憲法論議を「法律家共同体」から取り戻せ――武器としての『「憲法改正」の比較政治学』

皇室典範問題をめぐって――本書をいかに「武器」とするか

 

浅羽 昨今の憲法改正論議のみならず、天皇の「生前退位」のお気持ちが表明されて、皇室典範の見直し、あるいは特別立法といった議論が出ています。こうしたアクチュアルな政治状況を前に、本書が提示している視座というのはどこまで「使える」のか、そしてそれを当てはめたときに具体的にどう見えてくるのか、ということについてご高見をご披瀝いただければと思います。

 

清水 憲法改正のプロセスを考えたときに、国会による発議には衆参両院の3分の2以上の賛成というハードルがあります。それに取り組む構えとして、3分の2の数さえ集まれば積極的に改正に進んでいこうという、いわば「多数決型アプローチ」が一方にある。しかし他方で、いやいや、少なくとも最大野党には入ってもらう――「3分の2」とはただ数のことを言っているだけではなくて――とか、アプローチとして非常に幅広い合意形成をすべきなんだ、という考え方もある。参院選後は「最大野党も含めた幅広い党派での合意形成」論のほうが優勢かなという印象を受けています。

 

それを背景に皇室典範の見直し問題を見ていますと、法律改正の話なのに、どうも幅広い合意形成を当然視しているようですね。極端な話、3分の2どころではない、全会一致に近い状況が必要だというのが、今の永田町の雰囲気だという興味深い状況があります。憲法典の改正をも上回る極端な「合意形成型アプローチ」を取ろうとしている。

 

そこで本書を読んだときに、憲法改正には多数決型、合意形成型、どちらのアプローチでいくべきかと。比較研究ではこれまた多様であって、実はどちらもありうるということなんですね。ドイツなどにはもともと「交渉民主主義」の伝統があって、憲法改正は当然二大政党を含めた「合意形成型」で進めるべきだということになる。他方、イギリスは不文憲法で普通の法律と同じ扱いで「実質的意味の憲法」も変えられるといったことを見れば、いや、やはり「多数決型」でも構わないのではないかと。こうした憲法改正プロセスの多様さは目から鱗でした。

 

それからイタリアは、かつては合意形成に意を用いていたのが最近は必ずしもそうでもなく、多数決型で行く面もある、もっともそれが必ずしも成功しているとも限らないということです。なかなか簡単に結論は出ないんだと思うのですが、そういう多様な政治プロセスを各国見比べてみるのは、非常に有用ではないかと思いますね。

 

 

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横大道 まさに皇室典範というのは「実質的意味の憲法」であって、それに手を付けるというのは、本書が提示している視点で言うところの「憲法改正」の、非常にわかりやすい例かなと思います。しかももうひとつ、この問題が非常に面白いのは、「実質的意味の憲法」だと政治アクターは間違いなく自覚していて、だからこそ、通常の法律の改正とは違ったものだと見ていること。「これはちょっと気をつけないといけない」という扱いをしています。どこまで意図的にやったかはわかりませんが、天皇の「おことば」というかたちで世論の動向を探るようなことをやったりとか、あるいは、いろいろな識者を集めた有識者会議をやって意見をまとめさせようとか、かなり慎重にやっていますよね。

 

これは、このようなかたちでの合意形成の仕方が――先ほど清水さんのお話にもありましたけれども――今後、将来起こるかもしれない憲法「典」の改正に際して、実は非常に大きなインパクトを持つ可能性がある。その意味で、皇室典範は要するに法律と同じように変えられるから多数決型でやってしまえ、という話がここで出てきてこない、ということが非常に面白いし、重要なことだろうと思います。

 

浅羽 戦後の皇室典範は通常の法律ですので、改正要件は2分の1であるにもかかわらず、3分の2どころか全会一致のようなかたちで、政治日程的に真っ先になされるかもしれないというわけですね。

 

清水 与野党を通じて「全会一致が望ましい」という「雰囲気」が形成されています。

 

浅羽 もし全会一致でなされるとすると、それは図らずも、憲法改正でも、3分の2という明示的な要件があるにもかかわらず、最大野党には必ず入ってもらおう、みたいな議論につながるかもしれないということですね。

 

清水 皇室典範問題では、内閣が法案提出前に国会に議論の模様を報告して、事前審査というか、事前の合意形成みたいなことを衆参両院議長の下に与野党代表を集めてやるという動きがあるようです。これは前例のない話だと思います。ひとつの「知恵」だとは思いますけれども。皮肉を言えば、なぜ安倍内閣は集団的自衛権の憲法解釈変更を閣議決定する前に、同じように事前に国会と対話する丁寧な手順を踏む選択肢をとらなかったのか。

 

集団的自衛権は政争の具と化していて、与野党合意の可能性はないと見切っていたのでしょうけれども、今回は明らかに、横大道先生がおっしゃったように、「これは実質的な意味での憲法改正だ」という意識が強い――あるいは無意識の領域かもしれません――ために、そういう手順につながっている。非常に興味深い現象ですね。

 

浅羽 今後、どうなるかわからないですが、もし、そういう全会一致でなされないといけない、という規範がこの過程を通じて現われて、その通りに実際なされると、新しい96条とも言うべき憲法改正の手続を生み出すことになるかもしれません。つまり、96条には「3分の2」と書かれているのに、これは幅広い総意の形成を要求するためのある種の例示である、というような理解です。

 

もちろん外国には、イギリスのように多数決型で1票でも超えればよい、というタイプで憲法改正を行う事例があるので、どういうかたちでなされるかはまだわかりません。ただ、この皇室典範という「実質的意味の憲法」に関しては、形式的には法律の改正あるいは制定にすぎないのに、ひょっとしたら憲法典に書いてあるよりも硬い基準が出てくるかもしれない、ということですよね。

 

清水 本書で待鳥先生が論じられていますが、90年代の選挙制度改革につながった法改正の際には、全会一致を目指すまでの前提はありませんでした。それでも、結果はともかく、できるだけ幅広い党派の合意形成を目指すべきだ、という「建前」はあったように記憶しています。いずれにせよ、今の皇室典範改正問題の慎重な取り扱いは際立っていると思います。

 

浅羽 考えたこともなかったですね。閾値が3分の2よりも高くなるという状況……。

 

清水 興味深い状況だと思いますね。

 

横大道 そう思います。

 

浅羽 ぜひ読者の方々には、このように、本書に提示されている枠組みをフルに使って、ほかにもアクチュアルな問題を考えていただけると嬉しいですね。

 

 

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