2015.01.22
報告4 北朝鮮の「並進路線」と新たな経済政策
軍備よりも経済建設が重要
環日本海経済研究所の三村です。今日は北朝鮮の経済の話をしたいと思います。もちろん北朝鮮の経済を勉強するだけで知恵の輪を解くことはできません。かちゃかちゃと頑張っているあいだに、日中関係だとか、米中関係だとか、いろいろなものが変わっていって、迷路に迷い込んでしまう……というのが私の10数年の実感です。
北朝鮮は、2013年3月31日、「朝鮮労働党中央委員会2013年3月全員会議」で、経済建設と核武力建設の並進路線を提示しました。これは日本、そしてアメリカにとっては、「やはり核を放棄しないのか、核ドクトリンまで発表して、いっぱしの核保有国気取りじゃないか、けしからん」という、非常に評判の悪い政策です。中国も、「あれだけ反対したのに、やってくれちゃったなあ」と思っている。そういう意味では中朝関係も悪化しているということですが、その点は分かりきっていることですので、ここでは申し上げません。今日は、一体北朝鮮は何をしようとしているのかを話したいと思っています。
1960年代、北朝鮮は軍事建設と経済建設の並進路線をやっています。ですから今回の並進路線は2回目のものだと北朝鮮は言っています。1960年代の1回目の並進路線は「キューバ危機やベトナム戦争などによって第三次世界大戦がまもなく始まるかもしれない。だからこそいまは経済建設を後回しにして、軍備に力を入れなくてはいけない」というものでした。
しかし今回の並進路線は経済建設が前に出ています。北朝鮮の学者と交流をしていても、今回は経済建設に重点が置かれていると説明されます。というのも、2013年3月31日の「朝鮮労働党中央委員会2013年3月全員会議」で金正恩第1書記は、経済発展が重視であり、国民の生活が豊かになることが重要な目標だ。そして核兵器を持つことで、通常兵器を若干削減できるために、経済政策にプラスになるだろう、と言っているんですね。
核兵器があるから、アメリカも南も黙っている
それでは北朝鮮内政にとって核兵器を持つ意味はどこにあるのか。まず核拡散防止条約(NPT)によって、第二次世界大戦で勝利した5か国以外が核兵器を持つことは悪いことになっていることを押さえておいて下さい。それでも北朝鮮にとって核兵器は重要な意味を持つ。というのも北朝鮮は、アメリカと対立した核を持たないイラクやリビアといった国は体制が崩壊し、核を持っている北朝鮮はアメリカから攻撃を受けることがなかったと国内に言っているんです。
また世界にいくつかある分断国家の中で、代表格は中国と南北朝鮮だと思いますが、中国が台湾に吸収統一されることはありえないが、南北朝鮮は経済の強い大韓民国によって朝鮮半島統一がありえるかもしれないと北朝鮮は考えています。北朝鮮の政権が最も恐れるのは、韓国に吸収合併されることです。そういう意味で、南に対しても力を発揮できる核兵器は重要である、と国内に言っています。
実際に南北で戦争が起きれば、北朝鮮が勝つことはないでしょう。ただ北朝鮮は、自国が倒れるときに、自分だけが倒れるような「優しい」国ではないと思います。最後には「南の連中、お前たちがそこまでやるなら一緒に亡びましょう」ということで、ソウルを火の海にして終わると思うんですね。それは韓国も知っているし、またその能力も、十分ではないにせよあることも分かっている。どこまで火の海にできるかは分かりませんが、軍事境界線から30キロの範囲は戦闘が始まったら24時間以内の生存率が5%になると言われているくらいの軍事力はあるんです。
とはいえ、国内政治的には核があるから南も黙っているんだよという言い方をすることで、通常兵器にまわすお金を減らして、国内経済に向けて行こう、というのがいまの金正恩政権の経済政策の要となっています。
生産を伸ばすためのインセンティブを与える
それでは北朝鮮の新たな経済政策の特徴は何でしょうか。これは「社会主義企業責任管理制」の導入を目指している、一言で言うと、「一生懸命働いた人がいっぱい給料もらえるようにしましょう」という目的があります。
その目的を達成するために、工業においては、どういう製品を作るのか、どこで売るのか、従業員にどれくらい給料をあげるのかといった毎年の工場の計画を、支配人、日本で言うところの社長に決めさせる。そしてどれだけの額を国に上納するかを約束させて、それを守れなかった社長は首になるというシステムを今年から試験的に導入しています。ちなみに北朝鮮は1972年に税金を廃止しているため、納税とは言いません。ただ実際には上納という形で、法人税のようなものを収めているんですね。
また農業においては、金日成時代から続く上からの指令、つまり農場に対して「こういうふうにやりなさい」といったやり方をやめ、各農場に相当の権限を与えるようになりました。生産を伸ばすために、各農場が知恵を絞ってやっていく。そのために4、5人のグループで田んぼなり畑なりを耕させて、出来高で給料の分配を決めるというインセンティブを与える方向に変わっています。
ただ不透明なのは市場や自営業、民営企業です。まだ政策の上では取り上げられていない。北朝鮮にとっても頭の痛い問題なんですね。韓国の研究者の中では、北朝鮮の一般の人びとが生活の中で国から与えられたものがどのくらいで、私的な経済活動で手に入れたものがどのくらいなのか、その比率が25~75%で意見が分かれているんです。つまり極端に言えば、75%の人が私的な経済活動で生活をしていると言えるくらい、民間の経済活動も行われているんですね。
この点についてはまだ政策に上がっていないので、先行きは分かりません。ただ、いままでブラックだったマーケットがグレーマーケットと変わりつつある。これは今後も続いていくのだろうと思います。
北朝鮮の経済は開かれつつある
続いて当面の北朝鮮の変化の振幅とその限界はどこにあるのかを見ていきましょう。
北朝鮮の現政権は、「朝鮮式経済管理方法」を策定し、それを実行しようとしています。この管理方法は中国モデルでもベトナムモデルでもキューバモデルでもない、各国の優れた事例を検討し、自分たちに合ったものを選び、独自のモデルを構築することだ。ただし、いろいろな可能性がある中で、「社会主義」は絶対に守ると北朝鮮は言っている。なぜなら社会主義の崩壊によって、政権が崩壊するかもしれないと考えているからのようです。
では一体この「社会主義」って何だ、という話になりますが、2014年10月22日の労働新聞に掲載されていた論文によると、「社会主義の堅持とは、社会主義的所有を守ること、そして集団主義原則を徹底して具現すること」だそうです。つまり「生産手段の社会的所有と朝鮮労働党の指導を外してはならない」ということですね。これを聞くと、中国とそんな変わらないんじゃないかなと私は思うのですがいかがでしょうか。
北朝鮮の学者とこれについて討論する中で特に興味深い問題は、社会的所有であるならば、国営ではなく集団的所有に変わるのはありなのか、という点です。つまり、もし一般の従業員や村人が、国営企業の一部門を買い、協同組合を作り、集団主義原則に反しないかたちでビジネスをした場合、許されるのかということですね。これはまだ決められていないのですが、今後徐々に決められていくのでしょう。
北朝鮮の人びとは、一人がお金持ちになるのはよくないが、みんなでお金持ちになるのはいいことだと考える人たちですから、おそらく許される方向に進んでいく可能性がある。また日本に対してあまり開かれていないため、いまだに閉じた国というイメージがある北朝鮮ですが、中国やロシアとの経済関係はかなり開かれるようになっています。企業が自由にビジネスをするということは製品を海外に売ったり、外貨で原材料や機械を買ったりするということも、いまの北朝鮮ではありえるのかもしれません。
相手の痛いところを理解しておく
最後に、北朝鮮の核武力建設をどうするかについてお話をします。
これから必要なことは、核兵器開発は許せないとしても、近未来の放棄の可能性が低い中で、どうやって核放棄させるかに知恵を使うことです。実際、アメリカも、中東やらなんやらいろいろと対処しなくてはいけない問題が山積みですから、北朝鮮についてはとりあえず拡散をしないように封鎖をして、あとは放っておけばいい。一生懸命向かい合って、放棄させようとはしていないと思うんですね。
どうすれば北朝鮮は核を放棄するかを考えるためにも、まずは北朝鮮の論理を研究して、それをただ受け入れるのではなく、批判すべきは批判をしつつ、「日本はこっちの痛いところを分かっている……」と驚かせられるようになっておくことが、東アジアの安定に貢献するのではないかと思います。(「地殻変動する東アジアと日本の役割/新潟県立大学大学院開設記念シンポジウム」より)
プロフィール
三村光弘
2001年 大阪大学大学院法学研究科博士課程修了、博士(法学) 2001-2005年 ERINA調査研究部研究員 2006-2011年 同調査研究部研究主任 2011年-現在 同調査研究部 部長・主任研究員