2014.12.03

安倍内閣のエネルギー・原発政策

橘川武郎 エネルギー産業論

政治 #エネルギー政策#脱原発

「木を見て森を見ない」エネルギー基本計画

安倍内閣のエネルギー・原発政策を採点するうえで、まず取り上げるべきは、2014年4月に閣議決定された新しい「エネルギー基本計画」である。同計画は、各エネルギー源の重要性を、以下の通りまんべんなく指摘している。

○再生エネルギー:安定供給面やコスト面で様々な課題が存在するが、温室効果ガス排出のない有望な国産エネルギー源。

○原子力:安全性の確保を大前提に、エネルギー需給構造の安定性に寄与する重要なベースロード電源。

○石炭:供給安定性・経済性に優れたベースロード電源であり、環境負荷を低減しつつ活用していくエネルギー源。

○天然ガス:シェール革命などを通じて天然ガスシフトが進み、今後役割を拡大していく重要なエネルギー源。

○石油:利用用途の広さや利便性の高さから、今後とも活用していく重要なエネルギー源。

○LPガス:シェール革命を受けて北米からの調達も始まった、緊急時にも貢献できるクリーンなガス体エネルギー源。

このような指摘を受けて、エネルギー産業に関連する各業界紙は、総じて新「エネルギー基本計画」を高く評価する論陣を張った。自らの業界が主として取り扱うエネルギー源の重要性が、きちんと評価されたというわけだ。

しかし、このような評価はやや一面的であると言わざるをえない。「木を見て森を見ず」のたとえが、そのままあてはまるからである。

新しいエネルギー基本計画に対して多くの国民が期待していたのは、目標年次とされた2030年において日本の電源ミックスや1次エネルギーミックスがどのようなものとなるか、その見通しを数値で明示することであった。

しかし、今回の基本計画は、電源ミックスやエネルギーミックスを数値で示すことを避け、それを先送りした。各エネルギー源の重要性に関する定性的で総花的な記述に終始したのである。

安倍内閣が策定したエネルギー基本計画は、各エネルギー源の位置づけという「木」については言及している。しかし、それぞれのエネルギー源の全体としてのバランスがどうなるかという肝心な論点、つまり「森」については立ち入ることを避けている。「木を見て森を見ず」とみなす理由は、ここにある。

電源ミックスが明示されなかったため、新しいエネルギー基本計画の内容はわかりにくいものとなっている。そのことは、原子力発電の位置づけに関する記述に、端的な形で表れている。

新計画は、焦点の原子力発電の位置づけについて、「重要なベースロード電源」と述べる一方で「原発依存度は可能な限り低減」させるとし、ただし「確保していく規模を見極める」とも記述した。

きわめてわかりにくい表現だと言わざるをえない。同計画の草案が審議された総合資源エネルギー調査会基本政策分科会の席上、委員であった筆者(橘川)は思わず、「マッキー(槇原敬之)の歌の『もう恋なんてしないなんて言わないよ絶対』というフレーズみたいでわかりづらい」と発言してしまったが、今でもその気持ちは変らない。

「元に戻る再稼動」ではなく「減り始める再稼動」

新エネルギー基本計画がわかりにくい最大の原因は、多くの国民が期待していた2030年における電源ミックスの数値の発表を回避したからである。それでは、2030年の原発依存度および電源ミックスはどのようなものとなるだろうか。その数値を予測するうえで手がかりを与えるのは、当面する原発再稼働のゆくえである。

安倍内閣が発足した当初、2012年12月の総選挙と2013年7月の参議院議員選挙の結果を受けて、運転停止中の原子力発電所がいずれ雪崩をうって再稼働するのではないかという見通しが一部に存在した。原子力規制委員会が決めた新しい規制基準をクリアした原発については、迅速に再稼働させるというのが、総選挙や参院選で圧勝した自民党の政策だったからだ。

しかし、事態はそれほど単純ではなかった。そもそも自民党は、総選挙でも参院選でも原発政策について、中長期的な見通しを明言しない方針をとった。原発に対する国民世論はいまだに厳しいと読んだうえで、原発政策を争点から外したほうが、勝利をより確実なものにできると判断したからだ。

選挙前にその内容を明言しなかった以上、たとえ選挙に大勝したからといって、自民党の原発政策が支持されたことを意味しない。事態を複雑にしたのは、このような事情があったからだ。

一方で、原発のある程度の再稼働は不可避であることも事実である。2013年10月にとりまとめられた電力需給検証小委員会の報告書が明らかにしたように、原発停止による火力発電用燃料費の増加額は年間3兆6000億円にのぼる。

2012年から13年にかけて電力会社7社が電気料金の値上げを実施ないし申請したが、それらは原子力発電所の再稼働を前提にしたものであり、再稼働が遅れて原発の運転停止が長期化した場合には、再度の料金値上げが取り沙汰されることになろう(現実に北海道電力は、泊原発の再稼働の見通しが立たないことを受けて、2014年11月に電気料金を再値上げした)。

それでは、原発はどの程度再稼働するのだろうか。この点に関しては、(1)2013年7月に原子力規制委員会がフィルター付きベントの設置を含む、厳しい内容の規制基準を設定したこと、(2)2012年の原子炉等規制法の改正で、原則として運転開始後40年を経た原子力発電所を廃止することが決まったこと、という2つの新しい規制が重要な意味をもつ。

原発の再稼働は、(1)の新しい規制基準をクリアすることが大前提となる。そうであるとすれば、新規制基準でフィルター付きベントの事前設置が義務づけられた沸騰水型原子炉(24基)の再稼働は、事実上、2016年以降でなければありえない。2015年中の再稼働がありえるのは、新基準でフィルター付きベントの設置に猶予期間が設けられた加圧水型原子炉(24基)に限定されることになる。

現実に、新基準が設定された2013年7月中に再稼働の申請を行ったのは、当時稼働中であった関西電力・大飯原発3・4号機を含めて12基であったが、これらはいずれも、加圧水型の原子炉であった。

ここで注目すべき点は、新基準が設定された2013年7月の時点で加圧水型24基に再稼働申請のチャンスがあったにもかかわらず、実際には12基しか申請しなかったこと、逆に言えば、12基が申請しなかったことである。

この状況は、本稿を執筆している2014年11月時点でも変わりがない。新基準をクリアするためには、フィルター付きベントの設置だけでなく、膨大な金額の設備投資が必要とされる。

一方、(2)の「40年廃炉基準」が厳格に運用された場合には、多額の追加投資をした原発が、新基準をクリアしいったん再稼働したとしても、すぐに運転を止めなければならなくなるかもしれない。

12基の加圧水型原子炉が2014年11月時点で再稼働申請をしていない事実は、電力会社がこれらの事情をふまえて取捨選択を始めており、「古い原発」の再稼働を断念し始めていることを示唆している。今後、ある程度の原発が再稼働することになるであろう。

しかし、それは、既存の48基すべてが「元に戻る」再稼働では決してなく、沸騰水型原子炉も含めて当面30基程度の原発の運転再開が問題となる「減り始める」再稼働であることを、きちんと見抜いておかなければならない。

2030年の原発依存度は15%程度か

表1からわかるように、「40年廃炉基準」を厳格に運用した場合には、2030年末の時点で、現存する48基のうち30基の原子力発電設備が廃炉となる。残るのは、18基1891万3000kWだけである。この18基に建設工事を再開した中国電力・島根原発3号機と電源開発(株)・大間原発が加わったとしても、2030年の原子力依存度は、2010年実績の26%から4割以上減退して、15%程度にとどまることになる。

表1 「40年廃炉基準」が適用された場合の2030年末時点での原子力発電所の運転状況

 

2030年の原発依存度15%程度という見込みについては、2012年の総合資源エネルギー調査会基本問題委員会において、経済産業省資源エネルギー庁が示した試算が参考になる。

表2に示したこの試算によれば、原子力発電所の稼動年数を40年とした場合、2030年における原発依存度は、稼働率が70%の場合には既存原発だけで13%、それに加えて島根原発3号機が運転を開始すると14%、さらに大間原発が運転を開始すると15%となり、稼働率が80%の場合には既存原発だけで15%、それに加えて島根原発3号機が運転を開始すると16%、さらに大間原発が運転を開始すると17%となる。

つまり、「40年廃炉基準」が効力を発揮すると、2030年における原発依存度は15%前後となるわけである。なお、2030年の電源ミックス全体は、原子力15%、再生可能エネルギー(水力を含む)30%、火力40%、コジェネ15%となるのではなかろうか。

表2 稼動年数を40年とした場合の2030年における原子力発電の規模

 

原発をめぐる世論の「混乱」を読み解く

原発再稼働をめぐる現在の世論は、一見、混乱しているようにみえる。

原発のあり方について、中長期的な見通しをたずねると、世論調査で多数を占めるのは「将来ゼロ」であり、「即時ゼロ」や「ずっと使い続ける」は少数派である。「将来ゼロ」とは、「当面はある程度原発を使う」ことを意味する。

一方、より短期的な見通しにかかわる原発の再稼働の賛否についてたずねると、世論調査で多数を占めるのは「反対」であり、「賛成」ではない。「再稼働反対」とは、事実上、「原発即時ゼロ」につながる意味合いをもつ。

つまり、原発をめぐる世論は、中長期的見通しと短期的見通しとでは矛盾した結果を示すという、不思議な現象がみられるわけである。この現象について、どのように理解すれば良いのだろうか。

筆者(橘川)の理解によれば、世論の真意は、どちらかと言えば「当面はある程度原発を使うことはやむをえない」という点にある。しかし、安倍内閣が進める原発再稼働のやり方には納得できない。

2014年4月に閣議決定した新しいエネルギー基本計画で電源ミックスを明示することを避けた点に端的な形で示されるように、論点をあいまいにし、決定を先送りして、こそこそと再稼働だけを進める。このような政府のやり方に対して、「当面はある程度原発を使うことはやむをえない」と考えている国民の多くも反発を強めており、再稼動の賛否のみを問われると、「反対」と答えているのである。

迫る最終期限のCOP21

政治家や官僚は、しばしば、原発再稼働の先行きが不透明だから、電源ミックスの策定は時期尚早だと言う。事実上、問題を原子力規制委員会に委ねているわけであるが、これは、おかしなことである。

規制委員会は3条委員会として設立されたのであり、その根幹にあるのは、原子力規制政策とエネルギー政策は切り離して、それぞれ独立させるという大原則である。規制政策は規制政策として、エネルギー政策はエネルギー政策として、別個に確立されなければならない。

規制委員会の動向をみきわめてから電源ミックスを決めるとする政治家や官僚の主張は、規制政策とエネルギー政策を混同させるものであり、両者の相互独立という大原則から逸脱したものだと言わざるをえない。

筆者自身は、いわゆる「40年廃炉基準」の存在を考慮に入れると、2030年の電源ミックスにおける原発依存度は、3.11前と比べてほぼ半減し、15%程度になると考えている。

また、使用済み核燃料の処理問題の解決は困難であるため、現在、原発建設に熱心な新興国を含めて、原子力は人類全体にとって、今世紀半ばごろまでの過渡的なエネルギーにとどまると見込んでいる。その意味で、我々は、「リアルでポジティブな原発のたたみ方」を真剣に議論すべき時期に来ている。

このように、原発・エネルギー政策のあり方をめぐっては、様々な考え方がありえよう。ただし、いろいろな意見があることに、たじろいでいてはいられない。電気料金再値上げの動きが顕在化しているが、すでにエネルギーコストの増大が日本経済全体に大きな打撃を与えている現実に目を向けるならば、もはや、一刻の猶予も許されない。

今、大切なことは、あいまいな形で問題を先送りするのではなく、意見をぶつけ合ったうえで現実的・建設的な選択を行い、できるだけ早く、電源ミックスを含むきちんとした形で原発・エネルギー政策を決定することである。

原発・エネルギー問題に関して政治のリーダーシップが機能しない直接的な理由は、政治家が選挙を気にせざるをえないからである。したがって、今回の総選挙と来春の統一地方選挙が終わるまで、電源ミックスの策定は先送りされるのではないか。

一方で、温室効果ガス排出量削減の2020年以降の具体的枠組みを決定するパリでのCOP21(第21回国際連合気候変動枠組み条約締約国会議)は、来年11月末に迫っている。その5ヵ月前の6月には、COP21へ向けた実務的な検討が始まる。それまでに原発依存度を含む電源ミックスを決めなければ、わが国は、2020年以降の温室効果ガス排出量削減目標を国際社会に明示することができなくなる。残された時間は、けっして長くはない。

サムネイル「エネルギー」scientre

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プロフィール

橘川武郎エネルギー産業論

1951年生まれ。和歌山県出身。一橋大学大学院商学研究科教授。1975年東京大学経済学部卒業。1983年東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。同年青山学院大学経営学部専任講師。1987年同大学助教授、その間ハーバード大学ビジネススクール 客員研究員等を務める。1993年東京大学社会科学研究所助教授。1996年同大学教授。経済学博士。2007年より現職。著書は『日本電力業発展のダイナミズム』(名古屋大学出版会)、『松永安左エ門』(ミネルヴァ書房)、『ファンから観たプロ野球の歴史』(共著:日本経済評論社)、『原子力発電をどうするか』(名古屋大学出版会)、『東京電力 失敗の本質』(東洋経済新報社)、『電力改革』(講談社)、『日本のエネルギー問題』(NTT出版)など。総合資源エネルギー調査会委員。経営史学会会長。

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