研究不正問題――誠実な研究者が損をしないシステムに向けて

 再現性は不正認定に必要か?

 

日本の新旧ガイドラインでは、本調査での調査方法として再現実験が盛り込まれています。調査委員会が再現実験により再現性を示すことを求めたり、被告発者が再現実験を申し出て調査委員会がその必要性を認めた場合はそれを行うと定められています。これは日本独特であり、ガイドラインの参考にされた米国の規定等には調査方法に再現実験は組み込まれていません。

 

本来、研究不正行為と再現性の有無とは別なものです。例えば必要な実験を手抜きして他の実験データを流用したり、実験のやり直しを省くために画像の不正な加工をしたりする等の不正行為は、必ずしも実験の再現性を失うものではありません。

 

研究不正が行われていたある生命科学系の研究室では、ウェスタンブロットやRT-PCRのアクチンコントロールの写真を他の写真と差し替える事が頻繁に行われてました。その研究室の教授は、「コントロール実験はやらなくてよい。きれいな写真があるのでそれをレーンの数を合わせて使うように。1サンプルあたり500円もかかるので何度も失敗していては金がかかりすぎる」と指示し、全員にその写真が配られていました。その教授からは、アクチン(のコントロール)は何度やっても同じように出るので、見栄えのよいものを使えばいいと指導されていました。他にも、サンプルを使い切ってしまいやり直すのに時間がかかると報告されると、結果は同じなので別のデータを使うようにと指示していました。

 

論文の結論に導く過程で、このように必要な実験を行わずデータを流用したり、誤魔化して加工する等の不正行為があれば、その後再現実験をして結果の再現性があったとしても正当化はされません。こうしたズルをする事によって他の研究者たちとの競争を有利にして、誠実にやっている研究者たちを押しのけて学会賞を受賞したり競争的研究資金を獲得すると、「悪貨が良貨を駆逐する」ことになってしまいます。

 

再現実験を不正調査の方法に組み込んでいるのは、日本独特の制度です。どうしてこうした事になったのかは、『我々は研究不正を適切に扱っているのだろうか(下)-研究不正規律の反省的検証-』(レファレンス 平成26年10月号掲載)のP14(3)再実験、再現性をめぐる論点で解説されています。

 

旧ガイドラインを策定する委員会で被告発者が潔白を証明する手段として出てきたもので、研究記録の証明についても議論されましたが、実験の再現性に議論が集中した結果、最終的にこれが調査方法の1つとして盛り込まれたというのが経緯のようです。しかし、「再現性の有無」は不正行為とは別なものであり、逆に再現性がなくても不正行為だと認定できない場合もあります。そうしたケースとしては、実験材料が不安定で再現が難しい場合などがあります。

 

ここで再度持ち出しますが、ある予備調査で「加工はあるものの、結果の真正さを損なわないので不正行為には当たらない」として本調査の必要無しとした判断は、再現性があれば画像などに不適切な加工がされていても良いとしてしまうものであり、これが判定の前例とされてしまう可能性があります。日本のガイドラインで定める不正調査方法の中から再現実験を除外しないと、こうした首を傾げる判断を今後も誘発してしまう恐れがあります。

 

 

調査内容や報告書の監査システムが必要

 

予備調査の段階も含めて、不正調査の質の確保が第一の課題です。対策として次の様なものが考えられます。

 

 

(1)積極的な介入:調査委員会の調査レベルを一定水準に保つために、不正調査に慣れた人物を委員会に加える。

(2)調査方法マニュアル:各分野共通、または各分野ごとに不正調査の標準となる手順と方法を示したマニュアルを作り、基本的にそれに沿って調査が進められるようにする。

(3)監査によるフィードバック:会計報告に対する会計監査のように、調査報告に対する監査の仕組みを導入する。調査が杜撰であったり、不適切な場合は監査委員から指導と再調査の指示を出せるようにする。

 

 

文科省の新ガイドライン制定の際にパブリックコメント募集がありました。私も応募しましたが、意見集約後のまとめで代表意見としてその一部が取り上げられていました。

 

「調査の公平性を担保するために、調査委員となる外部有識者の中に1~2名、不正調査が行われる場合に専任で担当する人を第三者機関から派遣し、一定の判断水準を維持することをしてはどうでしょうか」という意見です。実は一部削除されており、私が送った意見では第三者機関(調査機能を持つ第三者機関を設立、または学術会議に専門部署を設置する等)としてありました。先述した方法(1)に当たるものです。

 

文科省からは「各機関において、事案ごとに判断されるべきものと考えております」とコメントされました。特に大学については自治が尊重されることで学問の自由が守られているという事に配慮していると思われます。大学自治を踏み越えて行政側が介入する場合には、それが行き過ぎると旧ソ連のルイセンコ事件(論争のあった学説の1つを政府が正しいとして、その学説に異を唱える学者たちを迫害した事件)の様な問題が起きてしまう可能性があります。

 

しかしながら、教授会に対して学長権限が強化されており、大学上層部に不正がある場合にその暴走を止められるように牽制するシステムを用意しておく必要があります。

 

 

上訴機関の設置について

 

日本には研究不正に関する上訴機関が存在しません。過去の事例を調べると、本調査結果が出された後に再調査が行われたケースでは、報道機関が疑惑を社会に伝えて問題視されることで所属機関への外圧となり、再調査が実施されています。

 

例えば、2010年に琉球大学で起きた学長共著論文に対する疑義は、本調査の結果で不正なしと判定されましたが、2011年1月に新聞記事でその判定を覆す証拠が提示されたことにより、大学評議委員会が審議して外部調査委員会を設置して再調査される事になりました。新聞報道がなければ大学は再調査に乗り出さなかったでしょう。

 

STAP事件でも、理研が2014年5月に調査結果を出してそれ以上の調査はしないと打ち切る姿勢を見せましたが、まだ調査されていない他の疑義についても調べるべきだとの報道各社の批判が相次ぎ、最終的に追加の調査が行われました。

 

このように、実質的に、日本では報道機関が研究不正に関する上訴機関としての役目を果たしています。

 

一方で、報道機関が社会の関心を集めることによって、外圧として機能する場合に情動的になってしまう危険性もあります。米国で起きたボルティモア事件は、ノーベル賞学者に研究不正疑義が持ち上がり(1986年)、1994年に保健社会福祉省(HHS)の科学公正局(後の研究公正局)によって不正行為があったとして認定されたものの、1996年にHHSの上訴委員会が再調査した結果、不正はなかったと判定が覆された事件です。これは公的な上訴機関が存在して機能したことにより、被告発者の冤罪が晴らされたケースです。

 

こうした上訴機関がなく報道機関による外圧に頼るしかない場合、世間での「悪者叩き」の声が大きければそれに流されてしまい、ボルティモア事件の様なケースが起きたとしても冤罪が覆されない可能性があります。

 

他の手段としては民事訴訟がありますが、司法の論理は科学倫理と一致しない部分もあり、科学倫理に従った判決が出るとは限りません。民事訴訟に持ち込まれたケースの多くは、泥沼化してしまうことが多いのが実状です。

 

公正な調査が行われなかった疑いがある時に、再調査を求めて上訴できる機関が日本にも必要だと考えます。

 

 

まとめ

 

日本では、不正対応の経験の蓄積が始まったばかりです。現行の研究不正対応システムでは所属機関(特に大学)による不正調査はブラックボックス化しており、それに起因する「抜け穴」がまだ多く存在します。多くの場合、不正調査を行う研究機関は適正に対応していると思われますが、一部では組織上層部の不祥事となるのを避けるために隠蔽・揉み消しをしていると疑われるケースも見られます。産学連携が盛んになっており、その影響は大学内に留まらず、不正が起きた場合の大学の責任も大きくなっています。そうした背景の中、不正隠蔽の動機も増えています。

 

研究不正に対して公正な対応ができるように、誠実な研究者が損をしないシステムにしていく事が求められます。

 

 

■参考資料

文科省『「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」の決定について』

国立大学法人制度と独立行政法人制度の違い

誠実な生命科学研究のために

 

サムネイル「Corrupt-Legislation-Vedder-Highsmith-detail-1」Artist is Elihu Vedder (1836–1923)

 

知のネットワーク – S Y N O D O S –

 

 

もうダマされないための「科学」講義 (光文社新書)

著者/訳者:菊池 誠 松永 和紀 伊勢田 哲治 平川 秀幸 片瀬 久美子

出版社:光文社( 2011-09-16 )

定価:

Amazon価格:¥ 821

新書 ( 254 ページ )

ISBN-10 : 4334036449

ISBN-13 : 9784334036447


 

 

 

シノドスのサポーターになっていただけませんか?

無題

 

vol.230 日常の語りに耳を澄ます 

・荒井浩道氏インタビュー「隠された物語を紡ぎだす――『支援しない支援』としてのナラティヴ・アプローチ」

・【アメリカ白人至上主義 Q&A】浜本隆三(解説)「白人至上主義と秘密結社――K.K.K.の盛衰にみるトランプ現象」

・【今月のポジ出し!】吉川浩満「フィルターバブルを破る一番簡単な方法」

 

vol.229 平和への道を再考する 

・伊藤剛氏インタビュー「戦争を身近に捉えるために」

・【国際連合 Q&A】清水奈名子(解説)「21世紀、国連の展望を再考する」

・【あの事件・あの出来事を振り返る】桃井治郎「テロリズムに抗する思想――アルジェリア人質事件に学ぶ」

・末近 浩太「学び直しの5冊<中東>」

1 2
シノドス国際社会動向研究所

vol.230 特集:日常の語りに耳を澄ます

・荒井浩道氏インタビュー「隠された物語を紡ぎだす――『支援しない支援』としてのナラティヴ・アプローチ」

・【アメリカ白人至上主義 Q&A】浜本隆三(解説)「白人至上主義と秘密結社――K.K.K.の盛衰にみるトランプ現象」

・【今月のポジ出し!】吉川浩満「フィルターバブルを破る一番簡単な方法」