2015.06.22

安保法案は違憲!?――渦中の憲法学者・長谷部恭男教授に訊く

長谷部恭男×木村草太×荻上チキ

政治 #荻上チキ Session-22#集団的自衛権

集団的自衛権の行使は違憲――6月4日の衆議院憲法審査会において、各党の推薦する3人の憲法学者が、安保法案を「憲法違反」だと明言した。集団的自衛権はどの点が憲法違反なのか。これから注目すべきポイントとは。渦中の憲法学者・長谷部恭男教授にじっくり話をうかがった。2015年6月9日放送、TBSラジオ荻上チキSession- 22 「安保法案は違憲!?渦中の憲法学者・長谷部恭男教授に訊く」より抄録。(構成/山本菜々子)

■ 荻上チキ Session-22とは

 TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら → http://www.tbsradio.jp/ss954/

憲法審査会とは?

荻上 今夜のメインセッションでは、「自民党推薦の参考人にも関わらず、安保法案を憲法違反と明言。注目の憲法学者・長谷部恭男教授に訊く」と題して、早稲田大学教授の長谷部恭男さんにお話を伺います。

長谷部 よろしくお願いいたします。

荻上 また、長谷部ゼミ出身でもある、首都大学東京准教授で憲法学者の木村草太さんにもお付き合いいただきます。

木村 よろしくおねがいいたします。

荻上 長谷部さんは衆議院憲法審査会に自民党の参考人として招かれた際、質問に答える形で、「集団的自衛権は違憲」と発言されました。木村さん、まずこの「憲法審査会」とは、どのような場なのでしょうか。

木村 日本国憲法の改正の要否や、改正原案を審査するための国会内委員会の一つです。集団的自衛権や、安全保障だけを議論しているわけではなく、憲法関係の諸論点について幅広く参考人の意見を聞いたり、議論をしたりしています。

今回の審査会のテーマは「立憲主義、改正の限界および制定経緯」でした。「人選ミス」と言われていますが、「立憲主義」というテーマで長谷部先生が選ばれたのは普通のことです。たとえるならば、将棋で次の一手を決める時に、羽生さんを参考人に呼ぶような人選でしょう。

荻上 長谷部さんは参考人として、あらかじめ特に伝えたいと思っていた点はありますか。

長谷部 この世の中には色んな世界観や価値観を持った人がいて、それらはお互いに衝突しあうことが多い。その多様な価値観が公平な形で共存できる。その仕組みが立憲主義なんですよ、とそのことを伝えたいと思いました。

荻上 その中で、安保法案についての意見を聞かれたわけですが、審査会以降、周囲の反応はいかがでしたか。

長谷部 メディア関係の取材は増えました。また、見知らぬ方々からの手紙が良く届きまして、これまでは「お前を言っていることはおかしい」という手紙が多かったんですが。

木村 この商売をやっていると、そういう手紙は沢山来ますね。

長谷部 今回は、「よくやった」「もっと頑張れ」とお手紙をいただきました。

荻上 そんな長谷部さんに、リスナーの方からこんなメールが来ています。

「国会に呼ばれた時は、誰に、何日くらい前にどのような形で連絡があったのでしょうか。」

長谷部 正確な日時は覚えていないのですが、衆議院の事務局の方から連絡が来ました。政治家から直接、連絡があったわけではありません。

荻上 今回は、自民党の推薦人であることが大きく取り上げられていますが、その意識は持っていたのでしょうか。

長谷部 この種の国会の委員会に参考人として呼ばれることがときどきあるのですが、自分が何党の推薦なのかはっきり知らないことがほとんどです。

私は「特定秘密保護法」の審議の時も自民党推薦の参考人としても呼ばれましたが、その時も当日にその場で、自民党の推薦人だと知らされました。それと、裁判員裁判制度導入の時も呼ばれたのですが、それに至っては何党の推薦なのかいまだに分からずじまいです。

荻上 党で推薦して呼ばれた格好であっても、「こうして欲しい」と指示されることはないわけですね。

長谷部 まったくございません。

三人とも「違憲」

荻上 この日は参考人として、長谷部さんのほかに、民主党推薦の小林節慶応義塾大学名誉教授、維新の党推薦の笹田栄司早稲田大学教授も出席されました。注目されている、お三方の発言をお聞きいただきたいと思います。

中川正春議員 先生方は今の安保法制、憲法違反だと思われますか。先生方が裁判官となるのであればどのように判断されますか。

長谷部 安保法制は多岐にわたっておりますので、その全てというわけにはなかなかならないんですが……。

まずは、集団的自衛権の行使が許されるという点につきまして、私は「憲法違反である」という風に考えております。従来の政府見解の基本的な論理の枠内では説明が付きませんし、法的安定性を大いに揺るがすものであるという風に考えております。

小林 私も違憲と考えます。憲法9条に反します。9条の1項は、国際紛争を解決する手段としての戦争、これはパリ不戦条約以来の国際法の読み方としては、侵略戦争の放棄。ですから我々は、自衛のための何らかの武力行使ができると留保されています。ただし、2項で軍隊と交戦権が与えられておりませんから、海の外で軍事活動をする道具と法的資格が与えられておりません。

笹川 ちょっと違った角度から申し上げますと、たとえば日本の内閣法制局は、ずっと自民党政権とともに、安保法制をずっと作ってきていたわけです。そして、そのやり方は非常に、本当ガラス細工と言えなくもないですけども、本当にギリギリのところで保ってきてるんだなあということを考えておりました。

一方、フランスのコンセイユ・デタのような、法制局の、日本の原型となりますが、あそこは、憲法違反だと言っても、時の大統領府なんかが押し切って「じゃあやるんだ」ということで、きわめてクールな対応を取ってきて、そこが大きな違いだったと思うんですね。

ところが、今回私なんかはやっぱり、従来の法制局と自民党政権の作ったものが、ここまでだよな、というふうに本当に強く思ってましたので、お二方の先生がおっしゃいましたように、今の言葉では、定義では踏み越えてしまったということで、やはり違憲の考えに立ってるわけです。

(2015年6月4日 (木) 憲法審査会)

荻上 長谷部さん、他のお二人お考えについてはどう感じましたか。

長谷部 学者の見解は人それぞれですが、基本的に私が申し上げているとことと、大枠は重なっております。そりゃそうだろうなと受け止めました。

荻上 木村さんはこのやりとりをどう見ましたか。

木村 至極当然のことです。長谷部先生の発言に注目が集まっていますが、長谷部恭男・小林節の両名は、集団的自衛権についてずっとまえから明確に「違憲だ」と発言しています。

要は、これまで、違憲だったものに、条件をつければ合憲になるというのはおかしい。たとえば、窃盗は犯罪だと言ってきたのに、必要最小限度の窃盗であれば犯罪ではありません、というのは明らかにおかしいわけですから。

小林先生も同様に、改憲派ではあるけど、現在の憲法で集団的自衛権の行使はできないと仰っていました。むしろ、笹田先生の発言を聞いたことがなかったので、私は新鮮に感じました。

荻上 「踏み越えてしまった」と笹田さんは発言されていましたね。

木村 みなさん、特定の政治信条というよりも、純粋に法解釈理論として考えた時に「憲法違反」という結論しか出てこない、という印象を受けました。

荻上 安保の質問が出てくると長谷部さんは予想していましたか?

長谷部 本来は、立憲主義の審査会ですから、安保関連法案の議論が主になるとは想定していませんでした。ですが、立憲主義がテーマになっている以上は、現在議論になっている法案の話が持ち出されることは不思議ではありません。

荻上 特に立憲主義との関係でも、解釈改憲と安保法案の関係は気になるところですからね。さきほどの木村さんの話、解釈の変遷の話はどう捉えましたか。

長谷部 憲法9条はご存知の通り、戦争、武力行使はするな、戦力は保持するなと言っているわけです。しかし、国民の生命と財産を守るのは政府として最低限の任務です。これは果たさなければいけません。

従来の政府は、それは個別的自衛権、外国が日本を直接的に攻撃してきたとき、他には手段がないという場合でしたら、必要最低限の範囲で攻撃を排除できると解釈してきました。

しかし、昨年の7月の閣議決定で集団的自衛権の行使が認められると解釈を変えます。その時の政府の閣議決定では、従来の政府の見解の基本的な論理の枠内に、新しい変更後の解釈があくまでも収まっていると主張しています。

その理由として、国民の生命、自由そして幸福追求の権利が根底から覆されるような状況で、個別的自衛権発動として武力行使できるわけですから、同じような危機的状況であれば集団的自衛権も行使できるとしています。

一見したところ、見かけの上では基本的な論理が保たれているかのように見えるんですが、自国の防衛のための個別自衛権だったのに、他国を防衛するための武力行使も認めてくださいと、それは本質的には違う武力の行使ですよね。これは、従来の政府見解の基本的な論理を明らかに踏み越えているでしょう。

問題提起のずれ

荻上 さてここで、今回の憲法審査会で木村さんが注目した発言を紹介したいと思います。小林節教授と、安保法案の与党協議で公明党側の責任者も務めた北側一雄副代表との集団的自衛権の在り方についてのやり取りです。

小林 ホルムズ海峡で機雷が敷設されたとき、日本にとって何かといえば、我が国の艦船の無害航行権が害されたわけですから、一面においては我が国に対するあそこはすごく使っているわけですから、邪魔・いじわるでもあるわけですし。それを、我が国の自衛隊がテクノロジーが発達した時代ですから、領土・領海を超えて、自由に使えるはずのものを邪魔されたら、排除しにいく。自衛隊というより、海上保安庁の仕事になりますけど。

それから日本人の母子が朝鮮動乱でたまたま乗せてもらった米軍の船で逃げてきて、そこでどっかの国が攻撃をかけてきた場合、日本国が日本人を守るわけですから、乗り物の国籍いかんにかかわらず、我が国の主権的行為としてできる。どちらも、個別的自衛権で説明がついちゃうんですよね。

いきがかり上、そこの戦争をしているどちらかの国の反撃に参加してしまうけれど、我々の主観においては間違いなく「個別的自衛権」の行使なんです。これは国際法の世界ですから、こちらが言いきれば済むことだと私は思うんですけどね。

北側 いまのお話を聞いていると、それは個別的自衛権で処理できるじゃないかというお話のようにです。

ここが、見解の異なるところなんだろうと思っております。国際法上の観点で言いますと、公海上でそうした他国船に対し第一撃があった場合、それを排除することは、集団的自衛権を根拠とする場合が出てくるのではないか。こういう議論なんです。ですから、国際法の先生と憲法の先生方の考えは、率直に(思考の)次元が異なっている場合もあると多々あるとお見受けしております。

(2015年6月4日 (木) 憲法審査会)

荻上 これはどの点に注目されたのですか。

木村 今回の、安保法案を「合憲」だと説明する道は一つしかありません。日本と外国が同時に武力攻撃を受けていることを「存立危機事態」とし、個別的自衛権で説明できる範囲でしか武力行使はしませんという説明です。

小林さんも「個別的自衛権の範囲で説明できる」と仰っているのですが、北側さんは微妙に論点をずらしています。北側さんは「公海上で他国籍の船を守る」というかなり拡張した話をして、問題提起にきちんと答えていません。

自国への攻撃がないにも関わらず、多国籍の船を守るために武力行使をするのは、自衛とは言えません。つまり、「個別的自衛権では説明がつかない範囲で、武力行使できるように閣議決定をしたんだ」と北側さんが理解していると感じました。これは、憲法違反になる武力行使をする前提で制定するつもりだと伺えます。

長谷部 木村さんのご指摘の通りだと思いますね。

荻上 北側議員の言うように、国際法と憲法の研究者では、解釈が実際に違うのでしょうか。

長谷部 「国際法の方では別の見方もある」とおっしゃりたいのでしょう。しかし、ここで、問題になっているのは、あくまで日本国憲法がどこまでのことを認めているのかという話ですから、小林先生のように、憲法からみて個別的自衛権として許容しているのはどこまでなのかを問題にすればいいと思います。

荻上 確かに、そもそも「憲法」審査会での議論ではありますね。

木村 ちなみに現在の存立危機事態の文言で集団的自衛権を行使したら、明確な国際法違反です。国際司法裁判所の判決では、集団的自衛権を行使する場合は、攻撃を受けた被害国が侵略されていることを宣言し、かつ援助をしてもらう国に要請をする必要があります。

ですが、いまの「存立危機事態」の文言には、被害国からの要請について触れられていません。国際法上必要な条件をすっとばして、日本が集団的自衛権を行使すると言っているようなものです。

「たくさん」います!

荻上 長谷部さんが出席した憲法審査会の後、長谷部さんらの発言に対し、様々な「反論」が政府・与党から寄せられました。ひとつひとつ紹介したいと思います。まずは、菅官房長官の「反論」です。

記者 与党が推薦した参考人の方も違憲だとおっしゃっていますが。

菅 これだけではなく、全体の受け答えの中で参考人として招致したんじゃないでしょうか。

記者 長谷部先生は著名な憲法学者で、そういった方が違憲だと、自民党が推薦した方が違憲だと言っていることを……

 いや、まったく違憲ではないという著名な憲法学者もたくさんいらっしゃいます。ただその中で、今日はそういう発言があったということは承知しております。ただ、いま政府が提案していることに関しては、まったく違憲という指摘にあたらないと。

平成27年6月4日内閣官房長官記者会見

荻上 先日、当番組に出演した平沢勝栄議員も、菅官房長官同様、合憲とする憲法学者が「たくさん」いるという発言をしています。

荻上 質問が来ておりまして「平沢さんに質問です、憲法調査会後、菅官房長官が「合憲と言う憲法学者もたくさんいる」と発言しました。本当にいるなら、平沢さんご存じでしょうかあげてほしいです」

平沢 ですから、私が知っているだけでも、十何人おられますし。

荻上 十何人?

平沢 比較憲法学会に200人くらい入っているんですよ。憲法学会100人くらい入っているんですよ。比較憲法学会は百地章先生と言う日大の先生が理事をやっています。ここにいっぱいおります。みてください。ネットでみてください。

荻上 なんて検索すれば出てきますか。

平沢 いや、「比較憲法学会」って検索すれば出てきますよ。

荻上 そこの方々は……

平沢 いや全部じゃないですよ。そこには賛成しておられる方もいますよ。

辻元清美議員 たとえば、代表的な方は誰ですか。

平沢 百地先生です。

辻元 他には?

平沢 他にもいっぱいいますよ。見てみてください。

(荻上チキ・Session- 22 6月8日放送分「安保法案を与野党議員が徹底討論!」)

荻上 平沢さんも「十何人いる」「いっぱいいる」と発言されています。この「合憲とする憲法学者は沢山いる」という反論に対して、長谷部さんどう考えますか。

長谷部 本当にたくさんいらっしゃるんでしょうかね。私はどうもわかりません。木村さん分かります?

木村 いやぁ、ちょっと……。「たくさん」の意味にもよると思いますよね。「たくさん」が一人とか二人を指しているんだったら、探せば出てくるかもしれませんね。

いま、比較憲法学会の話が出てきましたが、確かに、理事の百地先生は、「集団的自衛権は合憲だ」と時々発言されています。ですが、学会の名簿を見ていると、今回の集団的自衛権の行使が明確に違憲だという声明に加わっている先生もけっこうおられます。

慶應義塾大学の小山剛先生は理事をしていますが、今回の法案は違憲だという立場を取られていますし、比較憲法学会の多くが合憲説だというのは言い過ぎです。

他局ですが、報道ステーションで憲法学者にアンケートを取っています。『憲法判例百選』(有斐閣)という、現役で活躍されている憲法学者が公平に選ばれて執筆している判例解説書があるんですが、その執筆者198人を対象にしています。

(テレビ朝日・報道STATIONホームページ:「憲法学者に聞いた~安保法制に関するアンケート調査の最終結果」

その結果、151人から返信があり、「一般に集団的自衛権の行使は日本国憲法に違反すると思いますか」という質問に132人が「憲法に違反する」、12人が「憲法違反の疑いがある」、4人が「憲法違反の疑いはない」と答えています。

また、「今回の安保法制は、憲法違反にあたると考えますか」との質問にも、127人が「憲法違反にあたる」、19人が「憲法違反の疑いがある」、3人が「憲法違反の疑いはない」と答えています。

これをもって、「たくさん」とするならば、独特の日本語感覚だと言わざるを得ないです。

荻上 では、憲法学者が1000人いたとするならば、20人くらいは合憲論者がいると?

長谷部 日本に、そんなに憲法学者はいませんが。

木村 400人程度だと思います。仮に、全員にアンケートを取って、全員に回答をもらえば、十数人いらっしゃるかもしれません。

荻上 一方で、支持している憲法学者の多い少ないだけで決まるものではなく、学説としての強度が重要だと思います。なぜ、これだけ、集団的自衛権が違憲だという意見が支持されるのでしょうか。

長谷部 やはり、集団的自衛権の行使を容認するのは論理的におかしいからでしょうね。

法案では、集団的自衛権の行使が認められるのは、国民の生命・自由・幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険、ときわめて限定するような文言になっています。

ただ、その文言にも関わらず、今の政府は、地球の裏側のホルムズ海峡で武力行使ができると言っています。いま、安倍首相が念頭においているのは機雷の掃海に限定されていますが、そのうち他のことも頭に浮かぶかもしれません。

木村 他局の番組で中谷防衛大臣とご一緒した時に、存立危機事態の要件を充たせば、基地攻撃をする場合もあると明確におっしゃっていましたね。

長谷部 いかにも限定的に見える文言と実際に政府がやろうとしていることとの間に、非常に大きな距離があると言わざるを得ません。そうなると、いかにも限定的に見える文言でも、本当は意味がないと考えざるを得ない。

荻上 機雷掃海だけを念頭においているのであれば、「機雷掃海法」をつくるとすれば誤解が生じにくいと思いますが、ちなみにその場合は合憲になるんでしょうか。

長谷部 集団的自衛権の行使を前提とするならば、ダメです。

木村 機雷掃海が一切できないわけではありません。戦争が終わった状況でやるのは問題ありません。あるいは、領海国の同意を得て、不法にしかけられたものを掃海する場合は、武力行使にはあたらないと評価できる可能性もあります。

武力行使になる のは、領海国が「入ってほしくない」と言っているのに、無理やり入っていって除去するような活動になるので、機雷の掃海だけではすまないでしょう。

「砂川判決」を読みましょう

荻上 最近では、集団的自衛権の根拠として、砂川判決が引き合いに出されています。安倍総理も会見でこのように述べています。

記者 今国会で審議中の安全保障関連法案について、伺います。先の衆議院憲法審査会で、与党推薦の方を含む、参考人3人の憲法学者全員が憲法違反であると明言しました。この学者の指摘をどのように受け止めていますでしょうか。それと各種世論調査でも反対が賛成を上回っている状況ですが、国民の声や学者の指摘を踏まえて、法案を撤回したり、見直されたりするお考えはありますでしょうか。お聞かせください。

安倍総理 今回の法整備あたって、憲法解釈の基本的論理はまったく変わっていません。基本的論理は、砂川事件に関する最高裁判決の考え方と、軌を一にするものであります。

この砂川事件の最高裁判決、憲法と自衛権に関わる判決でありますが、この判決にこうあります。「我が国が自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛の措置を取り得ることは、国家固有の権能の行使として当然のことと言わなければならない」とあります。これが、憲法のまず基本的な論理の一つであります。

こうした憲法解釈の下に、今回、自衛の措置としての武力の行使は、世界に類を見ない、非常に厳しい、新三要件のもと、限定的に、国民の命と幸せな暮らしを守るために、行使できる、行使することといたしました。

その三要件とは、我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由、幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること。そして、これを排除し、我が国の存立をまっとうし、国民を守るために他に適当な手段がないこと。

つまり、外交的な手段はやり尽くすと。やり尽くした上で、国民の命を守るためには、これ以外に手段がないという状況になっているということであります。

そして、その上において、「必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと」という新三要件が、あるわけであります。先ほど申し上げた憲法の基本的な論理は貫かれていると私は確信しております。

(2015年6月8日「内外記者会見」より抄録)

荻上 この発言に対し、リスナーから様々な質問が来ています。

「長谷部教授と木村准教授に質問です。政府および昨日の安部総理は集団的自衛権が違憲ではない根拠として、砂川裁判の最高裁判決を例示しています。それについてはどうお考えになるでしょうか。」

長谷部 何人かの自民党の方が、砂川事件の最高裁判決が集団的自衛権を認めていると仰っています。ですが、これはまったく理解に苦しむ話です。砂川事件というのはご存知の通り、日米安保条約(厳密には旧安保条約)の合憲性が問われた事件です。

日米安保は日本の個別的自衛権とアメリカの集団的自衛権の組み合わせで日本を防衛する条約です。その合憲性が問われているわけですから、日本の集団的自衛権についてはそもそも争点になっていないわけです。そのような判決を根拠にして「集団的自衛権は認められる」というのはどう考えてもおかしな話です。

木村 砂川判決では、

「同条2項がいわゆる自衛のための戦力の保持をも禁じたものであるか否かは別として、同条項がその保持を禁止した戦力とは、わが国がその主体となつてこれに指揮権、管理権を行使し得る戦力をいうものであり、結局わが国自体の戦力を指し、外国の軍隊は、たとえそれがわが国に駐留するとしても、ここにいう戦力には該当しない」

としているわけで、日本自身が自衛のための戦力を保持できるかについての判断を留保している。この点については、奥野・高橋意見ではより明確にされていて、最後にカッコ書きがあって、

「なお、憲法九条が自衛のためのわが国自らの戦力の保持をも禁じた趣旨であるか否かの点は、上告趣意の直接論旨として争つているものとは認められないのみならず、本件事案の解決には必要でないと認められるから、この点についてはいまここで判断を示さない」

とされています。日本が自衛隊を編成して個別的自衛権を行使できるかどうか自体は争点になっていません。そこは判断しないと言っている。個別的自衛権の行使ですら、「今回は議論しません」と言っているのに、ましてそこで集団的自衛権について読みこむのはそうとうおかしい。これから、砂川判決を持ち出す人をみたら、判決文は読んでいないと思っていいでしょう。

(「砂川判決」全文はこちら→http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/816/055816_hanrei.pdf )

憲法に拘泥!?

荻上 長谷部さんらの「憲法違反」との指摘を受けて、野党側からいろんな追及がきたため、政府が見解を文章で用意する事態になりました。この文章をSession- 22で手に入れましたので紹介したいと思います。もともとの文章はA4の紙に5枚とボリュームがありますので、ポイントを木村さんにまとめていただきました。

昭和47年の政府見解においては、「存立を全うするために必要な自衛の措置をとることを禁じているとはとうてい解されない。」としている。新三要件は、これに当てはまれる例外的な場合として、我が国に対する武力攻撃が発生した場合に限られるとしてきたこれまでの認識を改め、他国に対する武力攻撃が発生し、我が国の存立が脅かされる場合もそれにあてはまるとしたものである。国民に我が国が武力攻撃を受けた場合と同様な深刻、重大な被害が及ぶことが明らかであるということが必要である

(「安保法案に関する政府見解」と「自民党議員向け文書」全文はこちら→http://www.tbsradio.jp/ss954/2015/06/post-309.html )

荻上 これは、6月9日に内閣官房と内閣法制局が出した文章でこの間の長谷部さんたちの「違憲だ」という発言、それに基づいた野党からの反論に対して応答したものになっています。

長谷部 これは、去年の7月1日の閣議決定で言っていることの繰り返しですね。反論なのかな? 単なる繰り返しですね。新たに何かを言っているわけではありません。

荻上 なるほど。木村さん、このポイントはどういうものですか。

木村 おっしゃる通り、なんの反論にもなっていません。

要点をまとめます。「存立危機事態」は最近出て来た言葉ではなく、昭和47年の政府見解にすでに登場しています。「存立危機事態」とは、日本が武力攻撃を受ける時だけ認定できる。その時に武力行使ができる、というのが47年からの解釈でした。

じゃあ、外国が攻撃を受けて、日本の存立危機事態が生じた場合にはどうなるのか。それも「存立危機事態」なので、武力行使ができるはずですよね、というのが今回の文章の意味です。

ただ、その論理で行くのであれば日本自身も武力攻撃を受けていないと、存立危機事態を認定できないはずです。ですが、国会審議などをみていると、日本が武力攻撃をうけていない状況でも、存立危機事態を認定する前提で議論が進んでいます。

運用の指針が違憲の範囲をやることを前提に示されているので、法案は違憲と断ぜざるを得ない。この文章はなんら反論になっていません。

要は、日本の自衛のために先制攻撃したい、集団的自衛権を名目に許してください、と言っているようなものです。先制攻撃ですので、日本の自衛として説明がつかないはずです。だから、多くの憲法学者は「当然違憲でしょ」という結論になっています。

荻上 木村さんから長谷部さんに質問はありますか?

木村 政府は「自衛のための必要最小限度の範囲に、集団的自衛権も含まれるんじゃないか」という趣旨のことを言っているんですが、それはなぜおかしいのでしょうか。

長谷部 理由はいくつかありますが、非常に単純に申しますと、集団的自衛権は「他国を防衛するために武力を行使する」ということです。もともと「自衛権」という名前の付け方がおかしいと言われていました。

ですから、個別的自衛権を支えているはずの論拠を延長したところで、集団的自衛権の話は自然に出てきません。本質のまったく異なる概念であることは明白です。

荻上 「自衛権」という同じ言葉を使っているけれど、まったく別物だということですか。確かに、憲法学者の中には「他衛権」という表現を使って説明する人もいますね。これだけ話題になっている今、議員の方々も、まずは実際の砂川裁判の判決をつまびらかに読むことが必要ということになるでしょうか。

また、高村副総裁は「憲法学者はどうしても憲法九条二項の字面に拘泥する」とおっしゃっていました。長谷部さんはどうお考えになられましたか。

長谷部 憲法の字面に拘泥しない立憲主義なんて無理ですよね。「憲法に拘泥しないで政治権力を使いたい」という意図で高村さんがおっしゃっているのだとしたら、大変こわい話だと思いましたねえ。

荻上 憲法九十九条には、は、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」とあります。確かに議員の方は、憲法を守って擁護する、そうした義務を負っています。

木村 「政策的に必要だから、憲法は無視する」というご発言だと理解してよろしいんではないかと思います。当然、憲法の尊重擁護義務はありますし、少なくともそのような人物を副総裁に据えたことがまさに「人選ミス」でないのかは問われるべきだと思います。

「論理的限界を超えている」

荻上 リスナーの方からこんな質問が来ています。

「長谷部さんはもともと集団的自衛権行使容認には反対の立場だと伺いました。安全保障法案が審議されているこの時期、憲法審査会の参考人として与党に推薦された時は意外だったんでしょうか。」

長谷部 どなたでもそうでしょうが、「参考人」は聞かれた問いに対して自分が正しいことを言うものです。それはいつでも変わるものではありません。学者として見解を問われたら、どの参考人もそうおっしゃるはずです。

荻上 今回、「人選ミス」という発言がなされました。先日の放送でも平沢議員は、「そもそも参考人を呼ぶというのは、各党が自分の党の発言を替わりに言ってもらうようなもの。だからこそ今回は『人選ミス』なんだ」という趣旨の発言していました。参考人は単なる代弁者なのか、それとも別の意義があると思いますか。

長谷部 国会は国民全体の利益につながる政策をいかにして実現するのか考える場です。参考人として呼ばれるのであれば、国民全体の利益を考えて自分の意見を述べるはずですね。各政党としては、政党としての観点から国民全体の利益を実現しようとしているわけですから、一般論としては目指すところは同じになってくるんじゃないかなと私は思います。

木村 そうですね。長谷部先生の発言は特定の政治思想や政党のために発言しているわけではないでしょう。長谷部先生の憲法解釈論は、他の方と比べても、かなり抑制を効かせているタイプだと感じています。私の指導教員である高橋和之先生は「あるべき憲法」をドーンと打ち出して、政府や最高裁の判例と違っているときは厳しく批判されています。

ですが、長谷部先生は今までの政府解釈や最高裁判決をできるだけ尊重し、筋が通っているのか考えるタイプの方です。そういう先生でも今回無理だというのは、正直「意見が分かれる」というレベルではない。

先日、東大教授の石川健治先生が「論理的限界を超えている」とシンポジウムで仰っていましたが、まさに論理的限界を超えていて、解釈とは言えないものなので、憲法学者の多くの意見が一致すると。

荻上 こんなメールも来ています。

「安保法制をめぐる安倍政権の動きをみた上で、現時点でも特定秘密保護法の制定は正しかったとお考えですか。」

長谷部 はい。特定秘密保護法については正しいと考えています。あそこで採用された様々な制度、たとえば特定秘密にアクセスできる人をスクリーニングして限定する行為は、事実上いままでずっとやってきました。ですが、その運用に今まで文句は言えなかった。

しかし、それは昇進等の人事にも関わる話なので、法制度をつくることによって、スクリーニングの過程に不服がある人は不服を申し立てることが可能になるわけです。

ジャーナリストの方が取材が萎縮すると心配されていますが、判例法理で、よほどおかしなことをしないかぎり、罪に問われることはないことになっているわけですから、萎縮することなく、政府への取材を続けるべきだと私は考えます。

荻上 先ほどのメールですと「安倍政権の動きをみて」という話ですけど、政権の動きに合わせて長谷部さんはお話しているわけではない、と。

長谷部 いつまでも安倍政権であるわけじゃないですから。そもそも、特定秘密保護法の骨格案が出たのは民主党政権のときです。そこで私は法案の骨格づくりの手伝いをしました。民主党政権だと賛成、安倍政権だと反対。同じ法律なのにおかしいですよね。

荻上 これからの安保法制、どのような議論に注目していくべきでしょうか。

木村 長谷部先生が、礒崎陽輔議員らと一緒に「ジャーナリズム」という雑誌で対談されています。磯崎さんは、日本に向けた武力攻撃への着手がなくても武力行使をしたいからやる、と明確に言っています。まさに、先制攻撃を自衛名目でやりたいと言っている。このような議論は本当に正しいのか、注目して欲しいと思います。

長谷部 憲法との整合性も問題ですが、こういった安保法制をつくることで、本当に日本が安全になるのか。昨年末の閣議決定でも、「日本をとりまく安全保障が変化した」と言われていますよね。本当にそうなのかはわかりませんが、危険な方向に変化しているのだとしたら、日本の限られた防衛力を全地球的に拡散させるのは愚の骨頂だと思います。

サッカーで自軍のゴールがあぶないというのに、味方を相手方のフィールドに拡散させるような話ですから。なぜ、そんなことをわざわざ試みようとしようとしているのか、私には理解できないですね。

【参考】

・「衆議院インターネット審議中継」2015年6月4日 (木)憲法審査会

長谷部氏の立憲主義の解説は、長谷部参考人発言部分。違憲発言は、中川氏の質問中。機雷掃海の話題は、北側氏の質問中に確認できる。

プロフィール

木村草太憲法学者

1980年生まれ。東京大学法学部卒。同助手を経て、現在、首都大学東京教授。助手論文を基に『平等なき平等条項論』(東京大学出版会)を上梓。法科大学院での講義をまとめた『憲法の急所』(羽鳥書店)は「東大生協で最も売れている本」と話題に。近刊に『キヨミズ准教授の法学入門』(星海社新書)『憲法の創造力』(NHK出版新書)がある。

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長谷部恭男憲法学者

1956年生まれ。1979年東京大学法学部卒業。早稲田大学大学院法務研究科教授。学習院大学法学部助教授・同教授、東京大学院法学政治学研究科教授を経て、2014年から現職。著作に『権力への懐疑-憲法学のメタ理論』(日本評論社、1991)『憲法学のフロンティア』(岩波書店、1999)『憲法入門』(羽鳥書店、2010)『法とは何か』(河出書房新社、2011)『憲法』第6版(新世社、2014)など多数。

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荻上チキ評論家

「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」スーパーバイザー。著書に『ウェブ炎上』(ちくま新書)、『未来をつくる権利』(NHKブックス)、『災害支援手帖』(木楽舎)、『日本の大問題』(ダイヤモンド社)、『彼女たちの売春(ワリキリ)』(新潮文庫)、『ネットいじめ』『いじめを生む教室』(以上、PHP新書)ほか、共著に『いじめの直し方』(朝日新聞出版)、『夜の経済学』(扶桑社)ほか多数。TBSラジオ「荻上チキ Session-22」メインパーソナリティ。同番組にて2015年ギャラクシー賞(ラジオ部門DJ賞)、2016年にギャラクシー賞(ラジオ部門大賞)を受賞。

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