2017.09.28

農業政策がもたらす食料不足――ザンビアの多民族農村におけるフードセキュリティ

原将也 地域研究、地理学

国際 #等身大のアフリカ/最前線のアフリカ#ザンビア

シリーズ「等身大のアフリカ/最前線のアフリカ」では、マスメディアが伝えてこなかったアフリカ、とくに等身大の日常生活や最前線の現地情報を気鋭の研究者、 熟練のフィールドワーカーがお伝えします。今月は「最前線のアフリカ」です。

今年はみな空腹になりそう

「化学肥料がしっかり届かなかったので、トウモロコシのできが悪くなりそうね。今年の12月にはみな空腹(inzala)―食料不足―になるでしょう。」

2016年3月13日の昼下がり、調査地である南部アフリカのザンビア共和国北西部州のS地区で、わたしは午前中の仕事を終えて畑から帰宅し、居候先のお父さんルーウィとお母さんアイーダとともに、マンゴーの木の下で休憩していた。そのときアイーダは、心のなかで募らせていた政府が支給する化学肥料の不足・遅延に対する不満や、食料不足への懸念をわたしに漏らした。

ほかのサブ・サハラ・アフリカ諸国と同様に、ザンビアにおいても農業は基幹産業であり、ルーウィ夫妻のように自給指向性の強い生活を営む小規模農家が多い。一方で少数の大規模農家によってプランテーション農業もおこなわれ、トウモロコシのほか、ラッカセイやコムギなどの商品作物が生産されている。このような大規模農家の増加もあって、2000年以降、ザンビアはアフリカ諸国のなかで唯一、穀物貿易が黒字の国となっている。トウモロコシを中心とした穀物を周辺国のボツワナやナミビア、コンゴ民主共和国などへ輸出している(平野 2013: 143-144)。つまり国レベルでみれば、ザンビアでは食料が確保され、農業が輸出産業に発展しているといえる。

穀物貿易が黒字という事実からは、ザンビアでは地域や農家の規模にかかわらず、十分な食料を確保して輸出しているという印象を受けるが、実情は複雑である。ルーウィ夫妻のような小規模農家は、天候不順や地力の低下によって自家消費分の食料も十分に確保できないことがあるうえ、食料が欠乏するときにすぐに穀物を購入することは経済的に厳しい。このような課題に対応するため、ザンビア政府は小規模農家の所得向上を目指し、国民食であり、重要な輸出用商品作物でもあるトウモロコシの栽培を奨励し、その生産に用いる化学肥料に対して補助金を支給している。しかし化学肥料はうまく農家に届いていない。

ザンビアでは大規模農家が増えているが、いまだ国民に対して均一に食料を配分できず、国家政策が小規模農家の食料生産の向上をもたらさないという課題を抱えている。食料不足に関する問題は、前世紀から長いあいだアフリカ全体で指摘されているが、現在にいたるまで解決されていない。この問題の改善にはマクロな政策からのアプローチだけでなく、農村に暮らす人びと自身がこれまで培ってきたローカルなフードセキュリティを明らかにしたうえで、食料問題を改善する方途を再検討していく必要がある。

本稿では、ザンビアの農業政策が農村で暮らす人びとの食料確保に与える影響について示し、食料不足に対して村びとがとる対処を明らかにしていく。そのうえで、国家政策に依存しない農村におけるフードセキュリティの可能性を検討し、食料問題を改善する方策について考える。

トウモロコシの国ザンビア

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農家にとってトウモロコシの収穫は喜ばしい

アフリカでは、主食作物のなかでトウモロコシの生産量が最も多い。20世紀後半には、東アフリカと南部アフリカでトウモロコシが中心的な主食となっている(McCann 2010: 49)。ザンビアではシマ(nshima)と呼ばれる練り粥が主食となっており、トウモロコシのほかに、モロコシやシコクビエといった雑穀、キャッサバのイモなどを製粉したデンプン粉を熱湯で練り上げて作る。シマとともに食べるおかずは、鶏肉やヤギ肉、豚肉、干した魚などの動物性食材のほかに、インゲンマメといったマメ類、キャベツやサツマイモの葉、カボチャの葉などの葉菜類である。

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農村における雨季の食事(左:トウモロコシのシマ、中央:炒めたサツマイモの葉、右:鶏肉)

農村に限らず、都市に暮らす人びとも毎食のようにシマを食べており、食堂でもシマが代表的なメニューである。都市ではおもにトウモロコシの粉がシマの材料として用いられ、スーパーマーケットや商店では、多数のトウモロコシ粉が売られている。このトウモロコシ粉の多くはザンビア国内で生産されている。ザンビアの首都ルサカ近郊には、円形や方形のプランテーションがいくつもあり、青々とした作物が育っている。大規模プランテーションの数は年々増える傾向にあり、都市や周辺国への食料供給を担う。都市で流通するトウモロコシ粉は地方でも販売されているが、輸送費がかかって価格が高いうえ、農村の人びとの収入では十分な量を購入することは難しい。

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首都ルサカのスーパーマーケットで売られているトウモロコシ粉

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首都ルサカ近郊のプランテーション

トウモロコシ中心の農業政策

ザンビア政府は国内の食料需要に対応するため、トウモロコシ生産に力を入れ、時代ごとに農業政策を策定してきた。イギリスの植民地であった北ローデシア(現在のザンビア)では、1920年代に複数の銅鉱山が操業しはじめ、その労働者の食料としてトウモロコシが消費されるようになった。トウモロコシ栽培は、鉱山や都市で働く労働者が急増し、彼らへの食料供給を確立する過程で発展した(Lukanty and Wood 1990)。自家消費用にも換金作物にもなり、それぞれの生産が競合しないため、農民にもすぐに受け入れられた。

1964年にザンビアが独立すると、政府は農産物の流通を統括する機関を設立し、トウモロコシなどの農産物を独占して売買しはじめた。トウモロコシの流通に多額の補助金を投入することで、農産物の買い付け価格と農民への農業投入財(化学肥料とトウモロコシのハイブリッド種子)の売り渡し価格を全国均一にし、地域間における輸送費の格差が解消された。1993年に本格的に農業流通の自由化がはじまるまで、ザンビア政府はトウモロコシ流通を手厚く支援しており、高い生産者価格を保つことで農民に現金収入をもたらす一方で、消費者価格を低く抑えて都市住民に安価な食料を提供していた(Mason et al. 2013)。1996年に政府は、国内の食料不足に備える目的で食糧備蓄庁(Food Reserve Agency: FRA)を創設した。

FRAは現在、全国均一価格でトウモロコシを買い上げて備蓄し、食料不足が予測されると、備蓄したトウモロコシを市場に流通させる。小農が購入する農業投入財に対する補助金制度は、毎年のように内容が変わりながらも継続されている。2016年現在では、農業投入財補助プログラム(Farmer Input Subsidy Programme: FISP)が実施されている。このプログラムでは、総耕作面積が0.5ha以下の小規模農家が購入するトウモロコシ栽培パック(1袋50kgの配合肥料と尿素肥料を2袋ずつと10kgのトウモロコシのハイブリッド種子1袋)に対して補助金が支給される。2011年には市場価格の約8割が補助されており、農家は市場価格の約2割を出せば化学肥料とハイブリッド種子を購入することができた(Mason et al. 2013)。しかし2011年の政権交代のあと、2012年には補助金額が市場価格の約5割に縮小され、農家の実質負担額が増加した。

農家が栽培するトウモロコシの収量は、国家政策の転換に大きく影響を受けており、とくに化学肥料の遅配や不足が深刻な問題となってきた。年や地域によって状況は異なるが、補助金制度の国会承認や政府による手配、化学肥料の生産や配送の遅れが原因として指摘されている(Namonje-Kapembwa et al. 2015)。ルーウィ夫妻によれば、とくに2011年の政権交代以降、化学肥料の遅配や不足が目立つようになったという。次にみるように、近年では毎年のように化学肥料の配給に関する問題が生じており、村びとの多くは政府に対して不満をもっている。

トウモロコシ栽培と化学肥料の配給

ザンビア北西部の季節は、4月から10月の乾季と11月から3月の雨季に明瞭に分かれている。S地区の人びとはみなトウモロコシを栽培しており、トウモロコシ畑では降雨がはじまる11月に畝立てと播種がおこなわれる。トウモロコシがひざの高さまで生長する12月には配合肥料を施肥し、腰の高さになる1月から2月に尿素肥料を追肥する。5月から7月にかけて収穫したトウモロコシを脱穀し、50kgごとにナイロン袋に詰め、自家消費用として保管するとともにFRAに出荷している。現金を必要とする世帯では、自家消費用に育てていた分も含めて、大半を出荷してしまうこともある。畝立てや施肥、除草、収穫、運搬などで作業が集中する時期には、親族や知人を労働力として雇う世帯もある。

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S地区の人びとがトウモロコシを出荷するFRAの集荷場

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雨季にはトウモロコシの生育を妨げないよう、こまめに除草する

農家は協同組合をつくり、政府の補助金制度を利用して安価に農業投入財を入手する。協同組合の会計係が補助金の希望者を取りまとめ、農業省へ申請して代金を事前に振り込む。ここでは2015年11月~2016年2月の農繁期におけるS地区のT組合を例にして、化学肥料の供給実態とそれに対する農家の対応をみていこう。

S地区のT組合には43人が所属している。T組合の会計係は、例年通りの2015年11月に43人分の申請と振込を終わらせていた。しかし配合肥料と尿素肥料、トウモロコシのハイブリッド種子はすぐには配送されず、配合肥料とハイブリッド種子は2015年12月、尿素肥料は2016年1月になってようやく到着した。化学肥料の不足を理由に、配送されたのは合計で33パック分だけだった。このうち、すでに支払っていた10パック分の代金は後日返金されたが、33パックでは43人のメンバー全員に1パックずつ行きわたらない。そこでT組合は各メンバーに対して、1パックあたり2袋ずつあるはずの配合肥料と尿素肥料をそれぞれ1袋(50kg)ずつ配布した。そのあと残った肥料を配合肥料か、尿素肥料かどうかにかかわらず1袋ずつ配っていった。メンバーひとりが入手した化学肥料は、種類にかかわらず3袋のみとなった。

播種時期の早い農家では、このときすでにトウモロコシが生長しており、2回に分けて施肥するはずの配合肥料と尿素肥料を混ぜて1回で施肥していた。種子と化学肥料が分かれて届くこともあり、化学肥料の到着時期がわからないので、トウモロコシの播種を遅らせることもある。化学肥料を使わない農家も増えている。2012年と2015年に化学肥料の使用状況を聞いたところ、2012年には64%が施肥していたが、2015年には47%になっていた。その理由は、政府による補助金の削減や不安定な化学肥料の供給である。いずれにしても、人びとは希望通りに化学肥料を入手できないことで、化学肥料を用いたトウモロコシ栽培をやめるようになっている。それでは、S地区の人びとはどのようにして日々の食料を得ているのだろうか。

民族で異なる主食作物

州都ソルウェジから約300km離れているS地区は、カオンデという民族のチーフ(伝統的な首長)が治める領域にある。S地区を統治するチーフの先祖は、18世紀の終わりごろにコンゴ盆地南部にあったルバ王国から移動してきたといわれている(Jaeger 1981: 55)。その後S地区には、1970年ごろからルンダやルバレ、ルチャジ、チョークウェといったカオンデ以外の民族が移入しており、現在の民族構成はカオンデとカオンデ以外の移入者が半数ずつである。これらの5民族にはそれぞれチーフがおり、歴史的には互いに衝突・対立したり、統治されたりしたこともある。

カオンデは林のなかに親族を基本とした7世帯程度の小さな村をつくり、焼畑でモロコシやトウモロコシ、インゲンマメ、カボチャ、サツマイモなどを栽培して暮らしてきた。カオンデ以外の民族は焼畑を開墾し、キャッサバを中心にトウモロコシやインゲンマメ、カボチャ、サツマイモなどを混作してきた。現在でもカオンデはモロコシを、カオンデ以外の民族の移入者はキャッサバを栽培しており、好む主食作物が異なっている(原2016)。

キャッサバはイモが肥大すれば、いつでも収穫することができ、モロコシやトウモロコシに比べて安定した収量を見込めることから、他民族の人びとは年間を通して主食食料を確保することができている。一方で、カオンデが栽培するモロコシやトウモロコシの収穫期は決まっており、毎年1月から3月には作物の貯蔵量が少なくなる端境期が存在する。

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モロコシの稈を倒してから、穂を摘み取っていく

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毒抜き後のキャッサバのイモの表皮をむいて天日干しする

近年ではモロコシを栽培する人は減っており、多くのカオンデがトウモロコシに依存した食生活を送っている。収穫したトウモロコシの大半をFRAへ出荷してしまった農家は、貯蔵する食料が少なくなるとトウモロコシを購入する。しかし雨季にはトウモロコシは値上がりし、買うことも難しくなる。そのうえ端境期には現金も不足しており、主食食料を手に入れることが難しくなることもある。

カオンデ以外の人びとは、キャッサバやトウモロコシを組み合わせてシマを調理するが、カオンデはモロコシとトウモロコシに頼っているため、端境期にはシマの材料となるデンプン粉が不足することがある。そのときにはシマではなく、ゆでたカボチャやサツマイモを食べる。しかしザンビアの人びとは、毎食シマを食べることを基本としており、「シマがない」ことはひもじいことを意味する。シマを食べることができない世帯は、近隣の人びとから揶揄されることもある。

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穀物の端境期には、カボチャが貴重な食事となる

キャッサバによる地域のフードセキュリティ

カオンデのなかにもキャッサバを栽培する人はいるが、その面積は小さく、毎年のようにキャッサバを植えつけるカオンデはほとんどいない。そのため、穀物の端境期に主食食料が欠乏したカオンデは、他民族の友人からキャッサバを手に入れようとする。冒頭で取り上げたルーウィはルンダ、アイーダはチョークウェであり、毎年焼畑を開墾してキャッサバを育てているため、彼らの家には穀物の端境期である雨季になると、キャッサバを求めてカオンデの友人たちが訪ねてくる。ときにはS地区の外から見ず知らずのカオンデが訪れることもある。

2014年2月2日、ルーウィ夫妻の友人であるカオンデの男性カソンコモナが、収穫されたばかりのインゲンマメを携えてルーウィの家を訪ねてきた。おもにトウモロコシを栽培するカソンコモナは、収穫したトウモロコシの多くをFRAに出荷してしまい、食料の貯蔵が少なくなっていた。一方、ルーウィ夫妻はこの年インゲンマメの種子を入手できず、栽培していなかった。そこでルーウィ夫妻は、容量5リットルのバケツ2杯分の乾燥キャッサバを渡し、同じバケツ0.6杯分のインゲンマメを受け取った。

雨季は農繁期でもあり、畑での労働の報酬としてキャッサバを入手することもできる。2014年2月24日の朝、近所に住むカオンデの女性ムヤニがアイーダを訪ねてきた。トウモロコシとモロコシを栽培するムヤニは、主食食料の貯蔵が少なくなって困り、働くかわりにキャッサバを分けてもらえるよう相談しに来た。アイーダはムヤニにマウンド造りを手伝ってもらい、お礼にキャッサバの生イモを分けるという約束を交わした。ムヤニは午前中の2時間ほどでおよそ10のマウンドをつくって、直径70cm程度のタライに山盛りのキャッサバのイモを持ち帰った。ムヤニにとって労働と交換で、シマの材料となるキャッサバを手に入れられることは重要である。キャッサバを植えつける大きなマウンドをつくる作業は重労働であり、アイーダもまたムヤニの申し出をありがたく受け入れた。

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ムヤニに提供されたキャッサバのイモ

端境期に主食食料が欠乏するとき、他民族の人びとが栽培するキャッサバが、カオンデにとっても貴重な主食食料となる。カオンデはキャッサバを現金で購入するほか、現金がないときには、雨季に収穫できる副食材のインゲンマメや、ときには肉や魚とキャッサバを交換する。副食材もないときには、畑で働くことでキャッサバを手に入れる。

ザンビアでは、国家政策においてトウモロコシが重要な主食食料と位置付けられ、農家も政策にあわせて作物を選択している。しかしこのような状況のなかで、カオンデ以外の民族の人びとが政策にあまり影響されず、キャッサバの栽培をつづけることで、穀物の端境期にはキャッサバが食料をもつ者からもたない者へと提供されている。

おわりに――国家政策に依存しない村びとによるフードセキュリティ

ザンビア政府による農業投入財に対する補助金プログラムは、耕作面積の小さな農家の所得向上や規模拡大、食料確保を目的として実施されている。S地区のように輸送費のかかる遠隔地では、農家が補助金を利用せずに農業投入財を購入して、トウモロコシを都市の市場に出荷することは経済的に厳しく、補助金を頼らざるを得ない。しかしプログラムの内容は、そのときの政治状況に大きく左右され、小規模農家が食料不足に陥る側面も否定できない。

カオンデは数年に一度、焼畑を開墾して複数の作物を混作し、狩猟や採集、漁撈などを組み合わせて、みずから消費する食料や生活資材を獲得し、村内で分配して暮らしてきた(大山2011)。とはいえ、近年では都市から離れた農村でも、サラダ油や塩といった調味料、鶏肉やヤギ肉などの食材を購入することは日常であるし、衣類や子どもの教育費、都市への交通費といった支出も増えている。彼らにしてみれば、食料を確保することとともに、多くのトウモロコシを出荷して、より多額の現金収入を得ることも重要である。

ルーウィ夫妻は2013年までの毎年、キャッサバの焼畑を開墾するとともに、政府から配給される化学肥料を用いてトウモロコシを耕作していた。しかし度重なる化学肥料の遅配や不足、補助金の削減による実質負担額の上昇を理由に、化学肥料の購入をやめて焼畑でおもにキャッサバを栽培している。ルーウィは、トウモロコシ栽培には畝立てや除草、収穫物の運搬にも人を雇うので、支出が多すぎるという。FRAによる支払いは毎年のように滞っており、トウモロコシの出荷後、売上金の受け渡しを半年以上も待たされる年もある。これに対してキャッサバは、化学肥料を使わずに栽培でき、軒先や市場で販売して少額の現金収入を得ることもできるとルーウィ夫妻は話す。

ルーウィ夫妻のような他民族の人びとが、トウモロコシではなく、キャッサバ栽培に重きを置くようになる一方で、カオンデの人びとはしだいに労力のかかるモロコシをつくらなくなり、自家食料にも現金収入源にもなるトウモロコシの栽培に注力するようになった。もともとカオンデの土地であるS地区周辺の人口密度は、ザンビア国内で最も低い。開墾できる林は多く存在し、チーフが他民族の移入者を受け入れ、未開墾の土地を分配している。カオンデと他民族の移入者の耕作地は競合することなく、それぞれの主食作物を栽培することができている。

S地区では食料が不足するときには、栽培する主食作物が異なる民族のあいだで食料がやりとりされ、頼ることのできる民族間の関係が築かれているといえる。キャッサバによる地域のフードセキュリティは、カオンデのみで暮らすことでは実現しなかったのである。他民族の移入者がカオンデの土地で暮らしはじめ、移入者としての排除や受け入れ社会への同化を強要されなかったことで、民族ごとに農耕を営むことができ、農業政策に依存しない地域のフードセキュリティが、民族を超えて保たれている。

とはいえ、毎年のようにトウモロコシ栽培が政治の影響を受け、農家の生活不安につながる現在の状況は好ましいものではない。ザンビアでは大統領選挙の前年になると、現職の大統領が農村部の票集めのため、補助金の増額や迅速な化学肥料の供給をおこなうこともあり、農業生産が政治に左右される現状は変わりそうもない。このようななかで、作物の収量を増大させ、世帯の生計多様化によって現金収入を増やす努力だけでは十分な食料を確保することは難しい。現在の農業政策は、このような小規模農家の限界を補うように改善されていくべきである。

ザンビア政府は、これまでも何度もトウモロコシのみに頼る農業政策の改善を試みている。1930年代の食料不足の際には、植民地政府によって救荒作物としてキャッサバの栽培が奨励され、1970年代にもキャッサバの導入が議論されている。長いあいだ、キャッサバが重要なトウモロコシの補完食料として認識されているにもかかわらず、政府はトウモロコシのみに重点をおき、農業政策を策定してきた。

しかしザンビア政府は、本稿でみたような北西部州など地方の小規模農家がこれまでの農業政策を経験するなかで、キャッサバなどの多様な作物を食料としてきたことを前向きに評価し、政策に取り込んでもよいはずである。キャッサバやサツマイモ、カボチャなどの作物生産が奨励されることで、地域内で栽培される主食作物が多様になり、食料が欠乏する事態の回避につながる。都市や周辺国向けのトウモロコシ生産に偏るのではなく、キャッサバなどのほかの主食作物を含め、農業生産の支援をおこなっていく必要がある。

本稿で取り上げた民族間におけるキャッサバの融通にみられるように、世帯内では難しくとも、地域内で栽培する主食作物の多様性を保持することで、地域におけるフードセキュリティが確保される。農村の人びとの暮らしにあわせて農業生産の向上を目指すことで、人びとは国家政策のみを頼るのではなく、現在までアフリカ農村で培われた社会関係にもとづくローカルなフードセキュリティと組み合わせて暮らしを安定させることができる。

(本稿にかかる現地調査は、平成25~27年度日本学術振興会科学研究費補助金・特別研究員奨励費(13J02843)によって可能となった。)

参考文献

・大山修一2011. アフリカ農村の自給生活は貧しいのか? E-journal GEO 5(2): 87-124.

・原 将也2016. ザンビア北西部における移入者のキャッサバ栽培と食料確保. アジア・アフリカ地域研究16(1): 73-86.

・平野克己2013.『経済大陸アフリカ―資源、食糧問題から開発政策まで』中公新書.

・Jaeger, D. 1981. Settlement Patterns and Rural Development: A Human Geographical Study of the Kaonde Kasempa District, Zambia. Amsterdam: Royal Tropical Institute.

・Lukanty, J. and A. P. Wood. 1990. Agricultural policy in the colonial period. In A. P. Wood et al. eds., The Dynamics of Agricultural Policy and Reform in Zambia. Ames: Iowa State University Press, pp. 3-19.

・Mason, N. M. et al. 2013. Zambia’s input subsidy programs. Agricultural Economics 44(6): 613-628.

・McCann, J. C. 2010. Stirring the Pot: A History of African Cuisine. London: C. Hurst and Co. (Publishers) Ltd.

・Namonje-Kapembwa, T. et al. 2015. Does Late Delivery of Subsidized Fertilizer Affect Smallholder Maize Productivity and Production? Lusaka: Indaba Agricultural Policy Research Institute.

プロフィール

原将也地域研究、地理学

京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科。博士(地域研究)(2017年9月)。2011年よりザンビア北西部の農村で、焼畑を営む農耕民の生業形態に関するフィールドワークを実施している。最近では複数の民族が混住する農村において、他民族が移入してきた経緯を調べるとともに、民族の異なる先住者と移入者の関係性についても調査している。おもな論文として「アフリカ農村における移入者のライフヒストリーからみる移住過程―ザンビア北西部の多民族農村における保証人に着目して」(E-journal GEO 12巻1号)など。

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