「相対的な安全保障観」を鍛えるために――演繹的安全保障観と現実の「ずれ」をうめるための読書術(書評)

絶対的な「安全保障」は存在しない

 

「安全保障」を論じることは容易ではない。言葉自体が持つ多義性ゆえである。これは英語のsecurityを訳したものだが、基本的には「危険や脅威がない状態(Oxford English Dictionary電子版)」を指す。だが、より正確にいうと「危険や脅威によってもたらされる不安を感じない(心の)状態」のことだ。

 

たとえば、今まさに隣国に攻め込まれようとしているのだとしても、これに不安を感じないのであれば、安全保障は脅かされてはいない。逆もしかり。この点、類語である「安全(safety)」が、より物理的な意味で危害が及ばない状態を指すのとはニュアンスが異なる。

 

例を挙げよう。米国の軍事力は、物質的には誰がみようと変わりない。だが、それをいかに認識するかは、同じ近隣国ではありながらカナダとキューバとではまったく異なる。この差異はなぜ生まれるのか。

 

米国の国際政治学者アレクサンダー・ウェントによれば、軍事力という物質的要素自体がなんらかの意味を持つわけではない。ある社会がその物質的な要素をどのように解釈し、その意味をいかに構築するかにより、物質的な要素に対する受け取り方、また、その反応としての政策のあり方も変わる。

 

上の例でいえば、米国の同盟国であるカナダ、米国と緊張関係にあるキューバでは、それぞれの社会で共有された米国に対する見方が根本的に異なり(この議論は、米キューバの関係改善前、1990年代に展開されたものである)、その結果、米国の軍事力に対する認識に違いが生じたとする議論だ。この視点からすれば絶対的な安全保障なるものは存在しない。

 

だが、現実には「安全保障」と「国防」、つまり軍事的な面での国の守りを同一視する時代が長く続いた。しかし、冷戦が終わると、安全保障観の相対化が急激に進展する。「安全保障=国防」という定式を疑い、「誰が、どのような価値を、どのような脅威から、いかなる手段で守るのか」の相対的な問い直しが始まったのである。

 

その結果、「人間の安全保障」、「環境の安全保障」、「資源の安全保障」、「経済の安全保障」など、冷戦期までは見られなかった新しい安全保障観が次々と花開いた。1990年代以降、安全保障はもはや軍事・防衛分野の専売特許ではないという理解が国際的に主流化したのである。

 

他方、日本では、「安全保障」という言葉は、その略語「アンポ(安保)」が日米同盟と同意語として扱われているように、いまだに、軍事や防衛と関連づけ、固定的に理解される傾向が根強い。戦後直後から続く安全保障観のイデオロギー的な分裂が根強く、硬直的な安全保障観いまなお残存するためだ。

 

本稿では、「日本にとっての安全保障」についての硬直的な見方の現状を解きほぐすための書籍を選りすぐって紹介したい。

 

 

「戦前日本の安全保障」とは?

 

上でみた議論を念頭に、「日本にとっての安全保障」を歴史的に振り返る本をまずはみてみよう。1冊目は、川田稔著『戦前日本の安全保障』(講談現代新書、2013年)である。

 

この書籍は、大正期から昭和初期、第一次世界大戦期から第二次世界大戦前夜にかけて強い影響力を持った4人の政治家や軍人、山県有朋、原敬、浜口雄幸、永田鉄山の「安全保障観」(川田の言葉では「安全保障構想」)という角度から日本の政治史・外交史を論じたものだ。

 

この分野の研究者の層は厚く、豊富な文献の蓄積がある。しかしながら、比較的新しい概念である「安全保障」をキーワードにした戦前の分析は、従来はなかった試みだといえよう。

 

戦前を舞台に生きた先の4人が明示的に「安全保障」という言葉に言及したことはなかったはずだ。しかしながら、安全保障は「誰の、どのような価値を、いかなる脅威から、いかにして守るか」という定式にその時々の変数を入力することで導き出される解である。川田は、これを戦前日本の政治史・国際関係史にあてはめ、当時の指導者たちがいかなる安全保障を求めようとしたかに迫った。

 

本書の分析対象は、二つの世界大戦に挟まれた「戦間期」の日本である。この時期、世界は、理想主義的な国際協調主義と流動化・不安定化する国際情勢の間で危うく揺れ動いたが、最後は新たな世界大戦へと急激に傾き、転がり落ちていった。

 

この戦間期の前半、第一次世界大戦前後の時代について、本書は、明治の元老・山県有朋と平民宰相・原敬の安全保障観を対比させる。意外にも聞こえるが、山県と原の国際秩序認識は、「力の論理が支配するパワー・ポリティクスの貫徹する世界」とみなす点では似通っていたという。

 

しかし、その前提から導きだされる両者の安全保障観はまったく異なっていた。山県が、中国への影響力拡大によって「帝国」としての日本のパワーを増し、列強各国がしのぎを削る厳しい国際環境における生き残りを図ろうとしたのに対し、原は、不安定な国際環境であるからこそ、緊密な対米関係こそが日本の「将来の運命」を左右すると信じ、その強化を目指した。両者の比較対照からは、絶対的な安全保障など存在しないことがおのずと浮かび上がる。

 

本書の後半、第二次世界大戦前夜の時代についても、同様の対比が示される。原の国際協調路線を引き継いだ政党政治家・濱口雄幸、当時の陸軍に絶大な影響力を及ぼした大物幕僚・永田鉄山。二人とも、「国家総力戦」となるであろう次の大戦の到来を予想していた。しかし、だからこそ軍縮を進め、これを回避しようとした濱口、他方、これに備えるための国家総動員体制の整備を進めようとした永田との間で、それぞれの安全保障観はまったく逆のベクトルを示したのであった。

 

川田による「戦前の安全保障」論は、歴史家がしばしば陥りがちなミクロな視点への過度なこだわりを脱している。本書の価値は、詳細な歴史的事実を当時の安全保障観や国際秩序認識といった大局的な流れと相対的に照らし合わせながら、マクロの視点を示そうとしたことにある。

 

また、本書が分析対象とする戦間期は、19世紀の「勢力均衡」の時代が終わり、国際情勢が流動化・不透明化した点、その一方、国際協調への希望が生まれた点で、冷戦後、急激に流動化した現代との相似性が指摘されている。約1世紀前の日本が追い求めようとした「安全保障」とは何だったのか。本書を通じて考えてみることにより、現在の状況を俯瞰的にみるための気づきが得られるのではないか。

 

 

戦後日本の安全保障観を相対的にみる

 

次に、第二次世界大戦から戦後初期までの日本の安全保障観の移り変わりをみてみよう。ここでとりあげるのは、外交史家・細谷雄一が著した日本近現代に関する三部作である。

 

(1)『戦後史の解放I  歴史認識とは何か 日露戦争からアジア太平洋戦争まで』(新潮選書、2015年)。

(2)『戦後史の解放II 自主独立とは何か(前編)敗戦から日本国憲法制定まで』(新潮選書、2018年)。

(3)『戦後史の解放II 自主独立とは何か(後編)冷戦開始から講和条約まで』(新潮選書、2018年)。

 

細谷は、保守派の論客として名を知られる。畳みかけるように熱弁を振るう、その姿をテレビなどで目にしたことのある読者も多いのではないか。

 

このシリーズは、3冊合わせて900頁近くに及ぶ。だが、討論番組などで見かける細谷の雄弁な語り口と同様、その饒舌な書き振りは一気呵成に展開され、読み手もそのペースに引き込まれてしまう。

 

外交史家の仕事は、砂金探しにも似た地味で根気のいる作業だ。公文書館に日参し、おびただしい数の一次資料、たとえば在外公館と本国の間でやりとりされた公電などを収集し、目を皿にして掘り起こした史実の破片を細心の注意を払ってつなぎ合わせ、ようやく新しい歴史が紡がれる。

 

だが、この三部作は、こうした外交史家の仕事の「王道」とは、やや趣が異なる。細谷自身が断っている通り、その出典のかなりの部分は、他の研究者による研究成果、いわゆる二次資料に依っているためだ。したがって、このシリーズで触れられている個々の情報自体に多くの目新しい発見が含まれているわけではない。では、この連作の価値はなにか。

 

外交史家としての細谷の真骨頂は、細かな史実を積み上げる地道な「地上戦」よりも、様々な歴史観の間を自由自在に跳躍し、時代の大局を読み切る華々しい「空中戦」においてこそ発揮される。

 

今回のシリーズで、細谷は、第二次世界大戦前後の日本が求めた安全保障を、より広く国際政治史の文脈のなかに置き、相対化しながら再構築しようと試みた。(細谷自身は、必ずしも「安全保障」に特化して議論しているわけではないが、実質的には、第二次世界大戦前後の「日本の安全保障観」に関する歴史の再検討だといってよい。)

 

これらの3冊を手に取り、頁をぱらぱらと繰ってみればすぐに気づくことだが、日本近現代史を主題とするにも関わらず、米国、英国、ソ連など当時の主要国の動向を中心とした国際情勢について、かなりの紙幅が割かれている。

 

これは、細谷の学術的な基盤が英国を中心とする国際関係史の研究にあることを考えれば不思議はない。細谷は、いわば「広角レンズ」を使って米英ソの「安全保障観」を中心に当時の国際情勢を幅広く俯瞰してみせた後、すばやく「接写レンズ」に切り替えでズームアップし、その時々の日本の「安全保障観」をつぶさに投影してみせる。この「レンズ切り替え」の手法は、日本の安全保障観の相対化にすぐれた効果を発揮する。

 

 

なぜ安全保障観の相対化が必要なのか 

 

細谷三部作の冒頭、戦後を代表する国際政治学者の一人、高坂正堯の言葉が引用されている。「戦前日本の日本外交の失敗は、国際政治に対する日本人の想定と国際政治の現実のずれに根ざしていた。」(細谷『歴史認識とは何か』、7頁。高坂正堯著『国際政治 恐怖と希望』中公新書、1966年、7頁からの引用)。

 

高坂がいうずれは、国際政治の厳しい実態から目をそらし、自らにとって都合のよいヴァーチャル・リアリティに基づいて安全保障を定義するという、根本的な誤謬から生じたものである。この洞察は、戦後日本にもそのまま当てはまるだろう。

 

その典型例は、戦後日本の平和思想の陥穽だ。戦後とは、共産主義思想にシンパシーをもつ左派知識人たちを「進歩的」とみなす時代であった。彼らは「平和主義」という擬態のもと、非武装中立を声高に唱え、国連に日本の安全保障の肩代わりを求めるなど、非現実的な主張を叫び続けたのである。

 

細谷は、平和主義を標榜した左派知識人の主張の限界を鋭くあぶりだす。たとえば、左派論壇の大御所であった丸山眞男の平和論については「必ずしもこの当時の国際情勢の推移を前提とした機能的なものではなく、あくまで自らの考える倫理観や戦争観を前提としたやや強引で演繹的なもの」だったと手厳しい(細谷『冷戦開始から講和条約まで』161頁)。

 

まず結論ありきであり、自らを取り巻く環境を注意深く観察し、そこから安全保障上のニーズを導き出すという相対的な考察がそこには欠けていた。その演繹的な議論の出発点は「戦争をなくす」「軍隊をなくす」ことを至上の価値とする、教条的・硬直的・固定的な安全保障観であり、そこには「誰が、どのような価値を、どのような脅威から、いかなる手段で守るのか」についての真摯な検討が相対的に行われることはなかったのである。

 

だが、丸山らの主張は当時の日本社会から少なからぬ支持を得た。終戦まもない時期、日本人の多くにとっての安全保障とは、戦争や軍隊に関連する一切合切と手を切ることであり、左派の主張との親和性があったためである。

 

一方、当時、世界の主要国が日本を見る目はまったく違っていた。第二次世界大戦において日本と戦火を交えた米国やソ連は、これを打ち破った後も、その早期復活を極度に恐れていた。ここで詳細を記す紙幅はないが、細谷が描き出す当時の国際関係史からは、冷戦開始の理由の一端には、米ソの日本に対する恐れが無関係ではなかったことが浮かび上がる。

 

だが、左派の平和主義は自己完結した内向きの論理に閉じこもり、国際政治の現実に注意を払おうとはしなかった。相対化の思考を持たない演繹的な安全保障観が、高坂の指摘と同様のずれを戦後日本にももたらしたのである。

 

こうしたずれがいかに危険か。無謀な戦争で国をさせた戦前の経験からも明らかだ。これを排するには、様々な視点からの歴史を学び、相対的な安全保障観を養うほかない。

 

本稿における議論の主眼は、日本の安全保障観を狭く軍事の枠に閉じ込めてきた制約を考えたいということであった。この現象の直接的な起源が、左派主導の「平和主義」にあったことはいうまでもない。

 

左派の平和主義が「戦争をなくす」「軍隊をなくす」という演繹的で単純な主張を軸としたことにより、日本の安全保障観は「戦争をするか否か」「軍隊を持つか否か」という二項対立の捕囚となってきたのである。

 

 

学問としての「安全保障」の台頭

 

実をいえば、冷戦の終結早々、このイデオロギー論争については既に一応の決着がついている。55年体制の崩壊直後の1994年、社会党党首だった村山富市が首相の座につき、自衛隊の合憲性容認ほか現実的な安全保障政策を採り始めたことが、皮肉なことに左派平和主義の凋落を招いた。

 

そして、1990年代半ば以降、日本でも安全保障を相対的に議論することが徐々に可能となり始めた。戦争や軍隊に関する一切合切をやみくもに否定する演繹的かつ固定的な思考ではなく、その時々の状況を安全保障の定式に当てはめつつ、どのような方策をとるべきか帰納的に考察する柔軟で現実的な相対的な安全保障観がようやく根付き始めたのであった。その結果、安全保障をイデオロギーとしてではなく、学術的に論じる土壌が日本でも徐々に生まれた。

 

こうした変化を端的に表す書物として、次に、防衛大学校安全保障学研究会編著『安全保障学入門(新訂第5版)』(亜紀書房、2018年)を紹介したい。 

 

本書の初版が世に出たのは1998年、ようやく日本でも安全保障を学問として学ぶことが当たり前にできるようになり始めた頃のこと。初版時は320頁程度であったが(それでも十分に大部だが)版を重ねるごとに内容のアップデート・充実化が図られ、2018年に出された最新版では500頁を超えた。今日、安全保障を学ぼうとするものの必読書だといってよい。

 

初版出版時、まだ学生だった筆者も本書を手に取り、各所に書き込みをしながら繰り返し読み込み、安全保障学の基礎を学んだ記憶がある。筆者が本書に惹かれたのは、元々は防大生の教育目的に編まれたゆえのわかりやすさだけでなく、安全保障を学問として学ぶことのできる新しい時代の息吹を感じたためであった。

 

そこで展開されるのは、思想や政策論ではなく、政治学・国際関係論に基づくあくまで学術的な安全保障論である。戦後、安全保障論はよくも悪くも感情的になりがちであり、冷静な議論を行うことは容易ではなかった。だからこそ、本書の抑制的で論理的な筆致にみられるように、安全保障を学術的な見地から相対化して客観的に論じようとする姿勢がイデオロギーの虜囚であった時代の終わりを感じさせたのである。

 

本書では「安全保障とパワー」「勢力均衡と同盟」「覇権」「核と安全保障」など伝統的な安全保障の理論、さらに「集団的安全保障と国連」「現代の紛争管理と平和のための介入」「新たな脅威と非伝統的安全保障」など、冷戦後に浮上した安全保障論の新局面まで幅広くカバーされている。

 

防大の教授陣による執筆のため、軍事中心の安全保障論ではあるが、教条的なイデオロギー論ではもちろんなく、技術的な用兵論でもない。ベースにあるのは政治学・国際関係論の理論的視座だ。

 

たとえば「軍備管理・軍縮」に関する章では、その効能と限界が冷静に考察されている。「軍縮」は「非武装中立」論とも密接に絡み、平和主義を謳う左派の中心的主張の一つである。だが、戦間期、軍縮機運の高まりにも関わらず新たな世界大戦を防ぎ得なかったように、単純な軍備削減が平和を約束するわけではない。

 

本書は、左派が軍縮に抱きがちな幻想について「平和を絶対的に保障したり戦争を廃絶したりすることまで(中略)期待してはならない」と諌めつつ、軍備という厄介な必要悪とどのように向き合うべきか、相対的な思考を助けるための学術的な議論を展開している(宮坂直史「軍備管理・軍縮」、防大安全保障学研究会編『安全保障学入門(新訂第5版)』276-277頁)。

 

こうした学術的な安全保障論において、特定の安全保障観は強く打ち出されない。そこで提示されるのは、安全保障をより相対的に見るための思考上のツールである。このような動きを受け、かつて演繹的なイデオロギーに囚われていた安全保障論は、ようやく現実化しはじめたのだといえよう。

 

 

イデオロギーによる分断の名残と克服への試み

 

しかしながら、すべての学術的な書籍が演繹的な「思考の壁」を克服しているわけではない。その一例として、遠藤誠治・遠藤乾編著『安全保障とは何か』(岩波書店、2014年)をここで取り上げよう。これは、2014〜2015年にかけ、岩波書店が刊行した全8巻からなる「日本の安全保障」と題するシリーズの第1巻にあたる。

 

岩波書店は、左派論壇の中枢として戦後の「平和主義思想」を育んできた。その岩波が、あえて「安全保障」と銘打ったシリーズを手掛けたことからも、安全保障論を巡る環境の激変に対する左派の危機感の表れがみてとれる。

 

本シリーズへの寄稿者たちは、いずれも国際政治学研究の第一線で活躍する優秀な研究者たちであり、必ずしも「左派」的な主義主張を標榜しているというわけではない。しかし、シリーズ全体の通奏低音としては、旧態依然とした演繹的な思考体系がそこかしこに見受けられる。

 

たとえば、本書では、2009年に成立した民主党政権の蹉跌について「リベラルの躓き」(ここでの「リベラル」は「左派」と同義と解してよい)として論じている(遠藤誠治、遠藤乾「なぜ日本の安全保障なのか」『安全保障とは何か』16-18頁)。だが、たとえば、鳩山政権に対して広がった急速な失望感は、その思想自体に対する懐疑というよりは、ほとんど準備も下調べもせずに非現実的な普天間移設を軽々に口にした、首相としての鳩山の資質に疑問が広がったからではなかったか。また、そもそも、民主党はかつての左派から保守まで幅広い出身母体の政治家たちからなっており、これを「リベラル(左派)」として一括りに論じることの合理性も問われるところである。

 

この本は、日本の安全保障論の分極化を憂いている。だが、その分極化とは、旧来の左右のイデオロギー対立ではなく、現状に照らして帰納的に安全保障を考えようとする現実的な「思考」と所与の信念を起点に演繹的な安全保障を主張する「思想」とのずれなのではないか。

 

こうしたずれは、真剣に憂慮されるべきものである。いかに現実を相対的にみて帰納的に安全保障上の解を導こうとしたところで、方向を見誤る危険性から完全には逃れられはしない。したがって、本当に「その道」が望ましいのか、慎重に検討する批判的視座が不可欠となる。

 

だが、2015年の平和安全法制に際し、同法制が成立すれば徴兵制が復活するといった荒唐無稽な感情論が喧伝されたように、左派の議論には、現状に照らして問題点や改善策を提示するという意識が決定的に欠落している。

 

最後に、こうしたずれの解消に学術的に取り組んだ若手研究者たちの意欲作、川名晋史・佐藤史郎編著『安全保障の位相角』(法律文化社、2018年)を簡単に紹介して稿を閉じたい。同書の編者たちは「二項対立の思考枠組みの呪縛」を解きほぐす分析ツールとして、彼らが「位相角」と呼ぶ四象限のマトリックスを用い、様々な安全保障観の間の対立の本質を丁寧に分析している。

 

その精緻な分析の代償として、万人受けするような読みやすい本というわけではない。しかし、基地問題、靖国参拝、憲法第9条、国連の集団安全保障、武器輸出、大規模災害における自衛隊の役割など幅広いトピックを「位相角」という切り口から考えることで、安全保障を相対的にみる力を鍛えることが期待できよう。

 

(本稿は、「αシノドス」に掲載した書評を改題し、また、若干の修正を施した上で再録したものである。)

 

知のネットワーク – S Y N O D O S –

 

1
 
 
シノドス国際社会動向研究所

vol.277 

・坂口緑「生涯学習論にたどり着くまで──人はいかにして市民になるのか」
・平井和也「ジョージ・フロイド殺害事件から考える米国の人種差別問題」
・野村浩子「日本の女性リーダーたち」
・安達智史「「特殊」を通じて「普遍」を実現する現代イギリスの若者ムスリム」
・太田紘史「道徳脳の科学と哲学」
・石川義正「「少女たちは存在しない」のか?──現代日本「動物」文学案内(2)」