日本の首相は本当に弱いのか?

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政党政治の変化がもたらした首相職の強化

 

であるとすれば、長い自民党政権下で弱く受動的な指導者となった首相はいかにしても今日の強過ぎる首相となったのであろうか。

 

端的に言えば、これまで首相を抑制してきたメカニズムが崩れたところにその原因はある。先に検討したように、日本国憲法は首相を強い存在として想定していた。抑制のメカニズムがなければ、政策決定における首相はきわめて強力となることが予想できる。問題は、首相を抑制してきたメカニズムが何であったかということである。

 

このメカニズムには2種類ある。ひとつが政党間関係であり、もうひとつが先にも論じた政権党内関係である。1955年から1993年までの間、自民党は他の政党を圧倒する政党として政権を事実上単独で担当してきた。ただ、この時代にも、たとえば衆議院の選挙制度に対する小選挙制の導入の試み、安全保障政策、教育政策などに関連して、自民党が論争的な政策を提起した場合には、社会党や共産党は強く反対を表明してきたのであり、中道ないし中道左派の公明党と民社党も世論の追い風があれば、政権党である自民党に対して強い疑義を呈してきた。社会保障政策や環境政策ではむしろ革新自治体が自民党政権の政策運営を先導した。

 

自民党は国会でいかに過半数を有しようとも、野党から強い反対が出たり、有権者に支持される政策を地方自治体が主導した場合には、自民党執行部はこれに配慮せざるをえなかった。

 

ではなぜ自民党は野党に配慮しなければならなかったのであろうか。自民党は、過半数をもっていれば、野党の抵抗にあおうとも、政策を押し通すこともできたはずである。議論の正当性や説得力も当然にあろう。だが、自民党が野党に配慮しなければならなかったのは、根本的には、党内で野党に同調し、あるいはこれを機に首相や執行部への批判を展開しようとする勢力が自民党内に存在したからである。これが首相を抑制してきた第二のメカニズムである政権党内関係である。

 

議院内閣制とは、議会が首相と内閣を選任し罷免できるシステムである。その議会のなかで首相と内閣を支持するのが政権党である。首相と内閣は政権党の支持があるかぎり、議会のなかでの地位は安泰である。だが、首相と内閣がひとたび政権党の一部であっても支持を失い、野党勢力と合わせて過半数に達することがあれば、その地位は一瞬にして失われることになる。政権党内で首相に批判的な勢力がまとまることができれば、首相にとっては重大な脅威となる。自民党内で派閥などにより議員たちのまとまりがあった時代には政権党内関係から首相は制約を受けてきたのである。

 

問題は1994年の政治改革以降の政党政治の展開であった。自民党内の派閥政治は、その不透明性や政治腐敗との関連、権力の公式の担い手と非公式の担い手との間の乖離といった観点から、強い批判にさらされてきた。その結果、自民党内での疑似政権交代ではなく、実際に異なる政党間での政権交代が志向されるようになる。自民党内にあって派閥は、規範的な観点からも、権力的な観点からも、政治改革以降、徐々に力を失っていった。

 

ところが、派閥の代わりとなるはずであった政党間競争による首相へのコントロールは、充分に発達することはなかった。2000年代には、第2党としての民主党が着実に成長して、2007年参院選では参議院で自民党を凌駕し、2009年にはついに政権交代を実現した。かりに民主党中心の政権と自民党中心の政権が、連立政権であれ単独政権であれ、交代で出現する可能性が持続していたならば、2014年の日本政治は全く異なった様相を呈していたに違いない。

 

だが、現実には、民主党は政権の瓦解と自らの分裂によりその勢力を著しく縮小させ、掲げていた理念については、迷宮に迷い込んだごとく、はっきりとした方向性を示すことができなくなってしまった。民主党に代わって台頭してきた諸政党は、みんなの党であれ、日本維新の会であれ、結いの党であれ、自民党との差異化が現状では難しく、その補完勢力とさえなりうる状況にある。実際、これらの政党のなかには自民党の補完勢力になることを望む政党もあるようである。

 

公明党は社会のなかの支持基盤の固さから新しい諸政党と比較して依然として優位にあることは間違いないが、自民党は連立パートナーを選択できる立場にあり、公明党としては唯一無二の自民党のパートナーという立場を失っている。

 

有力な野党による政権交代の危険がいまのところは現実的ではなく、政権の政策に対しても決定的な批判が他党から出てこない。安倍首相からすれば、政党間競争からも自民党からも制約の少ない、きわめて自由度の高い状況となっている。

 

 

「強い首相」は有害か?

 

1990年代以降の日本政治は強い指導力を求め、これを首相に期待した。強い首相は時代の変化に対応し、日本をよりよい姿に近づける道標となり、これを動かす動力源となるはずであった。政治改革運動は、政党間競争の緊張のなかで、政党とその指導者たちがまとまりをもって人びとの願いを集約し政策として展開することを期待した。

 

しかし、政党間と政権党内の競争が作り出す緊張が失われるなかで、首相は人びととの接続よりも、ルサンチマンと思い込みの個人的世界に日本政治を迷い込ませようとしている。適切な制約に由来する緊張感にさらされない「強い首相」は人びととのつながりも失い、益よりも害をもたらす危機を招来しかねない。

 

サムネイル「President George W. Bush: lunch with the Prime Minister Shinzo Abe of Japan. They address the media after the lunch at the Sheraton Hanoi in Vietnam」

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E5%80%8D%E6%99%8B%E4%B8%89#mediaviewer/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Shinzo_Abe_2006-Nov-18.jpg

 

 

 

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