《教育勅語》には何が書かれているのか?

神話・天皇制とは切り離せない

 

荻上 今も解釈をめぐってはさまざまな意見がありますよね。リスナーからも、こんなメールが来ています。

 

「教育勅語の内容に大きく問題があるとは思えません。天皇云々の部分以外の内容なら、今の教育現場で使って欲しいくらいです。」

 

ネット上でも「教育勅語の12の徳目」というものが話題となっていて、「意外といいこと言っているじゃないか」という声も少なくないようですが、これについてはいかがお感じですか。

 

辻田 まず重要なのは、これは天皇からのメッセージなので、天皇について書かれている部分を除いて議論することは不可能です。また、12の徳目という区切り方、数え方が正しいのかも考えなくてはいけません。これさえも一つの解釈に過ぎないんです。

 

さらに、教育勅語が作られる過程の草稿を見てみると、例えば「地元を大切にしよう」という主旨の文言が完成版では落ちていることがわかります。なぜなら、中央集権の邪魔になるからでしょう。そういった、明治国家のために作られた、その時代に拘束された文章なのだと理解しておかなければいけません。だからこそ、教育勅語は戦後間もなく廃止されたのです。明らかに教育勅語は戦後の日本国憲法や教育基本法と噛み合っていなかったからです。

 

荻上 つづいて、こんなメールも来ています。

 

「『天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ』の部分の意味がよくわかりません。ここは戦前・戦中はどのような意味として教えられたのですか。」

 

辻田 先ほどの文部省の訳では、「かくして神勅のまにまに天地と共に窮りなき宝祚の御栄をたすけ奉れ」となっています。これは「天壌無窮の神勅」という日本書記に出てくる神話が元ネタになっているんです。天皇の祖先と言われている天照大神(アマテラスオオミカミ)が、孫の瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)に対して、「天の国(高天原)から地上に降りて日本を永遠に支配すべし」というメッセージを送るというお話です。

 

このメッセージが天壌無窮の神勅と呼ばれます。瓊瓊杵尊のひ孫が神武天皇になるわけですから、天壌無窮の神勅は近代の天皇にもつながっていると解釈される。そしてこれが天皇統治の根拠になっているのです。

 

現在、出回っている教育勅語の現代語訳をみてみると、「国のために尽くせ」など、いかにも現代風に解釈したものも多く、塚本幼稚園のホームページにもそのような形で載っているのですが、全く間違った解釈です。教育勅語とは、天皇とは決して切り離せない文章なのだと強調しておきます。

 

荻上 塚本幼稚園のホームページに掲載されているのは、国民道徳協会による現代語訳というもので、明治神宮のホームページなどでも使われています。この訳が一人歩きしているように感じますが、なぜこれほど広まっているのでしょうか。

 

辻田 この現代語訳は、佐々木盛雄という元自民党議員が作ったものです。彼は、「教育勅語の精神を失ったから日本は道徳的にダメになった」という主張のもとに、70年代ごろに教育勅語を復活させるために訳を作りました。ただ、当時はまだ戦争の記憶がある人もたくさんいましたから、国民が受け入れやすいように特に天皇に関わる内容をうまくごまかして作ったんだと思います。

 

この現代語訳が、戦後の教育勅語復活論の時に必ず使われてきたのです。明治神宮に至っては、教育勅語を出した明治天皇を祀っているところなのに、なぜか天皇に触れる部分を削った訳を使っているのは不思議ですが、いつの間にかこれが定訳のようになってしまったんですね。

 

荻上 稲田防衛大臣も国会の答弁で、「親孝行、友達を大切にする、夫婦は仲良くする、そして高い倫理観で高い倫理観で世界中から尊敬される道義国家を目指す」ということが教育勅語の教えであり、それを大事にすべきだと言っていましたが、「世界中から尊敬される」とか「道義国家」といった内容は、もともと教育勅語には含まれていないんですよね。

 

辻田 全くないですね。そもそも冒頭で述べた通り、教育勅語が作られたころの日本は自分たちが食べていくことで精一杯だったので、そんな抽象的なことを言っているような余裕はなかったんです。

 

荻上 稲田大臣が依拠しているのも、戦後に作られた「国民道徳協会訳」だと思われます。都合の良い訳を継ぎ合わせつつ、それでも教育勅語にこだわって見せるというのは、「保守主義」というよりは「保守趣味」と表現するのが妥当に思われます。

 

辻田 まさにそうで、中身を精査するのではなく、記号に反応しているということだと思います。日の丸、君が代、修身、軍歌、全部そうです。そういったものを並べておけば、なんとなく「保守っぽい」というような安直な考え方なのかなと感じます。

 

また、今回、幼稚園で教育勅語を暗記させていたということでしたが、そんなことは戦中にも行われていませんでした。教育勅語を教えるのは基本的に小学校からだったんです。また、塚本幼稚園では天皇の写真を専用の場所に保管するでもなく、置いたままにしているそうですが、こういった当時でいう「不敬」が許されるのは、結局は戦後民主主義のおかげなんです。それなのに、戦後民主主義を批判するという矛盾した振る舞いをしている。結局は、戦前の二次創作のようなものなんだと思いました。

 

荻上 「良いことも言っている」というだけなら、「みんな仲良く」と普通に言えばいいので、教育勅語である必要はありません。現代語訳の流布の在り方、そして戦前、教育勅語は「天皇のために命を捧げろ」という文脈で唱えられていたことを理解したうえで、議論する必要がありますね。辻田さん、ありがとうございました。

 

 

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