2016.10.01
日本の眼科治療は世界から20年遅れている――『やってはいけない目の治療』
15万件もの手術経験を持つ日本一の眼科外科医・深作秀春氏。彼は日本で初めてレーシック手術を行った医師としても知られ、院長を務める深作眼科は「眼の手術ランキング」で全国1位をたびたび獲得している。そんな“スーパードクター”が、日本の眼科治療に警鐘を鳴らしている。
「日本の眼科治療は世界から20年遅れている。日本の眼科治療には非常識な常識が罷り通っているのです」
どうして非常識な常識がはびこるのか? 深作氏は初めて書いた一般向けの著書『やってはいけない目の治療 スーパードクターが教える“ほんとうは怖い”目のはなし』(KADOKAWA)で眼科に関する誤った常識を一刀両断し、正しい情報、世界の最先端の治療法を紹介している。(角川書店編集部)
水道水で目を洗ってはいけない
たとえば、水道水で目を洗うことに抵抗のある人は少ないと思います。むしろ気持ちがよくてすっきりするという人のほうが多いのではないでしょうか。学校のプールなどには洗眼器が設置されていることが多いですね。蛇口をひねると両目に合わせてシャワーのように水道水が出てくるようになっています。
しかし、目にゴミが入ったとき以外は水道水で洗ってはいけません。涙成分の中の油性分やムチンなどの角膜を守ってくれる成分が、水で洗い流されてしまうと角膜が傷むのです。また水道水は無菌ではありません。一定の菌数以下というだけで雑菌が含まれていますし、地方によってはアメーバ原虫もいます。
だからといって、洗浄液を使って洗えばいいのかというと、そうではありません。テレビのコマーシャルで、花粉症のときは目を洗いましょうなどと、ホウ酸などの洗浄液の宣伝がされていますが、とんでもないことです。油層やムチンなどの角膜保護成分を洗い流し、目に汚染液をいきわたらせることになります。眼科医から見たら、冗談としか言いようのない薬もどきの薬です。あのような薬もどきがかえって目の病気を増やすのです。
眼科医からしたら冗談としか言いようがない、と書きましたが、実は皮肉なことに、ある地方には患者の目をせっせと洗っている眼科診療所があります。毎日患者さんを来院させて濃盆を目の下にあてがい、看護師がホウ酸で次々と洗っていました。患者さんにすれば気持ちがよいのでしょうね。でも目の有用な成分が洗い流されるので、病気はかえって治らなくなります。その結果、毎日その医院に通わなくてはならなくなるのです。
そこは地方の眼科で、医師一人で300人の患者を診る施設でした。毎日ホウ酸で目を洗っていることの理由がわかりました。それは経済的な理由です。嘆かわしいことですが、生かさず殺さずといった理解しにくい状況も現実にはあるのですね。患者さんは医師の言うことを鵜呑みにせず、正しい情報を知って、自らを守ってください。
目の中に異物やほこりが入ったときには、洗わざるを得ないこともあります。これをできるだけ防ぐためには、ほこりの多い場所ではメガネを掛けることです。むき出しの臓器である目はほこりに弱いのです。やや大きめのメガネの方が防御には有用です。海やプールでは必ずゴーグルを着けましょう。水泳後にシャワーを浴びるときも、ゴーグルを外してはいけません。ゴーグルを外すのは水を拭き取ってからです。
また、コンタクトレンズを使用している人の中には、保存液を買うのが面倒だからと、代わりに水道水を使う人もいます。これは論外です。私が診たある患者さんは、水道水を保存液代わりに使ってアメーバ原虫による角膜炎にかかりました。目が真っ白になってほとんど見えなくなったのです。緊急手術で救えたからよかったものの、あのままでは失明するところでした。
ボクサーは網膜剥離になっても引退しなくてよい
コミッショナー通達で、網膜剥離を理由に引退せざるを得なかったボクサーはかつて多くいました。手術をしても、激しいスポーツをすれば必ず網膜剥離が再発すると言われていました。だから網膜剥離を患ったボクサーは引退せざるを得なかったのです。
Y選手は日本チャンピオンを取ってから網膜剥離になり、視力も0.1以下になりました。このために某大学病院で手術を受けました。世界ではもう行われていないのに、日本では標準手術法とされているバックリング法の手術でした。当然治るわけがないのです。一時的に落ち着いたように思えても、目に衝撃が加われば、バックリングはずれます。ずれれば網膜剥離が再発するのです。
Y選手は2回の手術を受けましたがうまく行かず、左目はほとんど見えなくなりました。さらに、右目の網膜剥離は放置されました。プロボクサーは裸眼で両眼とも0.3以上はないといけないのです。
引退の瀬戸際にいたY選手は、当院に来院しました。
彼はバックリング法でも、シリコンを眼球に巻いただけのエクソプラント法だったので除去しやすい状況でした。また、眼球強度も充分あるので、バックリンングを除去した後に、小切開硝子体手術を施行しました。
2回の手術を受けてボロボロになった目でも0.8まで回復しました。他方は幸いに手を付けられていなかったので、初めから理想的な小切開の硝子体手術を施行し、1.2まで回復しました。
彼はその後復帰し、世界チャンピオンに上り詰めました。当時はコミッショナー通達があったために、網膜剥離の手術は内緒であったようです。しかし、当院で網膜剥離を治してボクサーとして復帰する選手が多く出るようになり、コミッショナー通達が変わりました。「完全に網膜剥離が治った者はボクサーに復帰できる」となったのです。
しかし、いまだに日本の病院の多くはバックリング法で手術しています。これで復帰しては危ないのです。頭に衝撃を受ければ再び網膜剥離になるからです。バックリング法の手術を受けていては、いくら治しても復帰が難しいのです。
注意しないといけないのは、「インプラント法でのバックリング法なら、ずれないからスポーツに復帰できる」と言う医師がいることです。これはとんでもないことです。インプラント法は強膜ポケットを作るために、強膜の厚さが約半分になります。眼球の強度が極端に落ち、衝撃を受けたときに眼球破裂が起きることもあるのです。しかも強膜ポケットを作った時点で眼球に穿孔している例も少なくないのです。
網膜剥離になり、他院でインプラントによるバックリング法の手術を行われたボクサーの患者さんが来院しました。インプラント法での強膜ポケット作成中に強膜穿孔を起こし、手術中に硝子体線維が外に脱出した症例なのです。埋め込まれたバックリングをはずすと、なんと下から強膜の裂孔が見つかり、そこから眼の中の水がビューと漏れて来ました。さすがにこちらも心臓が止まりそうになりました。
後日届いた某医師のカルテを参照すると、手術中に強膜を破ったとありました。驚きましが、テノン膜を利用して丁寧に塞いで治しました。視力も0.3から1.2まで回復できました。しかし、すでに強膜穿孔をさせられているために眼球の強度が弱いので、ボクシングはもうやめた方がよいとアドバイスしました。
彼は残念そうでしたが、視力が完全回復できたので納得して、別の道を歩み始めました。初めから小切開硝子体手術をしていれば、ボクサーに復帰できたはずです。
大学病院で手術を受けてはいけない
なんだか最近眼の調子が悪いな、と思って近所の眼科に行くと、「これは大変だ、大学病院で診てもらいましょう」と言われることがあります。そして、紹介状を渡され、大学病院に行くことになります。小さな病院は設備も少なく、手術の経験も少ないので、好意的に大学病院に行ったほうがよいと勧めてくれるのです。紹介することで情報提供料などの収入にもなるので、町医者から大学病院へ紹介するのは日本ではよくあるケースです。
しかし、大学病院は研修病院です。研修とは練習のことです。患者は練習台になることが宿命づけられているのです。医師の層の厚い外科や内科なら、大学病院でも悪くないでしょう。しかし残念ながら、日本の眼科に世界のトップと呼べるような優秀な医師は多くいません。つまり大学病院での手術は、患者にとって未熟な医師による練習台になるというのとほぼ同義語なのです。もちろん少数ながら優秀な医師もいますが、現実には指定することは日本では無理です。
大学病院における研修手術は必要悪、つまり望ましくはないが必要だとは思っています。しかし同時に、できるだけ人間で練習すべきではないとも思っています。私は初期研修の時代、人間の眼に似ている豚の眼を使って、約600眼もの手術練習をしました。
私は日本の大学を出てはいますが、学生時代から世界に出たいと思っており、海外に行って白内障超音波手術の開発者や眼内レンズの開発者から教育を受けました。教科書も、世界の医学の共通語である英語の本で勉強しました。もちろん日本の国家試験を受けるために、日本語の教科書も併用しました。
そこでわかったことは、実に日本の眼科医療は遅れていること、そして英語の教科書が日本語に訳される段階で誤訳が多いことでした。例えば、日本語の眼科教科書では「網膜色素変性症」は「治療法はない」と一言しかありません。日本の患者さんが難病指定になっている網膜色素変性症と診断されると、「そのうち失明しますよ」と言われるだけなのです。
一方、英語の教科書で、Retinitis Pigmentosaの項目を見ると、40ページにわたって最新の人工網膜や遺伝子治療などだけでなく、特殊な手術についても記載されています。そもそも訳語が間違っています。Retinitisとは網膜炎なのです。つまり正しい訳語は「色素性網膜炎」なのです。
色素性網膜炎という正しい翻訳ならば、より正確なニュアンスが伝わるので、少しは治療しようという気にもなるでしょう。しかし、日本の昔の偉いお医者さん(もちろん皮肉ですが)の能力が低いために誤訳し、後世の学会のお偉いさん(もっと皮肉ですが)はこれを訂正する知識も意欲もなかったのです。このとばっちりを受けるのが患者さんなのです。
ちなみにアメリカでも大学病院は研修病院です。しかし、臨床経験豊富な指導医がつくので失敗はないのです。患者は医師と契約を交わします。例えば、手術するのはスミス医師で指導医はフカサク医師となります。指導医の名誉にかけて、失敗は絶対にできないのです。日本の大学病院とは根本的な緊張感が違うのです。