ホメオパシーをめぐって 

ひとつの事件

 

ホメオパシーをめぐる動きがあわただしくなってきた。きっかけは、山口で起こされたひとつの民事訴訟である。新聞にも大きくとりあげられているのである程度ご存じのかたも多いとは思うが、まずはポイントを簡単にまとめておこう。

 

原告は、助産院で出産したのち、その赤ちゃんをビタミンK2欠乏症で失ったというお母さんである。ビタミンK2欠乏症は新生児の1/2000から1/4000程度(母乳と粉ミルクで違い、母乳のほうが倍ほど確率が高い)が発症するとされるが、ビタミンK2を与えれば予防できることがはっきりして、いまでは新生児にビタミンK2のシロップを与えるのが標準的な医療になっている。

 

ところが、問題の助産院ではビタミンK2シロップの代わりに、ホメオパシーのレメディが与えられ、それにもかかわらず助産師は母子手帳にビタミンK2投与と嘘の記載をした。細かい事実関係は法廷で明らかにされるのを待つとして、新聞報道によると、少なくとも上記二点は間違いなさそうなので、それを前提として話を進めよう。

 

じつこの事件そのものは、訴訟になるずっと以前からインターネット上では知られていた。「助産院は安全?」というブログがこの件をずっと伝えてきたからだ。訴訟を起こすにあたっても、ブログでこの件に注目した方のアドバイスがあったとも聞く。原告側の観点については、このブログを一読することをお勧めする(今回の件にかぎらず助産院問題を継続的にあつかってきたこのブログが、最近、移転を余儀なくされたことを付記しておく)。

 

ホメオパシーがどういうものなのかについては以下で説明するが、少なくとも科学的には、ホメオパシーのレメディがビタミンK2の代用にならないことは自明である。したがって、レメディ投与には実質的になんの意味もない。もしレメディではなくビタミンK2シロップを飲ませていれば、欠乏症は防げていた可能性がきわめて高いし、母子手帳にビタミンK投与と書かなければ、誰かがその点を母親に注意していたかもしれない。その意味で、この助産師の責任は重い。

 

 

ホメオパシーとはなにか

 

ホメオパシーとはなにかを簡単にまとめておこう。

 

ホメオパシーは200年ほど前に、ドイツのザムエル・ハーネマンという人物によってはじめられた代替医療のひとつで、ヨーロッパを中心として根強い人気がある。ハーネマンは病気の症状に着目し、その症状とよく似た症状を引き起こす物質を摂取すれば症状がよくなるという「原理」を提唱した。これがホメオパシー、つまり「同種療法」という言葉の由来である。

 

むろん、本来なら、その物質は症状をなおすのではなく引き起こすはずだが、ハーネマンはさらにその物質を水で希釈することで治療に使えると考えた。しかも、希釈を繰り返すほどその効果は強くなるとされている。この希釈した水を砂糖粒に染みこませて乾かしたものがホメオパシーのレメディであり、薬としての役を果たすものである。

 

ホメオパシーは、ずいぶん以前から懐疑の対象になってきた。たとえば、科学的懐疑主義にもとづく疑似科学研究の嚆矢ともいうべきマーティン・ガードナーの『奇妙な論理』でも取り上げられているし、最近ならサイモン・シンとエツァート・エルンストの『代替医療のトリック』やBen Goldacreの”Bad Science”(邦訳が予定されている)でも大きく扱われている。

 

理由としては、「似たものが似たものを治す」という原理が単なる思いつきにしかみえないこと、そしてなにより、レメディに効果があるはずがないことがあげられる。というのも、レメディをつくる際の希釈度が尋常ではないからだ。

 

よく用いられるレメディは100倍希釈を30回繰り返してつくられる。1回ごとに100倍に薄まるので、これは10の60乗(1のあとに0が60個)倍の希釈である。コップ一杯の水に含まれる水分子の数は10の25乗(1のあとに0が24個)個程度だから、コップ一杯の水にレメディの元となる成分は平均として1分子も含まれない。

 

つまり結局はただの水にすぎず、砂糖粒に染みこませたところで、なんら特別な効果をもたないのは、論じるまでもなく明らかだろう。まさに、毒にも薬にもならないものである。だから、仮に症状に対する効果があるとすると、それは精神的な効果、いわゆる「プラシーボ効果」にかぎられる。

 

もっとも、『代替医療のトリック』にも描かれているとおり、ハーネマンの時代、欧米では瀉血のように、根拠がないだけでは、なくむしろ危険な行為が「医療」として行なわれていた。そういう時代には、毒にも薬にもならない砂糖粒のほうが、むしろ「ましな医療」だったかもしれない。しかし、それはあくまでも200年前の話。

 

ハーネマンが知らず、いまわれわれが知っているもっとも重要な科学知識は、「物質は原子や分子で構成」されており、したがって、物質を無限に細かくすることはできないということである。原子・分子の実在は、1905年にアインシュタインが書いたブラウン運動の論文と、それを受けてペランが行なった一連の実験によって確立した(ペランはそれでノーベル賞を受賞している)。だから、ハーネマンが成分をどこまでも希釈できると考えたとしても、別にハーネマンが悪かったわけではない。

 

むろん、現代のホメオパシーは分子論を受け入れて、物質を無限に希釈できないことは認めている。その代わりに今度は、水が薬効成分の情報を記憶するのだという説明が付け加えられる。しかし、その説明は「科学の用語をでたらめに並べた」という趣のものにすぎない。典型的な疑似科学・ニセ科学的説明といっていいだろう。

 

実際には、水分子同士のつくるネットワーク構造は非常に速く変化する。水が長期にわたって情報を記憶する科学的な証拠はないし、ましてやそれを砂糖粒に染みこませて乾かしても情報が保持されるという主張を支持する根拠もない。

 

それにもかかわらず、じつはホメオパシーにはかなりの数の臨床研究がある。なかには「レメディにはプラシーボ(偽薬)を超える効果あり」と結論づけている研究も少なからずあるが、それらを総合的に検討した結果、じつは臨床実験としての条件をきちんと設定したものほど「レメディの効果は偽薬と変わらない」という結果がでていることがわかっている。

 

それに対して、「偽薬と変わらないとまでは言い切れないのではないか」と反論する研究者もいるが、いずれにしても、ある程度しっかりした研究にかぎれば、偽薬と明確に違うという結果はでていない。

 

つまり、物質科学の観点からも臨床の観点からも、ホメオパシーを治療に使う根拠は認められないのである。

 

 

 

シノドスのコンテンツ

 

●ファンクラブ「SYNODOS SOCIAL」

⇒ https://camp-fire.jp/projects/view/14015

 

●電子メールマガジン「αシノドス」

⇒ https://synodos.jp/a-synodos

 

●少人数制セミナー「シノドス・サークル」

⇒ https://synodos.jp/article/20937

 

 

 

 

1 2 3 4
シノドス国際社会動向研究所

vol.2019.4.15 

・打浪文子「知的障害のある人たちと「ことば」」

・照山絢子「発達障害を文化人類学する」
・野口晃菜「こうすれば「インクルーシブ教育」はもっとよくなる」
・戸谷洋志「トランスヒューマニズムと責任ある想像力」
・濵田江里子「「社会への投資」から考える日本の雇用と社会保障制度」
・山本章子「学びなおしの5冊 「沖縄」とは何か――空間と時間から問いなおす」
・鈴木崇弘「自民党シンクタンク史(6)――設立準備期、郵政民営化選挙後」