なぜ各政党は対中政策について思考停止に陥るのか――日中の「立憲主義」の現状をめぐって

6月22日公示、7月10日投開票の第24回参議院議員選挙。選挙権年齢が18歳以上に引き下げられてから最初の投票となります。シノドスでは「18歳からの選挙入門」と題して、今回初めて投票権を持つ高校生を対象に、経済、社会保障、教育、国際、労働など、さまざまな分野の専門家にポイントを解説していただく連載を始めます。本稿を参考に、改めて各党の公約・政策を検討いただければ幸いです。今回は、自民党憲法法案と中国憲法の類似性について、梶谷懐さんにご寄稿をいただきました。(シノドス編集部)

 

 

各党、似たり寄ったりの対中政策

 

7月10日の参院選に関して、SYNODOS編集部より、18歳以上の高校生向けに、日中関係をめぐる論点について、解説するような原稿を書いてほしい、という依頼をいただきました。しかし、正直なところ、参院選で日中関係が争点になることはほとんどなさそうです。各党の選挙公約に目を通してみても、中国との関係について書かれた記述自体がそれほど多くありませんし、しかもその内容は与党も野党も似たり寄ったりです。

 

たとえば、自民党の選挙公約では、「V.国の基本」という項目の中で、

 

国際協調主義に基づく積極的平和外交のもと、地球儀を俯瞰して戦略的な外交を展開し、日米同盟を基軸に、豪州、インド、ASEAN、欧州など普遍的価値を共有する国々との連携を強化するとともに、わが国の領土等に関し必要な主張を行いつつ、戦略的利益を共有する韓国をはじめ、中国、ロシア等の近隣諸国との関係改善の流れを一層加速し、地域や国際社会の平和、安定及び発展に一層貢献

 

することを選挙公約として述べています。

 

また公明党のマニュフェストでは「5.日中、日韓関係の改善」という項目を設け、

 

2015年の日中首脳会談等を踏まえて、継続的な首脳会談をはじめハイレベル交流などを活性化させるとともに、議員交流、青少年交流などの人的交流や経済、環境など様々な分野の実務的協力を進め、戦略的互恵関係を発展させます

 

中国による海洋進出に対しては国際法に則った対応を求めていくとともに、日中間の偶発的な衝突回避のため、「海空連絡メカニズム」の早期運用開始など、不測の事態に対する未然防止の仕組みをつくります

 

と述べています。

 

要は、これからも対話を通じて中国との関係改善を図っていく一方、尖閣諸島をめぐる問題など安全保障にかかわる領域については米国などと協調しつつ中国を牽制する、というのが与党の基本姿勢であると言ってよいでしょう。

 

では、これに対して野党の方はどうでしょうか。民進党の選挙公約では、中国という国名を明記した記述がそもそも見当たりません。ただし、「国を守り、世界に貢献する重点政策」という項目では、

 

尖閣諸島などで武力攻撃に至らないグレーゾーン事態が発生した時に備え、警察・海保と自衛隊が連携して迅速に対応できるよう、領域警備法をつくります。米軍に対する自衛隊の後方支援については、日本の「周辺」という概念を維持しながら、公海上における対米支援任務を拡大するなど重要影響事態法を改正し、日米の共同対処能力を高めます。

 

と述べています。もちろん、安全保障関連の法整備に対する考え方は与党とは異なりますが、「関係改善を図りつつ、安全保障については米国と協調しつつ中国を牽制」するという対中政策の基本姿勢については与党とほとんど変わらない、ということがここから見てとれるでしょう。

 

他の政党についてもこれは似たり寄ったりです。ただし、選挙公約の中で明確に中国を脅威として名指しし、

 

中国の人権状況を調査して、国際社会に中国の横暴による自由の危機を訴えるとともに、中国の民主化を促します。香港の民主化勢力を支援すべく、国際世論の形成に尽力します。

 

とうたっている幸福実現党を除けば、ですが。

 

一方で、安倍政権が一時期改憲に積極的な姿勢を明確にしていたことから――選挙前になって安倍首相は改憲を争点としない姿勢に転じましたが――改憲議論があちこちで盛り上がっています。

 

昨年夏の安保法案が違憲であるとの批判がある中で成立したことや、政権党である自民党が2012年4月に公表した憲法草案がいくつかの点で立憲主義に反するのではないか、という批判があることから、改憲をめぐる議論が「立憲主義」をめぐるそれと並行して行われていることが昨今の状況を特徴づけている、と言っていいでしょう。

 

その自民党の憲法草案(以下、「自民党草案」)が、中国の憲法と発想が似ている、というと驚かれるかもしれません。現行の中華人民共和国憲法(以下、「中国憲法」)は1982年に制定されたものがベースになっていますが、そこには民主主義的集中制という、われわれにとってなじみのある三権分立とは異質の原理が採用されています(鈴木2016)。

 

たとえば、中国憲法の前文には、「四つの基本原則」(社会主義、人民民主主義独裁、共産党の指導、マルクス・レーニン主義と毛沢東思想)を憲法の指導原理とし、その堅持が「中国の各民族人民」の法的義務であるとしています。つまり、人民の利益を代表する「前衛党」である共産党に権力を集中させ、他の機関によるチェック・アンド・バランスの対象としない、ということです。

 

この考え方が、西洋近代的な立憲主義の考え方とは相容れないことは言うまでもありません。その中国憲法と自民党草案が似ているというのは、どういうことでしょうか。

 

というわけで、以下では、日中関係に関する従来の議論とは少し見方を変えて、日本国内における憲法や「立憲主義」をめぐる議論を出発点に、これからの中国との関係をどう考えていけばよいのか、中長期的な視点から考えてみたいと思います。

 

 

自民党草案は中国憲法に似ている?

 

今年の3月から、朝日新聞の紙面で自民党草案に対する検証・批判を詳細に行った「憲法を考える」というシリーズが長期連載されています。そこでの議論などを参考に、自民党草案の中で、特に立憲主義の観点から問題とされている部分現行の中国憲法の条文ではどのようになっているか、関連する条文を対比させながら検討しておきましょう。なお、中国憲法の日本語訳はウェブサイト「恋する中国」などで読むことができます。

 

(1)前文に国家の伝統を書き込むことについて

 

さて、自民党草案の前文には、次のような文言が並んでいます。

 

「日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇をいただく国家であって」

「先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する」

「我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる」

 

これについて憲法学者や弁護士などからは、「歴史・文化・伝統など、個々の評価や価値観が違うものについて憲法に載せることは、特定の評価や価値観を押し付け、また、異なる考えの人を排除することにつながる」(伊藤2014、13ページ)と厳しい評価が行われてきました。

 

中国憲法でも、中国近代史において帝国主義、封建主義、官僚資本主義を打ち倒して、人民を主人公とする国を樹立したのは共産党の指導のたまものであることが具体的な歴史の叙述を交えて強調されています。

 

憲法前文でこのように歴史的な経緯を詳細に書き連ねるのは、旧ソ連憲法以来の社会主義憲法の伝統ですが、なぜそうなっているのか、中国法が専門の鈴木賢の指摘を、以下に引用しておきましょう。

 

これは憲法において複数の政治的選択肢を用意することを拒否することを正当化するためには必要な手続きであり、そういう態度をとる憲法制定権力の正当性の根拠を示そうとするものである。もっとも、新たに王朝を開いた皇帝が全王朝の正史を編纂するのは、中国の長い歴史の中で繰り返されてきたことであり、その意味で実は中国の政治文化とも軌を一にする(鈴木2014)。

 

つまり、社会主義憲法では天賦人権を取らず、「国家が憲法で定めて初めて基本的人権が認められる」という立場をとります。前文において歴史的経緯や社会主義の理念が示されるのも、基本的に同じ理由―現政権が西側のブルジョワ国家と異なる正統性を持つものだということを示すため―だといってよいでしょう。

 

もちろん、自民党草案の前文について、「西側のブルジョワ国家と異なる歴史的正統性を示す」ものとまで言えないかもしれません。ただし、憲法に歴史的伝統や普遍的価値観を書き込むことは日本がお手本にしてきた欧米諸国の憲法観とはそぐわないという懸念は、改憲を主張する保守派の政治家からもしばしば示されてきました。

 

分かりやすく言えば、「美しい」とか「醜い」とかいう形容詞は、憲法前文にはそぐわないのである。(中略)復古調が強すぎても、特定の価値観が色濃く出ていても、それが反発を呼んで野党や広範な国民の支持を得ることができなくなれば、憲法改正ができなくなる。(舛添2014、71ページ)

 

アメリカ、フランス、ドイツなど先進民主主義諸国の憲法は、きわめて簡潔な全文であること、それに対して、中国の憲法前文は、近代史における共産党の業績をたたえる長文のものである。(同、268ページ)

 

また舛添は、現在の自民党憲法草案に対して、

 

右か左かというイデオロギーの問題以前に、憲法というものについて基本的なことを理解していない人々が書いたとしか思えなかった(舛添2014、3ページ)

 

と率直な懸念を示しています。

 

 

(2)憲法に国民の義務を盛り込むことについて

 

自民党草案第12条で、「自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚」すべきだ、ということが高らかにうたわれています。個別の条文を見ても、具体的な義務規定のほかに、国民に一定の態度を要求している部分が現行憲法よりも格段に増加しています。

 

また102条第1項では、「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない」とあり、現行憲法では公務員のみが負っている憲法尊重義務を全国民が負うことにされています。つまり、憲法の宛名が国家ではなく、国民にされているわけです。

 

一方、中国憲法の条文、特に「第2章公民の基本的権利及び義務」は国家から国民に当てた義務規定のオンパレードとなっています。たとえば第53条には「中華人民共和国公民は、この憲法及び法律を遵守し、国家の機密を保守し、公有財産を大切にし、労働規律を遵守し、公共の秩序を守り、並びに社会の公徳を尊重しなければならない。」とすべての国民に遵守義務があることが明記されています。

 

このように、国民の権利と同時に必ず義務を併記して示すのも、旧ソ連憲法から受け継がれた社会主義憲法の伝統です。これは、社会主義憲法が天賦人権説を「ブルジョワ思想」として否定し、人々の基本的権利は社会主義国としての理念を受け入れてその構成員になることで初めて得られる、という立場をとるからです(鈴木2014)。

 

つまり、国民の権利と義務は必ずセットになっていなければならない、というのはもともと極めて社会主義的な思想だ、といえるでしょう。

 

 

(3)「家族の相互扶助義務」に関する条項について

 

自民党草案の前文には「和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する」、また第24条には「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない」という文章があります。このような家族に関する「助け合わなければならない」という価値観が憲法に書き込まれることは、多様な価値観を認める立憲主義の考え方にそぐわないという批判はよく聞かれるところです。

 

一方、中国憲法第49条3項には、「父母は、未成年の子女を扶養・教育する義務を負い、成年の子女は、父母を扶養・援助する義務を負う。」と、「家族が互いに助け合う」ことを国民の義務とする条文が書き込まれています。

 

ちなみに、旧ソ連憲法(1977年憲法)にもほぼ同じ条文がありますが、ソ連の崩壊後、1993年に制定されたロシア国憲法ではこのような家族の相互扶助の義務を記した条文はないようです。

 

また、中国婚姻法には「夫婦は互いに誠実であり、尊重し合わなければならない。家族構成員間においては高齢者を敬い、幼い者を慈しみ、互いに助け合い、平等で、仲むつまじく、品格ある婚姻・家庭関係を維持・擁護しなければならない」と、それこそ「家族の助け合い」を国民の義務として明確に規定した条文があります。

 

このように憲法に「家族の助け合い」を義務として書き込むことについて、中国法を専門とする鈴木賢は国家が「社会保障や公的扶助、福祉といったものをサボろうとしているんじゃないか」と指摘しています(鈴木2016)。

 

 

(4)国民の義務と「公益」「公の秩序」の優先

 

この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。(自民党草案第12条)

 

生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない。(自民党憲法法案第13条)

 

自民党憲法草案ではこのように書かれ、国民の権利が、現行憲法のように、「公共の福祉」ではなく、「公益」「公の秩序」を優先すると明確に規定されています。これには、基本的人権の制約が、人権相互の衝突の場合に限られるものではないことを明らかにする意味があることが指摘されています(「自民党憲法草案の条文解説」参照)

 

では、中国憲法を見てみましょう。

 

中国公民は、その自由及び権利を行使するときには、国、社会及び集団の利益並びに他の公民の適法な自由及び権利を損なってはならない。(中国憲法第51条)

 

中華人民共和国公民は、この憲法及び法律を遵守し、国家の機密を保守し、公有財産を大切にし、労働規律を遵守し、公共の秩序を守り、並びに社会の公徳を尊重しなければならない。(中国憲法第53条)

 

自民党草案とほぼ同じ内容の条文が存在しています。このような、「私」的な権利に対する「公」の利益や秩序を優先させる秩序概念は、伝統中国から現在の共産党の統治に受け継がれているものと極めて似通っています。

 

 

(5)緊急事態条項

 

自民党憲法草案第98条では、「内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。」と内閣総理大臣に緊急事態の宣言をする権限があることを定めた条文があります。

 

一方、中国憲法第80条では国家レベルでの緊急事態に入ることを宣布する権限は国家主席に、同第89条では省、自治区、直轄市の範囲内の一部地区が緊急事態に入ることを宣布する権限は国務院(内閣)にあることがそれぞれ定められています。

 

ちなみに、これはもともと「戒厳を決定すること」すなわち戒厳令を宣布することを定めた条文だったのですが―これに基づいて北京市に戒厳令が布告されたのが1989年の第二次天安門事件です―、2004年の改正で「緊急事態に組み入れること」に修正されたという経緯があります。【次ページにつづく】

 

 

シノドスのサポーターになっていただけませんか?

【vol.230 日常の語りに耳を澄ます】 

・荒井浩道氏インタビュー「隠された物語を紡ぎだす――『支援しない支援』としてのナラティヴ・アプローチ」

・【アメリカ白人至上主義 Q&A】浜本隆三(解説)「白人至上主義と秘密結社――K.K.K.の盛衰にみるトランプ現象」

・【今月のポジ出し!】吉川浩満「フィルターバブルを破る一番簡単な方法」

 

【vol.229 平和への道を再考する】 

・伊藤剛氏インタビュー「戦争を身近に捉えるために」

・【国際連合 Q&A】清水奈名子(解説)「21世紀、国連の展望を再考する」

・【あの事件・あの出来事を振り返る】桃井治郎「テロリズムに抗する思想――アルジェリア人質事件に学ぶ」

・末近 浩太「学び直しの5冊<中東>」

1 2
シノドス国際社会動向研究所

vol.230 特集:日常の語りに耳を澄ます

・荒井浩道氏インタビュー「隠された物語を紡ぎだす――『支援しない支援』としてのナラティヴ・アプローチ」

・【アメリカ白人至上主義 Q&A】浜本隆三(解説)「白人至上主義と秘密結社――K.K.K.の盛衰にみるトランプ現象」

・【今月のポジ出し!】吉川浩満「フィルターバブルを破る一番簡単な方法」