平和構築のために――ボールディングの思想的含意とは

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すなわち、戦争の対立概念は、たんなる平和ではない。対立概念は、戦争の要素たる「暴力」と「紛争」を含みもつ。戦争を抑止する平和な文明社会は、「暴力(覇権/主権、すなわち正当な支配権力)」、「紛争(競争的秩序)」、「エロス(多様性と繁栄)」の三つの要素によって支えられるものでなければならない。

 

「平和」な社会とは、純粋な意味での平和、すなわちタナトスを原理とするだけでは維持しえない。平和な社会は、暴力と紛争を必要としている。けれども根本問題は、この平和というタナトスの原理から、いかにして繁栄(エロス)の原理が生まれるのか、である。というのもこの純粋な平和への希求が、根本的な世界平和を構築する原動力になりうるからである。私の考えでは、平和な社会の展望は、この原動力についての哲学的な洞察にかかっているように思う。

 

 

ボールディングの応答

 

そこで注目したいのは、20世紀の経済思想家、ケネス・ボールディング(1910-1993)の平和思想である。ボールディングは、ここで定式化した「平和の根本問題」を、どのように受けとめていたのか。検討してみたい。

 

ボールディングの著書『紛争の一般理論』(1962)は、おそらく冷戦期に書かれた戦争経済学の最重要書であろう。戦争の行為理論を綜合し、自身の知見を加えている。このほかにもボールディングは、『愛と恐怖の経済――贈与の経済学序説』(1973)で、戦争と福祉の関係を贈与の観点から理論化し、また『紛争と平和の諸段階』(1978)では、絶対的平和主義の観点から、平和構築のための段階論を提起し、思想的に深いビジョンに到達している。

 

ボールディングは、非暴力と非紛争の両方の観点から平和を捉えている。彼は、キリスト教、とりわけクエーカー教の観点から、戦争不参加を訴えている。しかしボールディングは、たんなる非暴力主義者ではない。政治的には、軍事同盟から世界政府軍の設立を展望した(『紛争と平和の諸段階』)。他方では「非暴力」としての平和を、「愛としての贈与」の観点から捉え、福祉政策の理念を提供してもいる。(『愛と恐怖の経済学』)。

 

さまざまな知見を残した知の巨人であるが、ここではボールディングの具体的な政策案に注目してみよう。彼は例えば、以下のような提案をしている。それぞれの提案について、私の解釈を付してみよう。

 

 

(1) 諸国は、「恒久平和」を公式表明すべし。

この考え方は、ある意味で、でっち上げの政治であるといえる。ウソでもいいから、あるいは確約できなくてもいいから、諸国は恒久平和を表明する。すると政治は、その方向に動き出すと考えられる。外交政策の現場で、平和の理想が語られるようになり、平和にむけての努力が重ねられていく。ボールディングは具体的に、各国の政府内に平和省を設立して、教育機関、新聞、ラジオ、テレビ、出版などを通して大衆と政府を教育すべし、と提案した。あるいはまた、「国連イメージ伝達組織Organization for Image Transmission」を設立して、各国が恒久平和宣言をすることでイメージ・アップを伝達したり、世界平和への協調を調達したりすべし、と提案した。

 

(2) 戦争が生じた場合には、段階的な緊張緩和を試みるべし。

 

(3) 国家と軍隊を分離すべし。

国家は、国を治めるための暴力装置として、警察権力をもつことができる。けれども外交手段としての軍隊については、これを国連やその他の超国家機関に権限を移譲していくことができる。理想的には国連が、すべての軍事力を独占して、平和維持部隊を組織することもできるかもしれない。そのような超国家機関の形成を念頭に、ボールディングは軍隊ないし自衛隊の活動を方向づけていくことが望ましいと考えた。困難な理想ではあるが、そのために各国はまず、集団安全保障の枠組みを構築し、その枠組みを拡大していくことができるだろう。

 

(4) 「敵のいない兵士」という理念によって軍隊教育をすべし。

兵士たちはこれまで、当然ながら、「敵」の存在を想定して軍事訓練を行ってきた。しかし戦争に勝つことの意味が、終局的には世界平和を築くことであるとすれば、敵というものはいっさい存在しないはずである。誰かを殺せば世界が平和になるというわけではない。だから兵士は、誰も敵とみなさず、誰も殺さないで平和を築くことが、理想の任務であることを理解しなければならない。このように捉えてみると、戦争における政治とは、「友-敵」の関係ではなく、先の概念分析でいえば、タナトス(死の原理)からエロス(生の原理)を生み出すことであると考えられるだろう。

 

(5) 暴力について、非暴力的に対応する研究をすべし。

先に挙げた2003年のイラク戦争の教訓は、非暴力的な対応に関する研究の意義を、私たちが理解していなかったことにある。その当時、フセイン政権を打倒するよりも、もっと平和的な対応の仕方があったはずである。これを検証しなければならない。

 

(6) 政府は、平和のために活動しているNGOを診断する報告を作成すべし。

タナトスからエロスを生み出す機関は、政府というよりも、政府から資金を得て自由に活動するNGOだといえる。いろいろなNGOが、知恵を絞って平和のための活動をするとしよう。するとその諸活動を、政府(あるいは市民)は評価して、予算を配分していくことができる。このような制度枠組みを整えれば、私たちはタナトスからエロスを引き出す原理について、もっと理解と実践知を蓄積していくことができるはずである。

 

以上のようなボールディングの諸提案とその解釈は、個々の戦争の背景をなしている具体的な要因を取り除くというよりも、平和な世界の構築にむけて、精神的・制度的な和解をもとめるという点に特徴がある。戦争の原因は、きわめて複雑であり、有意義な仕方で特定することが難しい。それゆえ私たちは、戦争の原因を取り除くよりも、平和な社会の構築にむけて、包括的な取り組みをする必要がある。その取り組みは、タナトス(無)からエロス=ビオス(繁栄の原理)を創造するような政治技術であるといえるだろう。

 

こうした発想から世界平和を構築するために、最も重要な点は、軍事力というものが将来的には国家を超えた機関に移譲されていくだろうという世界史的なビジョンをもって、高度な政治的判断を導くことである。

 

具体的に、日本の憲法九条を念頭に考えてみると、日本は軍事力をいっさいもたないと宣言するのでは不適切であり、むしろ軍事力は、さしあたって集団安全保障の枠組みにおいて、あるいは理想的には超国家的な機関を前提としたうえで、世界平和のために用いることができるようにすべきである。

 

むろん他方で、日本という国の存立が危機にさらされたとしても、ただちに軍事力を用いるべきではない。ボールディングがいうように、私たちは暴力に対して非暴力的に対応する方法についての研究を踏まえ、政治的意思決定の過程を入念に練り上げていかなければならない。この立法過程の改革なしに、憲法を改正することは危険であるだろう。

 

以上の内容を端的にまとめると、次のようになる。

 

私たちは、「平和の根本問題」というものに応えなければならない。根本問題とは、端的に言えば、純粋な平和としてのタナトスから、いかにしてエロスを導くことができるのか、である。この根本問題に応えるために、そしてまた平和な世界を築くために、ここではボールディングの思想がもつ含意を検討した。その含意とは、一つには、憲法の改正に際して、集団安全保障の枠組みでの軍事力行使を認めなければならないということである。しかしもう一つには、立法の手続きにおいて、戦争に対する非暴力的な対応を優先する仕組みを考えなければならない、ということである。この二つの方向性を制度的に練り上げることが、ボールディングの平和思想から引き出しうる実践的な含意であると思う。

 

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