2024.10.28
2024年衆議院選挙、自民党敗北の一因――強い保守層の離脱
今回の衆議院選では自民党が大幅に議席を減らし、過半数を割り込んだ。政権与党が選挙に敗れる原因は、与党の政策の失敗か大きな政治的スキャンダルであることが通例である。今回も例外ではなく、物価上昇と賃金の停滞など自民党の政策面での失敗と、不記載問題(裏金問題)への批判が敗北の原因であることは衆目の一致するところであろう。
さらに、今回はそれに加えて、総選挙の直前に総裁選があり自民党の総裁が僅差で高市氏ではなく石破氏になったという事件があった。このとき、高市氏が敗れたことに失望して自民党支持を止めるという声がネットに流れたことがある。
本稿の課題は有権者への事前のアンケート調査で、これら敗北の要因の定量評価を行うことにある。結論を先に述べておくと、政策の失敗、不記載問題、高市落選への失望の3つの要因はいずれも働いている。このうちこれまでにない要因として注目すべきは、高市落選への失望効果であろう。
高市氏が総理であると比例区での自民党の得票率が5%ポイント高まる効果がある。また今回の選挙で自民党から離れた有権者のうち4割の人が、高市氏が総理になればふたたび自民党に投票すると答えている。この事実は、この選挙で、自民党支持者の中でもとくに保守的な層が自民党から離れてしまったことを意味する。
1.自民党への投票
調査は投票前の2024年10月16日に行われた。石破総理が不記載(裏金)議員を公認しないと宣言したのは10月初旬なので、調査時点で回答者は不記載議員のうち12人が非公認になるのを知っている。調査会社はFreeasyで、18歳から79歳まで年齢・性別均等割りで集めた5000人のうち、チェック設問を通過した4349人が対象者である。
小選挙区では選挙区ごとの特殊事情が出やすいので、比例区でどこに投票するかを聞くことにする。まず、前回の総選挙で比例区はどこに投票したかを尋ね、次に今回は比例区でどの党に投票するつもりかを聞いた。結果は図1の上の二つのバー、A)とB)である。
前回自民党に投票した人は27.3%であり、今回自民党に投票すると答えた人は20.9%であった。6.4%(=27.3-20.9)の低下であり、これだけの人が自民党から離脱したことになる。この低下は自民党のここまで政策への批判と、不記載問題への批判、そして高市落選への失望の3つが合わさった結果である。
図1
ただ、不記載(裏金)問題によるマイナスは、不記載議員12人を公認しなかったことで、ダメージが弱められている可能性がある。このダメージコントロールの大きさを見るために、仮に石破氏がこの措置を取らず、全員を公認していたらどうするかという仮定の質問を試みた。下記が設問文である。
「今回、選挙前に石破総理は、政治資金の不記載議員(いわゆる裏金議員)12人を非公認にし、残りの議員も比例での重複立候補を認めないという措置をとりました。仮に石破総理が、この措置を取らず、全員を公認していたらあなたはどうするでしょうか。そうなったとしてあなたが比例で投票する政党をお答えください。」
その結果は図1のC)であり、比例で自民党に投票するのは17.3%と、さらに3.6%ポイント低下する。比例で3.6%ポイントは大きな値であり、全員を公認していたら自民党はいま以上の惨敗になっていた可能性が高い。石破政権が党内融和を無視して直前に12人の非公認に踏み切ったのは、このことを察知したからと推測できる
最後に高市落選の効果を見るために、仮に総理が高市氏だったらどこに投票するかを聞いてみた。ただし、高市氏は推薦人に不記載議員が含まれ、安倍継承を自任することからわかる通り、元安倍派の不記載議員を公認すると思われる。そこで、そのことを明示して尋ねた。設問は次のとおりである。
「今回、選挙前の総裁選では石破氏と高市氏が争い、石破氏が勝って総理になりました。仮に高市氏が勝って、高市氏が総理になっていたら、どうでしょう。そのとき比例はどこに投票するでしょうか。なお、高市氏は不記載の議員(裏金議員)全員を公認すると仮定します。」
結果は図1のD)である。22.6%の人が比例区で自民党に投票すると答えている。前回選挙のA)には及ばないが今回の選挙の想定例B)~D)のなかでは最も高い。不記載議員全員を公認するという不人気の政策を仮定してなおこの数値は驚くべき高さである。C)とD)違いは、総理が石破氏か高市氏かだけの相違なので、高市氏は比例での得票率を、石破氏に比べて5.3%ポイント(=22.6-17.3)増やす効果があることになる。
このような高市氏ゆえに投票の押し上げ効果、いわば高市効果はなぜ生じているのだろうか。高市氏は安倍継承を公言していることから考えて、石破氏より保守色が強い。したがって、今回自民党からはとくに保守色の強い有権者が離れたのではないかという推測が成り立つ。次にこれを確かめてみる。
2.自民から離脱した人たちはどんな人たちか
まず、保守かリベラルかの政治思想を測る指標が必要である。ここでは筆者が何度も使ってきた次の指標を用いる。保守リベラルで意見が分かれそうな政治的争点を10個述べてそれへの賛成か反対かを答えてもらう。用意した争点は次のとおりである。
1* 憲法9条を改正する
2 社会保障支出をもっと増やすべきだ
3 夫婦別姓を選べるようにする
4 経済成長と環境保護では環境保護を優先したい
5 原発は直ちに廃止する
6* 国民全体の利益と個人の利益では国民全体の利益の方を優先すべきだ
7 政府が職と収入をある程度保障すべきだ
8* 学校では子供に愛国心を教えるべきだ
9* 中国の領海侵犯は軍事力を使っても排除すべきだ
10* 男女の特性を生かした性別役割分業には良い面もある
これらに対し、そう思うか思わないかを5段階で答えてもらう。回答に応じて1点から5点まで点数を振り(その際、上記意見の1,6,8、9,10は保守側、他はリベラル側の意見なので保守になるほど値が大きくなるように方向を合わせて点数を振る)、その合計点をとると、政治思想の度合い(保守度合い)が測定できる。
このようにして得た政治思想の評価値の分布を、今回の選挙で自民党に入れるのを止めると答えた離脱者と、今回も自民党に投票すると答えた連続投票者に分けて描いてみよう。すなわち、A)とB)の差の部分の人(404人)と、B)の人(784人)について政治思想の分布を描いてみる。結果は図2のとおりである。
図2
横軸は政治思想で右にいくほど保守に左に行くほどリベラルである。縦軸は頻度であり、その政治思想の人の割合を表す。本来はヒストグラムで表すところであるが比較がしやすいように曲線で結んだ。横軸の政治思想は標準化してあるので、0点が平均値であるが、このグラフは自民党支持者あるいはその離脱者を描いているので、0点から右側に厚く分布している。
青の線が前回自民党に投票したが今回は投票しないと答えた離脱者であり、オレンジ色の線が前回自民党に投票し、今回も投票すると答えた継続投票者である。二つを比べると、左側と右側で離脱者が継続投票者を上回っている部分がある。図の点線で囲まれた部分がそれで、青色の線がオレンジの線を上回っていることから、その領域の人々が多く離脱したことになる。
左側の離脱は自然に理解できる。左側の人はリベラル的な思想の持ち主であり、何か問題があれば自民党の支持を取りやめるのは自然だからである。注目に値するのは、右側であり、保守思想の強い人も自民党から離脱していることである。すなわち、今回の選挙で自民党支持から離脱した人の中には、より保守色の強い人たちが多く含まれている。
そして離脱者全体としては後者の方が優勢である。離脱者と継続投票者の政治思想の平均値を比較すると離脱者0.553と継続投票者0.259となって、離脱者の方が保守思想が有意に強い。したがって、自民党を離脱したのは保守思想のより強い人と言ってよい。
これは異例な事態である。強い保守思想の持ち主は岩盤保守と呼ばれて本来は自民党を支持し続けるはずであるが、今回はそれが離脱しているからである。
この異例な事態はなぜ生じたのか。そのひとつの解釈が、すでにのべたように、強い保守である高市氏が総裁にならなかったことに失望したからというものである。ただ、この解釈はかなりアクロバティックである。自分たちの望む政治家がその党のトップに立たなかったからと言って、その党への投票自体をとりやめるのは過剰な反応にも思える。本当にそうであるかは検討を要する。以下、さらに検討を試みよう。
3.離脱者の離脱理由
図1のA)とB)の差、すなわち前回は比例区で自民党に投票したが、今回は投票しないと答えた人のことを詳しく調べよう。人数としては404人である。このなかに高市氏の総裁落選への失望から離脱した人がいるだろうか。これを調べるため、この404人に再度調査を実施し、200人から回答を得た(実施は10/18)。
まず、投票先を自民党以外に変えた理由を彼らに直接に聞いてみよう。図3がその結果である。1の「不記載問題(裏金問題)」と、2の「政策が支持できない」は通常言われる理由で、いずれも3割ほどである。通常言われる自民党の敗北理由は確かに存在する。
図3
高市氏の総裁落選への失望が理由で自民党から離れた人がいるとすれば、3か4を選ぶだろう。4の「高市氏を支持しているから」というのは直球でそのまま該当する。この回答は異例であり、高市氏を支持しているのに、高市氏の所属する自民党に投票しないと言うのは奇妙な行動であり、落選の失望感でしか説明がつかない。
ただ、論理的には奇妙であり心理として違和感がある。その場合は、投票しない理由として3の「石破氏を支持できないないから」を選ぶと考えられる。高市氏は石破氏と争ったからである。石破氏を支持できないのには他の理由も考えられるため、3のすべてが高市氏落選の失望効果ではないが、かなりの人がここに含まれているだろう。高市氏落選に失望して自民党支持を止めた人は4と3の一部であり、あわせればそれなりにいることが示唆される。
ただ、このように直接理由を聞く方法には限界がある。そもそも保守思想が強いがゆえ、高市氏落選に失望して自民党に投票しないというのは、行動としてねじれが加わっており、直接に理由を尋ねても捕捉しにくい。そこで、捕捉する方法として仮想的な質問を行おう。
仮に今後、高市氏が総裁になったらどうするかという仮想的な質問をしてみる。不記載問題や全般的な自民党の政策に不満で自民党から離れたのであれば、高市氏が総理になったからといって自民党に戻ることはないだろう。しかし、高市氏落選に失望して自民党から離れたのであれば戻ってくる。これを聞いてみたのが図4である。同時に他の政治的意見への見解もたずねてある。
図4
図4の一番下の6をご覧いただきたい。6は「総理が高市氏になればもう一度自民党に投票しても良い」という意見に、そう思うかどうか尋ねたものである。「そう思う」と「ややそう思う」をあわせると40.5%(=26.0+14.5)に達し、実に4割の人が、総理が高市氏になれば自民党に戻っても良いと答えている。
この4割という値は、他の項目での自民党への厳しい態度と比較して見ると、驚くほど高い値である。図4を見ると、自民党離脱者の自民党への不満・批判は高い。たとえば1を見ると、離脱者のうち7割の人は、石破氏が12人を非公認とした処分は不十分で、全員を非公認にすべきと考えている。4で8割の人が自民党はもう政治とカネの問題を解決できないだろうと考え、5を見ると5割の人は政権交代を望んでいる。それほどまでに今回の離脱者の自民党への見方は厳しい。
それにも関わらず、高市氏が総理になったら4割の人はもういちど自民党に投票しても良いと答えている。この4割という数値は他の項目での自民党への厳しい見方と比較する時、予想外に高い値と言わざるを得ない。高市氏の求心力は高い。高市氏には今回の選挙期間中に応援演説の申し込みが殺到したというが、それはこのような現実を候補者が肌感覚で知っていたからであろうと推測できる。
まとめると、自民党の敗因は、不記載問題、政策への批判、この二つに加えて高市総裁選落選への失望効果もあったと考えられる。最後の要因は、別の言い方をすると自民党が強い保守からの支持を失ったということである。強い保守は本来は少々のスキャンダルでも自民党を支持し続ける安定層のはずである。それが今回は離れたこと、これが歴史的大敗の一つの理由であろう。
5.含意
本稿の結論は次の一文にまとめられる。自民党の総選挙敗北の原因は、不記載(裏金)問題と政策の失敗に加えて、高市氏を総裁にしなかったことで強い保守から支持を失ったことにあると考えられる。
では高市氏が総裁選で勝って総理になっていたら自民党は敗北しなかったと言えばそうではないだろう。なぜなら高市氏は不記載(裏金)議員を公認すると考えられるからである。図1でいえば、ケースD)が実現し、その時の得票率はケースB)よりほんの少し(1.7%ポイント)高いが、違いはわずかである。程度の差はあれ自民党の敗北は避けられなかった。違いは旧安倍派の議員が集中的に議席を失ったことであり、これを“浄化”ととるか、それとも“党内に無用の傷跡を残した”ととるかは人によるだろう。
政治現象としての含意は、自民党が右派の支持を失って選挙に敗れることがありうることが示されたことであろう。これまで自民党の右側には目立った政党がないため、保守思想の人には自民党しか選択肢がなかった。ゆえに自民党はいくらリベラル方向に政策を広げていっても保守派の支持を失うことを心配せずに済んだ。
自民党がLGBT+や同性婚など保守派が慎重な問題にも歩み寄っていったのは、いろいろ文句は言っても、まさか彼らが自民党に投票しなくなくなることはあるまいと思っていたからであろう。しかし、知らないうちに閾値を超えてしまい、そのことが高市落選をきっかけに露わになって離脱を招いたと考えられる。
分析上の含意としては、ネット上での政治言説に一定の量的裏付けがありえることを示したことに意義がある。高市氏が総裁選でやぶれたとき、自民党に失望したのでもう自民党を応援できないという書き込みがネットになされた。しかし、ネットに書き込みがなされただけで大きな政治運動になったわけではないし、そもそもネット上での声はごく一部の人の声であり吹けば飛ぶような紙のようなもので、世論とは言えないことが多い。多くの人はそう思い、気にもかけなかったのだろう。
ところが、今回のケースでは高市敗北を理由とする自民党からの離脱はある程度量的な広がりを持っていた。ネット上の政治言説が量的な広がりを持つことがありうることを示したことでも意義がある事件であったと言えよう。
プロフィール
田中辰雄
東京大学経済学部大学院卒、コロンビア大学客員研究員を経て、現在横浜商科大学教授兼国際大学GLOCOM主幹研究員。著書に『ネット炎上の研究』(共著)勁草書房、『ネットは社会を