放射線の健康影響をめぐる誤解

【その2.線形閾値なし( linear no-threshold: LNT )モデル】

 

低い量の放射線被曝による癌のリスクの大きさについては論争があるものの、2006年に全米科学アカデミーのBEIR VII委員会は、そのリスクは低量では閾値無しに直線的に続く(これは「閾値無し直線モデル」または「LNTモデル」と呼ばれます)と思われると結論しています。

 

LNTモデルは、健康影響がはっきりと現れない低線量被曝の範囲でのリスクの目安として使われるもので、影響がはっきりしている高線量の領域から、低線量の領域へ直線を引くことによって作られたモデルであり、放射線の被曝量が少なくなればそれに応じてリスクも小さくなります。

 

ここで、強い放射線を一気に被曝した場合と比べて、同じ総量でも、低い線量をゆっくりと時間をかけて被曝した場合は、生物に与える影響が小さくなること(線量率効果)が知られています。

(注意:線量率効果は、放射線ホルミシス説とは違うので混同しないようにして下さい。ホルミシス説は低線量の放射線を被曝することで、逆に体が元気になるという説です。放射線ホルミシス説は充分に証明されておらず、放射線防護として使うことは一般的にしません)

 

DDREF (dose and dose-rate effectiveness factor:線量・線量率有効係数)というのはこの線量率効果を補正するための係数で、低線量率照射で高線量率照射と同一の効果を得るのに何倍の量の放射線が必要かを表す概数です。DDREFの値が2だと、放射線を一気に被曝した場合に比べて低線量率での被曝のリスクはその半分ということになります。

 

高線量率照射でのリスク値を10%として、ICRPではDDREFを2とし、低線量率照射では1Svあたり5%(100mSvの被曝は生涯のがん死亡リスクを0.5%上乗せする)としています。

 

こうして設定されたLNTモデルは、放射線防護のための大まかな指標としてどの程度の危険があるかを見積もり、例えば避難するかどうか等の判断のよりどころにする目的で使われます。

 

しかし、このモデルによって算出された集団内の死亡数は、ごく低い線量の範囲では健康影響が不明瞭なので正確さに欠けており、特に個々の人がガンで死亡する危険性を見積もるための目的で数字を出して使うのには適していません。LNTモデルの適用の仕方については、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)と国際放射線防護委員会(ICRP)から次の様な方針が出されています。

 

 

(参考)

原子力安全委員会事務局:低線量被ばくのリスクからがん死の増加人数を計算することについて

http://www.nsr.go.jp/archive/nsc/info/bassi_0908.pdf

 

 

UNSCEAR 2008 Report Vol.2, Annex D. “Health effects due to radiation from the Chernobyl accident” 98 項

“The Committee has decided not to use models to project absolute numbers of effects in populations exposed to low radiation doses from the Chernobyl accident, because of unacceptable uncertainties in the predictions. It should be stressed that the approach outlines in no way contradicts the application of the LNT model for the purpose of radiation protection, where a cautious approach is conventionally and consciously applied.”

 

「委員会は、チェルノブイリ事故によって低線量の放射線を被ばくした集団における影響の絶対数を予測するためにモデルを用いることは、その予測に容認できない不確かさを含むので、行わないと決定した。強調されねばならないことは、このアプローチは、慎重なアプローチが習慣的にかつ意識して適用されてきている放射線防護の目的でLNT モデルを適用することとは何ら反しない」

 

 

ICRP Publication 103, 2007 年勧告(訳文は日本アイソトープ協会の邦訳版に基づく)

第3 章 放射線防護の生物学的側面

3.2 確率的影響の誘発 66 項

 

「しかし,委員会は,LNT モデルが実用的なその放射防護体系において引き続き科学的にも説得力がある要素である一方,このモデルの根拠となっている仮説を明確に実証する生物学的/疫学的知見がすぐには得られそうにないということを強調しておく。低線量における健康影響が不確実であることから,委員会は,公衆の健康を計画する目的には,非常に長期間にわたり多数の人々が受けたごく小さい線量に関連するかもしれないがん又は遺伝性疾患について仮想的な症例数を計算することは適切ではないと判断する」

 

 

同 第4 章 放射線防護に用いられる諸量

4.4 放射線被ばくの評価

4.4.7 集団実効線量

160項

「集団実効線量Sは,しきい値のなす確率的影響に対する線形の線量効果の仮定に基づいている(LNTモデル)。これに基づき,実効線量を加算的とみなすことが可能である」

 

161項

「集団実効線量は,放射線の利用技術と防護手順を比較するための最適化の手段である。疫学的研究の手段として集団実効線量を用いることは意図されておらず,リスク予測にこの線量を用いるのは不適切である。その理由は,(例えばLNTモデルを適用した時に)集団実効線量の計算に内在する仮定が大きな生物学的及び統計学的不確実性を秘めているためである。特に,大集団に対する微量の被ばくがもたらす集団実効線量に基づくがん死亡率を計算するのは合理的ではなく,避けるべきである。集団実効線量に基づくそのような計算は,意図されたことがなく,生物学的にも統計学的にも非常に不確かであり,推定値が本来の文脈を離れて引用されるという繰り返されるべきでないような多くの警告が予想される。このような計算はこの防護量の誤った使用法である」

 

 

LNTモデルと一緒に組み合わせて用いられる重要な考え方に、ALARA(As low As Reasonably Achievable:合理的に達成できる範囲で、できる限り低く)の原則というものがあります。放射線被曝によって生じる害とそれを避けないことによる利益(医療を受ける、避難せずに済ます、など)を比べて、上手に利害のバランスをとりながら被曝量をできる限り低くしていくという考え方です。

このALARAの原則を忘れてLNTモデルのみを使うと、放射線被曝量が0に最も近いことが常に一番良い状態と判断されることになり、必要な医療を受けることを避けることになる等、実際の生活上での様々な不都合が生じてきます。

 

LNTモデルはALARAの原則と上手に組み合わせて用いていく必要があります。

 

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