2010.09.15

ロシアとイスラエルの軍事協力 ―― 背景と影響

廣瀬陽子 国際政治 / 旧ソ連地域研究

国際 #グルジア紛争#北大西洋条約機構#NATO#新START#軍事協力

ロシアのセルジュコフ国防相とイスラエルのバラク国防相は、2010年9月6日、長期的な軍事協力に関する枠組み合意文書に調印した。

ロシアとイスラエルの新たな軍事協力

この文書の詳細は明らかにされていないが、今後の両国の軍事技術の協力や契約の基盤となっていくとされており、バラク国防相と会談したロシアのプーチン首相も航空機、レーザー技術や衛星など、多くの分野での協力の可能性があることを述べている。そして、手始めに、ロシアはイスラエルから12機の無人機を購入したと報じられている。

なお、イスラエルとロシアの軍事協力は、90年代から若干はあった。たとえば、インドなど第三国向けの航空機の共同開発などはなされてきたというが、今回のような深い協力関係の構築は、ロシアのこれまでの軍事政策に鑑みて異例であり、また、これまでの外交枠組みにも大きな影響をもたらしかねない性格をもつ。

こうした協力関係が生まれた背景には、両国の思惑の一致があったといってよい。それでは、この合意により、両国が得るもの、失うものは何だったのだろうか。その影響や今後の展望なども踏まえて考えてみたい。

ロシアが得たもの

ロシアは、近年まで旧東側陣営の軍事技術に固執し、兵器は自国製のものに限定してきた。だが、とくに2008年のグルジア紛争でロシア製兵器の遅れが露呈してからは、兵器や軍事装備の近代化を急務とし、欧米諸国からの技術獲得や兵器の購入を熱心に行うようになった。

そして、昨年、イスラエル製の無人偵察・爆撃機の購入を決定したのである。

また、ロシアは同時に、フランスともミストラル級強襲揚陸艦の購入について交渉を進めてきた。ロシアが北大西洋条約機構(NATO)加盟国から兵器を購入するのは、ソ連時代を通じて初であり、ロシアと緊張関係にあるグルジアやバルト諸国など、反露的な近隣諸国は安全保障上の懸念を深めている。

他方、ロシア国防省は、「自国産業が最新兵器の研究を進めるが、外国のノウハウも必要」と、今後、外国からの兵器の輸入を積極化していく意向を表明。2009年11月21日には、プーチン首相が「防衛と関連産業の近代化が最重要だ」と語り、来年の防衛産業への発注を8.5%増やすとするなど、世界同時金融危機によって経済的に困窮しているにもかかわらず、ロシア当局は軍の近代化を強い決意をもって進めているようだ。

イスラエルが得たもの

ロシアは、ソ連がイスラエルと敵対関係にあるアラブ諸国やイランを支援してきた背景もあり、ポスト冷戦時代においても、アラブ諸国やイランとは良好な関係を築いてきた。

冷戦末期からは、ロシアはイスラエルとの関係改善にも努力をしはじめて、低レベルの軍事協力関係はあったとはいえ、ロシアがイランの原子力発電を支援したり、シリアやイランに武器を供給したりすることは、イスラエルにとっては脅威であった。

そのため、ロシアと軍事協力を深化させることで、親アラブ・イラン政策を放棄させ、武器の売却なども阻止することは、イスラエルにとってはきわめて重要なのである。

イランへの影響

だが、今回のロシアとイスラエルの合意でもっとも大きな影響を受けるのはイランであろう。ロシアは長年、イランとの協力関係を維持してきた(両国は歴史的に地域の覇権をめぐってライバル関係にあるが、共通の敵、つまり米国に対しては利害を共有していたという背景があった)。

しかし、最近ではロシアのイランに対する「裏切り」的行為が目立つ。

ロシアは、米国のオバマ大統領が「リセット」を宣言した後には、米国がロシアに対して様々な譲歩をしてきたのを受け、ロシアもいくつかの譲歩をするようになっている。

たとえば、米国の対アフガニスタン政策の重要拠点であるキルギスの空軍基地の閉鎖断念、新STARTへの合意などであるが、それに加え、欧米が進めてきたイランの核問題に対する対イラン制裁への合意もあった。

そして、現在、ロシアは2005年12月に契約が結ばれていた対空ミサイル「S-300防衛システム」のイランへの供与を行わないことを表明しており(ラブロフ露大統領が「ロシア政府はS-300防衛システムのイランへの引渡し問題では、国連安保理決議を遵守するつもりである」と述べたり、ロシア連邦軍事技術協力局の副局長も7月に引き渡しの自粛を明言したりしている)、それはイスラエルに対する配慮とみられている。

イランはこれら一連の「裏切り」的行為に警鐘を鳴らしているが、ロシアはイランと石油・天然ガス・燃料分野では協力関係を深めており、欧米との関係を悪化させない程度にイランとの関係も維持しているといえる。

グルジアへの影響

イスラエルのロシアとの協力は、ロシアと敵対関係にあり、かつイスラエルと良好な関係を築いているかにみえていたグルジアにも打撃となっている。なお、グルジアは、ロシアにミストラル級強襲揚陸艦を売却したフランスに対しても懸念を表明している。

そもそも、グルジアとイスラエルの関係は深いと考えられてきた。グルジア紛争勃発当時のグルジア国防大臣ダヴィト・ケゼラシュヴィリ(*)と、副首相兼再統合相のティムール・ヤコバシュヴィリはユダヤ系であり、サアカシュヴィリ大統領夫人も出身はオランダだがユダヤ系であるなど、ユダヤ人に深い人脈があるだけでなく、グルジアは大量の最新式兵器をイスラエルから購入していた。

(*)ただし、後に解任された。2008年秋以降、グルジア紛争の契機となった北オセチア侵攻を決定した、サアカシュヴィリ大統領の責任が国内でも厳しく問われるようになると、サアカシュヴィリは12月に外相、国防相、国家安全保障会議書記、教育科学相など外交・安全保障部門を中心とした閣僚を相次いで解任、自らの責任を転嫁したため。その1ヶ月程前の11月1日に内閣改造を行ったばかりだったため波紋を呼んだ。

また、イスラエル軍がグルジア軍を訓練していたことも報じられている。イスラエルはグルジア紛争への関与を否定しているが、グルジアを戦闘に駆り立てたのは、米国ではなくイスラエルだとするストックホルム防衛研究所の報告もあったほどである。

実際にグルジア紛争の際に、イスラエル製の無人機がロシアの無人機を圧倒したことこそが、ロシアの今回の決断の根拠となるわけだが、イスラエルは、グルジアへの兵器売却には一切戦略的意図はなく、ロシアに対する兵器の売却の障害にはならないという姿勢をとっている。グルジアはイスラエルに見捨てられたという意識を拭えない。

今後の見通しは?

とはいえ、今後のロシアとイスラエルの軍事協力が順風満帆に進むかといえば、そうともいえないようである。

ロシアの政界では、親イスラエルと親アラブのロビイストが激しく対立をしているという。イスラエル・ロビーは財力と人脈を武器に、米国はじめ、世界で大きな影響力をもつとして知られる。ロシアにもユダヤ系の富裕層が多く、政界への影響は強いのである。

他方、親アラブ派のロビイストもかなりの力をもつといわれており、今回のイスラエルからの無人機の購入は、親欧米・イスラエル派の勝利の結果といえるが、今後、親アラブ派が盛り返す可能性も否めない。

また、国内の軍産複合体の反発もある。ロシアの軍産複合体は、大きな既得権益を得ており、兵器や武器を外国から調達すれば、国内の軍需産業に大きな打撃となることは間違いない。そのため、当然、既得権益者はこれまで通り、兵器や武器の国内生産を主張しつづけるだろう。

他方、ロシア政府は、外国からの兵器購入は一時的なものであり、そこから製造や技術のノウハウを習得して、いずれすべて国内製造にしていくという方針を強調しており、実際、フランスともミストラル級強襲揚陸艦を購入するのみならず、共同で建造することでも合意ができているという。

だが、イスラエルはこのようなロシアの動きには警戒感を隠しておらず、ロシアの動向次第では、軍事的協力関係を打ち切る可能性もあるとみられている。

また、ロシア自身も、対イラン外交を大きく左右してきた、米国との関係の趨勢をはじめとした国際情勢の変化や国内事情により、協力関係を打ち切る可能性もありうるだろう。

このように、両国は思惑が一致して、今回の合意に至ったわけだが、そのような「国益」ベースの外交は、やはりその時々の「国益」を最大限にする両国の外交姿勢によって簡単に崩れうるものと考えられる。今後の見通しはいまだ不透明である。

推薦図書

本稿の内容に関する書籍は未見だが、本問題を考える上で役立つと思われるイスラエル・ロビーに関する書籍を紹介したい。

多くの国でイスラエル・ロビーの大きな影響があるといわれているが、本書はアメリカにおいてイスラエル・ロビーがいかに大きな影響力をもっているかを、さまざまな具体例を交えて紹介している。本書はアメリカでずいぶん大きな議論を醸したという。本書を読めば、ロシアでもみられるイスラエル・ロビーがどのようなものかというものを垣間見ることができるだけでなく、世界に影響を与える米国外交の力学なども理解でき、国際政治をみる目が養われること請け合いである。

プロフィール

廣瀬陽子国際政治 / 旧ソ連地域研究

1972年東京生まれ。慶應義塾大学総合政策学部教授。専門は国際政治、 コーカサスを中心とした旧ソ連地域研究。主な著作に『旧ソ連地域と紛争――石油・民族・テロをめぐる地政学』(慶應義塾大学出版会)、『コーカサス――国際関係の十字路』(集英社新書、2009年アジア太平洋賞 特別賞受賞)、『未承認国家と覇権なき世界』(NHKブックス)、『ロシアと中国 反米の戦略』(ちくま新書)など多数。

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