誰が「集団的自衛権」を容認したのか?――2014年松本市調査に見る支持者像

思い返せば、2015年の「安保法案」審議中、世論では「違憲論」が優勢になり、内閣支持率も下がる中でも、「安保法案」に対して相当数の賛成派が依然と残っていた。これは、上のパス図でいえば、自民党支持から「集団的自衛権」容認へのパスは弱まっても、依然として、愛国主義から「集団的自衛権」容認への直接のパスが存在し続けたからではなかっただろうか?

 

そうであったとすれば、「集団的自衛権」に反対する運動において、しばしば排外主義への反対が叫ばれたと記憶しているが、これは愛国主義者には痛くもかゆくもなく、自らの思想や「集団的自衛権」への賛否には何もダメージを与えなかったのかもしれない。切り崩そうとする相手が違っていた可能性が大いにあるのではなかろうか。

 

しかしながら、最後に1つの問題を提起したい。「愛国主義」とは一体何だろうか? 田辺の定義では、国を愛することそのものではなく、国を愛することが必要だという態度とされている。

 

しかし、である。2015年の夏、国会議事堂前に集まった「集団的自衛権」や「安保法案」に反対する人たちは、愛国心がなかったのだろうか? あるいは、彼らにとっての国を愛する必要性はなかったのだろうか? いや、いずれも大いにあったのではないか。

 

分析をとおして、「愛国主義」にはいくつかの側面があるのではないか、と私は考えるようになった。2014年の私の調査では、「愛国心を育てるべきである」という1項目(「そう思う」~「そう思わない」の4段階尺度)だけで尋ねているのだが、この項目だけでは、その諸側面を十分に捉えているとはとても言いがたい。より緻密な理論と測定が必要ではないかと、私は考えている。

 

 

[注]

(注1)集団的自衛権に関わる日本独特の文脈や考え方があることから、括弧付きで「集団的自衛権」と表記することとする。また、「集団的自衛権」とは何かについて、政府の説明は一貫せず、また不明確で、「安保法案」通過後も未だにその意味内容が確定したと思えないからでもある。

 

(注2)一方、後の議論のため、グーグルで「集団的自衛権」と「愛国」で検索すると約36,000件であり、「安保法案」と「愛国」が約435,000件である。全体として、「排外」との結びつきの方が多い。

 

(注3)この調査は、長野県松本市において行われた。このことは、したがって、以下に示す結果が日本全体において一般化できることを保証するものではない。しかしながら、私は、この調査結果が、ある程度一般化しうると考えている。まず、松本市を含む選挙区において、近年の国政選挙では、その当時の政情に呼応するかのように自民党と民主党の候補が当選している。また、2012年の衆議院議員選挙では、この選挙区から比例代表に重複立候補していた日本維新の会の候補者が当選した。これらの点から、まず、全体として中道からやや左派系の志向性を持つ市民がやや多い点には注意すべきである。しかし、国政の動きを捉えて世論が流動的かつ鋭敏に反応することから、松本市民の反応は、日本国民の反応とある程度合致していると言えるだろう。したがって、松本市での調査結果は、ある程度一般化できるものと考えられるのである。

 

(注4)「愛国主義」については、田辺(2011)を参考に、次のような設問で問うた。「次にあげるような考え方について、あなた自身はどのように思いますか。」と質問し、その1項目として、「愛国心を育てるべきである」かどうかを問うた。回答は、「そう思う」、「ややそう思う」、「あまりそう思わない」、「そう思わない」の4件法で回答を求めた。この質問文と項目は、田辺(2011)が用いた項目とは異なるが、主旨としてはほぼ同様と考えられる。

 

(注5)「排外主義」については、田辺(2011)においては、「あなたが生活している地域に外国人が増えることに賛成ですか、反対ですか」という設問が設けられ、「アメリカ人」、「中国人」といった具体的な国名や、「中近東諸国の外国人」といった地域名をあげて、「賛成」~「反対」までの4件法で尋ねている。しかし、このようにしてあげられた項目に含まれる国名や地域名は、日本(人)から見た関連の状況に合わせて作ってあり、汎用的に利用できる尺度ではないという点で問題があるように思われる。

 

そこで、先進諸国において、移民が一般にどのような形で働くかという観点から、「あなたは松本市およびその周辺に、次のような外国人が定住することに賛成ですか、反対ですか。」と質問し、「高度な技術や技能を持つ外国人」、「工場のラインで働く外国人」、「介護施設で働く外国人」という3項目について、「賛成」、「やや賛成」、「やや反対」、「反対」の4件法で回答を求めた。

 

ただし、これでは、「排外主義」として、田辺(2011)が測定した側面と、この尺度が測定した側面とが同じではないという可能性を否定できない。そこで、2015年8月にマクロミル社モニターを使ったインターネット調査で、田辺が用いた国名・地域名の項目と、この尺度で用いた3項目とを同時に尋ねて因子構造を確認した。すると、主成分分析(固有値1以上)で2主成分に分かれたので、因子数を2と指定した主因子解プロマックス回転で因子分析をおこなったところ、次のような結果となった。

 

 

na-2

 

 

これを見ると、中国人・韓国人が第2因子となって分かれ、中近東の外国人も第2因子に多く負荷している。田辺(2011,このときの調査実施は2008年)では、1因子構造になったようであるから、2008年ごろとは因子構造が変化してきていると考えられる。第1因子は、日本人の視点から「イメージのよい国々の人々」、第2因子は「イメージの悪い国々の人々」と考えられる。

 

ともあれ、ここで重要なことは、「働く外国人」という聞き方をした場合は、第1因子に高く負荷していることである。したがって、第1因子の得点が低いことは、イメージのよい国々の人々や働く外国人であっても、日本に定住してほしくないということを表しており、これが純粋な意味での「排外主義」と考えられる。一方、第2因子の得点が低いことは、イメージのよくない国々の人々が日本に定住してほしくないということを表しており、これは2つの意味が重なっている点で純粋な意味での「排外主義」とは言いにくいと考えられる。このような分析から、「働く外国人」の選択肢を設けた本研究における「排外主義」尺度は、田辺(2011)と同等の尺度として利用できるものと考えられる。

 

(注6)「純化主義」については、田辺(2011)を参考に、次のような設問で問うた。「日本に定住しようとする外国人は、次のようなことをするべきだと思いますか」と質問し、「そう思う」、「ややそう思う」、「あまりそう思わない」、「そう思わない」の4件法で回答を求めた。項目は、7項目であったが、派生的な項目3項目を除き、「日本の国籍を取得すること」、「日本語を話せるようになること」、「日本の政治制度や法律を尊重しようとすること」、「日本人らしいマナーを身につけること」の4項目を分析に用いた。これらの質問文と項目は、田辺(2011)が用いた項目とは異なるが、主旨としてはほぼ同様と考えられる。

 

 

[参考文献]

田辺俊介,2011,「ナショナリズム:その多元性と多様性」、田辺俊介(編著)、『外国人へのまなざしと政治意識』、勁草書房

 

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