2020.08.21
大学入学共通テストはデジタル化可能か?――フィンランドのデジタル大学入学資格試験からの示唆
1.大学入学共通テスト:デジタル試験は可能か
新型コロナウイルスの流行により、現在、大学関係者は来年度の入学試験の実施の形態に頭を悩ませている。入学試験においては、多数の受験者が一か所に集まるため「三密」が避けられないためである。
「三密を避ける」という観点から、大学の授業では現在、パソコンを用いたオンライン授業が行われている。それでは、パソコンを用いるデジタル大学入試が実施できれば、一つの解決策となりうるだろうか。慶応義塾大学教授の土居丈朗は、昨年の2019年2月に「大学入試で『デジタル試験』導入は可能なのか」という論稿を記している(注1)。土居は、費用・コストの面から大学でのデジタル入学試験導入について否定的であり、「受験生を外界から遮断して他人の助けを借りられないようにして、本人の能力を問うことができる」「廉価で安定して実施できる(一斉に大人数の受験生を集めてデジタル入試を実施するには、デバイス購入のための巨額の投資が必要となる)」とペーパーテストの優位性を主張していた。
大学入試で「デジタル試験」導入は可能なのか—— 実は、2019年に大学入学資格試験(高校卒業試験)を完全にデジタル化した国がある。北欧の教育大国フィンランドである。
フィンランドの大学入学資格試験(高校卒業試験)は、高校卒業資格と大学入学資格を得るために必須の試験であり、毎年約4万人の高校生が受験する。この試験が2019年3月に完全デジタル化され、パソコンを用いた入試が行われている。国が問題作成を行う統一テストであること、大学に進学する多数の高校生が受験することから、日本の大学入試センター試験や大学入学共通テストに該当する試験である。多数の受験者を対象に安全性と信頼性が求められる統一試験を、どのようにデジタル化できたのだろうか。
他にも、フィンランドの大学入学資格試験の問題やその採点システムには、日本の大学入試の参考となる点がある。日本で今年度(2021年1月)から開始される大学入学共通テストにおいては、記述式問題の導入が延期になり、現在も検討中の状況が続いている。記述式問題の導入は、思考・判断・表現を問う高大接続改革の一つのキーであった。しかし、採点の信頼性・公正性の担保、民間業者による採点への不信などから、未だ今後の方向性は見えていない。フィンランドの大学入学資格試験の試験問題には多くの記述式問題が含まれている。デジタル試験において受験生はどのように記述式問題を回答しているのだろうか。そして、誰がどのような方法で採点を行い、信頼性を担保しているのだろうか。
筆者は2020年3月初旬にフィンランド教育庁においてカティ・ミッコラ氏(Prof. Kati Mikkola)から、デジタル入学試験について話を伺う機会を得た。ミッコラ氏は、大学入学資格試験問題作成委員会の第一副会長であり(理事長に次ぐNo.2である)、A1委員会(哲学、社会学、宗教、歴史、母国語などの問題作成に当たる)の委員長である。コロナ禍が迫る中の貴重な時間を割いて質問に丁寧に答えてくださった。ミッコラ氏との面会に関しては、岩竹美加子氏(ヘルシンキ大学非常勤教授)のご協力を頂いた。
ミッコラ氏は2001年から2006年にかけて、高校で宗教、哲学、心理学の教諭として働き、多くの教科書と教材を作成した。トゥルク大学で2010年に博士号を取得後、ヘルシンキ大学で研究員の職に就きながら、フィンランド教育庁のCounsellor of Educationという役職についている。宗教学を専攻しており、宗教の作問を行っている。
本稿ではミッコラ氏へのインタビュー内容、フィンランド教育庁のウェブサイトなどを基に、フィンランドの大学入学資格試験の内容と採点システムを紹介し、デジタル機器を用いた試験の方法、記述式問題の採点システムについて考察する。
2.フィンランドの大学入学資格試験(The Matriculation Examination)
フィンランドの高大接続は日本と異なり、高校の卒業資格を得ることが大学の入学資格となる(大学での個別試験も存在する)。そして、高校の卒業資格を得るには大学入学資格試験(高校卒業試験:The Matriculation Examination)に合格することが必須となっている。
大学入学資格試験は、年に2回(秋と春)、各高校を会場として実施される。少なくとも4つの必修科目を受験する必要がある(注2)。1つの科目の試験時間は6時間である。体育館が試験会場となることが多く、等間隔に離れて置かれた机で受験生が問題に解答する光景が、以前はよく見られた。
3.大学入学資格試験作成委員会(Matriculation Examination Board)
大学入学資格試験の問題を作成するのは大学入学資格試験作成委員会である。委員は国家教育委員会により3年間の任期で選ばれ、試験の科目の領域を代表する25人のメンバーにより構成される。(1)高等学校の学習内容について熟知していること、(2)教科の専門に対して非常に深い知識があることが条件となる(注3)。高校教員の経験があるミッコラ氏は上の2つの条件を兼ね備えている。そして、テスト項目と評価の作成を担当する補佐のメンバー(準委員)がおよそ400名選ばれる(この準委員には高校の現職教員であることが多い)。以上の委員、準委員は査察官として、問題の採点にもあたる。試験に関する技術的な準備は現在25名の公務員が秘書官としてあたっている。
受験者は毎年約4万人であり、一人の受験者が平均5科目の試験を受ける。40以上の科目の試験を年に2回実施する上に、試験問題のスウェーデン語への翻訳作業(スウェーデン語でも受験可能なため)、特別なニーズに対応した試験の作成などもあり、150種類の試験が毎年作成されている。
4.デジタル入学資格試験の導入経緯
デジタル入学資格試験は、2016年から2019年にかけて漸進的に導入された。導入に関する政府の検討が始まったのは2011年である。目的は、学力低下への対策ではなく、ICT化が進む職場環境(仕事の場でICTを使う割合80%弱)(注4)と学習環境のICT使用に乖離がある状況下で(学校でICTを使う割合20%弱)(注5)、職場と学校環境の連続性を高めるためであった。デジタル試験の導入には高等学校生徒連合会の強力なバックアップがあった。教員労働組合は、教師が実地研修を受け、適切なデバイスを手に入れることができるように支援した。2013年に試験作成委員会がタイムテーブルを決定し、2016年の秋試験から数科目ずつデジタル試験が導入されていった(注6)。
5.デジタル入学資格試験の実施方法:USBメモリースティックとパソコン
デジタル試験で使用されるのはUSBメモリースティックとパソコンである。パソコンは生徒の人数分の台数を高校側で準備する。生徒個人のパソコンを使用してもよい。問題作成委員会からは、生徒の人数分のメモリースティックが高校に送られてくる。メモリースティックにはLinuxによりプログラミングされた試験システムが入っている。(USBの使用方法は下掲の図6にも説明がある。)
暗号化された試験問題を校長がウェブサービスからメモリースティックにダウンロードする。そして、メモリースティックをパソコンに挿すと試験システムが起動する。求められるシステム要件は低く、通常で使用されているパソコンであれば試験システムは稼働できる。生徒はパソコン上で回答を入力する。試験システムの起動中はパソコンの通常のシステムにはアクセスできず、インターネット接続もできない。しかし、試験システムの中ではあらかじめ準備された表計算ソフトや数式を入力するツールを使用することができる。
図1 以前の大学入学資格試験(2015年3月)(注7)
図2 現在の大学入学資格試験(注8)
5.デジタル大学入学資格試験の問題形式
試験問題は選択式と記述式(open question)がある。
選択式問題はマウスでクリックして選択肢を選ぶ形式になっている。
記述式問題は、受験生がパソコンのキーボードを用いて自身の回答を書き込む形式になっている。(以下、紹介する問題例は、文末の注のURLから実際の問題をWeb上で閲覧可能である。)
図3 英語の英作文問題の例(2019年秋試験 英語)(注9)
図3は2019年秋試験の英語の記述式問題の一つである。この問題では出題文は英語で記されている。 「青少年スポーツは真面目(シリアス)になりすぎているのか?」というテーマが記され、「過去数十年の間に、子どもたちは非構造化されたゲームや自由遊びよりも、組織的なスポーツに参加することが多くなってきました。組織的なスポーツが幼い子どもに与える影響について論じたブログ記事を書きましょう。」という指示のもと、下部の空欄にテーマに沿った長文の英作文を記す回答形式となっている。
他にも、PCという環境を活かした出題・回答形式が随所に見られる。
例えば、英語のリスニング問題は、ポッドキャストが埋め込まれており、受験生が自らクリックして再生する。図4はリスニング問題の例であり、右側にポッドキャスト、左側に選択式の回答がある。リスニング問題の再生回数には制限があり、基本的には一度しか再生できないが、複数回再生できる問題もある。
図4 英語のリスニング問題(注10)
また、動画を問題の資料として用いることもある。図5は2019年春試験の宗教の問題で用いられた動画資料である。ローマ教皇が設置したInstagramに関するテレビニュースのビデオとダライ・ラマのYouTubeチャンネルが資料として示され、それらの資料を基に、宗教指導者の地位やパブリックイメージにおいてある程度の可視性が必要であることについて論じる問題となっている。
図5 動画を用いた問題の例:上がローマ教皇が設置したInstagramに関するテレビニュースのビデオ、下はダライ・ラマのYouTubeチャンネル、(2019年秋試験 宗教)(注11)
6.2段階の採点システム
受験生の解答はassessment serviceにアップロードされる。採点者はPC上で採点業務を行う。第一段階として受験者の所属する高校の教科担任教員が採点を行う。次に、試験作成委員会の査察官(試験作成委員会の委員・準委員、合わせて400名ほど)が同じ問題に対し、再度採点を行う。採点基準は明確に高校教員に伝達される(注12)。高校教員の採点と査察官の採点は一致することもあれば、ずれることもある。以上のように、高校教員と問題作成者である試験作成委員会の委員が直接採点を行うことで、採点の信頼性を担保している。
採点後に教科ごとに7段階の相対評価により教科ごとに成績が決定される。試験結果に不満のある受験者は、50ユーロの費用で再チェックを受けることができる。再チェック時には、前採点時と異なる2名の査察官が採点する。採点の誤りが見つかった場合には費用は返金される。
7.日本のデジタル入学試験導入への示唆
以上、フィンランドのデジタル入学試験の概要を紹介した。
フィンランドのデジタル入学試験は、パソコンを用いてはいるが、高校に生徒が来校する形で試験を行い、不正行為の防止のため教師が監督業務を行っている。生徒は個人のパソコンを試験に使用できるが、自宅で受験できるわけではない。そのため、日本の大学関係者が三密を避けるために今年度の入学試験ですぐさまこの方法を用いるということは、残念ながら難しいだろう。
しかし、統一試験を実施するヨーロッパの他の国と比較すると、フィンランドでの大学入学資格試験へのコロナ禍の影響は小さい。2020年度はフランスのバカロレア試験、イギリスのAレベル試験ともに実施が中止になった。一方で、フィンランドの2020年春試験は期間を一週間早めて実施できた。2020年秋試験も、一般試験と語学の試験の日程を増やし、通常より小人数のグループで受験させるなどの変更はあるものの、基本的に通常通り実施の予定である(注13)。紙の試験よりもパソコンを用いた試験のほうが、人同士の接触が少なく、着席間隔や教室使用の柔軟な対応が可能なためと考えられる。
他にも、フィンランドのデジタル試験から日本が学べることも複数あるのではないだろうか。
第1に、記述式問題の採点についてである。解答結果がオンラインで採点者へ送信され、手書きの文字を読み取る負担がない。そのため、採点の迅速化が図れる。選択式の問題の採点においても、マークシートを読み取る手間が必要なくなる(現在の大学入試センター試験では、読み取りミスを防ぐために感度を変えて2度マークシートの読み込みを行い、それでも不確かな場合は人の目で実際に確認しているという)(注14)。ミッコラ氏も、採点者にとっても、試験用紙の紛失の危険が減ったことは安心だと語っていた。
また、高校教員と問題作成者が採点官で二重のチェックがあることにより、採点の基準の統一と、採点の信頼性が保証されている。日本においては、記述式問題の採点において信頼できる専門家や高校教員、大学教員をどのように多く確保するかは難しい課題である。しかし、採点システムがデジタル化された場合、より多くの専門家に協力を要請する可能性も開けるのではないだろうか。
第2に、USBメモリースティックに試験システムを入れ、通常のパソコンでLinuxを立ち上げて試験を実施するという実施形態である。メモリースティックを用いることで、デバイス面の費用を抑えることができる。各大学がPCを受験者の人数分保管することは困難な面もあるが、2019年から児童生徒1人1台コンピュータを実現という“GIGAスクール構想”を文部科学省は提唱しており(注15)、試験会場を高校としたり、生徒個人のパソコンを使用したりすることで、試験に使用する台数を確保することも可能になっていくかもしれない。
第3に、デジタル試験導入に向けての、フィンランドの対話的で開かれたプロセスである。フィンランド国内でも、デジタル入学試験の導入には反発や批判が大きかったという。その反発を変えたのが“Abitti”(注16)というシステムの導入だった。“Abitti”においては、蓄積された過去問を用いて高校教員や生徒がデジタル入学試験の環境を体験することができる。教師が自分で問題を作成し、メモリースティックに入れ、生徒に解答してもらい、集計することもできるようになっている。試験導入前に“Abitti”が公開され、教師と生徒がデジタル試験の環境に直接アクセスできるようになった。するとフィードバックやサポートの要望が殺到し始め、試験作成委員会は独自のヘルプデスクを設置しなければならなくなった。しかし、それは試験作成委員会にとっても必要な経験となったという。最初のデジタル試験が行われた2016年秋までに、“Abitti”は15,000回の利用があった。現在も試験環境の新機能やプログラムは、Abittiを通して伝達されている。
図6 “Abitti”の説明(注17)(翻訳ソフトを用いてフィンランド語を日本語に翻訳しています)
他に、大学入学資格試験に関して、“abitreenit”(注18)というウェブサイトが運営されている。“abitreenit”は、フィンランドの公営放送が運営するウェブサイトで、大学入学資格試験の全科目の試験問題とその解答が掲載されている(本稿で引用した試験問題は“abitreenit”に掲載されているものである)。このサイトには、試験の難易度について受験生から回答を得たり、試験作成委員会の委員が受験生の質問にサイト上で回答したりするサービスもあり、問題の作成に際して、可能な限り受験生と対話する姿勢が見える。
日本も新型コロナウイルス問題により、ICTデバイスがより身近になり、デジタル入試も現実味を帯びてきた。しかし9月入学問題のように、国民との対話がないと結果的に支持が得られず失敗してしまう。もし、デジタル大学入試が日本に導入されるとしたら、丁寧な対話と説明、そして導入に際しての十分な計画と技術的な検討が必要だろう。しかし、デジタル入学試験導入を議論する未来はほどなく訪れ、その際にはフィンランドは参考にすべき一つのモデルになりうると考えられるのである。
<引用文献>
(注1)土居丈朗 「大学入試で「デジタル試験」導入は可能なのか-安くて判定容易、「紙のテスト」の意外な長所」, 東洋経済オンライン 2019年2月18日 https://toyokeizai.net/articles/-/265988
(注2) 連続する3回の試験内で合格した成績が正規の証明となる。試験科目は、国語が必修であり、他に選択科目を3科目、合計4科目合格すると大学入学資格が与えられる。(福田誠治『フィンランドはもう「学力」の先を行っている』, 亜紀書房, 2012)
(注3)鈴木誠「フィンランドの大学入学資格試験(諸外国では大学への入学を許可するためにどのような制度を設けているか)(その7)」『化学と教育』 59(2), 107-110, 2011
(注4)OECD 国際成人力調査(PIAAC:ピアック)2012.(日本語版報告書:国立教育政策所編「成人スキルの国際比較-OECD国際成人力調査(PIAAC)報告書」, 明石書店, 2013
(注5)OECD国際教員指導環境調査(TALIS)2013. (日本語版報告書: 国立教育政策研究所編「教員環境の国際比較-OECD国際教員指導環境調査(TALIS)2013年調査結果報告書」, 明石書店, 2014.
(注6)Thomas Vikberg “A national roll out of e-exams for high stakes Matriculation”, e-Exam Symposium 24 Nov 2018 Melbourne, Australia
http://www.transformingassessment.com/sites/default/files/files/4_symposium_session_slides.pdf
(注7)2015年3月 筆者撮影
(注8)Thomas Vikberg, 前掲資料.
http://www.transformingassessment.com/sites/default/files/files/4_symposium_session_slides.pdf
(注9)http://yle.fi/plus/abitreenit/2019/syksy/EA-fi/index.html
(注10)http://yle.fi/plus/abitreenit/2019/syksy/EA-fi/index.html
(注11) http://yle.fi/plus/abitreenit/2019/syksy/UE-fi/index.html
http://yle.fi/plus/abitreenit/2019/syksy/UE-fi/attachments/index.html#9.C
(上のリンクから実際の問題に行くことができる。下のリンクからは資料動画が閲覧可能)
(注12)鈴木誠, 前掲資料
(注14)大塚雄作 「大学入試センター試験の課題とポスト新入試への期待」, 名古屋大学高等教育センター第169回招聘セミナー, 2019年7月04日
(注15)文部科学省 初等中等教育課「GIGAスクール構想の実現について」, 最終更新日 2020年5月27日, https://www.mext.go.jp/a_menu/other/index_00001.htm
(注16)https://www.abitti.fi/fi/abitti/
(注17) https://www.abitti.fi/fi/abitti/
(注18) https://yle.fi/aihe/abitreenit
※記事の内容は記事執筆時(2020年8月中旬)の状況によるものである。
プロフィール
髙橋亜希子
南山大学人文学部教授。東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。北海道教育大学を経て、現職。高校の探究学習、高大接続改革の動向と高校の学習への影響に関心がある。専門は臨床教育学・教育方法学。最近の著書・論文: 『総合学習と高校生の自己形成』, 東洋館出版社, 2013. 「新高校学習指導要領と探究学習-難関大学への別ルートになりつつある探究学習」『アカデミア』, 第19号, 人文・自然科学編, pp.31-44, 2020. 「高校の授業における生徒の自己表現と仲間づくり-教育困難校の「声の小さな生徒」への支援の試み―」『臨床教育学研究』, 第8巻, pp.97-120.(池田考司氏と共著)