平和構築のために――ボールディングの思想的含意とは

イラク戦争の教訓

 

「イラク戦争への参戦は端的に誤りであった」

 

最近イギリスで、13年前のイラク戦争(2003年)を検証した調査報告書、チルコット委員会の報告書が公表された。約260万語を費やした大部の報告資料で、『ハリーポッター』全七作の約2.4倍にもなるが、イギリスのイラク戦争参加を厳しく批判している。

 

フセイン政権を武装解除する手段を尽くすことなく、アメリカに追従してイギリスはイラクを侵攻してしまった。しかも、その決断は誤った情報に基づいていた。イギリスの情報機関は当時、「開戦すればイギリスへの脅威が増し、イラクの兵器や開発能力がテロリストに流出する恐れがある」と警告していたにもかかわらず、ブレア首相は参戦の決断をしたというのである。

 

なぜブレア政権は、開戦前に的確な判断を下すことができなかったのだろう。もとより判断を誤ったのはブレア首相だけではない。イギリスの下院もまた、イラク戦争の開戦当時は、412対149という圧倒的な差で、戦争を承認していた。

 

結果としてその後のイラクでは、10万人以上の市民が犠牲となり、独裁国家イラクは崩壊、「失敗国家」となった。イラク戦争はめぐりめぐって、イラクとレバントのイスラム国、ISが台頭する政治的土壌を生み出すことにもなった。

 

加えてシリアにおける内戦は、現在、ヨーロッパの各地で難民問題を引き起こしている。イギリスのEU離脱も、この移民問題に対する不満から生まれた国民的判断であっただろう。

 

いったいイギリスが、イラク戦争を戦う道義をもっていたのかといえば、きわめて怪しいのであるが、ではなぜ、イギリスは戦争を回避できなかったのか。イギリスは戦争を始める前に、なぜもっと慎重な政治的手続きを踏むことができなかったのか。この問題はひるがえって、日本の問題でもあるだろう。

 

今後、日本が憲法九条を改正したとしよう。そして国の存立が危ぶまれるような危機にさらされたとき、日本は戦争をすべきなのかどうか。戦争をするとして、その判断は、どのような意思決定プロセスを経るべきなのか。私たちはそのとき、イラク戦争の教訓を踏まえなければならないだろう。というのも2003年のイラク戦争開戦当時、日本もまたアメリカに追従して戦争を支持していたからである。はたしてその当時、日本がアメリカを支持したことは正しかったのかどうか。日本政府は、いまからでも遅くない。政府がどのような意思決定のプロセスでアメリカを支持したのかについて、独立した委員会を設けて検証すべきではないだろうか。

 

 

テロ戦の危険が高まっている

 

2003年のイラク戦争は、現代の戦争問題を考えるうえで、一つの転換点でもある。イラク戦争の結果として、現在、ISが台頭し、テロ戦争の危険が高まっているからである。去る7月1日、バングラディッシュではISを支持する若者たちが、外国人を標的としたテロ事件を引き起こした。首都ダッカのレストラン「ホーリー・アーティザン・ベーカリー」で、若いバングラディッシュの青年たちが、外国人を標的に20人を殺害した。そのなかにはイタリア人9名と日本人7名も含まれていた。

 

現実問題として、日本人はすでにISとの戦争に巻き込まれている。むろん、ISの犯行声明に基づくテロ事件は、いまのところ日本という国の存立を危機に陥れているわけではない。しかし相次ぐテロ事件に対して、私たちはどのように対処すべきなのか。最近の戦争問題は、テロリズムの脅威として現れている。

 

第二次世界大戦後(1945年)の歴史を振り返ってみると、私たちの世界はごく最近になって、テロリズムによる危険度を急激に増してきた。世界全体でみると、9.11テロ事件が起きた2001年のテロ事件死者数は7,738人であった。ところが2014年には、その五倍以上の43,512人が、テロ事件で命を落としている。

 

テロに対処するためのコストも、世界全体で増大している。9.11テロ事件が起きた2001年は、515億ドル。それ以降は、急激に減少したものの、2014年には再び、529億ドル(1ドル=100円で計算すると5兆2900億円)にまで上昇している。

 

ちなみに、米国における第二次世界大戦のコストを2011年の通貨価値で換算すると、4.1兆ドルといわれる。米ブラウン大学の「戦争コスト」プロジェクトによれば、今後数十年間にわたってアメリカが支払うことになるであろう戦争のコストは、4.4兆ドルになるという。おそらくそれは、主としてテロとの戦争になるだろう。4.4兆ドルという数字には、元軍人に対して支払う医療費や傷害補償も含まれているが、テロリズムとの戦争は、コストの面からみれば、第三次世界大戦の様相を呈してきた。しかもその戦争は、終わりの見えない長期戦になるだろう。

 

現在、テロリズムとの戦争は、主としてISと他の諸国とのあいだの戦いである。ISは、一日平均3万4,000バレルから4万バレルの原油を生産し、150万ドル(1億7,000万円)の収益をもたらしている(資産は20億ドル)。いったい、ISとの戦いは、どのように遂行されるべきなのか。テロ戦争との関係を含めて、私たちは「平和と経済の関係」をどのように構築すべきなのか。私たちは、憲法改正論議のためにも、どのようにすればテロを含めた戦争が生じない世界を構築できるのかについて、議論を深めていかねばならない。私たちは、平和な世界の社会的基礎について、議論を深めていかねばならない。

 

 

「平和」の根本問題

 

そこで考えてみたいのは、「平和」というものの本質についてである。テロ戦争は、終わりの見えない戦争である。しかしこの戦争を戦うためには、武器をもって戦うのではなく、終局的には平和構築へむけて、さまざまな努力を重ねるほかないだろう。

 

テロ戦争を防ぐために、私たちはどのような原因を取り除けばよいのか。確実なことはほとんど言えない。バングラティッシュの富裕層に生まれた若者たちが、外国人を標的にしたテロを引き起こす。そのようなテロの原因を取り除くことは難しい。

 

テロ戦争は、戦うことも防ぐことも、いずれも難しい。しかし私たちは、テロのない平和というものについて、すでに多くの国の人々とイメージを共有しているはずである。私たちは平和の理想を語り、その理想にむけて国際社会を築いていくことができるはずである。

 

では「平和な社会」とはどんな社会なのか。根本的に考えてみたい。

 

「平和」とは、第一義的には、「休止状態」、あるいは、ある種の「精神的境地」を意味する言葉である。しかしいずれの意味も、世俗社会を動態化させるための原理ではなく、その意味では、「タナトス(死の原理)」といえる。語源的にみると、平和な社会とは、ダイナミズムをもたない社会であり、近代社会の原理とは相いれないところがある。

 

けれども私たちは、平和な社会を目指すとしても、すべてが休止するような状態だとか、ある種の高度に精神的な境地をもとめるというのでは、社会を機能させることができない。平和な社会を築くといっても、そこには第三の要素として、「エロス=ビオス(多様性と繁栄の原理)」をもつ必要がある。「エロス=ビオス」の原理をもたなければ、私たちの文明社会は、維持できないようにみえる。

 

すると平和をめぐる根本問題とは、次のようになるだろう。すなわち「平和は、第一義的にはタナトスであるが、生を否定するその状態から、いかにして私たちはエロス=ビオス(多様性と繁栄の原理)を受けとり、戦争のない社会を築くための動因と知恵を導き出すことができるのだろうか」と。

 

言い換えれば、平和の根本問題とは、私たちがいかにして、タナトスからエロス=ビオスを引き出すことができるのか、となる。

 

これはある意味で、不条理である。タナトスはエロスと対立する原理であって、タナトスからエロスは生まれないように見えるからである。タナトスは死の原理、エロスは生の原理である。けれども「平和」と「戦争」の関係を、次のような仕方で理論化してみると、この根本問題に接近しやすくなるだろう。

 

まず、平和と戦争の関係と、「暴力」と「紛争」という二つの観点から理解してみたい。

 

ここで「暴力」とは、人の生死を操る力であり、死の恐怖に訴えて人々を服従させるように仕向ける強制力である。この「暴力」は、社会を形成する際に必要な作用になりうるという点では有益な側面をもっている。しかし暴力は、人々を抑圧し服従を強いる力でもある。これに対して「非暴力」とは、暴力から解放された自由の状態である。

 

またここで「紛争」とは、協調・共振とは反対の人間関係であり、一方が他方に対して不利益を生む場合もあるが、その作用は社会的に有意義な仕方で利用される場合もある。例えば、市場経済やスポーツにおける競争は、参加者のあいだの紛争形態の一つであるといえよう。こうした紛争は、一定のルール・制度のもとでの紛争である。一定のルールのもとで、参加者たちのあいだに切磋琢磨の関係を築くことができれば、参加者にも社会全体にも、利益をもたらすことができるだろう。紛争の一形態としての「競争」は、すぐれたルールのもとで運営すれば、敗者にとって不利益であるとしても、その不利益を超える全体利益が生じることがある。

 

ここでさらに、「暴力」を構造的/物理的の観点から区別し、また「紛争」を生産的/消耗的の観点から区別してみよう。すると戦争とは「物理的暴力+消耗的紛争」であり、これに対して平和とは「非暴力+非紛争」として定義することができる。

 

(詳しい説明は省略するが、部分的には、以下の学会報告要旨で理論を展開している。

http://www.econ.hokudai.ac.jp/~hasimoto/Hashimoto-Tsutomu-2016-War-and-Economics-Summary-and-Bibliography.pdf。)

 

以上の概念分析によって、「非暴力/構造的暴力/物理的暴力」という区別と、「非紛争/生産的紛争/非生産的紛争」という区別の組み合わせから、九つの類型を析出することができる。この類型理論は、平和と戦争の関係をより細かく分析するためのツールを提供するだろう。概念分析についてはさらに詳述する必要があるが、いずれにせよこうした分析から、次のようなことが言える。【次ページにつづく】

 

 

シノドスのサポーターになっていただけませんか?

98_main_pc (1)

 

 セミナー参加者募集中!「スノーデンと監視社会の現在」塚越健司

 

 

無題

 

vol.232 芸術にいざなう 

 

・吉澤弥生氏インタビュー「人をつなぐ芸術――その社会的評価を再考する」

・【現代演劇 Q&A】長瀬千雅(解説)「時代を捕まえるダイナミクス――現代演劇事始め」

・【今月のポジ出し!】橋本努「タックス・ヘイブン改革 香港やシンガポールにも圧力を」

・増田穂「『知見』が有効活用されるために」

 

vol.231 ひとりひとりが生きやすい社会へ 

・森山至貴氏インタビュー「セクシュアルマイノリティの多様性を理解するために」

・【障害児教育 Q&A】畠山勝太(解説)「途上国における障害児教育とインクルーシブ教育」

・【あの事件・あの出来事を振り返る】矢嶋桃子 「草の根の市民活動「タイガーマスク運動」は社会に何をもたらしたのか」

・成原慧「学び直しの5冊 <プライバシー>」

1 2
シノドス国際社会動向研究所

vol.232 特集:芸術へいざなう

・吉澤弥生氏インタビュー「人をつなぐ芸術――その社会的評価を再考する」

・【現代演劇 Q&A】長瀬千雅(解説)「時代を捕まえるダイナミクス――現代演劇事始め」

・【今月のポジ出し!】橋本努「タックス・ヘイブン改革 香港やシンガポールにも圧力を」

・増田穂「『知見』が有効活用されるために」