安保法案は違憲!?――渦中の憲法学者・長谷部恭男教授に訊く

「砂川判決」を読みましょう

 

荻上 最近では、集団的自衛権の根拠として、砂川判決が引き合いに出されています。安倍総理も会見でこのように述べています。

 

記者 今国会で審議中の安全保障関連法案について、伺います。先の衆議院憲法審査会で、与党推薦の方を含む、参考人3人の憲法学者全員が憲法違反であると明言しました。この学者の指摘をどのように受け止めていますでしょうか。それと各種世論調査でも反対が賛成を上回っている状況ですが、国民の声や学者の指摘を踏まえて、法案を撤回したり、見直されたりするお考えはありますでしょうか。お聞かせください。

 

安倍総理 今回の法整備あたって、憲法解釈の基本的論理はまったく変わっていません。基本的論理は、砂川事件に関する最高裁判決の考え方と、軌を一にするものであります。

 

この砂川事件の最高裁判決、憲法と自衛権に関わる判決でありますが、この判決にこうあります。「我が国が自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛の措置を取り得ることは、国家固有の権能の行使として当然のことと言わなければならない」とあります。これが、憲法のまず基本的な論理の一つであります。

 

こうした憲法解釈の下に、今回、自衛の措置としての武力の行使は、世界に類を見ない、非常に厳しい、新三要件のもと、限定的に、国民の命と幸せな暮らしを守るために、行使できる、行使することといたしました。

 

その三要件とは、我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由、幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること。そして、これを排除し、我が国の存立をまっとうし、国民を守るために他に適当な手段がないこと。

 

つまり、外交的な手段はやり尽くすと。やり尽くした上で、国民の命を守るためには、これ以外に手段がないという状況になっているということであります。

 

そして、その上において、「必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと」という新三要件が、あるわけであります。先ほど申し上げた憲法の基本的な論理は貫かれていると私は確信しております。

 

(2015年6月8日「内外記者会見」より抄録)

 

荻上 この発言に対し、リスナーから様々な質問が来ています。

 

「長谷部教授と木村准教授に質問です。政府および昨日の安部総理は集団的自衛権が違憲ではない根拠として、砂川裁判の最高裁判決を例示しています。それについてはどうお考えになるでしょうか。」

 

長谷部 何人かの自民党の方が、砂川事件の最高裁判決が集団的自衛権を認めていると仰っています。ですが、これはまったく理解に苦しむ話です。砂川事件というのはご存知の通り、日米安保条約(厳密には旧安保条約)の合憲性が問われた事件です。

 

日米安保は日本の個別的自衛権とアメリカの集団的自衛権の組み合わせで日本を防衛する条約です。その合憲性が問われているわけですから、日本の集団的自衛権についてはそもそも争点になっていないわけです。そのような判決を根拠にして「集団的自衛権は認められる」というのはどう考えてもおかしな話です。

 

木村 砂川判決では、

 

「同条2項がいわゆる自衛のための戦力の保持をも禁じたものであるか否かは別として、同条項がその保持を禁止した戦力とは、わが国がその主体となつてこれに指揮権、管理権を行使し得る戦力をいうものであり、結局わが国自体の戦力を指し、外国の軍隊は、たとえそれがわが国に駐留するとしても、ここにいう戦力には該当しない」

 

としているわけで、日本自身が自衛のための戦力を保持できるかについての判断を留保している。この点については、奥野・高橋意見ではより明確にされていて、最後にカッコ書きがあって、

 

「なお、憲法九条が自衛のためのわが国自らの戦力の保持をも禁じた趣旨であるか否かの点は、上告趣意の直接論旨として争つているものとは認められないのみならず、本件事案の解決には必要でないと認められるから、この点についてはいまここで判断を示さない」

 

とされています。日本が自衛隊を編成して個別的自衛権を行使できるかどうか自体は争点になっていません。そこは判断しないと言っている。個別的自衛権の行使ですら、「今回は議論しません」と言っているのに、ましてそこで集団的自衛権について読みこむのはそうとうおかしい。これから、砂川判決を持ち出す人をみたら、判決文は読んでいないと思っていいでしょう。

 

(「砂川判決」全文はこちら→http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/816/055816_hanrei.pdf )

 

 

憲法に拘泥!?

 

荻上 長谷部さんらの「憲法違反」との指摘を受けて、野党側からいろんな追及がきたため、政府が見解を文章で用意する事態になりました。この文章をSession- 22で手に入れましたので紹介したいと思います。もともとの文章はA4の紙に5枚とボリュームがありますので、ポイントを木村さんにまとめていただきました。

 

昭和47年の政府見解においては、「存立を全うするために必要な自衛の措置をとることを禁じているとはとうてい解されない。」としている。新三要件は、これに当てはまれる例外的な場合として、我が国に対する武力攻撃が発生した場合に限られるとしてきたこれまでの認識を改め、他国に対する武力攻撃が発生し、我が国の存立が脅かされる場合もそれにあてはまるとしたものである。国民に我が国が武力攻撃を受けた場合と同様な深刻、重大な被害が及ぶことが明らかであるということが必要である

 

(「安保法案に関する政府見解」と「自民党議員向け文書」全文はこちら→http://www.tbsradio.jp/ss954/2015/06/post-309.html )

 

荻上 これは、6月9日に内閣官房と内閣法制局が出した文章でこの間の長谷部さんたちの「違憲だ」という発言、それに基づいた野党からの反論に対して応答したものになっています。

 

長谷部 これは、去年の7月1日の閣議決定で言っていることの繰り返しですね。反論なのかな? 単なる繰り返しですね。新たに何かを言っているわけではありません。

 

荻上 なるほど。木村さん、このポイントはどういうものですか。

 

木村 おっしゃる通り、なんの反論にもなっていません。

 

要点をまとめます。「存立危機事態」は最近出て来た言葉ではなく、昭和47年の政府見解にすでに登場しています。「存立危機事態」とは、日本が武力攻撃を受ける時だけ認定できる。その時に武力行使ができる、というのが47年からの解釈でした。

 

じゃあ、外国が攻撃を受けて、日本の存立危機事態が生じた場合にはどうなるのか。それも「存立危機事態」なので、武力行使ができるはずですよね、というのが今回の文章の意味です。

 

ただ、その論理で行くのであれば日本自身も武力攻撃を受けていないと、存立危機事態を認定できないはずです。ですが、国会審議などをみていると、日本が武力攻撃をうけていない状況でも、存立危機事態を認定する前提で議論が進んでいます。

 

運用の指針が違憲の範囲をやることを前提に示されているので、法案は違憲と断ぜざるを得ない。この文章はなんら反論になっていません。

 

要は、日本の自衛のために先制攻撃したい、集団的自衛権を名目に許してください、と言っているようなものです。先制攻撃ですので、日本の自衛として説明がつかないはずです。だから、多くの憲法学者は「当然違憲でしょ」という結論になっています。

 

荻上 木村さんから長谷部さんに質問はありますか?

 

木村 政府は「自衛のための必要最小限度の範囲に、集団的自衛権も含まれるんじゃないか」という趣旨のことを言っているんですが、それはなぜおかしいのでしょうか。

 

長谷部 理由はいくつかありますが、非常に単純に申しますと、集団的自衛権は「他国を防衛するために武力を行使する」ということです。もともと「自衛権」という名前の付け方がおかしいと言われていました。

 

ですから、個別的自衛権を支えているはずの論拠を延長したところで、集団的自衛権の話は自然に出てきません。本質のまったく異なる概念であることは明白です。

 

荻上 「自衛権」という同じ言葉を使っているけれど、まったく別物だということですか。確かに、憲法学者の中には「他衛権」という表現を使って説明する人もいますね。これだけ話題になっている今、議員の方々も、まずは実際の砂川裁判の判決をつまびらかに読むことが必要ということになるでしょうか。

 

また、高村副総裁は「憲法学者はどうしても憲法九条二項の字面に拘泥する」とおっしゃっていました。長谷部さんはどうお考えになられましたか。

 

長谷部 憲法の字面に拘泥しない立憲主義なんて無理ですよね。「憲法に拘泥しないで政治権力を使いたい」という意図で高村さんがおっしゃっているのだとしたら、大変こわい話だと思いましたねえ。

 

荻上 憲法九十九条には、は、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」とあります。確かに議員の方は、憲法を守って擁護する、そうした義務を負っています。

 

木村 「政策的に必要だから、憲法は無視する」というご発言だと理解してよろしいんではないかと思います。当然、憲法の尊重擁護義務はありますし、少なくともそのような人物を副総裁に据えたことがまさに「人選ミス」でないのかは問われるべきだと思います。

 

 

木村氏

木村氏

 

 

「論理的限界を超えている」

 

荻上 リスナーの方からこんな質問が来ています。

 

「長谷部さんはもともと集団的自衛権行使容認には反対の立場だと伺いました。安全保障法案が審議されているこの時期、憲法審査会の参考人として与党に推薦された時は意外だったんでしょうか。」

 

長谷部 どなたでもそうでしょうが、「参考人」は聞かれた問いに対して自分が正しいことを言うものです。それはいつでも変わるものではありません。学者として見解を問われたら、どの参考人もそうおっしゃるはずです。

 

荻上 今回、「人選ミス」という発言がなされました。先日の放送でも平沢議員は、「そもそも参考人を呼ぶというのは、各党が自分の党の発言を替わりに言ってもらうようなもの。だからこそ今回は『人選ミス』なんだ」という趣旨の発言していました。参考人は単なる代弁者なのか、それとも別の意義があると思いますか。

 

長谷部 国会は国民全体の利益につながる政策をいかにして実現するのか考える場です。参考人として呼ばれるのであれば、国民全体の利益を考えて自分の意見を述べるはずですね。各政党としては、政党としての観点から国民全体の利益を実現しようとしているわけですから、一般論としては目指すところは同じになってくるんじゃないかなと私は思います。

 

木村 そうですね。長谷部先生の発言は特定の政治思想や政党のために発言しているわけではないでしょう。長谷部先生の憲法解釈論は、他の方と比べても、かなり抑制を効かせているタイプだと感じています。私の指導教員である高橋和之先生は「あるべき憲法」をドーンと打ち出して、政府や最高裁の判例と違っているときは厳しく批判されています。

 

ですが、長谷部先生は今までの政府解釈や最高裁判決をできるだけ尊重し、筋が通っているのか考えるタイプの方です。そういう先生でも今回無理だというのは、正直「意見が分かれる」というレベルではない。

 

先日、東大教授の石川健治先生が「論理的限界を超えている」とシンポジウムで仰っていましたが、まさに論理的限界を超えていて、解釈とは言えないものなので、憲法学者の多くの意見が一致すると。

 

荻上 こんなメールも来ています。

 

「安保法制をめぐる安倍政権の動きをみた上で、現時点でも特定秘密保護法の制定は正しかったとお考えですか。」

 

長谷部 はい。特定秘密保護法については正しいと考えています。あそこで採用された様々な制度、たとえば特定秘密にアクセスできる人をスクリーニングして限定する行為は、事実上いままでずっとやってきました。ですが、その運用に今まで文句は言えなかった。

 

しかし、それは昇進等の人事にも関わる話なので、法制度をつくることによって、スクリーニングの過程に不服がある人は不服を申し立てることが可能になるわけです。

 

ジャーナリストの方が取材が萎縮すると心配されていますが、判例法理で、よほどおかしなことをしないかぎり、罪に問われることはないことになっているわけですから、萎縮することなく、政府への取材を続けるべきだと私は考えます。

 

荻上 先ほどのメールですと「安倍政権の動きをみて」という話ですけど、政権の動きに合わせて長谷部さんはお話しているわけではない、と。

 

長谷部 いつまでも安倍政権であるわけじゃないですから。そもそも、特定秘密保護法の骨格案が出たのは民主党政権のときです。そこで私は法案の骨格づくりの手伝いをしました。民主党政権だと賛成、安倍政権だと反対。同じ法律なのにおかしいですよね。

 

荻上 これからの安保法制、どのような議論に注目していくべきでしょうか。

 

木村 長谷部先生が、礒崎陽輔議員らと一緒に「ジャーナリズム」という雑誌で対談されています。磯崎さんは、日本に向けた武力攻撃への着手がなくても武力行使をしたいからやる、と明確に言っています。まさに、先制攻撃を自衛名目でやりたいと言っている。このような議論は本当に正しいのか、注目して欲しいと思います。

 

長谷部 憲法との整合性も問題ですが、こういった安保法制をつくることで、本当に日本が安全になるのか。昨年末の閣議決定でも、「日本をとりまく安全保障が変化した」と言われていますよね。本当にそうなのかはわかりませんが、危険な方向に変化しているのだとしたら、日本の限られた防衛力を全地球的に拡散させるのは愚の骨頂だと思います。

 

サッカーで自軍のゴールがあぶないというのに、味方を相手方のフィールドに拡散させるような話ですから。なぜ、そんなことをわざわざ試みようとしようとしているのか、私には理解できないですね。

 

 

【参考】

・「衆議院インターネット審議中継」2015年6月4日 (木)憲法審査会

長谷部氏の立憲主義の解説は、長谷部参考人発言部分。違憲発言は、中川氏の質問中。機雷掃海の話題は、北側氏の質問中に確認できる。

 

 

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