2017.10.12
DACA廃止の合理性を問う
子ども時代家族に連れられ不法滞在者に
ドナルド・トランプが選挙戦中に争点化した問題の中でも、不法移民問題は最も注目を集め、国論を二分した争点だといえるだろう。今日のアメリカには1100万人を超える不法移民が居住しているとされるが、トランプ支持者は不法移民を国外退去処分にするよう求めている。だが、不法移民対策の中でもドリーマーと呼ばれる人々に対しては、どのような対応を採るべきか、議論が分かれている。
ドリーマーとは、子どもの時期に家族等に連れられてアメリカに入国し、今日不法滞在をし続けている人をさす言葉である。不法に国境を越えて入国してきた場合もあれば、ビザの期限が切れた後にも居住し続けている場合もある。彼らは法的に見れば不法滞在中であるため、強制送還されるのではないかという恐怖と常に戦っている。彼らの中には外出中に法執行機関の人々に合うのを恐れて、可能な限り外出を控えようとする人もいる。
だが、そもそも不法に入国・滞在することになった原因は成人の家族によって作られたと考えられる。そのため、本人に責任を負わせるのは妥当ではないと考える人は多い。彼らは長期にわたってアメリカにいることからアメリカ人としてのアイデンティティを持っていることも多く、出身国の言語を話すことができない場合もあるからである。
アメリカでは、彼らの救済を目指して、ドリーム法と呼ばれる法案(Development, Relief, and Education for Alien Minors Actの頭文字をとっている)がしばしば提出されている。ドリーム法は、州法として提案される場合は、州内で初等・中等教育を終了した不法滞在者が州立高等教育機関に通う際に、他の一般州民と同様の割り引いた授業料を適用することが目指されている(アメリカでは子どもは不法滞在中であっても初等・中等教育を受ける権利が認められている)。連邦レベルでは、教育問題に加えて、合法的滞在を許可することも含めて議論されている。
救済法案を巡って
バラク・オバマ政権期にも、ドリーム法、並びに、より対象を広げて不法移民に合法的な滞在許可を与えるための立法を図る試みは行われていた。ただし、不法移民対策は党派を横断する争点でもあり、彼らに合法的な地位を与えるための立法化には困難を伴った。とりわけ共和党は、比較的安価で働くと予想される彼らに合法的な滞在許可を与えることに積極的な企業関係者を有力な支持基盤とする一方で、ティーパーティ派などはそのような試みに明確に反対していたため、まとまった行動をとることができなかった。
連邦議会での立法化の可能性が低いと考えたオバマ大統領は、これらの問題に行政命令で対応する戦略をとった。オバマは2012年と2014年の二度にわたり、不法移民をめぐる行政命令を出している。
2012年に出した行政命令はドリーマーを対象としたもので、通常DACAと呼ばれている。16歳の誕生日より前に入国した31歳未満の不法滞在者で、既に5年以上継続してアメリカに居住している人のうち、重罪を犯していないなど一定の要件を満たしている者に合法的滞在と労働を認めるものである。これは2年ごとの更新制とされていて、オバマは恒久的な立法がなされるまでの暫定措置と説明している。
また、2014年に出した行政命令は、DAPAと呼ばれている。これはドリーマーの親で不法滞在中の人や、アメリカ市民の親で不法滞在中の人にも対象を広げようとするものである。アメリカでは不法滞在中の人や旅行中の人が国内で子どもを産んだ場合でも、子どもはアメリカ国籍が取得できることになっているので、その対象者は多い。アメリカ市民と合法的滞在者の親で不法滞在中の者は約370万人と見積もられていて、彼らに、合法的な滞在許可と労働を許可することがその内容とされていたのである。
オバマが行政命令を出す根拠として挙げたのは、議会が移民法を執行するのに十分な財政的資源を政府に与えていないことだった。議会から割り当てられている予算ではすべての不法滞在者を退去処分にすることはできないため、処分を行うための優先順位を示すべく行政命令を出したというのである。
しかし、国外退去処分を猶予して彼らの滞在を認めることは大統領に認められた行政権の一部だとしても、彼らに労働の許可を与えることは行政権の範囲を超えて連邦議会の持つ立法権を侵害しているという批判は多い。実際、オバマ自身も当初は、そのような措置は行政権の不当拡大になってしまうからこそ、立法措置が必要だと述べていたほどである。そして、ドリーマーを対象とするDACAについては容認してもよいと考えていた人々もDAPAについては許容できないとして、テキサス州をはじめとする26州が連邦裁判所にDAPAの差し止め要求を出し、連邦裁判所もDAPAの執行停止を認めた。そして、トランプ政権の成立を受けてテキサス州などが、トランプがDACAを中止しない限り裁判所に差し止めを求めて提訴すると主張するようになっていた。
このような中で、2017年9月、トランプはDACAの中止を発表した。トランプ支持者はこの決定を当初強く支持したし、オバマをはじめとする民主党関係者は、トランプ政権を強く批判する声明を出した。しかし、驚くべきことに、トランプはその後、民主党のチャック・シューマー上院院内総務、ナンシー・ペロシ下院院内総務と話し合い、国境警備強化と引き換えに、ドリーマーの強制送還を猶予し、合法的滞在許可を与える政策を法制化することで合意した。なお、ここでいう国境警備強化には米墨国境の壁建設は含まれていない。
トランプと民主党指導部によるこの取引は、連邦議会共和党をバイパスして行われたものだった。DACAと同内容の法律を作ること、そして、その取引条件に壁建設を含めないことは、トランプ支持者を驚愕させた。また、ミッチ・マコーネル上院多数党院内総務やポール・ライアン下院議長など共和党主流派は、トランプと民主党指導部の合意に困惑している。他方、民主党はこの取引を好意的にとらえているものの、トランプがドリーマーに永住権は認めても市民権は与えないと発言していることについては、不満を表明している。
揺れるドリーマーの地位
ドリーマーやDACAについては、世論も複雑な反応を示している。
9月初旬に行われたEconomistとYouGovによる調査では、DACAプログラムを容認する人が55%で容認しないのが27%となっている。民主党支持者の70%、無党派層の53%、共和党支持者の43%が容認の立場を示しているが、昨年の大統領選挙でトランプに投票した人で容認の立場を示しているのは34%である。
これとほぼ同時期に行われたPoliticoとMorning Consultによる調査では、ドリーマーに対する態度を確認している。これによれば、58%の人がドリーマーに合法的な滞在許可を与えるのみならず、一定の条件を満たせば市民権を与えてよいと回答している。他に、18%の人が市民権を与えることには反対するものの、合法的な滞在許可を与えることには賛同している。合わせて76%がドリーマーがアメリカ国内に居住し続けることを容認していることになる。他方、ドリーマーを退去処分にするべきだと主張しているのは15%に過ぎない。
なお、ドリーマーに国内での滞在を認める人々は、民主党支持者の84%、無党派層の74%、共和党支持者の69%、そして、トランプに投票した人の中でも3分の2に及んでいる。大統領になって以降のトランプのパフォーマンスを強く支持している人の中でも、60%がドリーマーに滞在許可を与えることを支持しており、退去処分に処するべきだとするのは33%に過ぎない。
以上二つの調査をまとめると、世論全般にせよ、共和党支持者にせよ、トランプ支持者にせよ、DACAについては支持が相対的に低いものの、ドリーマーの合法的滞在は容認する声が強いということができる。DACAがドリーマーへの対応であることを考えると、共和党支持者、とりわけトランプ支持者の間でDACAへの支持が低いことは、DACAが民主党のオバマ政権による行政命令として出されたことへの不満、あるいは、DACAが行政の不当な拡大であるという認識が現れたものと見ることができるのかもしれない。
また、この両調査からは、トランプ大統領にとっての最適解は、DACAを廃止するとともに、ドリーマーに合法的地位を与えるための立法を連邦議会に要請するということになる。今回のトランプ大統領のDACAへの対応は、世論の状況を考えれば合理的だといえるだろう。
トランプは、DACAを廃止した後も半年間はドリーマーへの強制送還等を行わないと宣言するとともに、その期間中に代替法案の立法化を行うよう議会に要請している。ドリーマーの人たちは、仮に代替法案が成立しない場合、DACA申請時に提供した個人情報が強制送還のために用いられるのではないかとの不安を感じている。DACAを中止したトランプがDACAと同内容の行政命令を出すことは考えにくいので、DACA代替法案の早期成立はドリーマーにとって死活問題である。
では、DACA代替法案の立法化は今後実現するのだろうか?
ドリーマーへの合法的滞在許可を世論が強く支持していることを考えれば、連邦議会が立法化を進めるのは自然だと考える人もいるかもしれない。しかし、現実にはいくつかの乗り越えなければならない問題が存在する。
第一に、議事日程の問題がある。しかし、現在のアメリカでは、連邦予算の債務上限問題やオバマケアをめぐる問題、ハリケーンへの対応など課題が山積しており、連邦議会がどの課題に優先的に取り組むかは未定である。他の政策との兼ね合いで取引の素材とされる可能性もあり、世論の支持が高いから自動的に優先的に取り扱われると考えるわけにはいかない。
第二に、トランプが共和党指導部をバイパスして民主党指導部と取引したことに対する反発をどう考えるかという問題がある。党派対立が激化している今日では、このような取引は驚きである。もっとも、アメリカの人口動態の変化を考えれば、共和党指導部も中長期的には中南米系の支持を確保したいという思惑があり、DACA代替法案を通過させておきたいと考える可能性は高い。しかし、トランプと民主党主流派が先に合意に達したことで、中南米系の支持は共和党に向かなくなる可能性がある。共和党指導部はDACA代替法案を議会で多数を占める共和党の功績として通過させたかったであろうことを考えれば、この段階で立法化に向けてどれほど熱心に取り組むかは不明である。
第三に、共和党議員、とりわけ下院議員がDACA代替法案にどう取り組むかもわからない。彼らにとっては、世論一般の支持よりも自らの選挙区における支持の方が重要であり、来年の中間選挙を控えて、彼らは自らの再選可能性を高めることを最優先して立法行動をするはずである。現職の共和党議員の選挙区は、相対的に見て中南米系有権者が少ないところが大半である。同法案について、選挙区で心情の点では一定の支持があったとしても、その立法化に向けて尽力しなくとも有権者から強い反発を招くわけではないという状況になれば、DACA代替法案の実現に向けて積極的に動かない可能性がある。
このように、DACA代替法案の行方は必ずしも楽観できない状況にある。
その一方で、DACA代替法案は、連邦政界にとっては重要な意味を持つ可能性がある。近年の二大政党政治は、イデオロギー的分極化の度合いが高くなるとともに、政党間対立が激化したことによって、超党派的立法が実現する可能性が極めて低くなっている。この中で、伝統的な議会対策にとらわれないトランプ大統領が、連邦議会共和党の頭越しに民主党と合意したことをきっかけとして、超党派立法が行われる可能性がある。立法上の取り組みの陰で二大政党の間に合意のための信頼関係が形成されていく可能性があるとするならば、ひょっとするとトランプ大統領が二大政党の分極化と対立状況を避けるために重大な貢献をしたと後々評される可能性も出てくるかもしれない。予期せぬ形で争点として浮上したDACA代替法案の行方に注目する必要があるといえるだろう。
プロフィール
西山隆行
東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了、博士(法学)。現在、成蹊大学法学部教授。主著として、『アメリカ政治入門』(東京大学出版会・2018 年)、『アメリカ政治講義』(筑摩書房・2018 年)、『移民大国アメリカ』(筑摩書房・2016 年)、『アメリカ型福祉国家と都市政治―ニューヨーク市におけるアーバン・リベラリズムの展開』(東京大学出版会・2008 年)、『アメリカ政治』(共編著、弘文堂・2019年)など。