「盗聴法」改正案の問題点とは?

いつでもどこでも傍受が可能に

 

荻上 対象範囲が拡大されるということは、これから盗聴の活用事例や捜査事例が増えることを前提にした方がいいんですね。

 

青木 ええ。今回の改正案について僕は、「盗聴捜査の全面解禁」に近い内容だと受け止めています。例えば窃盗は、警察が年間に把握する全犯罪の実に7割を占めています。つまり警察が「組織性あり」と断ずれば、およそありとあらゆる犯罪で盗聴捜査が行われることになりかねない。しかも今回の改正案は、従来の盗聴法にあった歯止めをさらに外そうとしています。

 

山下 今回大きく二つの改正があって、一つは対象犯罪の拡大。これは法律が成立して官報に掲載されてから6ヶ月以内に施行されます。もう一つは、警察本部において立会人無しで盗聴できるというもので、これは三年以内に施行されます。なぜこれだけ期間が設けられているのかというと、盗聴を記録したものを暗号化する機械を作らないといけないからです。

 

とりあえず対象犯罪が拡大しただけだと年間数百件というくらいかもしれないが、立会いがなくなると一気に増えて、下手したら数千件に及ぶ可能性があると思います。そういう意味では、こちらの方が今回の目玉となっています。

 

荻上 暗号化するということは、警察は「外には漏れませんよ」と言いたい。

 

山下 改正後は、盗聴した記録をインターネットで通信事業者から警察本部に送って傍受する方法も考えられています。その際に暗号化する必要があるのです。通信事業者と全国の警察署を結ぶ専用回線があれば問題がないのですが、ある業者に警察庁が委託して調査したところ、専用回線を引くには30〜40億程度かかるということでした。

 

荻上 その専用回線で得たデータをUSBに入れて別のパソコンで作業したりしたら、この前の「漏れた年金」みたいな問題になりかねないですよね。

 

山下 法律の建前としては、伝送されたものは一回聞いたら消さないといけないことになっています。

 

荻上 自動的に消えるシステムにするのか、それとも警察の自治的な性善説に則った運用で「消しますよ。だからOKです」というものなのかで随分違いますよね。

 

山下 おそらくそれはソフトの仕様で自動的に消すようにするんだと思いますが、まだはっきりしない部分ですね。別のところでそれをコピーして使用するのはいけないことになっていますが、それはどれだけ担保されているのか疑問は残るところです。法律でかなり細かく、こういう機能を持たなければならない、と書き込む形になっているのですが。

 

荻上 そうした様々な準備が整ったところで立会無しで盗聴が可能になると、なぜ活用事例が急激に増えてしまうのでしょう。

 

山下 実は現在、KDDI、NTT、softbankなどの通信を傍受できる場所は東京に一箇所ずつしかないんです。だから地方の警察はわざわざ東京に来てやっています。

 

例えば、原則10日間と決められている中で傍受のために2時間ごとに立会人を確保するとなると、あらかじめ相談して人を探してもらって、立会人の確保を確認したところで令状を取ります。この手続きがものすごい大変なんですね。これが現在年間10件しかない理由となっています。3年以内に各警察本部で傍受が可能になると、これまでと違っていつでもどこでもできるようになる。ここが最大の問題です。

 

しかも、今まではリアルタイムで盗聴していたんですが、今回の法律ではあらかじめ保存したものを傍受することになります。10日間分をあらかじめ保存しておきまして、10日後にゆっくり聞く。捜査では緊急性が必要なのに、本末転倒な気がするのですが…。電話の会話が10分しかなかった場合はその10分だけ、該当性判断のための傍受をすればいい。時間も手間もいらない、人の配置も必要ないお手軽な傍受ができるので、警察としては効率が良いということになります。

 

 

聞かれていたかどうかは分からない

 

荻上 なにを盗聴したかは後で開示されるのですか。

 

山下 一応、この法律は国会に毎年実施状況を報告する義務がありますので、その件数と、どういう犯罪についてやったか、何人逮捕したか等は開示されます。

 

ここ数年の傾向をいいますと、実際盗聴してみたけど一件も犯罪関連通信がなかったという件数がだんだん増えてきています。要するにヒット率が下がってきているのです。これは犯罪者の方の技術が進歩してきて携帯電話を複数個使い分けたりするので、警察の方がターゲットを絞りきれていないことが考えられます。

 

また、犯罪に関係する通信をした人には通知する制度というのがありまして、一ヶ月以内に原則として通知することになっています。しかし関係のない通話を聞かれた人には明らかにされないんですね。聞かれていたことはわからないわけです。

 

荻上 盗聴したログはすべて残しておく義務があるのでしょうか。

 

山下 聞いた履歴はすべて裁判所に保管することになっています。現行法では、電話がかかってきてまず最初のほうを聞くんですね。そこで犯罪に関係するかどうか判断する。関係なければ自動的に切れます。で、また聞く。それで関係あれば、あるスイッチを押すと続いて聞ける。関係なければまた自動的に切れる…それが繰り返されて、録音されたものが記録媒体に残ります。それが裁判所に保管される。

 

関係ないのにずっと聞かれたとしても、それは裁判所に残ることになります。しかし、聞かれたけど関係なかったものは一切通知がこないので、裁判所にあるとは分からないんですよね。

 

荻上 たとえば、「もしかしたら盗聴されているかも」という懸念から情報公開を求めた場合は、裁判所は応じてくれますか?

 

山下 裁判所としては、通話をもらっていない人にその資格があるかどうかというところで切ってしまう可能性は高いですね。

 

荻上 盗聴した記録の利用範囲は法律で定められているんですか。

 

山下 警察・検察の手元には犯罪に関係するものだけが残され、捜査に関係するもののみ、使うことができます。例えば、取り調べの時にその記録を示して自白を強要するケースがあります。また、盗聴時に犯罪と関係がないと判断した記録を別の捜査に使うことは許されません。

 

荻上 データとしては保存してはいけないことになっていても、そこで知った情報を手書きでファイルに記録したり、報告書を作ることもできますよね。

 

山下 そういうことをしていいとは書かれていませんが、やっている可能性はゼロではないですね。聞かれたくないことを聞かれたとして、それを使って脅迫したり、自白を強要することもあるかもしれません。

 

荻上 電話の話がメインですが、メールやLINEなどのSNSでのやり取りも含まれるんでしょうか。

 

山下 一応、電子メールも対象にしています。ただし、実は電子メールは今まで一件も盗聴されたことはないんですね。警察・検察の捜査の現場では、送る人側のプロバイダーのサーバーから受ける人側のサーバーに届いた瞬間に通信は終わっています。

 

ですから、まだ自分のプロバイダーからデータを読みだしていなくても、その時点で通信ではなく単なるパソコンのデータに過ぎないのです。

 

そこは通信傍受法ではなくて、検証許可状や捜索差押許可状を使って差押等をしていると考えられます。この場合は対象犯罪の限定がありませんので、実は相当取っていると思うんですね。

 

荻上 今回の改正でその点はどうなるんですか。

 

山下 同じです。今回はむしろ電話を中心に議論されていて、あまりネットの扱いは変わりません。しかしSNSも対象になるという答弁はされています。

 

 

山下氏

山下氏

 

 

「治安維持」そのものが変わってしまう

 

荻上 もともと通信傍受法は、1999年に治安関連の法律がたくさんできた中の一つとして生まれたんですよね。最近だと特定秘密保護法や安保関連の法案が議論されていますが、その中で通信傍受法改正が位置づけられる意味とはどういったものなのでしょう。

 

青木 いずれにも共通するのは、国家による治安・国民統制・監視機能の大幅な強化という点でしょう。警察にせよ、検察にせよ、捜査機関で捜査にあたっている人々は、別に悪人ばかりじゃない。大半が職務熱心なのは間違いない。

 

しかし、時にはとんでもないほどの悪行に平然と手を染めることがある。大阪地検特捜部の証拠改ざんなどはどの一つだし、組織全体が暴走した際はもっとひどいことになります。また、洋の東西や社会体制の左右を問わず、国家の治安機能などが増強されると、それに反比例する形で国民や市民の自由は確実に制限されていく。この点は十分に注意しなくてはいけません。

 

事実、警察は過去に違法盗聴を平然と行なっていました。その一例が、80年代に共産党幹部だった緒方靖夫さんの自宅の電話が盗聴されていた事件です。警察の公安部門は共産党を「危険団体」と睨んでいるから、情報収集名目で盗聴していたわけです。

 

警察にしてみれば「治安維持のため」ということになるのでしょうが、そういう歪んだ“正義感”が暴走すると、とんでもないことになりかねない。しかも警察庁は、いまに至るも「警察は盗聴などと言われることは過去に一度もしていない」と言い張っています。そんな警察組織の盗聴捜査に合法化のお墨付きを与えて大丈夫なのか。

 

それからもう一つは、今後は幅広い一般市民が盗聴捜査の対象になるだろう、ということです。ごく一例を挙げれば、警察は今回の改正を「振り込め詐欺の捜査にも有効」と訴えています。末端は捕まえられるが、なかなか首謀者にたどり着けないから、盗聴によって首謀者までさかのぼりたいんだと。

 

そうなると、例えば自分の知り合いとか、飲み屋でたまたま名刺交換して何度か電話交換した人の中に振り込め詐欺の末端メンバーがいたとして、そいつが警察に捕まれば、首謀者を捕まえるためと称して盗聴捜査が幅広く展開されるでしょう。当然、何度か電話でやりとりした人物や、ラインやメールで連絡を取った人物は片っ端から盗聴捜査の対象になります。すると、誰もが無縁じゃなくなる。

 

山下 振り込め詐欺は「受け子」と呼ばれる人達が摘発されることが多いんですよね。彼らはアルバイト感覚でやってる場合が多くて、本来の組織犯罪の末端というよりは、利用されてやっているわけですよ。盗聴法が怖いのは、こういう人をターゲットにして、その人に電話してくる人全てを傍受できるわけですから、関係のない人たちがかなり傍受されてしまう可能性があるからです。

 

しかも、法律上はかけてきた人の電話を逆探知して、それが誰なのか調べられることになっていますので、そこで色んな人の個人情報が取れるわけです。それらが捜査対象になっていくことで、ごく普通の市民の方々までもが巻き込まれてしまう恐れがあります。

 

荻上 治安維持のあり方そのものが根本から変わるということですね。成立した当時は公明党が歯止めをかけたという話がありましたが、今回はどうなんでしょう。

 

山下 そういった動きはないと思います。野党からは、修正案として警察署で傍受すべきでないとか、対象犯罪を限定するべきだとか意見は出されていますが。何せ圧倒的に与党の数が多いですから、通る可能性は極めて高いと思います。

 

 

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