2016.08.01

AIは雇用を奪うか? その時、私たちの暮らしは? 人工知能時代の経済を問う!――『人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊』

井上智洋× 飯田泰之

情報 #新刊インタビュー#『人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊』

『人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊』は、世界中の労働者が不安に思っている疑問に答えます。著者は、マクロ経済学の観点から人工知能(AI)が経済・社会に与える影響について研究している井上智洋氏。今回は、駒澤大学経済学部で同じポストの前任者という間柄であり、コメンテーターとしても活躍する飯田泰之氏とのスペシャル対談が実現しました。いま最も注目される経済学者による白熱議論をお楽しみください!(本の話WEB「AIは雇用を奪うか? その時、私たちの暮らしは? 人工知能時代の経済を問う!」より転載)(聞き手「本の話」編集部)

二人正面1

「社会はどう変わるのか?」まで論じた本

飯田 井上さんにしか書けない、すごく面白い本だと思いました。推薦文にも「人工知能によって経済は、社会は、政治はどこに向かうのか? 未来を知るための必読書」と書きましたが、やはり本書の最大の特徴は、人工知能(以下AI)によって「社会がどうなるか」「そしてどのような経済政策が必要になるか」まで突っ込んで論じた点だと思います。

井上 ありがとうございます。飯田先生とは駒澤大学での前任・後任という関係で、普段からお世話になっていますが、今日もよろしくお願いします。

飯田 いま、AIについては、極端な二つの議論に分かれてしまっていると思うんです。一つは、開発当事者である技術者・研究者の方が書かれる「AIの発展によって未来はバラ色になる」という楽観論。もう一つは、人文系の先生方による「AIの技術的問題についてはよくわからないけれど、とにかくひどいことになりそう」という悲観論(笑)。で、その二つの間を繋ぐものがないんですね。

ビジネス書ジャンルも「インダストリー4.0が起きる!」という煽りで、企業の個々の事例を積み上げて、経済は成長する、などと書きますが、個々の事例集では社会の全体像は見えません。ある企業の収益が大きくなっても、社会全体は失業者だらけかもしれませんからね。この本はそうした論壇に一石を投じる意味もあると思います。

井上 実は本書が生まれたきっかけは、飯田先生が主宰するWEBメディア「シノドス」に、「機械が人間の知性を超える日をどのように迎えるべきか?――AIとBI」という記事を書いたことだったんです。それを読んだ文春新書の編集者の方が執筆を依頼してきたんです。

飯田 そんなご縁もあったんですね。シノドスが目指すことの一つが気鋭の論者の紹介なのでうれしい限りです。ともあれ、井上さんが情報系の学部を出て、元IT技術者としてAIに携わり、その後マクロ経済学者になったという異色の経歴が、この本を書かせたとも言えます。

AIによる失業は起きるのか?

井上 本論に入りますと、AIの発達において2030年に汎用AIが登場するという前提に乗ると、それから15年後の2045年くらいには人口の約1割しかまともに働いていない未来も有り得ます。汎用AIは人間並みの知性を持ちますから、それを搭載したロボットは人間とほぼ同様の労働を担い得ると考えられます。

私は、特定の作業に特化した「特化型AI」であれば、まだ人間の優位性は残ると思っているんです。iPhoneの「Siri」とか、囲碁AIの「アルファ碁」とか最近は特化型AIの活躍が目覚ましいですが、特化型AIがもたらす失業は限定的です。しかし、汎用AIが登場すると状況は一変する。

飯田 そうそう。もしこれらの実用化がもっと進むと、ラッダイト運動(産業革命時にイギリスで起きた機械破壊運動)のようなことも起きるかもしれません(苦笑)。1930年代に、ケインズは「100年後には1週間に15時間働けばいい時代が来る」とユートピア的な予言をしていました。これから特化型AIの時代が来た瞬間、この予言は当たったことになることでしょう。

ところが、あっという間に、汎用AIによって15時間働くどころか、ごく一部の人が1時間働けばそれで良し、他の人は全員失業というディストピア的世界になりかねない。そうなるとこの予言は大外れということになる。

「技術的失業」は解消されるか?

井上 技術の進歩によって労働を機械に奪われるのが「技術的失業」という状態ですが、AIの普及による失業について、飯田先生はどう思われますか? 技術的失業が生じても、他の業種業界に「労働移動」すれば良いと一般に経済学は考えてきました。しかし、技術的失業をこうした「摩擦的失業」としてのみ解釈すべきではないというのが、一般の経済学とは異なる私独自の見解なのですが。

飯田 技術的失業は必ず生じます。問題はその失業が長期化するか否かです。このような業種業界を移動することのハードルによって生じる失業は摩擦的失業と呼ばれます。しかし、私は本来「摩擦的失業」という概念はあまり有用ではないと思うんですよ。景気が良ければ職は結構みつかる。

好例が三池炭鉱と夕張炭鉱の閉山です。同じように失業者は出ましたが、高度成長期に起きた三井三池争議の場合、比較的スムーズに職の移転が進んでいました。それに対し、時期的に遅れて不況期に入ってしまった夕張などは失業が大きな社会現象になった。景気の良し悪しで「摩擦的失業」はその深刻度がまるで変ってしまう。

井上 なるほど。そうするとやはり、技術的失業に対してもマクロ経済政策、つまり景気を良くするような政策が有効に作用するというわけですね。私は技術的失業に対処するためには、金融政策によってマネーを増大させ、ゆるやかなインフレ状態を作り出すことが必要だと本の中で書いていたのですが、そこについてはいかがでしょうか。

飯田 同感です。企業も個人も、ローンや奨学金などの「負債」を持っています。デフレになると、負債が増えてしまうから、そうそう仕事を辞められない。インフレになっていれば、負債を気にせずみんなが安心して別の産業に移ることが出来る、または起業もしやすい。だから金融政策や財政政策が重要なんです。

特に金融政策は必須のビタミンみたいなものですよ、足りなくなると死んじゃうっていう。一方で、終わっていく産業にやみくもに失業者手当てとかを出しちゃうと、成長を阻害してしまうと思います。

井上 むしろ転職に補助金を出すとか、労働移動したほうが得をするという政策にしないといけない、ということですね。【次ページつづく】

井上氏1

ベーシックインカムという新しい社会保障

飯田 そういった、あらゆる手段を講じても、いずれ、汎用AIによる大失業時代は来る。そのとき、社会保障政策としてベーシックインカム(以下BI)を導入するしかない、という考え方は非常に面白いですし、本書でも細かく分析されていますね。

井上 実は、「AI時代にはBIが必要だ」って言い出したのは、自分で言うのも何ですが、多分私が最初だと思うんです。「ようやく時代が自分に追いついてきたな」なんて……(笑)。

飯田 「AIにはBI」って語呂がいいですもんね(笑)。政府が生活保護費を出す人と出さない人の選別をするようなコストのかかるやり方をとらず、無条件に国民全員に一定の手当てを配るのがBIです。

財源を累進性の高い所得税課税増税にすれば、所得の低い人はもらうBIの方が多くなるし、所得の高い人は持ち出しが多くなってバランスがとれる、ということも本書では出てきていました。これは、技術進歩の果実をみんなで共有するという考え方で、ちょっと社会主義的ですけど、まあいまさら社会主義なんて復活しないでしょうからいいかもしれません。

井上 いえ、意外とそうでもないんですよ(笑)。AI研究者の間では、いま、社会主義がホットです。AI=ロボットが作ってくれた品物がタダでお店に陳列されているイメージですね。しかし、そのお店が国有である場合、ソ連邦や東欧と同様の失敗が繰り返されるのではないかと私は思っています。やはり、AIが高度に発達しても、民間企業が営利で経営しないとうまくいかないのではないか。そうやって儲けた民間企業やそれを所有する株主に税金を課して、BIのような再分配を実施した方が効率的でしょう。

それは未来の話ですが、今でも私は生活保護や失業手当をやめて、BIに統一した方がいいと思っています。ただ、今だったら、みんなが贅沢できるような給付額にしたらうまくいかない。月7万円くらいの保障にしておいて、あとは自分達で稼ぐ、というのが良いと思っています。というのも、一口に「財」と言っても、見栄のためにレクサスを買うというような「地位財」なんかもあるので、そういうものの購入まで政府が保障する必要はないと思います。

飯田 ただ、最近スイスではBI導入が国民投票で否決されましたね。

井上 スイスはいきなり月30万円くらいから始めようとしましたから。いくらスイスは物価が高いからといっても、30万円の給付額は高すぎます。それに、それで財政破綻してしまったら、BIのシステム自体に疑問を持たれてしまうかも知れませんから、否決されて良かった気がします。もっと少ない給付額から始めたり、人や地域を限ってやったりして、少しずつ前進するのがいいと思いますね。

飯田 1万円なり2万円くらいの少額を配ってみるなどして、国民が実体験としてやってみることから始めるのがいいのかもしれません。

飯田氏1

経済成長は可能なのか?

井上 本書でも強調しているのですが、汎用AIの技術において日本が世界で先行できれば、第四次産業革命を制することが出来ると思います。私のいう“第二の大分岐”で、勝ち組の曲線に乗って経済成長することが可能になります。そのためには、科学技術分野で日本が頑張ることが絶対条件です。

それなのに、東大はアジアの大学ランキングで1位から7位まで下がり、危機的な状況です。「20年後にはノーベル賞受賞者がゼロになる」と言う人もいます。

飯田 このままでは、アメリカがまたAI技術のヘゲモニーを握り、日本はそのおこぼれに与るのが精一杯の状況になる。富もすべてアメリカに吸い上げられて、日本はアメリカからベーシックインカムを恵んでもらう立場になるかもしれない。ここをうまく切り抜けなければ、待ち受けているのはディストピアです。

そのためにはAI研究に突き進むしかないのですが、研究とは「予算をつければ、成果も付いてくる」という議論があります。

井上 だから、日本では、もっと研究者に時間とお金を与える必要があります。特に理系の優秀な研究者が多過ぎる雑務に悲鳴をあげている状態では、日本の科学技術に未来はありません。それに政府が「産業政策」を実施しなくて、直接的な生産活動は市場に任せていれば良いと考えることはできますが、政府が「イノベーション政策」を実施せずに、研究開発を市場に任せているだけでは十分な量の科学技術は生み出されません。民間に任せていても街灯がほとんど立てられないで真っ暗なままなのと一緒です。

技術は世の中に広く伝搬していってみんなを豊かにする「公共財」であるという考え方が重要です。研究開発に対する予算を増やさなければ、日本の行き先は街灯のない道と同様に真っ暗です。こういった面でのケチ臭さが、日本をどんどんダメにしている。

飯田 諸外国は科学技術振興予算をどんどん増やしていますからね。

井上 日本の未来はディストピアでしょうか?

飯田 日本の場合は少子高齢化で、働き手が圧倒的に足りなくなっていきますから、逆にAI失業時代には“チャンス”だと考えています。

例えば、高度成長期に産業用ロボットで日本が世界一になれたのも、日本国内が人手不足だったからです。必要があったから進歩があった。イギリスで産業革命が起きたのも、当時のイギリスは実質賃金が他の国より高く、人を雇うより機械を買ったほうがコストが安かったからだという説もあります。

日本は世界に先駆けて労働力不足に陥るから、そこにAI開発のモチベーションを高めるチャンスがある。ただし、これは“ラストチャンス”です。

井上 AI時代をサバイバルするには、研究開発の競争に乗り遅れないことが重要だ、ということは、いくら強調してもし足りないですね。

プロフィール

井上智洋マクロ経済学

駒澤大学経済学部准教授。慶應義塾大学環境情報学部卒業、早稲田大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。2017年4月から現職。博士(経済学)。専門はマクロ経済学。最近は人工知能が経済に与える影響について論じることが多い。著書に『新しいJavaの教科書』、『人工知能と経済の未来』、『ヘリコプターマネー』、『人工超知能』などがある。

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飯田泰之マクロ経済学、経済政策

1975年東京生まれ。エコノミスト、明治大学准教授。東京大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。著書は『経済は損得で理解しろ!』(エンターブレイン)、『ゼミナール 経済政策入門』(共著、日本経済新聞社)、『歴史が教えるマネーの理論』(ダイヤモンド社)、『ダメな議論』(ちくま新書)、『ゼロから学ぶ経済政策』(角川Oneテーマ21)、『脱貧困の経済学』(共著、ちくま文庫)など多数。

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