憲法論議を「法律家共同体」から取り戻せ――武器としての『「憲法改正」の比較政治学』

司法を政治学する――「司法政治論」の可能性

 

横大道 脱線して恐縮ですが、さっきの制度論の話にひきつけて一言。今、アメリカでどういう議論があるかと言うと、アメリカ憲法の改正というのは、本書にも川岸令和先生(早稲田大学教授)が書かれているように、結構厳しいんですね。特に、上院の権限に手を付けるような改正はほとんど不可能である、と指摘されています。そうするとどうなるか。そこで、これまで積極的に憲法判断をしてきた裁判所の憲法解釈で変更してもらおうということになる。そっちの方向に向かうわけです。

 

今、オバマ大統領が、亡くなったスカリア連邦最高裁判事の後任を任命しようとしていますけれども、それを上院がストップさせています。これはまさに、裁判官の任命過程が高度に政治化しているということです。自分と政治的立場の近い人物を最高裁に送り込めば「実質的意味の憲法」を変えることができる、と。それは「成文の憲法典」を変えるよりもはるかに有効で現実的だと。その意味では、アメリカはアメリカなりの病理がある。現実政治として憲法改正が難しい、不可能である、このことが裁判官の任命過程の政治化につながり、そこで政治的に任命された裁判官が任命者のイデオロギーに親和的な判決を下す。これに対して、「憲法を裁判所から取り戻す」という議論や「ポピュリスト立憲主義」といったような、憲法学の潮流が出てくる。そういう状況にアメリカはあるのです。

 

本書にはいろいろな国の「憲法改正」が書かれていますけれども、それぞれの国の「憲法改正」が理想的な姿であるわけでは当然なくて、そこでもまた、それなりの問題を抱えており、それへの対応に苦戦しているのです。本書に興味を持った読者は、その先のところまで勉強していってもらえればよいのではないかと思いました。

 

浅羽 日本でも安倍政権の下で内閣法制局の長官人事が問題になったわけですが、率直に言って、これまでも別に手を突っ込もうと思えばいくらでもできたのにそれをしなかっただけで、今さら何を驚いているんだ、という話です。そもそも(事実上)内閣(総理大臣個人)は最高裁判事を任意に任命できるわけで、すでに9名が自民党の政権復帰以降の任命で、総理総裁の任期延長が実現するとそのうち15名全員が安倍内閣による任命ということになります。それが国会承認マターですらないわけで、気にするんだったらそっちだろうと。

 

スカリア判事の件は日本の紙面でも大きく出るのに、法制局長官もそうですが、最高裁の人事となると関心が低い。私の研究している韓国では必ず新聞の1面トップ扱いになりますが、やはり、それだけ政治的に重要であるということです。どんな判事がとりわけ憲法裁判所に送り込まれるか、誰に任命されるかによって、判決動向が大きく左右されるということを考えると、任命過程は政治的関心事、もっと言えば理念的な対立の場になります。

 

一方、日本の場合は、幸か不幸か、関心がまったく向いていなくて、安倍政権に批判的な人も法制局長官の方は注目するけれども、最高裁判事はこの間5分の3も入れ替わっているのにそのことを正面から取り上げたりしません。

 

たとえば、2009年に政権交代が起き民主党政権になったことで、自民党時代の最高裁判事任命パターンと違いがあるのか。そしてそれによって判決に差が出るようになったのかどうか。目につきやすい大法廷の違憲判決だけでなく、小法廷や判事一人ひとりの個別意見に対する検証が必要です。最高裁判事の国民審査には、判断材料があまりに少なすぎます。

 

別の例を挙げると、この年(2009年)の衆院選の前に、自民党が相対的に若い高裁長官をいきなり最高裁長官に任命したんですよね。これは政権交代となることがほぼ確実な中で、野に下ったときの「保険」として、政治過程を外から拘束しようとするものだったのではないか。こういったことも、本来キチンと議論すべきです。

 

もうひとつ例を挙げて、ちょっと踏み込んで言うと、90年代に社会党が政権に就いたときに、村山富市総理よりも「土井たか子最高裁長官」を獲った方が社会党のレガシーを残し、後の自民単独政権による「行き過ぎ」を縛ることができたかもしれないという議論も、本来あって然るべきです。実際は、自社さ連立政権期に任命された判事は、それ以前の自民党単独政権期とまったく変わらないタイプのエリートだった、という分析結果があります。

 

とにかく、そもそも手を突っ込もうと思えば、国会承認マターですらないところでいかようにもできたし、これからもできるのです。こういう司法と政治の間の、本来「のっぴきならない関係」については、日本のジャーナリズムもアメリカの事例にそれだけ関心を向けるのであれば、もっと足下の話に関心を向けていただきたいところです。

 

 

%e7%94%bb%e5%83%8f04

 

 

清水 幸か不幸かとおっしゃいましたがまさにその通りで、こうした「司法政治」という視点は最近になって私も初めて知ったという状況です。政治ジャーナリズムではほとんどなじみがないでしょう。つまり、司法というのは政治からは非常に遠いものだ、という思い込みで今までずっと来ていると思うんです。

 

実は、そこは安倍首相自身もそうじゃないかなと思っています。というのは、安倍首相は2013年に法制局長官を代えたんですけれども、あの時、その前任者(山本庸幸元長官)を最高裁判事に任命しました。あれは左遷なのか栄転なのか何だかよくわからない話だったわけですけれども、あの瞬間は法制局長官を代えることのほうが大事だったわけですよね。我々もそこばかり注目しました。でも前任者は最高裁判事になっているんだから、実は気が付いてみたら、安倍さんにとって厄介な憲法解釈などを展開するかもしれない、なのにそこは手綱を放してしまったという、非常に面白い現象だったと思うんです。

 

それくらい、まだ「司法政治」はあまり意識されていないと思います。おそらく、自民党政権が長く続いてきたことと関係があるんじゃないか。もっと政権交代が頻繁に起きるようになると、いよいよ最高裁人事にも介入しようというようなことが、党派性をもって行われてくる可能性はあって、そうなると――良いか悪いかは別としても――司法政治のダイナミズムが日本にも来るのかもしれないな、と思います。今のところは、まだそこまで話が及んでいないという感じですが。

 

横大道 憲法学ですと、司法というのは法原理を担い、司(つかさど)る機関であって、清水さんもおっしゃった通り、政治的な動機では動かないと想定されます。法と論理に従って、憲法と法律に従って動く人々なんだから、基本的には誰が裁判官になってもそれ相応のことをやる。法社会学者のダニエル・フット先生(東京大学教授)が、『名もない顔もない司法』というタイトルの本を出していますけれども、そういう「司法観」の是非も含めて、「司法政治論(judicial politics)」――これは浅羽先生も岡山先生も、本書で書かれていますけれども――の研究が今後、もっと注目される場面があるという気がします。

 

また、先ほどの「制度」との関連で言えば、「憲法裁判所構想」を本当に実現しようとしたときに、間違いなくその手の議論をやっていくことになると思いますね。憲法について判断する専門機関を創るということによって、政治や関連アクターの行動が変わるわけですから、そこにどういう人を送り込むか、というのは政治にとって非常に関心の高いことになってくるわけです。だからそのあたりも、制度設計をする際には相当慎重にやらないと、悪い意味での「司法の政治化」の流れになってしまう危険性はあると思います。

 

浅羽 いろいろなかたちで――裁判員制度などはその一環でしょうが――司法の民主的な基盤を確保するということがされているわけじゃないですか。民主的正統性が薄いと、どうしても立法府などの政治部門に対して謙抑(けんよく)的になってしまうということの顕著な例が、いわゆる「一票の格差」の問題です。最高裁は、《憲法の予定する司法権と立法権との関係に鑑みると、違憲状態だけれども、どう是正するのかの裁量は国会にある》というわけですが、これがなんとも煮え切らない。他方、最高裁と国会の間で、違憲審査をめぐって「対話」を続けているという見方を佐々木雅寿先生(北海道大学教授)が提示されていて、その場合、この「違憲状態」というのが実に絶妙で、一方的に断罪せず、相互に間合いをはかりながら、ともに憲法価値の実現に向けて進もうとしている、ともみなすことができます。

 

つまり、司法のあり方が日本でこれまでほとんど争点化してこなかったのは、決して当たり前のことではなくて、むしろ、露骨に手を突っ込まなくても政治部門の意向に反するような判決が出ないようにするコントロールが別のかたちで効いていたからだ、というのが司法政治論の見方ですよね。身もふたもない話になってしまうわけですが。

 

横大道 憲法学だと、たとえば見平典先生(京都大学准教授)が「司法行動論」をやられています。今おっしゃったようなお話は、憲法学としても今、注目されている領域で、今後もっといろいろと出てくると思います。

 

シノドスの運営について

 

シノドスは日本の言論をよりよくすることを目指し、共感してくださるみなさまのご支援で運営されています。コンテンツをより充実させるために、みなさまのご協力が必要です。ぜひシノドスのサポーターをご検討ください。

⇒ https://camp-fire.jp/projects/view/14015

98_main_pc (1)

 

 セミナー参加者募集中!「対話/ダイアローグから見た精神医学」植村太郎(12月16日16時~18時)

 

 

無題

 

vol.233 公正な社会を切り開く 

 

・ジェームズ・ミニー氏、鈴木啓美氏インタビュー「もっと楽しいお買い物を目指して――フェアトレードの魅力」

・【「民主」と「自由」――リベラルの再生へ向けて――】古川江里子「大正デモクラシーと吉野作造 ―大日本帝国憲法下での民主主義的政治の試みが現代に問うもの」

・【知の巨人たち】重田園江「ミシェル・フーコー――なぜ『絶望系』なのに読んでしまうのか」

・阪井裕一郎「学びなおしの5冊 <家族>」

 

vol.232 芸術にいざなう 

 

・吉澤弥生氏インタビュー「人をつなぐ芸術――その社会的評価を再考する」

・【現代演劇 Q&A】長瀬千雅(解説)「時代を捕まえるダイナミクス――現代演劇事始め」

・【今月のポジ出し!】橋本努「タックス・ヘイブン改革 香港やシンガポールにも圧力を」

・増田穂「『知見』が有効活用されるために」

 

1 2 3 4 5 6
シノドス国際社会動向研究所

vol.233 特集:公正な社会を切り開く

・ジェームズ・ミニー氏、鈴木啓美氏インタビュー「もっと楽しいお買い物を目指して――フェアトレードの魅力」

・【「民主」と「自由」――リベラルの再生へ向けて――】古川江里子「大正デモクラシーと吉野作造 ―大日本帝国憲法下での民主主義的政治の試みが現代に問うもの」

・【知の巨人たち】重田園江「ミシェル・フーコー――なぜ『絶望系』なのに読んでしまうのか」

・阪井裕一郎「学びなおしの5冊 <家族>」