ヒトと動物の「ヤバい関係」と「やさしい関係」――自然保護とは何か

行き着く先は本当にヤバいのか?

 

大西 「このままではヤバい」という方向の話になりつつあると思うのですが、あえてここで、「本当にヤバいのか」と問うてみることもできるかなあと思うんです。ほとんどの人が、高度に資本主義が発達した今の世界で生きざるを得ない中で、今日論じられたような、動物であることを自覚せぬまま、自然から切り離された存在としての人間、という方向が行くところまで行くとどうなるのか、よく想像するんです。このまま行くと、「本当にヤバいのか?」と質問されたらどうお答えになりますか。

 

高槻 サルとしての人間の本質的なところから離れざるを得ないということは、そうだと思います。

 

人間が食べるものは変わらず動植物であるし、狩猟をするとき10人ぐらいの単位で動いていたのが、新しいメディアによって1億人と繋がったとしても、それは感覚として実感は持てない。それは人間がそういう進化をしてきた動物だからなわけです。いろんな意味で挑戦していると言えますよね。例えば、残せないはずの音が、録音してまた聞けるなんてことをしていいのか? そういう問いかけは重要なことだと思いますが、現代人はそういう問いかけをすることに、「いいも悪いもない、できるんだからする」ということになる。録音、録画ができることは便利なことだが、考えようによっては大切なものを失ったことでもある。昔は芸能をみることは一期一会であった。それをみて感動をして「一生これを忘れないぞ」と思っていた感覚と、「録画しといて後で見ればいいや」という感覚は大いに違う。便利さによって失うものはまちがいなくあるはずです。

 

私の考えは、甘いロマンチシズムかもしれないが、技術発達が本来のヒトの進化に照らして適切であるかどうかを注意しながら考えていきたいという感じですね。

 

大西 僕はテレビというメディアの仕事をしているので、この番組を百万人が見たらどうだろう、一億人が見たらどうなんだろうなどと、作りながらよく考えることもあるんですが、ヤバさというものが共有され得ない必然性というのがあると思っていて。

 

都市という環境においては、人間が自然から切り離されて生きてもいいじゃん、と思っても生きていける。今は、都市の時代とも言われていて、都市の人口はますます増えている。そういった人たちは自然の一部であるということを感じなくてもずっと生きていけるようになるかもしれない。僕にとってそれはちょっと恐怖でもあります。でも、そこに暮らしていく人にとっては、栄養は全部切り身で送られてきてもそれはそれでいいんじゃん、となるかもしれない。そういう世の中の流れもあるなあと思うんです。

 

高槻 色んなことがヴァーチャルになることによって、より便利になるということはたくさんあると思います。でも、動植物を食べるという本質は変わりません。そこの乖離がどこまで大きくなっても許されるか、ということが不安だということですね。

 

大西 技術の進歩によって文明が破滅したり、ヤバい方向へ向かわせるという話は過去にも色々あり、その中でもイースター島という、あんな巨像を作ることができたような文明がなぜ滅びたのか、という例がよく取り上げられると思います。

 

一方で、結局、近々の利便性や効率を優先して物事を進めてしまった結果として、良くないことになってしまうことが多々あると思うんです。ご著書に出てきたイエローストーンでのオオカミの件もそうですよね。こういうことを考えると行くところまで行かないとヒトは気づけず、変えられないのではないか、という小さな諦めのようなものも僕にはあります。

 

高槻 イースター島の文明崩壊については、ジャレド・ダイアモンドが環境被害や当時の社会情勢などを総合し、非常に優れた論考をしています。現代人はそういう歴史を知って学ぶことができるのだと書いています。行きつくとこまでしか行かないとどうしようもないか、というと私は楽観的なんです。しかし、だからこそ、冷静に多くの情報を分析して未来を見据えるような努力をしないといけないだろうと思います。

 

そんな風に人間自体については楽観的なところがあるんですが、現代、特に21世紀になってからの便利さが、本来の人間の持っていた感覚では測れないようなところまで来ていて、これからの子供たちは生まれた時からそういう世界しか知らないということの恐ろしさに大人は注意したほうがいいのではないか、ということです。

 

大西 僕も、先ほどは悲観的だと言いましたが、一方で、もしかしたら先生のおっしゃるヤバさに人々が気づき始めているのではないかとも思うんです。

 

例えば、卑近な例かもしれませんが、先日ある有名なファッション雑誌の編集長から、ほんとに服が売れなくなった、ハイブランドの服への若い人たちの興味が薄れたという話を聞きました。

 

どういう方向に若い人たちの興味が移行しているかというと、「ライフスタイル」がファッションになりつつあるらしいんですね。そして、消費の動向なんかをみていくと、そのライフスタイルの中心にあるのは食である、と。材料だったり、産地だったり、作り方だったり、こだわったものを、こだわったやり方でちゃんと食べるということへの興味がものすごい勢いで増えてきている。震災以降、日本では、そういうことに関連する本の売り上げがぐっと上がっている。しかも、この流れは日本だけでなく、世界中の先進国でそうだと。みんな若い人はスマホやタブレットをバンバン使いながらも、肌感覚では何か別に感じているものがあって、変化が起こりつつあるのかなあ、と。

 

 

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再び、やさしさについて――つながりへの想像力

 

大西 今日、アサイさんからの、やさしさとは何か、という問いかけを聞きながら僕が思ったのは、やさしさというのは「つながりへの想像力」みたいなものなのではないかということでした。この本の中でも、「つながり」あるいは「リンク」という言葉が幾度も繰り返し出てきます。この本は、動物と人間の関係、あるいは動物と植物の関係といったことを主題にしつつ、もっと大きい問題提起になっているように僕には思われて。それが想像力というもの、部分だけを見るのではなくて全体を見る、細切れのものではなく長い連鎖を捉える感性といったものなのかなあと。

 

小学生や中学生がこの本を読んだ時に、動物や植物とのことを考え、知るという経験が、そこから敷衍されて、自分自身の、隣にいる人や社会との関わりを想像していく芽にもなっていくのではないかと思ったんです。みんながみんな動物を守りたい、というような思いを持たなくてもいいかもしれないけれど、そういった感性は社会として共有できた方がいいと思う。

 

高槻 そこまで高めてもらえれば、著者として身に余ることですが、僕はそこまでは考えてなくて、人と生き物、生き物同士が繋がっていっているという範囲で書いたつもりです。ですから、さらに一般化したものを読者に期待して書いてはいないです。これは、担当編集者の朝倉さんいかがでしょう? 本を作っている時にそこまで考えていないですよね?

 

朝倉 そうですね。そこまで明確には考えていなかったですが、全体の流れを考えていく中で、ペットの話からだんだん地球の話になって、その中で少し、人間同士がいがみ合っていることの馬鹿らしさという話に触れ、最後はちょっとSF的な視点があるところまで到達しているので、そこまで広げて読み解いていただけたのかな、と。その流れが活きてきたのかなあ、と感じました。

 

先生の文章は美しくて、童話のような物語性があると思っています。それを活かした本作りにしたんですね。今お話がこれだけ広がったのも、理系、文系と分ける必要はないとは思うんですが、人間も動物のひとつとして見る理系的な突き放した客観性と、美しさや情緒性を感じていくような文系的な視点とが、一体になったとき、そういう今日のお話が広がったようなところまで到達できるのかなあ、と思いました。

 

高槻 朝倉さんに最初渡した原稿には、「最後に地球を上から見てみよう」というあの部分はありませんでした。最終的に、全体をまとめる際に書いたんです。あれを書いている時はすごく気持ち良くて、宇宙飛行士のような気分になった。もし自分がそんな風に眺められたとしたら、私は「地球の上でお前たち勝手なことをしすぎているぞ」と言うと思うんですね。このまま暴走してはいかん、つまらないことでいがみ合っている場合ではないだろうという気持ちがある。その人間の中でのいがみ合いをつまらないものとしてやめようという気持ちを、さらに動物との間にまで広げることはできないだろうか、と書いたんです。あの部分は、普段地面の上の動物について書いている時より、上の方に上がったような感じがあって気持ちよかった。

 

塚田 SYNAPSEメンバーの塚田です。先ほどの大西さんの話にもありましたが、行き着くところまでいっているこの現代の動きとして、たとえば、生産者の顔が見たいとファーマーズ・マーケットがもう何年も人気になっていたり、オーガニックという言葉が日常的に使われるようになったりと、都市生活の反動的な欲望のようなものが現れてきています。

 

その一方で、ファーマーズ・マーケットの野菜は高いですよね。最近、ニューヨークやロサンゼルスに行って、ここ近年顕著な健康志向やオーガニックブームを肌身で感じました。しかし、アメリカ全体を考えてみれば、都市以外の地域は依然大量生産型食品やファースト・フードが主流のままですよね。お金にも時間にも余裕がある都市型の人たちは次第に意識を高めているけれども、そこまで考える余裕のない人たちは、安ければいい、すぐ食べられればいいという感覚から抜け出せない。そうした二極化の流れは、日本においても既に始まっていると思います。

 

高槻 憂うべきことだと思います。過去にも、近代化し、便利な生活になる中で抜け落ちる恐ろしいものがあるという直感を持った人は、たとえば芸術家などに多くいたと思います。ここにきて、反動としてのオーガニックというのは確かにあり、僕はここに希望を持ちたいと思います。人間が闇雲にある方向へ向かってしまうときに、「あれ、ちょっとこれまずいな」と思う人が一部でもいると思いたい。ファースト・フードを食べることは仕方がないけれど、恐ろしさに気付いている人は伝える努力をしないといけない。僕にとっては本を書くモチベーションはここにあって、「考えてみてください」と投げかけているんです。

 

塚田 個人的な話ですが、私の同居人が今、すごく犬が飼いたいと言っているんです。でも私は、今回先生の本を読んで、ペットショップというシステムがいかに残酷であるかを痛感したわけです。そうすると、ペットショップの前を通るとき、ついかわいくて見ちゃうんですが、もしこの子が売れなかったから殺されてしまうかもしれない、なら私が買うべきかどうか、という複雑な気持ちが交錯します。

 

さらに、私はフォアグラが大好きなのですが、フォアグラの生産方法がいかに残酷かと知った時、私たちはどうしたらいいのか。つまり、すでに資本主義のシステムの中で商品となっている命があり、それが目の前にある時代において、それらを受け入れるべきかどうかという選択を迫られていると思います。人間本位な命の生産の実情を知った上で、私たちの「かわいい」「食べたい」という欲望とどう付き合っていけばいいのでしょうか。

 

高槻 私は割とはっきりしているんですよ。私は全然グルメじゃないんです、白いご飯とアジの開きが最高においしいと思っているから(笑)。グルメの話は別としても、結局こういう問題はひとりひとりが、自分の考えを持ち、それを持ったらそれを貫く。そういうことが、グラスルーツ的な不買運動になってゆくと思うんですよ。現実に、毛皮のマフラーは今着用しなくなったわけですよね。あれは、機能として代替できるものがあれば、不必要に動物を殺すべきではないという不買キャンペーンが実現したわけですよね。

 

「これは買う、これは買わない」という基準をそれぞれが持つこと。そういう人がひとりずつ増え、日本の中で買う人がいなくなればその産業はつぶれ、それが社会を変えてゆく。私がこの本の中で言いたかった、「生き物が繋がっていることを大事にしよう」とか、「人間が傲慢になりすぎない方がいい」ということを子供が本当に理解してくれれば、何かをする時に考えてくれる—そういうことが大きい力になってくれたらいいな、という感じですね。

 

この本への反響の中に「子供向けの本なのになかなか考えさせる」というのがありました。私はすごくそれに腹が立ったんです(笑)。子供向けに書くという形をとっているけど、大人も知るべき内容を含めているつもりなんです。子供向けの本は簡単だと思っているようだけれど、大人にも伝えなければならない内容を、子供に分かるように書くというのがどれほど大変なことか。編集の朝倉さんとも、言葉の選び方や文章の並べ方をかなり考えました。大人向けだったら、もっと専門的な言葉、難しい言葉を使ってより正確に伝えることができますが、それができない分、子供向けのほうがよほどたいへんなのです。そのことがわからない人に腹を立てたわけです。

 

子どもが親と一緒に、この本に出てくるような話をしてくれたらいいなと思います。そうすれば大人も考えてくれるでしょうから。中学や高校の先生が、割にジュニア新書を読むということも聞きました。子供向け、というスタイルをとっているけど、伝えたいのは、子供だけじゃないんです。

 

住田 ありがとうございます。まだまだ議論は尽きないですが、時間が来てしまいました。今日は、色々な立場、職業の方がいらっしゃると思いますが、せっかくオトナの皆さんがお集り下さっているので、この後の懇親会ではお酒なども頂きながら、参加者の皆さんとの議論を続けられればと思います。今日話題になった「つながりへの想像力」や「やさしさ」を現代社会における個々人の選択にどのように活かしていくか、それをもって次世代に何を残していけるか、考えていければと思います。高槻先生、皆さん、今日はありがとうございました。

 

編集:福島淳、飯島和樹(SYNAPSE Lab.)

 

 

■イベント告知

 

大学・地域連携シンポジウム「つながるSYNAPSE −世界制作のための (x, y, z)」

 

〈開催概要〉

日時:2014年10月18日(土)16:30~20:00(OPEN 16:00/交流会 19:30~)
会場:青山学院大学 アスタジオ B1Fホール(渋谷区神宮前5-47-11)
参加費:無料(事前申し込み不要)
主催:SYNAPSE Lab
共催:青山学院大学社学連携センター(SACRE)
問合せ:info@synapse-academicgroove.com

 

詳細は http://synapse-academicgroove.com/2014/10/02/xyz/

 

 

IMA CONCEPT STORE 連続トーク企画
「写真とサイエンス-視野を拡張するビジュアル表現-」

 

【日程・内容・ゲスト】
■第1回:10月13日(月・祝)18:00~20:00
宇宙編「宇宙のランドスケープ」
ゲスト:福士比奈子( 国立天文台 /4D2U)、 小阪淳 (アーティスト)

■第2回:10月23日(木)20:00~22:00
細胞編「ミクロのワンダーランド」
ゲスト:田尾賢太郎(脳科学者)、 高木正勝 (音楽家/映像作家)

■第3回:10月29日(水)20:00~22:00
超次元編「11次元空間は可視化できるか?」
ゲスト: 橋本幸士 (物理学者)、 山口崇司 (映像作家/d.v.d)、 鳴川肇 (建築家)

■第4回:11月6日(木)20:00~22:00
SR(代替現実)編「現実と虚構が交わるイメージ」
ゲスト: 藤井直敬 (脳科学者)、 湯浅政明 (アニメ―ション監督)、 森本晃司 (アニメーション監督)

 

詳細は http://imaonline.jp/ud/event/54117ee6b31ac94368000001

 

 

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.278 

・山本貴光+吉川浩満「人間とは衝動に流されるものである」
・熊坂元大「培養肉――クリーンミートあるいは現代のプロメテウス的産物」
・伊藤隆太「進化政治学と政治学の科学的発展――社会科学の進化論的パラダイムシフト」
・鈴木公啓「ひとはなぜ装うのか?」
・平井和也「新型コロナウイルスの世界経済への影響」
・石川義正「ミソジニーの「あがない」──現代日本「動物」文学案内(3)」