実施するためには、新型コロナの影響で収入に大きな変化が生じていない人を別の給付などの枠組みに移すことで、通常の方法による給付の対象者を減らすことが有益である。以下ではこの観点から定額減税による代替と年金受取口座の活用について考える。

年金受取口座の活用

通常の方法によらない給付を実施するために利用できる第一のチャネルは、公的年金の受給者を対象に、今回の給付金を年金受取口座に振り込むというものだ。公的年金は年6回に分けて支給され、偶数月の15日(15日が土日祝日の場合は前日あるいは前々日)に受給者が指定した金融機関の口座に振り込まれる。つまり、この口座は現に利用されていることが公的年金の支給を通じて隔月ごとに確認されているということになる。当然のことながら、その口座がどの受給者の口座であるかは日本年金機構の管理している情報によって正確に確認することができる。

となれば、公的年金の受給者については今回の給付金を年金受取口座に自動的に振り込むことで支給が可能ということになる。これは給付金を支給する際の振込口座として年金受取口座を利用するというアイデアであるが、後述する定額減税によって実際に支払う年金給付額を増額するという形で調整することもできる(1998年に橋本内閣のもとで実施された定額減税では実際にこの形で対応がなされている)。

公的年金の実受給権者数(複数の年金制度からの受給を調整した重複のない受給者数)は約4千万人(2019年3月末時点で4,067万人)であるから、この措置をとることで今回の給付金の受給対象者のうちほぼ3分の1を、通常の方法による支給から外すことができることになる。

所得税の定額減税による代替

通常の方法によらずに給付を実施するために利用できる第二のチャネルは、所得税の賦課徴収のために整えられた枠組みを利用して、減税措置(定額減税)を通じて実質的に給付金を支給するというものだ。ここでいう定額減税は、所得税の本則(本来のルール)をもとに算出された納税額から一定の金額を差し引く形で減税を行うものであり、その減税分が通常の方法による給付金と同額になるように制度設計を行えば、通常の方法で給付金を支給したのと同じ状況を作り出すことができる。

日本の所得税は個人単位課税になっているが、配偶者控除・扶養控除があることから、控除の対象となる配偶者・扶養者については課税対象者本人と合わせて世帯単位での把握が可能であり、この情報を利用すれば配偶者・扶養者についても定額減税を通じて実質的に給付金の支給をすることができる(本人と配偶者・扶養者のうち公的年金の受給者を除く全員の人数を把握して、その人数に10万円を乗じた分の税額を減税すればよいことになる)。同一の世帯に所得税を納めている人が複数いる場合、たとえば共働きで夫婦がともに所得税を納めている場合には、それぞれの所得税において、定額減税を通じた実質的な給付金の支給を受けることができるから、この場合にも給付漏れは生じない。

通常の方法による給付金を定額減税で代替するというのは別に不思議なことではない。というのは2009年に実施された定額給付金自体が、当時の経過をたどると定額減税の提案に由来するものであるからだ。定額減税は1998年に橋本内閣のもとでも実施されたことがあり、定率減税と並んで景気対策の定番のメニューであるが、所得税を減税しても、そもそも所得税を納めていない低所得者には減税の恩恵が及ばないという問題点がある。このことを踏まえ、定額減税を非課税者に対する給付措置と併せて実施すべく、当初の案(定額減税)を給付金に衣替えしたものが麻生内閣のもとで実施された定額給付金であった。

定額減税を実施するうえで留意すべきは、国会に減税法案を提出して審議・可決をすることが必要であり、局面によっては法案の国会通過に時間がかかって迅速な実施が確保できないおそれがあるということだ。だが、野党も含め10万円の一律給付に広範なコンセンサスがある現状では減税法案の可決成立に大幅な時間を要することはなく、定額減税は速やかに実施に移すことができると見込まれる。1998年に橋本内閣のもとで実施された定額減税については、97年12月17日に橋本総理から特別減税実施の意向が表明され、98年1月30日には法案が可決成立、98年2月から実際に減税が行われており、1か月半での対応が可能となっている。改正新型インフルエンザ等対策特別措置法については2020年3月10日に国会提出、3月13日に可決成立という極めて短期間での対応がなされたが、このような状況を踏まえると、減税法案の早期成立を見込むことには十分に合理性があるものと判断される。

大企業に勤めるサラリーマンや公務員など現在も安定的な収入が確保されている人については、通常の方法による給付を所得税の定額減税で代替することとすれば、通常の方法による給付の申請者数を大幅に減らすことができる(配偶者・扶養者についてもこの方法による実質的な給付に置き換えることができることに留意)。自営業の人などについても、現在の業況や経済力によっては定額減税による代替が可能であろう。問題は今年の収入が大幅に落ち込み、定額減税の恩恵を十分に受けることができなくなっている人(今年の納税額が0あるいは定額減税の金額を下回る人)や、個別の事情によって現に給付金による収入の補填を望む人がいるという可能性があることだ。これらの人については通常の方法による給付金の支給が必要となる。

3.通常の方法による給付

定額減税による代替と年金受取口座の活用によって、給付金の支給対象者(世帯)の過半を通常の給付以外の方法に移すことができるから、給付金の申請が殺到して処理が滞るという状況は大幅に緩和される。となれば次のポイントは、通常の方法による給付をどのようにして効率的に行うかということになる。

「自己申告」を起点にする方法の妥当性

4月16日の午後、「10万円は要望する人に給付と麻生氏」という見出しで麻生財務大臣の閣議後記者会見での発言を伝える共同通信のフラッシュニュースが流れると、ネット上ではさまざまな反応が見られた。中にはこの発言を一律給付を否定する趣旨のものではないかと誤解しての過剰反応もみられたが、「自己申告」を起点に給付の事務処理を進めていくことには実は一定の合理性がある。国や自治体には給付金を支給する対象者の預金口座の情報が基本的にないため(日本年金機構が把握している年金受取口座を除く)、国や自治体から対象者に給付金支給のお知らせをするという「通知」の枠組みで給付の事務を進めたとしても、対象者からの申請がなければ結局は給付を実施することができないためだ。

2009年の定額給付金と同様に、今回の給付金についても自治体が各世帯に申請書を郵送し、各世帯がその申請書に必要事項を記載したうえで本人確認書類とともに自治体に返送するという仕様で給付の事務を行うというのが現在の案となっている。だが、インターネットの利用環境が当時よりも格段によくなった現状では、各自治体が世帯ごとに氏名などの印字された申請書を封入して郵便で各世帯に届けるという方法をとることは必ずしも必要ない。今回の給付の事務を担当する総務省と自治体のホームページに申請書をPDF形式のファイルで掲載し、受給希望者がダウンロードすることで、郵便による申請書の送付という手続きを代替することができるからだ(もちろん、インターネットへのアクセスなどの環境が整わない人に対しては、自治体が申請書の送付の依頼を電話で受け付けて、希望する世帯に郵便で送付することなどの配慮が必要である)。

もちろん、このような給付金が実施されることになったことを広く周知する必要はあるが、そのためには制度の概要や申請手続を記載したパンフレットをタウンプラス(布マスクの配布にも使われた日本郵便の全戸一斉配布システム)で配布するか、案内の通知を郵便はがきで送りさえすればよいということになる。このようにして自治体から対象者への通知を簡素化すれば、時間や手間が減って給付実施までの期間の短縮が可能となる。新型コロナへの対応に追われる自治体職員の負担も軽減される。

個別の事情への対応と併給の防止

通常の方法による給付において想定される主な対象者は低所得者(生活保護世帯など)である。だが、新型コロナへの対応については外出・イベントの自粛や休業要請などの影響で大幅な収入減が生じ、速やかな支援が求められる人が他にもいることが想定される。そこで、通常の方法による給付の申請については住民税非課税世帯など特定の基準を設けて制限するのではなく、各人の経済状況に応じて自由に申請をすることができる余地を残しておくことが必要となる。

この場合に問題となるのは、通常の方法によって給付を受けた人の中に、定額減税による実質的な給付も利用できるケースが生じ、結果として併給(二重取り)が生じてしまう可能性があるということだ。だが、この点については通常の方法による給付を受けていないことを証明する書類(証明書)を自治体が発行し(所得税の年末調整や確定申告の際に利用する添付書類として生命保険会社から送られてくる生命保険料控除証明書と同様のものを、自治体が発行すると考えるとわかりやすい)、所得税の定額減税を受けようとする場合はこの証明書類の添付を求めることにすれば併給を容易に防止することができる。このような取り扱いは一見すると複雑なもののように見えるが、所得税の各種税額控除の適用を受けるために通常なされている明細書や証明書の添付と同様の措置であり、これまでの例に倣えば円滑な実施が確保されるものと判断される。

今回の給付金の元々の趣旨は、新型コロナの影響で家計が急変し、生活に困難が生じている人に現金給付を通じて支援の手を差し伸べることであった。だが、紆余曲折を経て現在の案がまとまるまでの間に、本来の趣旨が忘れられてしまったきらいがある。給付金の申請が殺到して、経済的に困窮している人や世帯への給付が後回しになるようなことがあれば、何のために13兆円近くの予算を投じてこの現金給付を行っているのかということにもなりかねない。

これらのことを踏まえると、税の賦課徴収や年金給付のためにすでに構築されているシステムを最大限に活用することで特別定額給付金による給付作業の負担を減らし、給付金の本来の趣旨に即した実施が確保されるよう、現金給付の実施方法について柔軟な発想で新たな工夫をしていくことが求められる。

プロフィール

中里透マクロ経済学・財政運営

1965年生まれ。1988年東京大学経済学部卒業。日本開発銀行(現日本政策投資銀行)設備投資研究所、東京大学経済学部助手を経て、現在、上智大学経済学部准教授、一橋大学国際・公共政策大学院客員准教授。専門はマクロ経済学・財政運営。最近は消費増税後の消費動向などについて分析を行っている。最近の論文に「デフレ脱却と財政健全化」(原田泰・齊藤誠編『徹底分析 アベノミクス』所収)、「出生率の決定要因 都道府県別データによる分析」(『日本経済研究』第75号、日本経済研究センター)など。

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