光格子時計が切り拓く未来――時計が時計でなくなる!?

はじめに――「光」は注目されている

 

いまだ記憶に新しい、日本人研究者3人が独占した昨年末のノーベル物理学賞受賞。そのテーマは、青色発光ダイオード(LED)の発明であった。光の3原色(赤、緑、青)のうち、残りの青色が得られたことで、あらゆる色の光を高効率・低消費電力で得られるようになった。この環境に優しい照明が世界に与えたインパクトが評価されての受賞だった。

 

また、本年2015年は、国際連合の定めた「国際光年」である(古くは1015年のアラビアの科学者、イブン・アル・ハイサムによる光に関する研究などのほか、アインシュタインの一般相対性理論誕生100周年にちなんでいる)。これに合わせて、上野の国立科学博物館では「ヒカリ展」が開催された。

 

その中に、「光格子時計」なる時計の展示パネルがある。これは日本で発明された、最新鋭の超高精度原子時計である。

 

一般に、高い精度とは、「意味のある数字をたくさん並べることができる」ということである。日常生活においては、電卓の桁数にそれを見ることができる。現在、日本で容易に入手できる電卓のうち最大桁数なのは、14桁のものである。そのメインユーザーは、簿記・会計に関わる人たちだろう。お金で表現すると、10兆円のオーダーである。ここまでの桁数が必要とされてきたのは、そのような金額を扱いながらも1円の間違いも許されない、金融計算においてであった。

 

一方、これまでの科学技術計算においては、そこまでの桁数は不要であった。逆に、電卓に表示された数値をそのままズラズラとレポートに書き写して報告し、指導教官に注意されたりした経験をもつ方もあるのではなかろうか。

 

そんな中、最先端の光格子時計のたたき出す精度は18桁であり、より分かりやすい(?)表現だと、300億年に1秒も狂わない精度の時計ということになる。

 

もちろん、通常の時計として日常生活において用いる分にはここまでの精度は全く不要だ。300億年後には地球も滅びているだろう(ちなみに、宇宙の年齢は138億年と考えられている)。だから、これだけの精度に何の意味があるのか、研究者の単なる自己満足ではないのか、といぶかしむ向きもあるかもしれない。

 

しかし、このような超高精度の原子時計は、すでにわれわれの日常生活に静かに浸透しつつある。また、さらなる精度向上(量的変化)により、単なる「時計」という言葉からは想像もつかないような応用も期待されており、社会に質的変化をもたらす可能性がある。

 

 

 原子時計が何の役に立つのか?

 

最もなじみ深い実例は、カーナビ等で利用されているGPSだろう。これは高度2万kmの軌道上に配備され、約12時間で地球を一周するGPS衛星24基のうち、原理的には3基の衛星からの距離計測を行い、三角測量の原理で地球上での位置を割り出すシステムである。

 

この距離計測に原子時計が使われている。各GPS衛星には小型原子時計が搭載されており、そこから発射される電波の速度(光速)と、その伝搬時間の積として距離を求める。つまり、原子時計の精度が、距離計測の精度に直結しているのだ。

 

超高精度の原子時計の応用は、GPSのような測量以外にもいろいろ期待されている。たとえば、光格子時計の要素の一つである光周波数コム(※1)を用いた、呼気分析による高速・非侵襲ガン診断などの医療産業応用。そして、消費電力の大幅な低減につながる、超高速大容量光通信を支える精密時刻同期技術。

 

(※1)光周波数コム:産総研プレスリリース『「長さの国家標準」が新方式に』記事中の説明を参照のこと

 

さらに、一般相対論的効果を利用した、相対論的測地学や相対論的土木工学。これは、重力変化に伴う時間の進み方の違いを利用し、時計というよりは時空間センサーとして機能することで、地震予測、火山観測、資源探査に威力を発揮する。これは、目に見えない社会(イン)基盤(フラ)として社会の安全・安心に貢献するだろう。

 

 

はかる基準を決めること

 

以上は全て、「正確に、精密に測りたい」という人間の欲求から始まっている。さて、そもそも、「測る」とは何をすることだろうか?堅苦しく言えば、「モノの属性を量的に表現すること」である。

 

その始まりは、リンゴが1個、2個というように、数量を数えることである。現代的に言えば、「デジタル」な表現であろう。

 

もうひとつ、「アナログ」な表現もある(一般的に、アナログが古くて、デジタルが新しいと思われるかもしれないが、実は逆だ)。例えば、棒の長さを表現するのに、「指や足の長さ何個分、プラス余り分(例えば、1/2)」というやり方が挙げられる。この指や足の長さ(インチやフィート等の長さ単位の起源)として王様のモノを採用すれば、その王国内では問題なくコミュニケーションが取れる。

 

しかし、これでは国や時代が変われば、その保証が無くなる恐れがある。そこで人類は、単位の民主化・普遍化を目指して、フランス革命前後に始まるメートル法の、「すべての時代に、すべての人のために」という崇高な理念のもと、地球の大きさを元に長さ1mを定義するなど普遍的な自然物にその根拠を求めた。【次ページにつづく】

 

 

 

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