モルヒネを人類の宝として有効に使うために――がん疼痛緩和目的への応用

モルヒネという言葉で何を思い浮かべるでしょうか。たぶん、麻薬とか犯罪、そして、麻薬について喧伝されている「ダメ! 絶対!」などの標語を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。

 

確かにモルヒネは麻薬であり、密輸や濫用などの犯罪にもからむことが多い薬物ではあります。

 

では、モルヒネは私たちの社会から完全に駆逐されるべきものなのでしょうか。いいえ、実は、モルヒネは日本薬局方にも収載された歴とした医薬品でもあります。モルヒネは主に、激しい疼痛時における鎮痛・鎮静などの目的で使用されます。考えようによっては神が人類に与えてくれた最高の薬と言ってもよい側面すらあります。

 

この稿においてはモルヒネの来歴や濫用の問題について述べるとともに、その医療応用について述べたいと思います。(医療応用に関心がある方はこちら→https://synodos.jp/science/13936/3 )とくに、わが国ではモルヒネの医療への応用が先進国の中で極端に少ないといわれています。その原因と思われることについても言及しようと思います。

 

 

ケシと阿片

 

まずは、モルヒネとはなにかについて簡単に説明したいと思います。モルヒネはケシ科のケシから得られるアルカロイドの一種です。美しい花を咲かせるケシの原産地は地中海沿岸地方または東ヨーロッパなどと言われていますが、野生下にある原種が発見されていないため確証がありません。ケシの仲間のうち、モルヒネなどの麻薬成分を産するケシはとくに麻薬ゲシあるいは “Opium poppy” などと呼ばれて、他のケシと区別されています。

 

麻薬ゲシは栽培の歴史が古く、四大文明が興ったころにはすでに薬草として栽培されていたとされ、シュメールの楔形文字板も栽培の記録があるといいます。また、ケシの薬用利用はシュメールからエジプトを経てギリシャに伝わったと考えられ、ローマ帝国を経てヨーロッパ全土に広まりました。さらに大航海時代を経て阿片の原料として世界各地に広まりました。

 

とくにイギリスは植民地であったインドで大々的な栽培を行なって、生産された阿片を清国へ輸出して莫大な利益をあげ、ついには阿片戦争(一八四〇〜一八四二)の勃発となります。清国においては阿片を加熱して吸引するという摂取法がとられました。わが国においてもかつては、朝鮮半島や台湾、満州の一部などでケシの栽培を奨励し、戦費を調達したという歴史があります。

 

以上のようにケシには長い栽培の歴史があることから、品種も数多くあり、わが国でも昭和初期に開発された阿片を大量に産し、草丈が一・五メートルほどにもなる「一貫種(いっかんしゅ)」が知られていますし、八重咲きの花をつける「牡丹ゲシ」あるいは「カーネーションゲシ」などと称されるものもあります。

 

現在、モルヒネを産するケシは二種類知られていて、そのうちのひとつは前記のケシ(Papaver somniferum)ですが、もうひとつはアフリカ原産のアツミゲシ(P. setigerum)です。

 

アツミゲシの名前は、この植物が一九六四年に愛知県渥美半島の沿岸部において日本への帰化が発見されたことに由来します。アツミゲシは麻薬関係者の間ではアツミゲシという名前よりも、学名によってセティゲルム種と呼ばれることが多いようです。

 

これに対して前者のケシはゾムニフェルム種と呼ばれることも多いです。セティゲルム種は繁殖力の強いことや、海外ではとくに規制されていないところもあることから、輸入された肥料などに種子が紛れ込んでいて、それらが日本で発芽生育することから、駆除しても駆除してもまた生えてくるような困った現実があります。

 

ただし、アツミゲシの未熟果の大きさはほぼピーナツ大であり、通常の採取法で阿片を取るのは困難なことから、こちらからモルヒネなどを取り出すことは実際的ではありません。アツミゲシが麻薬成分を産生していることが判明したのは一九五三年のことです。

 

 

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ケシ(一貫種/東京都薬用植物園にて)

 

 

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ケシ(八重咲きのもの/東京都薬用植物園にて)

 

 

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アツミゲシ(東京都薬用植物園にて)

 

 

この他、後述のオニゲシに似た花をつけるペルシャ(現在のイラン)原産のハカマオニゲシ(P. bracteatum)はモルヒネは産しないものの麻薬関連成分であるテバインを産することから栽培が制限されています。

 

一方、栽培してよいケシの仲間もあります。よく麻薬ゲシと間違われるのがオリエンタルポピーとも称されるオニゲシ(P. orientale)です。オニゲシはケシと同様、大型の美しい花をつけますが、麻薬成分を産生せず、栽培が禁止されていません。しかし、その姿ゆえか、あるいはその名前のためなのか、オニゲシはしばしば麻薬ゲシと混同されている場合があります。

 

オニゲシの他、虞美人草(ヒナゲシ/P. rhoeas)やアイスランドポピー(P. nudicaule)、そして、ケシ科ではありますが、アザミゲシ属の植物であるアザミゲシ(Argemone mexicana)や、やはりケシ科でハナビシソウ属のハナビシソウ(カリフォルニアポピー/Eschscholzia californica)など、栽培可能なケシの仲間は結構あります。

 

 

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オニゲシ(東京都薬用植物園にて)

 

 

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アザミゲシ(北里大学薬用植物園にて)

 

 

近年、道端などで朱色の花をつけている地中海沿岸から欧州中部原産のナガミヒナゲシ(P. dubium)を見かけることが多くなりました。この植物は観賞用に持ち込まれたものが一九六〇年代頃から半野生化しています。このケシも麻薬成分が検出されず、栽培は禁止されていません。

 

これらの一見麻薬ゲシに似ていて栽培可能なケシの特徴は葉や茎が毛深いことや葉が茎を巻いていないことで区別がつきます。オニゲシのみならず、美しい名前を持つ虞美人草も実は毛深いのです。反対に麻薬ゲシの特徴は葉や茎に毛がなくつるんとした印象であることや、茎や葉が白く粉をふいた印象であること、そして、葉が茎を巻いていることです。

 

ケシの花が終わると、いわゆる「ケシ坊主」と称される果殻ができます。ケシの果殻の大きさは一般におおむね鶏の卵位あります。この未熟果殻の表面に傷をつけると白い乳液が出てきますが、これをかきとって集めますと黒い粘稠物となります。これが阿片(あへん)です。

 

先に述べましたように、わが国では昭和初期に作出された「一貫種」という麻薬ゲシの優良種があります。このケシは一反(三〇〇坪/約九九〇平方メートル)の畑に栽培したケシから一貫(三・七五キログラム)の阿片が採取されるというものです。写真で見るとわかりますように、一貫種のケシ坊主はどちらかと言えば縦長ですが、ケシの中には扁平なカボチャの様な形をしたケシ坊主を付ける「トルコ種」もあります。

 

 

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一貫種のケシ坊主(東京都薬用植物園にて)

 

 

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トルコ種のケシ坊主(東京都薬用植物園にて)

 

 

現在、世界中でモルヒネ用としての阿片輸出が国際的に認められている国はインド、日本、中国、北朝鮮だけです。意外と思われるかもしれませんが、日本はそのうちのひとつです。もちろん、きびしい条件下での栽培であることは当然です。

 

ただ、この四ヶ国の中で外国へ輸出できるほどの生産量のあるのはインドだけです。この他、オーストラリアでも比較的大規模な薬用阿片の製造が行なわれていますが、国内の需要の一部しか満たせません。世界中の他の国では、少なくとも表向きは大規模なケシ栽培は行なわれていません。このため、世界の合法的な阿片は大半がインド産ということになっています。

 

なお、ケシの種子からは麻薬成分が検出されず、現在でも合法的に食品に応用されています。ケシの種子は煎ると香ばしいので、あんぱんや七味唐辛子などに使われているので、大抵の方は口にしたことがあることと思います。

 

わが国へのケシの伝来時期は室町時代にさかのぼり、伝来地は津軽、すなわち現在の青森県でした。そして、天保年間(一八三〇〜四四)には関西にも広がりはじめました。伝来地からケシから得られる阿片の別名は「津軽」でした。

 

現在は違法なケシの栽培がアフガニスタンにおいて大々的に行なわれ、その量は大量です。CNNによれば、二〇一三年にはアフガニスタンにおけるケシの栽培面積は前年比三六%増加し、約二〇万九〇〇〇ヘクタールになったとのことです。このアフガニスタン産のケシから得られた阿片の多くは次の項に述べる工程によってヘロインに加工されて濫用されています。【次ページに続く】

 

 

 

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