2016.09.09

コンゴの紛争下における性暴力、紛争鉱物とグローバル経済――ドキュメンタリー映画『女を修理する男』上映会

米川正子 / 国際関係論 華井和代 / 国際紛争研究

国際 #性暴力#等身大のアフリカ/最前線のアフリカ#コンゴ#女を修理する男

シリーズ「等身大のアフリカ/最前線のアフリカ」では、マスメディアが伝えてこなかったアフリカ、とくに等身大の日常生活や最前線の現地情報を気鋭の研究者、 熟練のフィールドワーカーがお伝えします。今月は「最前線のアフリカ」です。

コンゴの紛争状態とムクウェゲ氏の活動

1996年に、ルワンダ虐殺の首謀者の掃討、コンゴのモブツ独裁政権の打倒などの理由から、ルワンダをはじめとする周辺諸国が介入して以降、コンゴ民主共和国(以下、コンゴ)東部では20年にわたって「紛争状態」が続いている(注1)。

(注1)「紛争状態」とは、公式には外国軍が撤退し、コンゴ政府と反政府武装勢力との和解が成立しているものの、残存する外国とコンゴの武装勢力が活動を続け、住民に暴力をふるう状態をさす。

1996~1997年の第一次コンゴ紛争においては、「ジェノサイド」とも特徴づけられる非人道的行為が行われ(国連報告書、2010年)、また1998~2002年の第二次コンゴ紛争においては、周辺国をはじめとする約17カ国が軍事的や政治的に介入して「第一次アフリカ大戦」とも呼ばれる大規模な国際紛争に発展した。

2003年に公式には紛争が終結してもなお、コンゴ東部では複数の武装勢力による活動が継続し、累計で約600万人という、第二次世界大戦後、世界最悪の犠牲者を生んでいる。同時に、大規模な性暴力が紛争手段として行われ、コンゴ東部は「世界のレイプ中心地」「女性と少女にとって世界最悪の場所」とも描写されている。

このコンゴ東部において、性暴力のサバイバーを治療してきたコンゴ人の婦人科医をご存知だろうか。

その名はデニ・ムクウェゲ(Denis Mukwege)氏。日本語で同氏について執筆しているのは、筆者(米川)を含めて数名であり日本ではほぼ無名だが、国際社会、特に欧米諸国では著名である。

2015年4月、このムクウェゲ氏の活動を描いたドキュメンタリー映画 ‘The Man Who Mends Women’(邦題『女を修理する男』)がティエリー・ミシェル&コレット・ブラックマン監督によって制作された。本作品は、ムクウェゲ氏が1998年にコンゴ東部のブカブにパンジー病院を設立して以降、暗殺未遂に遭いながらも、医療、心理ともに4万人以上のレイプ・サバイバーを治療してきた姿を映している。(注2)

(注2)2012年10月、自宅で暗殺未遂にあうが、犯人は未だに逮捕されていない。ムクウェゲ氏が狙われた理由は、彼がアドボカシー活動の際にコンゴ紛争と性暴力の責任者を強く非難し、コンゴ政府とルワンダ政府が怒りをあらわにしたため、それと関連していると言われている。

その上、コンゴ東部ではほとんどの加害者が処罰されることがないため、同氏は法律相談所を数カ所開設するなど、法の支配の確立にも力を入れてきた。加えて、サバイバーの衝撃的な証言、加害者の不処罰、希望に向かって活動する女性団体、そしてこの悲劇の背景にある「紛争鉱物」(注3)の実態も描いている。

(注3)「紛争鉱物」とは、当該鉱物の採掘・流通にともなう利益が政府、あるいは武装勢力によって紛争資金に利用されている鉱物をさす。

ムクウェゲ氏はコンゴの性暴力のサバイバーを治療した最初の婦人科医であり、またコンゴ東部における鉱物の略奪を目的に軍や反政府勢力が性暴力を犯し続けた事実について、国連本部をはじめ世界各地で声高に非難し、女性の人権尊重を訴えてきた最初の人物である。その活動が国際社会で評価され、これまで国連人権賞(2008年)、ヒラリー・クリントン賞(2014年)、サハロフ賞(2014年)などを受賞し、ノーベル平和賞受賞者の有力候補にも数回挙がっている。

映画『女を修理する男』のポスター、中央がデニ・ムクウェゲ氏
映画『女を修理する男』のポスター、中央がデニ・ムクウェゲ氏
同氏はコンゴ民主共和国東部のブカブを拠点に活動中
同氏はコンゴ民主共和国東部のブカブを拠点に活動中

紛争下における性暴力への取り組み

紛争下における性暴力が国際的に注目を浴びたのは、1990年代に入ってからである。それ以降今日にかけて、国際社会ではさまざまな取り組みが行われている。例えば、国連が設置した1990年代初めの旧ユーゴスラビア内戦における戦争犯罪を裁く旧ユーゴ国際刑事裁判所(ICTY)と、やはり1990年代初めに起こったルワンダのジェノサイドでの戦争犯罪を裁くルワンダ国際刑事裁判所(ICTR)では、紛争下の組織的性暴力が罪に問われた。1998年の国際刑事裁判所(ICC)のローマ規程では、人道に対する罪や戦争犯罪に「性奴隷制」や組織的性暴力が含められている。

2000年には国連安保理において、紛争下での性暴力から女性・少女を保護する重要性を謳い、また加害者を確実に処罰し、性暴力に関する「不処罰」の連鎖を終えるために各国政府や国際機関が責任を果たすように要請する決議1325号「女性・平和・安全保障」が採択された。日本政府もその決議1325号等の履行に関する行動計画を2015年に策定している。そして、2014年には「紛争における性暴力停止のためのグローバルサミット」がイギリスで開催された。

このように紛争下での性暴力撲滅に向けた取り組みが少しずつ立ち上がっているものの、コンゴ東部においては、1996年以降、女性の3人に2人が性暴力の犠牲になり、その数は計40万人以上とも言われる。男性のサバイバーもいる。

なぜこんなにも性暴力が蔓延してしまったのだろうか。

現地の会合で、性暴力の問題について話し合う女性たち
現地の会合で、性暴力の問題について話し合う女性たち

「戦争の武器」としての性暴力と紛争鉱物との関係

性暴力が「戦争の武器」と呼ばれていることは、今では広く認識されるようになった。性暴力は、AK47のような武器と違って購入とメンテナンスを必要としないため、費用がかからず、体一つで多くの人々を精神的にも身体的にも痛い目に遭わせることができる。しかも加害者は不処罰でいることが多いため、まさに最も効果的な武器である。

その性暴力が「意図的な紛争手段」として利用されている事実は、まだ十分に知られていないようである。豊富な鉱物資源を有するコンゴ東部では、コンゴ国内や近隣国のルワンダとウガンダの武装勢力(政府軍と反政府勢力の両アクターを含む)が資源産出地域および流通経路を支配する手段として、性暴力を利用している。その理由は主に3点ある。

第一に、武装勢力は実効支配した鉱山の周辺地域で性暴力をふるうことによって、住民に恐怖心を植え付け、性暴力のサバイバーとその家族だけでなく、コミュニティ全体を弱体化させて支配下に置くことができる。それによって、武装勢力にとって邪魔な存在である資源産出地域の住民を、他の地域に強制移住できる。と同時に、鉱山労働者の入山や、産出された鉱物、輸送手段などに「課税」し、利益を得ることができるようになる。

第二に、性暴力は不名誉なこととしてサバイバーやその家族を苦しめ、恥や無価値であるといった感情をもたらす。その結果、住民は士気喪失して、政府や武装勢力に立ち向かう気力を失ったり、女性が主に中心的役割を果たしている農業や商業が破綻してしまう。最終的に住民は武装勢力が実効支配する鉱山での労働に依存せざるを得なくなる。

第三に、コンゴ東部における性暴力は典型的な(集団的)レイプだけではなく、木の枝、棒、びん、銃身や熱い石炭などが性器に挿入されたり、時には集団レイプの後、膣が撃たれることもある。なぜここまで残虐な方法をとる必要があるのか。それは女性の性器が機能しなくなると子どもを産めなくなり、それが長期的に現地の人口減少につながるからである。その結果、武装勢力はますます資源産出地域を支配しやすくなる。コンゴ東部の人口密度が高いのは、1930年代と1940年代、当時のベルギー植民地が現地の鉱山や大農園で安い労働力を要していたために、人口密度が高かったルワンダから人々を半強制的に移動させたからである。

このような鉱物資源と性暴力の関係について、国連も、「資源と鉱山集落の支配をめぐる武装勢力間の競争は、増加している文民の移動、人身売買や性的虐待と関係している」と明記している(注4)。ムクウェゲ氏らの調査でも、鉱物が豊富な地域と性暴力の発生地が一致していることが指摘されたが、それはあくまでも限られた地域のみであり、さらなる調査が必要だと明記している。

(注4)United Nations Security Council, S/2015/203,23 March 2015, 3

こうした資源利用によるコンゴ東部の「紛争状態」の長期化は、グローバル経済を通じて日本の私たちの暮らしともつながっている。特に紛争資金源として利用されている4鉱物(スズ、タングステン、タンタル、金)は、世界各地で産出される鉱物と混ざって、携帯電話やパソコンなどの電子機器から自動車や航空機にいたるまでの幅広いあらゆる工業製品に使用されている。

こうした実態に鑑みて2010年にはOECDにおいて「紛争地域及び高リスク地域からの鉱物の責任あるサプライチェーンのためのデュ-・ディリジェンス・ガイダンス」が発表され、アメリカではドッド・フランク法1502条において紛争鉱物取引規制が導入された。上述の4鉱物を使用する上場企業は、サプライチェーンをさかのぼってその原産地を調査し、コンゴとその周辺国から産出されたものである場合には、紛争に関与したものではないかどうかを明らかにして公開する義務を負ったのである。

こうして国際的な取り組みが実践された結果、一部の鉱山からは武装勢力が撤退したり、解体された武装勢力が政府軍に統合されたりしているものの、その「和平」は脆弱な状態にある。特に金の鉱山ではいまだに武装勢力の支配が続き、政府軍に統合された武装勢力が離反する危険性も否定できない。さらには、紛争によって崩壊した司法制度がいまだ回復しないため、紛争手段としてのみならず犯罪としての性暴力も頻発し、 現地住民の苦悩は未だに続いている。

日本における映画上映の意義

日本において、映画『女を修理する男』を上映する動機は三点ある。

第一に、コンゴ紛争が勃発してから本年で20年が経つため、この機にコンゴの紛争について振り返る機会をつくりたかったことである。1994年に起きた隣国ルワンダのジェノサイドを知っている日本人は多数いる。それに対して、それがコンゴに飛び火してコンゴ大戦が勃発したことを理解している人は少数派である。

第二に、ムクウェゲ氏の活動を通して、紛争長期化の要因である紛争鉱物問題を取り上げ、性暴力とグローバル経済との関係性に関する認識を広めたいと思ったからである。性暴力と紛争をテーマとする映画は過去に数本上映されたものの、性暴力と紛争鉱物の関係性を取り上げ、かつムクウェゲ氏の活動を描いたドキュメンタリー映画は本作品が初めてである。そのため、性暴力と紛争鉱物の問題に関する認知度が高くない日本において、本映画を上映する意義は十分にあると判断した。

第三に、「途上国」の人々が「無力」だから、「有能」な「先進国」が助けないといけないという一般的な先入観を排除したかったことである。当然ながら、ガバナンスが弱い国や紛争国にも、ムクウェゲ氏のような優秀で正義感がある方は大勢いる。我々にできることは必ずしも資金援助や技術提供だけではなく、性暴力のような人権侵害に対して声をあげたり真実を追求することも、人助けになる。

映画上映の運営のために、専門家や学生と任意団体「コンゴの性暴力と紛争を考える会」を立ち上げ、さまざまな団体に助成金を申請したり、広報などの協力をお願いした。またコンゴの紛争と資源の結びつき、国際社会の対応、人権問題と市民社会のアドボカシーなどについての勉強を重ねてきた。

日本初公開となる2016年6月の立教大学での上映会においては、参加者から、「性暴力と紛争資源の複雑な関係性を初めて知った」「ルワンダ・ジェノサイドは知っていたが、その後のコンゴ戦争は知らなかった」「ムクウェゲ氏の偉大さと女性の強さが印象的」「戦後70年が経った現在も、紛争下の性暴力について考えなくては」という感想が寄せられた。

下記の全国の大学そのほかでも上映会が開催される。

 

2016年

9月21日:東京大学 https://www.facebook.com/events/1182668681783355/

10月24日:静岡県立大学 http://www.u-shizuoka-ken.ac.jp/event/e20161024/index.html

11月上旬:岡山大学

11月17日:上智大学

11月25日:長崎大学

11月30日:神戸市立外国語大学

12月10日: 宇都宮大学

12月14日:早稲田大学

日程不明:同志社大学、弘前大学

2017年

1月28日:東京(アムネスティー映画祭)

1月29日:名古屋(AMA AFRICA と愛知県青年海外協力隊を支援する会)

1月28日:アムネスティー映画祭 http://www.amnesty.or.jp/aff/

UNHCRも難民映画祭の一環として、北海道、仙台、東京と大阪で同映画を上映する予定である。

性暴力撲滅との闘いは今後まだまだ続きそうだが、紛争鉱物と性暴力の関係性について考えるためにも、読者にもぜひ鑑賞をお勧めしたい。

※10月3日および10月4日にムクウェゲ医師による来日講演会が開催されます。 http://gsdm.u-tokyo.ac.jp/?p=7646

プロフィール

米川正子国際関係論

立教大学特任准教授。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)コンゴ東部のゴマ元所長。ルワンダ、コンゴ共和国、スーダンとタンザニアなどでも約10年間、難民や国内避難民の保護や支援に従事。日本平和学会理事。研究分野は国際関係論、特にコンゴやルワンダの紛争と平和、難民と人道支援。主著は『世界最悪の紛争「コンゴ」-平和以外に何でもある国』(創成社、2010年)。

この執筆者の記事

華井和代国際紛争研究

東京大学大学院特任助教。元高校教師。コンゴ東部での紛争状況から、国連による紛争解決への取り組み、各国政府や企業による紛争鉱物調達調査の実施状況、先進国における消費者の認識調査までを研究。主要論文は「平和の主体としての消費者市民社会―コンゴの紛争鉱物取引規制をめぐって」『平和研究 平和の主体論』(早稲田大学出版会、2014年)。

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