「便益」の登場頻度は「コスト」の300分の1!?――再エネの「便益」を語らない日本メディア

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「便益」を語らないメディア

 

さて、以下では、この「便益」という用語がメディアではほとんど紹介されない、ということを実際に見ていきたいと思います。なにごともエビデンス主義ということで、このことを客観的に立証するために、新聞データベースで「便益」や「コスト(費用)」という用語の出現頻度を分析してみました。調査対象は読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、日経新聞の主要4紙です。その結果を表1にまとめます。

 

 

調査期間:2010年1月1日〜2015年11月30日(6年間平均)

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調査対象(データベース): 読売新聞(ヨミダス歴史館)、朝日新聞(聞蔵ビジュアル)、毎日新聞(毎索)、日経新聞(日経テレコン)の本社版・地方版の朝刊夕刊の見出し・本文
検索キーワード: 「コスト(費用)」=「(コストor費用)and(再生可能エネルギーor再生エネor再エネor風力or太陽光)」,「便益」=「便益and(再生可能エネルギーor再生エネor再エネor風力or太陽光)」

 

 

表1から得られる情報によると、各社で若干の多寡はありますが、キーワードの出現傾向はほとんど同じであることが読み取れます。すわなち、4紙平均で考えると風力や太陽光などのキーワードも含む再エネのコストに関しては年間で300件以上、おおよそ1日に1回は登場する確率となります。一方、再エネの便益について語る記事が紙面に登場するのは、なんと1年のうちたった1回しかありません。

 

このように新聞データベース分析から、「便益」の登場頻度は「コスト」の300分の1に過ぎない、という驚くべき傾向が明らかになりました。厳密にはテレビやインターネットでの調査もしなければなりませんが、この新聞の傾向は日本人全体の関心度とかなり相関関係にあると予想できます。

 

これではほとんどの日本人が、再エネは無駄なコストがかかるばかりだと勘違いし、そこから得られる便益など思いつきもしない、という思考回路になっても仕方ないことになってしまいます。

 

新聞で(おそらくテレビでも)「便益」という用語があまり用いられない理由は、“benefit” に相当する日本語が固い経済学用語であり、専門用語ゆえに「読者に配慮して」他の言葉に「置き換えられる」のだと筆者は推測しています。

 

筆者自身も経験があるのですが、翻訳をしたときに、この “benefit” を「便益」と訳してもわからない人が多いので「メリット」や「効果」など別の言葉に意訳した方がよいのでは? という意見を頂いたことが複数回ありました。

 

もちろん、「わかりやすさ」を優先するのであれば、よりイメージしやすい別の言葉に意訳することも可能ですが、「わかりやすさ」と「真の理解」はトレードオフの関係にあります。前述の通り、便益は貨幣表現です。いつまでもわかりやすさを優先していては、日本国民全員が “benefit” とは何か、とりわけ再エネから得られる「便益」とは何かが理解できないまま、混迷の21世紀をずるずると過ごしてしまうことになりかねません。

 

この「便益」という用語、是非メディアでも日常的に当たり前のように取り上げて頂いて、国民全体で議論しなければならない重要なものだと筆者は考えています。その用語を知らなければ(知らされていなければ)、その人にとってその思想や概念が存在しないにも等しいからです。

 

 

海外では便益を語るのは当たり前

 

翻って海外ではどうでしょうか。筆者が風力発電に関する国際会議や国際委員会に参加するたびに驚くのは、工学系研究者や技術者が集う会合にも関わらず、「便益」などに代表される経済学用語や政策学用語がフツーに当たり前に飛び交っていることです。

 

恥ずかしながら筆者も、風力発電の本や報告書を翻訳するようになって初めて、「便益」という用語(と概念)に出会いました。それまで学生時代から数えて25年間、電気工学のさまざまな分野を渡り歩いてきましたが、1回もその言葉に触れる場面がなかったのです。そのこと自体にショックを受けました。工学系研究者として、視野狭窄的に技術のことばかり頭でっかちになったらアカン、経済や政策など社会の仕組みも知らんとアカン、と思い立ち、今日に至っています。

 

考えてみれば当然なのですが、発電所や送電線の建設は巨額のコストを伴います。そして発電所や送電線は一企業の所有物であるという枠を超えて(もちろん一企業の所有物である場合が多いですが)、公共財に近いものとなります。そのような財に投資をするためには、透明性高く費用便益分析を行い、客観評価しなければなりません。

 

海外では、とりわけ電力自由化や発送電分離が進んでいる欧州や北米では、このような費用便益分析が、学術論文レベルから産業界、政府、国際プロジェクトに至るまでさまざまなステークホルダーから公表されています(注6)。むしろ産業界全体で費用便益分析を競い合っているかのようで、文字通り百花繚乱です。

 

(注6)例えば以下の解説論文の参考文献をご覧下さい。安田:「風力発電系統連系研究の系譜」, 日本風力発電協会誌 JWPA 第9号, pp.33-40 (2013)

 

ちなみに費用便益分析を行い、費用便益比が1を超えるときによく使われる英語表現は “justified” です。辞書的には「正当化された」「根拠がある」と訳されることも多いですが、なかなかこの定量的客観評価のニュアンスや背景にある概念がうまく伝わりません。しかしこのような場面で「正義 (justice)」の派生系が登場するのは、海外の研究者・技術者の発想を理解する上で、非常に重要なことかもしれません。

 

日本では、再エネを大量導入すると系統増強コストが高くつく、という認識が流布していますが、海外ではむしろその逆で、再エネのおかげで送電線など電力インフラへの投資が活況である、という認識の方が多いです。事実、透明性高い費用便益分析の報告書が多数出されています。そしてこのような海外情報があるということ自体が多くの日本人に知らされていません。

 

「便益」という言葉や概念が日本で十分浸透していないとしたら、このような情報があるということすら想像できないのも仕方ないのかもしれません。一般の方だけでなく、専門家やジャーナリスト、政策決定者でさえ、その可能性があります。それが、日本が現在陥っている最も深刻な問題のひとつであると筆者は考えています。

 

■オリジナル掲載: 再エネの便益が語られない日本(2015年12月14日掲載)

 

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