2025.07.28

規格外の野菜を都市部に届ける──食品ロスを価値に変える「Farmers Pick」(オーストラリア)
「食べ物は十分にある。なのに飢える人がいる」
──この矛盾は、どこから生まれているのでしょうか。
世界ではいま、年間およそ13億トンの食料が廃棄されています(FAO, 2021 )。
その一方で、2023年時点で約9億人が、慢性的な栄養不足(飢餓)に苦しんでいます(FAO/WHO/UNICEF, 2023)。
食料は存在する。けれど、それを必要とする人びとの手に届いていない。
これは、生産や輸送の問題だけではなく、私たち一人ひとりの「選び方」の問題でもあります。
とくに野菜や果物の世界では、「見た目」が流通の可否を分けます。
曲がったきゅうり、傷のついたりんご、かたちの不揃いなジャガイモ。
そうした「醜い食材」は、味も栄養も変わらないにもかかわらず、スーパーの棚には並びません。
美しさと均質性を求める消費の論理が、「食べられるはずのもの」を捨てているのです。
この不合理に立ち向かったのが、今回紹介するオーストラリアのスタートアップ「Farmers Pick」。
彼らは、農家で廃棄される規格外の野菜を都市部に届ける、シンプルな仕組みをつくりました。
ビジネスとしても急成長し、2025年には顧客2万5千人、従業員150人を抱える企業へと育っています。
しかも、クラウドファンディングを通じて、「共感で支える会社」をつくりあげたのです。
これはたんなる「フードロス削減」の物語ではありません。
食と倫理、経済と地域、そして日々の消費行動の変容にまでつながる、深く静かな革命の記録です。
オーストラリアにおける食品ロスの構造
広大な農地と先進的な農業技術をもつオーストラリア。
一見すると、食料供給の課題とは無縁に思えるかもしれません。
しかし、実態は意外にも深刻です。
オーストラリアでは毎年、およそ760万トンの食品が、供給チェーン全体で廃棄されています(End Food Waste Australia, 2021)。
その経済的損失は約36.6億豪ドルにのぼります。
国民一人あたりでは年間およそ312キログラム。
──つまり毎週、およそ一袋分の食料を無駄にしている計算になります(FIAL, 2021)。
食品廃棄のうち大きな割合を占めるのが、「農場レベルでのロス」です。
市場に出す際には、かたちや大きさ、色の均一性など、厳格な基準が設けられています。
たとえ、味や栄養に問題がなくても、「見た目」だけで多くの作物が破棄されます。
とくに果物や野菜では、初期生産段階でのロスのうち、約80%が本来食べられる品質です(FIAL, 2021)。
これらの規格外品は、出荷の手間に見合う価格がつきません。
そのため、そのまま畑に放置されるか、飼料や堆肥に回されています。
この構造的なロスは、農家にとっても都市の消費者にとっても、「見えにくい損失」です。
農家は廃棄によって収益の一部を失い、消費者はその分の流通コストを上乗せされた高い価格を支払う。
一方で都市部では、物価高騰や家計の圧迫により、低所得世帯を中心に「十分に食べられない」状態=フード・インセキュリティが拡大しています。
Foodbankの調査によれば、2022年には約200万世帯が「深刻な食料不安」の状態にあり、さらに約52万世帯が毎日食料不足に直面しています(Foodbank Hunger Report 2022)。
つまりオーストラリアでは、食べ物が「捨てられる場所」と「足りなくて困る場所」が共存しているのです。
この不均衡を可視化し、新たな接続を試みたのが「Farmers Pick」です。
Farmers Pickのビジネスモデル
2020年、メルボルン郊外に拠点をおくスタートアップ Farmers Pick は、「醜いけれど新鮮で美味しい」野菜や果物を、都市の家庭に届けるサービスを開始しました。
創業者は Josh Ball と Josh Brooks-Duncan。
ふたりは大学時代に出会い、それぞれ経済・金融とサプライチェーン管理を専攻していました。
食品ロスやサステナビリティへの関心から、「見た目の理由で廃棄される野菜や果物」が生む環境負荷と、経済的ロスの大きさに着目したのです(The Australian, 2025年)。
Farmers Pickの仕組みはシンプルです。
提携農家から、「規格外」とされる野菜や果物を買い取り、自社施設で箱詰めしたのち、都市部の家庭へ定期配送します。
現在では、週に数千のボックスが出荷されており、価格はスーパーマーケットの一般価格よりも20〜30%安く設定されています(Farmers Pick公式サイト)。
2025年時点での実績も目覚ましく、顧客2万5千人、従業員150人を抱え、年間成長率222%という驚異的な成長を遂げながら、すでに黒字化を達成しています(The Australian, 2025年)。
注目すべきは、その資金調達方法です。
Farmers PickはVC(ベンチャーキャピタル)による拡大路線ではなく、クラウドファンディングを通じて、価値観を共有する市民から資金を集める道を選びました。
「この事業は利益の最大化ではなく、共通の価値観に支えられてほしい」と創業者たちは語っています。
企業の成長に伴い理念が揺らぐことへの警戒感が、この選択の背景にありました(同上)。
配送された“ugly produce”(見た目が悪い農産物)は、鮮度も味も申し分なく、多くの利用者が「むしろ味が濃い」「子どもが野菜を食べるようになった」といった反応を寄せています(The Australian, 2025年)。
とくに、家庭での食生活を見直す機運が高まるなか、Farmers Pickのサービスは「暮らしの質を高める選択肢」として支持を集めています。
農家からの評価も高く、「廃棄を減らし、収益を多様化できた」「買い手と直接つながる新たなチャネルができた」といった声が寄せられています(Farmers Pick公式サイト)。
都市と生産現場のあいだで、これまで見過ごされていた「捨てられていた資源」を循環させることで、新たな経済とつながりが生まれているのです。
食べることの倫理と経済の再構築
Farmers Pickが示したのは、食品廃棄という課題に向き合う新たな「視点」でした。
たんなるテクノロジーでも、物流効率の追求でもなく、「どんな野菜を買い、どんな企業を支えるか」という消費者一人ひとりの選択にこそ、社会を変える力が宿る。
──その信念を、彼らは行動で示しました(Farmers Pick公式ブログ)。
「かたちが不揃いでも、それは同じ命であり、同じ価値をもつ」
こう述べてFarmers Pickは、「形が悪いもの=価値がない」という前提を覆しました(HortiDaily, 2023年)。
こうした価値転換は、環境面への好影響も生み出しています。
オーストラリアでは、食品廃棄が温室効果ガス排出量の約8.5%を占めています(Farmers Pickブログ)。
食べられるのに捨てられてきた農産物を活用することが、結果的に、フードロスと気候変動対策の両面で効果を発揮しています。
捨てられるはずだった野菜や果物が、人と人をつなぎ、地域と都市を結び、社会に新たな意味をもたらす。
Farmers Pickの物語は、小さく見えて、とても大きな問いを私たちに投げかけています。
「なぜ食べられるものが捨てられるのか?」
「なぜ見た目だけで価値が決められるのか?」
「私たちはどんな社会を選び、消費しているのか?」
この事例が教えてくれるのは、「正しさ」を押しつけるのではなく、日常にある「選択」が社会に変化をもたらすという希望です。
消費者の一人ひとりが、どんな野菜を選び、どんな企業を支えるか。
それが、小さな行動であっても、価値観を揺さぶる力になると、Farmers Pickは伝えています(Inclusive Loops: The Crucial Role of Social Enterprises in the Circular Economy, TechnoServe 2023)
Farmers Pickの仕組みは、オーストラリア国内の事例です。
しかし、東南アジアのように急激な都市化と食料不安が進行している地域でも、同様の「都市-農村をつなぐ循環型食インフラ」の必要性が高まっています。
たとえば、インドネシアの農村で廃棄される食材を都市の家庭に届ける、あるいはフィリピンの都市部で未利用野菜を活用した供給モデルを構築する。
そんな「選択」によって、地域を変える可能性があるのです(Food Loss and Waste in Southeast Asia, Greennetwork 2023)
このような循環モデルは、技術的に高度なイノベーションに頼る必要はありません。
インターネットと物流ネットワーク、共感によるコミュニティづくりがあれば、小さな規模でも構築可能です。
都市と農村を、「廃棄されていた食の循環」でつなぐ。
──これは、見えにくくなった「食の風景」を取り戻し、私たちが何を食べ、どんな未来を選ぶのかという問いに、新たな視点を差し出しているようです。
Farmers Pickの旅は、アジア太平洋地域のどこかで、次の一歩として引き継がれていくかもしれません。
プロフィール

芹沢一也
1968年東京生。
慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。
・株式会社シノドス代表取締役。
・シノドス国際社会動向研究所代表理事。
http://synodoslab.jp/
・SYNODOS 編集長。
・SYNODOS Future編集長。
https://future.synodos.jp/
・A Quiet Traceクリエーター
instagram.com/kazuyaserizawa_aqt/
・シノドス英会話コーチ。
https://synodos.jp/english/lp/
著書に『〈法〉から解放される権力』(新曜社)など。