定数配分訴訟と「選良」の限界 

何が問題なのか?

 

だがもちろん、それにはそれなりの理由があるとも言えるだろう。すでに述べた通り、事情判決などの手法を用いつつ司法府が繰り返し繰り返し警告のメッセージを立法府に発してきたにもかかわらず十分な対応が取られてこなかったことは間違いないし、選挙の公平が保たれていないという状況が続くこと自体も、また別の意味で「民主政の危機」にあたるだろう。さきほどは無責任な訴訟だと述べたが、「一票の価値を公正にせよ」という原告団の主張自体は、基本的にごく正しいものだと言わざるを得ない。

 

しかし、司法府がここで事実上の立法をあえて行なうという道に踏み出したとしても、すでに縷々述べた通り本質的に出口はないという状況が変わるわけではない。31選挙区のみを無効にした場合、効力を遡及させようが将来効にしようが、格差を解消することはできない。全選挙区の無効という大胆な判断に将来効付きで踏み込んだとしても、その期限までに立法府がしかるべき対応を取らなかった場合には正統性の再建が極めて困難な状態へと民主政を追いやってしまうことになる。

 

 

利害関係者としての立法府

 

要するに、少なくとも日本の裁判制度は特定の問題についての判断を下すことによって社会の一部で生じた問題を修正することがその本質であり、制度全体を適切に修正したり再設計するような機能は持っていないというごく当然のことなのだろう。そのような機能を担うべきなのは立法府(とその下請けとしての行政府)だろうし、定数是正についてもそのことは暗黙のうちに当然の前提とされている。

 

すでに指摘した通り、仮に原告団が裁判を通じて定数是正を実現することを本当に目指していたのだとすれば、千葉4区や高知3区を対象に含めないことは異常に不自然なのだ。それをおかしいとも思わないのは、裁判ではなく法改正を通じた制度全体の再設計によって問題解決が行なわれるべきであり、訴訟はそのためのシグナルを送るためだけのものだということを、関係者全員が自明視しているからに他ならない。

 

言い方を変えれば、定数配分全体が憲法に違反する状態で放置されるとか、そのことを司法府が指摘しても立法府が改善のための措置を適切に取らないということ自体が日本国憲法の想定していない事態なのであり、だからこそそれに対処するための方法が憲法・法令の枠内ではうまく見付からないということになっているわけだ。そしてもちろん、そのような事態を生じさせた責任は、立法府にある。

 

では何故、立法府は最高裁判決により求められた対応を取らなかったのだろうか。わざわざ言うのも馬鹿馬鹿しいことだが、それは立法府を構成する国会議員たち自身が選挙制度に対する利害関係者であり、自分たちの運命が改革の内容に影響されてしまうために合意形成が困難になるからだということになるだろう。

 

野田政権末期における選挙制度改革について筆者は、与野党合意以外の内容を持ち込んで議会審議を混乱させるのみならず自党に有利な(あるいは新興勢力に不利な)結果を得ようとするものだとして民主党案を強く批判した(前掲「選挙制度は……」)。だがこの点においては政権交代後の自民党にもたいして差があるわけではなく、もともと社会にある勢力分布を忠実に議席へと反映することによって(少なくとも小選挙区制よりははるかに)中小政党に有利になる比例代表制をさらに歪め・主として小政党にボーナスを分け与えるだけの結果になる「少数政党優遇枠」なるものを導入しようと言い出している。

 

つまり、選挙制度としての公正さや目指すべき統治のあり方に関する理念から適切な制度を選択しようとするのではなく・自勢力に有利な結果を生む制度をとにかく実現してしまおうとするところでは、民主党だろうが自民党だろうがほとんど選ぶところはない。違うのは、民主党案がシロウトには問題点が理解しにくいよう構成された「制度的ゲリマンダー」であったのに対して自民党案は一見して問題性が明らかだという程度の点であり、自民党の素朴な愚劣さを愛するか民主党の悪辣さを評価するかは好みの問題だろうと思われる。

 

どうして、こうなってしまったのか。

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.272 

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