2019.09.18

災害多発時代の日本にリスクマネジメントが足りない

安田陽 風力発電・電力系統

社会 #停電

1年ぶりにシノドスに寄稿します。前回の寄稿は北海道ブラックアウトについてでした。今回は、そのほぼ1年後に起こった台風15号による千葉県を中心とした長期広域停電について書くことにします。

2019年9月9日に千葉県に上陸した台風15号は、一時90万軒以上の需要家を停電させ、1週間経った執筆時点(9月16日13:00)でも約8万軒が依然停電しています。復旧もまだの段階で原因究明や再発防止の議論もこれからですが、現時点で早急に問題提起しなければならないものがあり、緊急寄稿しました。本稿で取り上げたい重要なキーワードはリスクマネジメント、そしてあまり聞きなれないかもしれませんがクライシスコミュニケーションです。

北海道ブラックアウトの教訓は生きたのか?

1年前の拙稿では、リスクマネジメントについて筆者は以下のように述べました。

・電力会社を責めても何も解決しないというのが本稿の結論ですが、一方で、電力会社(さらにはその監督省庁)が早急に改善しなければならない点も別に存在します。それは事故後の情報開示です。今回の行動は、3.11の教訓からきちんと学べた結果になっていたでしょうか?

危機管理としての情報開示もリスクマネジメントの中の重要な一つの分野ですが、日本の多くの大企業が事故やトラブルの際の初動を誤り、本来不要な疑心暗鬼を増長させてしまうのも、この情報開示の不備・不足が遠因となります。

さて、その1年後、今回の台風15号の長期停電に際して、この教訓は生きたでしょうか?

答は残念ながらノーです。表1は9月9日の台風15号上陸以降の記者会見や会合などを時系列で並べたものです。東京電力(ホールディングスおよびパワーグリッド)から公表された発言をみて明らかな通り、停電解消の見通しについて公表された情報は「本日中の全面復旧は非常に難しい」(9/9午後)⇒「明日中の復旧を目指します」(9/10夜)⇒「11日中の全面復旧の見通しは立っていない」(9/11午前)⇒「全て復旧するのは13日以降になる見通し」(9/12朝)⇒「2週間以内でおおむね復旧」(9/13夜)と変遷し、日を追ってずるずると長引く結果となっています。これはとりもなおさず、危機管理としての情報発信に失敗していることを意味します。

表1  2019年台風15号による広域停電に関わる出来事(筆者作成)

危機管理はクライシスマネジメントとも言われ、リスクマネジメントの一形態であり(簡単にいうとリスクマネジメントが平時の備えを含む全般的な行動で、クライシスマネジメントが緊急時の行動)、さらにクライシスマネジメントの中でも情報公開や情報発信はクライシスコミュニケーションとも呼ばれます。

危機的な状況において復旧期間の見通しなど重要情報が二転三転すると、被災者に失望や心労、疑心暗鬼や不信感を与えることになります。特に、一旦アナウンスされた見通しが後から悪化する方向に修正されると、避難行動や救援計画にも支障が出て、最悪の場合、助かったはずの人命が損なわれる可能性もあります。クライシスコミュニケーションとしては悪手です。

「見通しの甘さ」が発生する構造的問題

案の定、メディアやネットでは当該の送配電会社の「見通しの甘さ」について批判が集まっていますが、筆者自身は、リスクマネジメントの観点から、送配電会社を責めるべきではないし、スケープゴート化は何の解決や再発防止にもならない、と考えています。もちろん、被害状況把握や人員手配・復旧作業の効率化や意思決定方法・広報の改善など、今後の再発防止に向け厳しく検証すべき点は多々あります。しかし、今回のケースのような自然災害とそれに伴う広域二次災害の場合、一民間企業のみに責任を押し付けて溜飲を下げるような風潮は、何ら合理的な解決にならないどころか、むしろ問題の再発を誘引するリスクさえあるといえます。

このことをわかりやすく説明するために、図1のような最適化問題の概念図を描いてみました。ボールが谷を転がるように下に行けば行くほど最適な状態を表していますが、山あり谷ありの状況では、探索範囲が狭かったり探索方法が単調(下に転がるだけで坂を上ることを許容しない)だったりすると、途中の小さな谷(局所最適解すなわち不適切解)でボールが引っかかり、より低い位置にある最適解に到達しません。

クライシスマネジメントやクライシスコミュニケーションもこの最適化問題の図で説明することができます。今回のケースに照らし合わせると、図の範囲 Aは送配電会社や鉄道会社などのインフラ会社、範囲Bは政府や自治体(県)の権限範囲に相当します。一般に政府や自治体(県)は、民間のインフラ会社より大きな権限と情報収集能力を持ち、より広い範囲で最適解を探索することが可能です。

具体的に説明しましょう。今回の「見通しの甘さ」や「二転三転」も、あとから結果論だけ見れば「停電発生初日に、復旧に2〜3週間かかる見込みと発表していればよかった」と誰でも簡単に言うことができます。しかし、災害発生直後に情報が錯綜し、設備被害が広範囲に亘って現地からの情報もなかなか入ってこない段階では、それを正確に自信持って予測することは困難です。

また、2〜3週間かかるということを公表したとたん、被災地からの避難者が十分安全が確認されていない幹線道路に殺到し、さらなる災害を招くリスクすらあります。なにより、送配電会社は交通網の健全性や周辺構造物の安全性の監視や維持に責務を負っているわけではありません。それ故、自らの持てる範囲内(図の範囲A)で最適化を測ろうとすると、とりあえず「これまでの経験に基づいて」(9/13記者会見での発言)判断することが局所的に最適な行動になりがちです(結果的に全体的には不適切解)。

図1 最適化問題における局所解と最適解

一方、より大きな権限を持つ政府や自治体(県)は、より広い範囲(図の範囲B)で最適解を探索することが可能です。例えば、最悪の事態を想定して停電解消に2〜3週間かかる可能性もあるということを早い段階で公表するのであれば、それと同時に周辺道路の安全や混雑状況を把握したり、病人や介護が必要な方々を優先して一時的に安全な地域に避難させたりすることも必要です。停電が長引くと予想される地域への水や食料の迅速な輸送も、政府や自治体の指揮命令系統が円滑でなければ現場が混乱します。

それ故、権限の小さい組織(ここでは送配電会社)が局所解に陥ったことを槍玉に挙げ非難したとしても、社会全体で最適解に到達することには何ら貢献せず、むしろ全体最適解を探索することを阻害することになりかねません。

リスクマネジメントとは、日本工業規格 JIS Q0073:2010『リスクマネジメント用語』によると、「リスクに対する、組織を指揮統制するための調整された活動」と定義されています。少々固い表現ですが、「調整された活動」という点が重要です。制限の多い狭い探索範囲でなく、複数の構成員や組織を横断する調整された活動でなければなりません。停電、倒木、土砂流出、道路寸断、家屋倒壊といった大規模で広範囲な災害に際して、対策立案や意思決定を権限が限られた一民間企業に丸投げして静観すること自体が、リスクマネジメントの考え方から逸脱しているといえるでしょう。

そして何よりも、この範囲Bの最適解の探索(政府・自治体の仕事)は、自然災害のような危機的状況が発生してからカリスマ的なリーダーがその場の英断で差配するのではなく、危機的な状況が発生する前に(すなわち平時に)用意周到にシミュレーションを行い戦略を立てて準備しておくべきものです。それが本来のリスクマネジメントです。平時のリスクマネジメントができていないと、初動ができません。初動が遅いのは、単なる判断ミスではなく、往々にして準備不足が原因です

もちろん今回、政府は何もしていなかったわけではありません。表1に見る通り、停電発生の翌日には千葉県で災害対策本部が、内閣府で関係省庁災害対策会議が発足しているので(それでも遅いという指摘もありますが)、少なくとも情報収集は行われていたようです。また、停電5日目には経済産業省で停電被害対策本部が開かれ(やはり遅すぎるという指摘もありますが)、その後すぐ停電の長期化の見通しが公表されたということは、この対策本部が危機管理に向け指導力を発揮していることが示唆されます。

しかし、ここで再度問題として取り上げたいのは、クライシスコミュニケーションです。今回の台風15号に起因する広域かつ長期停電に際して、政府の中のどの機関が中心となって被災者や国民に対して情報発信をしたのでしょうか? 例えば政府には内閣府防災 @CAO_BOUSAI や首相官邸(災害・危機管理情報) @Kantei_Saigaiというアカウントがありますが、本稿執筆時点(9月16日13:00)で台風15号後の停電に関わる投稿はそれぞれわずか22件(うちリツイート21件)、7件(うちリツイート5件)しかありません。

首相官邸(被災者応援情報)@kantei_hisaiは多数のリツイートをしていますが、オリジナルの投稿はありません。これでは司令塔不在で、政府はクライシスコミュニケーションに対してなんら責務を果たしていない、と取られても仕方ない状況です。この間、政府内でどのような議論があったのか、今後停電が全て解消したのちに、厳しく精査され検証されるべきでしょう。

余談ですが、今回の政府の「初動の遅さ」として、内閣改造を挙げる意見もありますが(昨年は「酒宴」というネタもありましたが)、それもリスクマネジメントやクライシスマネジメントの観点からはピントが外れた、むしろ問題の本質を撹乱させる議論といえます。

確かに災害に際してイベント順延を英断すれば評価も高まるので政治的パフォーマンスとしては有効だったかもしれません。しかし、リスクマネジメントの考え方に基づけば、きちんと準備を整えておけばトップの一時的な不在もしくは交代があったとしても「調整された行動」を取ることが可能です。ここで厳しく追及されるべき本質的な点は、あるイベントを中止しなかったことではなく、クライシスマネジメントの準備ができていたか、です。これを忘れて表層的な批判に熱中しているようでは、国全体のリスクマネジメントはますます危ういでしょう。

「不確実性」は、忘れた頃にやってくる

今回の送配電会社の「見通しの甘さ」に対して、メディアやSNSでは「なぜ電柱倒壊の数を把握するのに5日もかかったのか」「スマートメータや衛星画像で瞬時にデータが取れないのか」「科学技術立国日本のはずなのにレベルが低い」「正確な情報を出せ」などといった批判も見られます。しかしこれもクライシスマネジメントとしては当てが外れた議論で、問題解決からむしろ遠ざかります。もしかしたら我々現代社会の多くの人は「科学技術でなんでも解決できる」「科学技術を使えば何でも正確に知ることができる」という幻想(さらにいうと根拠のない過信)に陥っているのかもしれません。

科学は万能ではありません。科学には、学校で習う比較的簡単な理論や手計算問題のような特殊な場合を除き、たいてい不確実性(不確かさ)が内在します。例えばリモートセンシングなど平時の観測でも、往々にしてデータの欠損や誤差が発生し「情報が正確でない」ことがたびたび発生します。そのような事態が起こってもなんとか確からしい値を推定したり、最低限の安全を維持するための適切な制御を行うようにシステムが設計されています。「科学技術があれば正確になんでもわかる!」という考え方はそれ自体非科学的な幻想です。実は科学の本質は、わからないこと(不確実性)と如何にうまくつきあうかということなのです。

社会システムも同様です。特に災害時は情報の欠損や遅延、誤差(誤情報)が多く、例えば今回のように現地へのアクセスが阻まれたり、現地でも特殊機材を使わないと故障箇所や故障状況がわからなかったりと、「情報が正確でない」事態は容易に発生します。科学技術を過信して情報の正確性にこだわりすぎると、意思決定が遅れ破滅的な危機を招く可能性もあります。例えば、クライシスコミュニケーションについて以下のように説く書籍もあります。

・緊急時には、確実な情報を待っていたら時間がかかり、被害が拡大するかもしれません。その場合にはとにかく早い判断と決断、そして情報公開を常に怠ってはなりません。全体像がつかめるまで情報を発信しないという判断では、時間がどんどん経過していきます。時間の経過は国民に疑心暗鬼を生み出します。分かっていることだけでも断片的に公開していくことが鍵になります。【12】

上記の指摘は、2011年の原発事故におけるクライシスコミュニケーションの失敗について語ったものです。あれから8年、日本は一体何を学んだのでしょうか?

報道によると、森田健作・千葉県知事は送配電会社に対し「情報を出してもらえるのはありがたいが、その情報に相当甘いところがあったのは事実だ」、「正確な情報を提供してもらいながら協力をお願いしたい」と発言したとのことですが【13】、実はこのような発言はリスクマネジメントやクライシスマネジメントの考え方を軽視しており、情報発信や意思決定を統括する立場にある者として全く不適切な発言だといえます。

上記で説明した通り、科学技術や社会システムには不確実性が伴い、特に災害時などの危機的状況では多くの情報が欠損して不確実性が高い場合がほとんどです。そのような状態でも、最悪の事態に備えて準備をすることがリスクマネジメントであり、実際の危機的事態に迅速に対応するのがクライシスマネジメントです

そして、そのマネジメントの意思決定を行う立場にある者が、情報提供をする相手に「正確な情報」を出さないことに苦言を呈するということは、正確な情報でなければ意思決定する能力と覚悟がないと白状していることと同じであり、マネジメントやガバナンスの不在を意味します(ちなみに知事は英語でいうとガバナーです)。このような状況では、情報提供する側(現場)も忖度することが局所的最適解となり、正確な情報が出揃うまで情報提供を躊躇するでしょう。図1の概念図でいえば、範囲Bにある立場の者が自らの責任で意思決定せず、範囲Aの組織や人間に責任転嫁する構図です。

我々は、科学技術に支えられた安定安心な生活に慣れすぎて、科学が内包する不確実性をすっかり忘れているのかもしれません。いや、もしかしたら自然の脅威や気候変動の深刻さという大きな不確実性に対して目を背けているだけなのかもしれません。再びJIS Q0073:2010を紐解くと、リスクとは「目的に対する不確かさの影響」とシンプルに定義されています。リスクマネジメントとは、不確実性(不確かさ)に対する「調整された活動」です。さらに、リスクマネジメントの一つの形態であるクライシスコミュニケーションは、不確実な情報の下でも最善の意思決定し、如何に関係者に最適な行動を促すかという情報発信なのです。

今回の停電の直接的な原因は、これまで台風があまり来なかった地域に、これまで以上の勢力の強い台風がやってくるようになったことであり、それは人為的に引き起こされた地球温暖化(気候変動)による影響が極めて高いということが科学的に明らかにされています。我々は今後、ますます多発する自然災害とともに生きなければなりません。今後の対策としては、例えば配電線の耐風速基準のアップや地中化、家庭用蓄電池の導入などが挙げられていますが、それらは定量的な費用便益分析が必要です(費用便益分析については昨年の拙稿を参照)。

このような不確実性やリスクが多い時代には、目先のことに捉われたり印象論や感情論による非難で溜飲を下げて満足するのではなく、科学的エビデンスと理論に基づいた「調整された活動」を行うための議論を続け、不確実性がある中でも最善の合意形成と意思決定を行える体制を整える必要があります。それがリスクマネジメントという考え方であり、賢く生き残るための方法論なのです。

参考文献

【1】ウェザーニュース: 【速報】台風15号 千葉市付近に上陸 関東では過去最強クラス, 2019年9月9日05:12 https://weathernews.jp/s/topics/201909/090055/

【2】The PAGE YouTubeチャンネル: 千葉で鉄塔2機が倒壊 東電が設備被害や停電状況について会見(2019年9月9日)https://www.youtube.com/watch?v=eghucgRozPI

【3】日本経済新聞: 千葉県が自衛隊に災害派遣要請、断水6市町に給水車両, 2019年9月10日10時41分
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO49609970Q9A910C1000000/

【4】内閣府 令和元年台風第 15 号に係る関係省庁災害対策会議 議事次第, 2019年9月10日 
http://www.bousai.go.jp/pdf/r1typhoon15_taisaku.pdf

【5】東京電力ホールディングスウェブサイト: 台風15号による東京電力パワーグリッド株式会社サービスエリア内の停電の復旧見通しについて(9/10 17時00分時点)
http://www.tepco.co.jp/press/release/2019/1517330_8709.html

【6】NHK首都圏NEWS WEB: 東電 11日中復旧見通し立たず, 2019年9月11日11時51分
https://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20190911/1000035773.html

【7】東京電力ホールディングスウェブサイト: 台風15号による停電状況・復旧見通しについての会見議事録, 2019年9月12日 http://www.tepco.co.jp/press/news/2019/1517477_8967.html

【8】内閣府: 令和元年台風第15号の影響による停電に伴う災害救助法の適用について 【第1報】, 2019年9月12日 http://www.bousai.go.jp/pdf/r1typhoon15_teiden_01.pdf

【9】経済産業省: 台風 15 号による停電被害対策本部の設置について, 2019年9月13日  https://www.meti.go.jp/press/2019/09/20190913005/20190913005-1.pdf

【10】NHK NEWS WEB: 菅原経産相「停電復旧 1週間以上のところも」, 2019年9月13日12時52分
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190913/k10012080371000.html

【11】東京電力ホールディングスウェブサイト: 台風15号による停電の復旧見通しと今後の対応についての会見議事録, 2019年9月13日 http://www.tepco.co.jp/press/news/2019/1517575_8967.html

【12】西澤真理子:「リスクコミュニケーション」, エネルギーフォーラム新書 (2013)

【13】NHK首都圏NEWS WEB: 東電側社長が森田知事に謝罪, 2019年9月14日14時47分
https://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20190914/1000036122.html

プロフィール

安田陽風力発電・電力系統

1989年3月、横浜国立大学工学部卒業。1994年3月、同大学大学院博士課程後期課程修了。博士(工学)。同年4月、関西大学工学部(現システム理工学部)助手。専任講師、助教授、准教授を経て2016年9月より京都大学大学院経済学研究科 再生可能エネルギー経済学講座 特任教授。

現在の専門分野は風力発電の耐雷設計および系統連系問題。技術的問題だけでなく経済や政策を含めた学際的なアプローチによる問題解決を目指している。

現在、日本風力エネルギー学会理事。IEA Wind Task25(風力発電大量導入)、IEC/TC88/MT24(風車耐雷)などの国際委員会メンバー。主な著作として「日本の知らない風力発電の実力」(オーム社)、「世界の再生可能エネルギーと電力システム」シリーズ(インプレスR&D)、「理工系のための超頑張らないプレゼン入門」(オーム社)、翻訳書(共訳)として「風力発電導入のための電力系統工学」(オーム社)など。

この執筆者の記事